……風が出ていた。
丘の上、という事もあるのだろう。
吹く風は地上より強く、頬を刺す冷気も一段と鋭い。
「キョンキョン。話は終わった?」
「……ああ。すごく適当だったがな」
「それで、誰だった?」
ずい、と身を乗り出して俺の顔を見つめるこなた。
神父が誰だったのか気になって仕方ないようだ。
「……こなたの親父だったが」
「むむ、中々のチョイスだね。ちょっとヘンタイなところが合ってるし」
……酷い言い様だな
Fate/unlucky night~二日目④
四人で坂を下りていく。
来た時もそう話した方じゃないが、帰りは一段と会話がない。
その理由は――
「あ、見ーーつけた」
幼い声が夜に響く。
歌うようなそれは、紛れもなく少女の物だろう。
視線が坂の上に引き寄せられる。
そこには俺の妹と二メートル半に達するモノがいた。
いつのまに雲は去っていたのか、空には煌々と輝く月があった。
影は長く、絵本で見る悪魔のように異形。
仄暗く青ざめた影絵の町に、酷く、あってはならぬモノがそこにいた。
「妹ちゃんと、誰だっけ?」
言葉を漏らすこなた
クラスが違うせいで覚えていないようだ
だが俺にはわかった、ハンドボール馬鹿もとい我らが担任である岡部教諭であることが
そして―――こなた達と同じ、サーヴァントと呼ばれる存在でもあることも。
「こんばんはキョン君」
微笑みながら妹は言った。
その無邪気さに、背筋が寒くなる。
妹の姿は背後の異形とあまりにも不釣り合いで、悪い夢を見ているようだった
いや、背筋なんて生やさしいものじゃない。
体はおろか意識まで完全に凍っている。
アレは化け物だ。
視線さえ合っていないのに、ただ、そこに在るだけで身動きがとれなくなる―――
「―――驚いた。まさかキョンの妹と岡部先生の組み合わせなんて…」
頭上の怪物を睨むかがみ。
その背中には、俺と同様の驚きと―――それに負けまいとする、確かな気迫が感じられた。
「古泉君、アレは力押しでなんとかなる相手じゃない。ここは貴方本来の戦い方に徹するべきよ」
呟く声。
それに、古泉が応答する。
「了解しました。ですが守りはどうします。かがみさんではアレの突進は防げませんよ」
「こっちは三人よ。凌ぐだけならなんとでもなるわ」
それに頷いたのか。
かがみの背後に控えていた気配は、一瞬にして何処かに消失した。
「相談は済んだ? なら、始めちゃっていい?」
軽やかな笑い声。
「――――じゃあ殺すね。やっちゃえ、バーサーカー」
歌うように、背後の岡部に命令した。
クラスメートになら何回かはあったが、まさか妹に命を狙われるとは
「■■■■■ーーーーー!!!」
岡部の咆哮、巨体が飛ぶ。
バーサーカーと呼ばれた岡部が、坂の上からここまで、何十メートルという距離を一息で落下してくる――――!
「――――キョン、下がって……!」
月の下。
流星じみた何条もの“弾丸”が、落下してくる巨体をつるべ打ちにする……!
正確無比、とはこの事か。
高速で落下する巨体を射抜いていく銀光は、紛れもなく“矢”による攻撃だった。
機関銃めいた掃射、一撃一撃が秘めた威力は岩盤すら穿ちかねない。
―――それを八連。
家の一つや二つは容易く蜂の巣にするだろうそれは、しかし。
「やっぱり、効かないかみたいね」
黒い巨人には、何ら効果を持たなかった。
激突する剣と剣。
“矢”をその身に受けながらも落下した岡部の大剣と、
その落下地点まで走り寄ったこなたの剣が火花を散らす……!
「ふっ…………!」
「■■■■■ーーーーー!!!」
ぶつかり合う剣と剣。
岡部の剣に圧されながらも、こなたはその剣を緩めない。 ―――闇に走る銀光。
あの小さな体にどれだけの力が籠められているのか。
明らかに力負けしている筈のこなたは、けれど一歩も譲らなかった。
旋風にしか見えない巨人の大剣を受け、弾き、真っ正面から切り崩していく。
「……っ! 古泉君、援護……!」
咄嗟に叫ぶかがみ。
それに応じて、またもや何処からか銀の光が放たれる。
銀光は容赦なく巨人のこめかみに直撃する。
大気を穿ちながら飛ぶ古泉の矢は、戦車の砲撃に匹敵する。
あの巨人が何者であろうと、それをこめかみに受けて無傷であろう筈がない。
「――――取った…………!」
間髪入れず不可視の剣を薙ぎ払うこなた。
しかし。
それは、あまりにも凶悪な一撃によって、体ごと弾き返された。
「うっ……!?」
飛ばされ、アスファルトを滑るこなた。
それを追撃する黒い旋風と、
追撃を阻止せんと奔る幾つもの銀光。
だが効かない。
正確に、一分の狂いもなく額に放たれた三本の矢は、悉く巨人の体に敗れ去った。
「――――!!!!」
巨人は止まらない。
振るわれる大剣を、こなたは咄嗟に剣で受け止める……!
「こなた……!」
そんな叫び、何の意味もない。
岡部の一撃を受け止めたこなたは、それこそボールのように弾き飛ばされ――――だん、と坂の中頃に落下した。
「――――!」
目が眩んでいるのか。
こなたは地面に膝をついたまま動かない。
「――――トドメね。潰しなさい、バーサーカー」
妹の声が響く。
黒い巨人は、悪夢のようなスピードでこなたへと突進する。
「古泉君、続けて……!」
叫びながら遠坂は走り出した。
―――加勢するつもりなのか。
かがみは石らしき物を取り出しながら坂道を駆け上っていく。
「Gewich《重圧、》t, um zu 《束縛、》Verdo《両極硝》ppelung――――!」
黒曜石を中空にばらまくかがみと、
天空から飛来する無数の銀光。
それを受けてなお、岡部の突進は止まらない。
怪物、だ。
……ここにきて、俺にもその異常性が読みとれた。
あの巨人は“屈強”なんていう次元の頑丈さじゃない。
アレは何か、桁違いの魔力で編まれた『法則』に守られた不死身性なのだと。
「いいよ、うるさいのは無視しなさい。
どうせアーチャーとかがみんの攻撃じゃ、アナタの宝具を越えられないんだから」
響く少女の声。
薙ぎ払われる巨人の大剣。
それを。
凛々しい視線のまま剣で受け止め、こなたは二度、大きく弾き飛ばされた。 ―――坂の上、何十メートルと吹き飛んでいく。
こなたは一直線に、それこそ剛速球のように、坂道から外れた荒れ地へと叩き込まれた。
それで、死んだと思った。
一撃ならまだいい。
だが、あの巨人の大剣を二度受けて、無事でいられる筈がない。
黒い旋風が移動する。
既に勝敗は決したというのに、まだ飽き足らないのか。
「■■■■ーーーーー!!!」
岡部は、咆哮をあげて坂上の荒れ地へと突進する。
死ぬ。
もしこなたが生きていたとしても、これで確実に死ぬ。
……そして。
ここにいる限り、俺も殺される事に間違いはない。
かがみの姿はない。
あいつは岡部を追っていった。
あれだけやって無傷だった相手に、まだ挑む気があるというのか。
何より―――俺が駆けつけたところで、一体何ができるというのか。
「く――――そ」
夜の中、一人立ち尽くす。
……悔しいが、俺には戦う力が欠けている。
俺ではこなたを助ける事も、岡部と戦う事も出来ない。
「!?」
坂の上―――こなたが弾き飛ばされた荒れ地から、聞きなれない音が聞こえてくる。
……あそこは確か、広い外人墓地の筈だ。
こなたと岡部。
二人の戦いはまだ続いているらしい。
坂を登れば、巨人の後を追えば殺される。
その事実に震える背中を押さえつけて、全力で坂道を駆け上がった。
荒れ地に駆け込む。
……と。
そこに待っていた光景は、俺の予想を遙かに裏切っていた。
墓石が飛ぶ。
咆哮をあげて巨人が大剣を一閃するたび、冗談のように重い墓石が両断されていく。
―――その中。
乱舞する墓石の上、勇然と駆け抜ける騎士がいた。
吹き荒れる斧剣の一撃。
ドンドンと音を立てて吹き飛ぶ墓石。
その中で、先ほどと同じ――――いや、それ以上の力で、こなたは岡部と対峙していた。
「――――――――」
「■■■■■ーーーーー!!!」
両者の立場は、ここにきて逆転している。
岡部に比べてあまりに小柄なこなたの利点。
障害物に阻まれる岡部と、
障害物などないかのように振る舞うこなた。
岡部にとって、この程度の障害など些末事だろう。
だが、それは決してゼロではない。
戦場としては些細な違いではあるが、その僅かな差こそが、拮抗する両者の天秤を傾けている―――
「こっち……!」
「えっ、ちょっ……!?」
かがみに引っ張られた
「なに考えてんのよキョン……! 前に出るととばっちり食らうわよ! 」
があー、ともの凄い剣幕で怒っている。
「いや、スマン」
「―――ったく。とにかく無事だからよかったけど。
……キョンの妹、本気でわたしたちを皆殺しにするつもりよ」
「それは判ってる。けど逃げようにも逃げれそうにないな」
「……そうね。まあ、逃げる必要はないかもね。あの調子じゃこなたは負けないだろうし」
木の陰に隠れながら、墓地の様子を覗き見る。
両者の戦いに変化はない。
岡部の一撃は悉く空を切り、台風のように周囲を破壊するだけだ。
その合間。
振るわれる旋風と舞い上がる土塊、
切断されていく墓石の雨の中、
こなたは鎧さえ汚さず踏み込み、岡部へ一刀を見舞う。
舞い狂う剣舞。
触れれば一瞬にして肉塊にされる旋風の中、躊躇うことなく敵に挑む騎士の姿。
……それで全てを受け入れたのかもしれない。
この先、どんな出来事が待ち受けようと。
たとえ相手が鬼神でも戦い抜けると確信して―――
「……やっぱりね。怪しいとは思ったけど、岡部の剣を受けたのはワザとだったわけか」
ぽつりとかがみは呟く。
「……それは、岡部をここに誘い込む為か?」
「わかってるじゃない。遮蔽物のない場所でアレと戦うのは自殺行為よ。
だからこそ、こなたは戦場にこの場所を選んだ。それも自然に、あくまで追い詰められたフリをしてね」
「――――――――」
……だとしたら。
こなたは坂道を歩いている時点で、この場所が戦闘に適した場所だと考えていたワケか。
「もちろん、こんな戦いになったら援護は期待できない。
けど相手は古泉君の矢さえ無効化する怪物だもの。
援護なんて、始めから無意味なのよ」
かがみはぶつぶつと呟きながら、戦いを観察する。
「……古泉の、矢……」
ただ、こっちはその言葉が気になった。
ここに古泉の姿はない。
あいつは弓兵なので、確かに無意味に白兵戦はしないのだろうが――――
「入った――――!」
指を鳴らすかがみ。
彼女の歓声通り、こなたの剣が岡部に届いたのか、それとも足場を失ったのか。
今まで決して揺るがなかった岡部の体が、ぐらりとバランスを崩す。
「―――――――」
苦し紛れに薙ぎ払われる旋風。
それを大きく後ろに跳んで躱し、こなたは剣を両手で構え直す。
――――それで決着だ。
苦し紛れの一撃を躱された岡部はさらにバランスを崩し、
こなたは渾身の力を込めて踏み込もうと膝を曲げる。
その時。
「――――え、古泉君……? 離れてくださいってどういう事……?」
首を傾げる遠坂の声と、遙か遠くから向けられた殺気に気が付いた。
「――――――――」
背後。
何百メートルと離れた場所、屋根の上で弓を構える古泉の姿を見た。
ヤツが構えているものは、弓だ。
今までと何も変わらない弓。
直撃したところで岡部には傷一つ負わせられない物。
なら、そんな物に脅威を感じる必要など――――
「――――――――」
―――いやな予感がする。
古泉が弓に添えているものは“矢”ではなく、もっと別の物であった。
「離れろ、こなた!!」
気が付けば、必死に大声を出していた。
「へ?」
きょとん、とした顔。
こなたは慌てた俺を見て、察してくれたようで踏み込むのを止め離脱した。
背後に迫る危機感。
「ちょっとキョン?」
かがみの叱咤も無視して、とにかくその腕を掴む――――!
「話は後……! いいからこっち――――」
かがみを抱き寄せて、そのまま跳んだ。
――――“矢”が放たれる。
今まで何の効果も出さなかった古泉の矢。
そのような物、防ぐまでもないと向き直る黒い巨人。
だが、その刹那。
「■■■■■ーーーーー!!!」
黒い巨人は俺たちに背を向け、全力で迫り来る“矢”を迎撃し――――
――――瞬間。
あらゆる音が、失われた。
「――――――――!」
かがみを地面に組み伏せ、ただ耐えた。
聴覚が麻痺したのか、何も聞こえない。
判るのは体を震わせる大気の振動と、肌を焦がす熱さ。
烈風で弾き飛ばされた様々な破片は四方に跳ね飛ばされ、俺達が隠れていた木を貫き
ごっ、と重い音をたてて、俺の背中にも突き刺さった。
「っ………………!」
歯を食いしばって耐える。
白い閃光は、その実一瞬だったのだろう。
体はなんとか致命傷を受けずに、その破壊をやり過ごせた。
「な――――」
俺の下で、かがみは呆然とソレを見ていた。
……それは俺も同じだ。
何が起きたのかは判らない。
ただ、古泉が放った“矢”によって墓地が一瞬にして炎上しただけ。 爆心地であったろう地面は抉れ、クレーター状になっている。
それほどの破壊を古泉は巻き起こし。
それほどの破壊を以ってしても、あの巨人は健在だった。
「……ランクAに該当する宝具を受けて、なお無傷なんて――――」
かがみの声には力がない。
なんとか立ち上って辺りを見る
火の粉が夜の闇に溶けていく中。
黒い巨人は微動だにせず炎の中に佇み、居合わせた者は声もなく惨状を見据えている。
火の爆ぜる音だけが耳に入る。
このままでは大きな火事になる、と思った矢先。
「え……?」
カラン、と硬い音をたてて、おかしな物が転がってきた。
「……剣……?」
否、それは“矢”だった。
豪華な柄と、螺旋状に捻れた刀身を持つ矢。
……たとえそれが剣であったとしても、“矢”として使われたのなら、それは矢だった。
「――――――――」
それが、どうしてか気になってしょうがない。
岡部によって叩き折られた矢は、炎に溶けるように消えていった。
跡形もなく薄れていく様は、熱に溶ける飴のようでもあった
「――――キョン、今のは」
「……古泉の矢だ。それ以外は、判らない」
顔をあげ、遠くの古泉に視線を移す。
表情はいつもと変わらないが大量の汗を掻いていた
「すいません、どうやら加減を間違えたようです」、とでも言っているようだ
「あいつ……」
古泉に対する殺気が芽生えた
「……なかなかやるね、かがみんのアーチャー」
何処にいるのか、楽しげな妹の声が響く。
「いいわ、戻りなさいバーサーカー。つまらない事は初めに済まそうと思ったけど、少し予定が変わったわ」
……黒い影が揺らぐ。
炎の中、巨人は妹の声に応えるかのように後退しだした。
「―――なによ。ここまでやって逃げる気?」
「ええ、気が変わったの。かがみんのアーチャーには興味が湧いたの。だから、もうしばらくは生かしておいてあげる」
巨人が消える。
妹は笑いながら、
「それじゃあバイバイ。また遊ぼうね、キョン君」
そう言い残して、炎の向こう側へ消えていった。
「………………」
それで、突然の災厄は去ってくれた。
口ではああ言っていたが、かがみも追いかける気はないのだろう。
俺にだって見逃して貰えたと判るのだ。
なら、かがみがわざわざ無謀な戦いを挑むとは思えない。
「キョンキョン、かがみ、無事!?」
……こちらに駆け寄るこなたの声が聞こえる。
「あ――――大丈夫だ」
ぐらぐらする頭のまま、なんとか答える。
瞬間、みっともなく尻餅をついてしまった。
「キョン? どうかした、気分でも――――、背中……!」
切迫したかがみの声。
……頭痛が強いためか、かがみの顔がよく見えない。
かがみは倒れかける俺の体を支えて、そのまま背中に手をやった。
「あ、痛」
ずくん、という痛み。
……この頭痛ほどじゃないにしろ、わりとハンパじゃない痛みが背中で点滅している。
「うわー、このままじゃ危険だよ。破片を抜くけど、キョンキョン我慢してね」
「え――――ちょっ、破片って、こなた」
…………!
躊躇なんてしてくれなかった
どうやら背中に刺さった破片とやらを、こなたは強引に抜いてしまったらしい。
「あ――――っつ――――」
乱れそうになる呼吸を整える。
これぐらいの痛みならなんとかコントロールできそうだ。
「はあ――――はあ、はあ、は――――」
ただ、今の感覚は特殊だった。
背中に羽が生えていて、その羽を抜かれるとしたら、こんな感じだったかもしれない。
「……傷が塞がっていく……なるほど、やっぱりキョンキョンは……」
胸を撫で下ろしながら、こなたはおかしな事を言った。
「……?」
傷が塞がっていく……?
いや、魔術なんて俺は使えないんだが。
「キョン、動ける?」
かがみの問いに、一応大丈夫だ、と手をあげて答えた。
「ならわたし達も行きましょう。これだけハデにやったんだから、騒ぎを聞きつけて人が来るわ」
ほら、と長い髪をなびかせて、かがみは墓地から坂道へと駆けていく。
それを追いかけようと地面を蹴った瞬間。
目の前が、唐突に真白くなった。
「ちょっと……? っ、キョンキョン……!」
……倒れる体を支えてくれる感触。
それもすぐに消えて、あっけなく、ほとんどの機能が落ちてしまった。
――――ここで意識は落ちた。
最終更新:2008年03月29日 21:48