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二話 涙は俺には似合わない


 俺は多分空を見ていた。机に両肘を突いて、顎を重ねた手の甲に預けて、ぼ
けっと流れる雲を眺めていた。宿題を片付けなくてはと思ってはいたけど、肘
を置いていた場所が少しへこんでるのを見て、俺はまったく同じ位置に肘を置
いて空を眺めた。

カタッ

 音がした、軽い音だった。箱に入れた金属製のスプーン同士がぶつかる様な
軽い金属音、不審に思ったのもつかの間って奴だ、肘を崩して机から少しだけ
動いた瞬間、机の腹の前にある大きめの引き出しが勢いよく開いた。

 もうそれはプロ野球選手の金属バットでフルスイングをジャストで腹に食ら
ったような衝撃で、モキッと音がしたときは背骨が折れて下半身不随になるこ
とも覚悟したほどだ。――まぁその音は実際のところ俺の座っていたよくある
キャスター付きの椅子の足と座る部分が繋がった太い金属部分が折れたんだが
、いやまったく俺の想像通りになっても全然これっぽっちもおかしくない状況
だった。俺はその腹部に受けた衝撃で後ろにぶっ飛んだ、もし自分の足でたっ
ていたら多分実際に俺がモキッだったかも知れん、キャスターが付いた椅子だ
ったのが幸いしたのだろうか、椅子がその身を犠牲にして守ってくれたのかと
思うと感慨深い。

 畳の上に絨毯を引いた俺の部屋、その床に不様にそっくり返った俺は、まぁ
とうぜんだが自分の身に起きたことがまったく理解できていなかった、できる
ほうが変だ、机が意思を持って俺に反旗を翻したのかという仮説も立ててみた
がそれも二秒で却下だこの野郎。結局考えるだけではどうにもならんと腹を押
さえて床にぶっ倒れてた姿勢からどうにか立ち上がり机を見やると、おやおや
さっきの俺の仮説よりもさらに奇々怪々な現象が起こってるわけですよ、なん
ですか奥さん、机から女の子の上半身が生えてますですよ。

「やぁやぁ! はじめましてだねっ!」

 少女は腹部を押さえて微妙な体勢で立っている俺を見ると、両手を万歳とい
った感じであげてやけにフレンドリーに声をかけて来た。俺はというと、それ
に大した反応も出来ず、ただただ眉をしかめてわけのわからない現状に理不尽
な怒りを沸々と湧き上がらせていた。少女は自分の言葉に返答がないのも気に
した様子もなく引き出しのふちに手を掛けて、「よいしょ」と身を乗り出し、
引き出しの外に足を出して床に立った、……どうやら足はあったようでテケテ
ケの親戚でないことは確かになった。よかったもしかしたら俺の背骨を折ろう
としたのも俺の脚を持っていくための手段だったのかも知れないとよくわから
ない不安に駆られていた俺は少し安堵する。

 その少女は腰までよりも長く伸ばした明るい青の髪を掻き分けて、小さく伸
びをした。一男子高生であり一般的、客観的に捕らえる限りその少女はなかな
かに整った顔をしていて、ふむ、可愛い系に分類されるのだろう少女に多少な
りともときめきを覚えるパターンなのかもしれないと思ったほどだった。
 だがしかし、流石に可愛くても妹より少し年上程度―妹は小学六年―の少女
に手を出すつもりはないし、そうでなくとも俺を殺害しかけた正体不明の人物
である、ここは胸に切ない痛みを感じるところではなく腹部の鈍痛をおさめる
場面だと判断した俺はとりあえず姿勢を低くして深呼吸して立ち上がる、…よ
し、これはきっと夢だ第一どれだけ小柄であろうとも引き出しから人が出てく
るはずもない、だからこれは白昼夢だ、幻覚に錯覚、幻聴に錯痛にと色々な要
素が混ざった結果の幻だ、安いドラッグを決めてバッドトリップしたような不
快感が胸にあるのもきっとそんな理由からだ。よし、大丈夫、世界は丸い。

「あれ? どこいくのかな?」

 幻聴空耳、俺はそう結論付けて机の正面にある窓とは別の窓に向かいカーテ
ンとガラス窓を開いて、サッシに肘をかける。あぁそらは青い、雲は白い、風
は流れて木々はざわめき、素晴らしいじゃないか世界。言葉。ん? よくわか
らんな。

「ねぇねぇ、怒ってる?」

 あ、雀が電線に止まってるな、一羽でちゅん二羽でチュチュンとな。

「ねぇねぇ~、シカトですか? シカトなんですか? なら私はシカトするあ
 なたをしかと見守ることにします」

 ……平和、だな~。

「……ね~え~、酷くない? 確かに勉強の邪魔したことは謝るけどさー」

 ちょっとまて、やっと謝罪の言葉がでてきたのはいい、あぁまだいいさ、ま
だ会話する余地はありそうだ。だが、だがだ、この部屋の現在の惨状に程近い
姿を見れば、他に言うべきことがあるだろうよ、普通のパイプ椅子だったら半
身不随、机の引き出し部分に頭を寄りかかって、いつものように読書に耽って
る時ならば即死だったぞ。俺は流石にこれは無視できんだろうとため息をつい
て振り向いた。

 ――――これで話は繋がったのか? はぁまったく七面倒だった



「で、こなたとやら」
「なにかな」
「ぶっちゃけ何者よ」
「…さて?」

 現在俺は机から読んでもないのにジャジャジャジャーンの青い少女と対談中
、壊れた椅子(二つ折りスティックタイプ)は歪んでしまったためしかたなく
引っこ抜いた引き出しと共に机の下の空間に放置され、部屋の中心に青髪少女
が正座ですわり、俺はそれから万一のため距離を置いて押入れの襖に寄りかか
って立っているのだが。

「…質問を変えようか、なぜこなたとやらは俺の机の引き出しから大魔王した
 んだ?」
「えっと、…髪の毛が青いから?」
「ちょっと窓から身を乗り出して見ろよ、空を自由に飛ばしてやろう」
「ごめんなさい」

 小さな体躯をさらに縮こまらせる青髪少女こなた、やはり妹と同程度にしか
思えない。まぁ妹そのものが同年代の連中より幼いことを考えると、その
あたりも微妙である。少なくともミヨキチと比べてしまえばミヨキチの方が年
上に見えるのは火を見るよりも明らかだ、山火事レベルで明らかだ、鎮火不能
だ。…だが実際問題生まれてから幾年ほどたっているのだろうか、それによっ
て俺の態度というか、こなたの扱いも変わってくるのだが。

「なぁ…まぁとりあえず聞きたいことは色々あるんだが、答えられんなら仕方
 ない、困ってる少女を苛めて楽しむ趣味は俺にはあまりない」
「…あまり?」
「言葉の綾だ。でだ、まず第一にこなたと俺が会話を交わすにあたって確認す
 るべき最低限の事項があるわけだ」
「え、あまりってどういうこと?」
「……で、まず聞きたいのがこなたの年齢だな、これで俺の対応がずいぶん変
 わってくる」


 万人受けの態度を取り続けるのは非常に億劫だ。現在わかってるこいつのパ
ーソナルといえば日本語を喋れるという事くらいなものだ、これでは街ですれ
違っただけの他人のほうがまだわかる、性別とそいつが人間であることは確実
にわかるのだから。こいつに関しては性別を含めて自信を持って断言できるこ
となど、俺にとっての厄介者であることだけだ。


「ん、年? それで態度が変わるってあにさ、年下萌え?」
「邪推するな、とりあえずわからないことが多すぎるから手近なところから固
 めたいだけだ」

 これも事実だ、実際問題。事の根幹にかかわる部分をいきなり聞いてもかわ
されるようだしな、それにいきなり聞いてホイホイ答えられても、やはりそれ
は俺にとって信用に足るものではないだろう。やはり最低限情報を引き出すに
しても相手を知る必要があるだろうと思うのだよ、せめてそいつが嘘をついて
るときと事実を言ってるときの差異をつかめる程度にはな、まぁ相手を知ると
いうことは自分もまた同時に観察され情報を与えることに直結するので、適度
な距離だ大切だが。

「ふ~ん、ま、いいけどさ。私の記憶が正しければ十八だね。一の次が二、そ
 の次が三ってのがお互いの認識であってるならば十八だよ」

 年上だった、しかも二つも年上だった、同い年でも驚愕だった、一個したで
もまだ納得はいかないだろうと思ってた、二つ年下で順当だろうと思ってた、
しかし年上、しかも二つも上となると俺としては自分の常識やら良識やらが音
を立てて崩れていくような気がした。いや別にテレビでも実際そういう小人だ
の巨人だのがホルモンバランスの異常でいることは知っていたが……、普通に
一美少女、あまり言いたくはないがむしろ美幼女だと思ってたのが年上だった
りされると正直俺が窓から身を乗り出して自由に空を飛びたくなるぜ。

「頭いきなり抱えてどうしたんだい? 見かけ幼くて実は年上なのに萌えた?」
「自分の外見には自覚があるようでなによりだよ、だが俺はお前にその手の感
 情を抱いていないことはここにしっかり明記しておこう、これ以上頭痛を増
 やさないでくれ」

 どうしようか、本気でアイキャンフライと叫んでみるかね。

「ははぁ~ん、やっぱり年下萌えだったわけだねそちは、そして劣情を抱いた
 と思ったら実は年上で自己嫌悪に陥ってるのか」
「死んでしまえ」
「ひどっ!?」

 叫ぶなやかましい、とここで思ったが、いくら俺の部屋が二階でも、この騒
ぎが下に、つまりは親や妹に聞こえてないのだろうか? 妹あたりすぐにでも
俺の部屋に特攻を仕掛けてきそうなのだが。……あぁ目が合った、閉めたはず
の扉の隙間からこっちを覗く爛々とした妹の目とあってしまった。これはなん
だ? まだこれ以上事態がややこしくなるというのだろうか、勘弁していただ
きたい、俺に原因はいまのところないはずなのにこの仕打ちは正直ないと思う
、泣きそうだ。

「……」
「……」
「…おかーさーん、キョン君が私と同じくらいの女の子を連れ込んでるー!」

俺は泣いた


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最終更新:2008年03月29日 22:00
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