なんてったって☆憂鬱:その9

最初の印象は、ああ、ホントにカッコいい奴だな、だった。隣にはキョンが難しい顔でこちらを見ていたが、正直言って比べると少し見劣りする感は否めない。
 そのほかにも、初対面の人間が二人、対照的な表情で、教室の出入り口からこちらを見ている。
 先頭にたって、永森さんを髣髴とさせる変化の乏しい顔でこちらを見ている、4人の中では一番小柄な女子生徒。恐らく長門有希その人だろう。
その後ろ、キョンの隣にそれぞれ立っているのが、古泉一樹と、朝比奈みくるかな。
 ああ、本当にアニメの世界に来てしまったんだな。今さらながら、やっと実感が湧いてきた気がする。
 
 「え、えと、ながも…じゃなかった。キョンキョン?そちらの方たちは一体誰なのカナー?」
 こなたさん、声が上擦ってますよ。
 
 微笑をたたえた好青年、古泉一樹が、顔とは裏腹に冷たいものが混じった穏やかな声で、俺達を凍りつかせた。
 「じつはとっくにご存知でないのですか?泉こなたさん」
 
 ごくりと、誰かが唾を飲み込む音が聞こえそうなほどに、当たりは静まりかえっていた。教室の空気が少しずつ、冷えていってる気がする。
 
 「涼宮さんの能力を利用して、一体何をするつもりなのか、詳しくお聞かせいただけませんか」
 
 …ヤバイ。マジでヤバイ。
 俺の手持ちのカードは3枚。「とぼける」「ウソをつく」「ごまかす」だ。ってみんなだいたい一緒じゃん!?とりあえずここは、なんとか
逃げ切るしか!手のひらがじっとりと嫌な感じで湿ってきたのを無視して、古泉に向き直った。
 
 「涼宮さんの能力?な、何訳の分からないことを」
 「とぼけても無駄」
 
 なんの抑揚もない、ひどく印象の薄い声に遮られて、俺はそれ以上言葉を継げられなかった。長門さんが、なんの感情もこもらない目で、俺をじっと
見ている。正直言おう、ホントに怖い。

 「会議室でのあなたたちの会話は全て把握している」
 
 盗聴器でもしかけやがりましたか。とそこで、この小柄な少女の正体を思い出して納得した。この宇宙人印のマルチロールアンドロイドは、俺達
の会話を離れたところから盗み聞きなんて簡単にやってのけるだろうな。
 
 かがみさんはつかささんを守るように立ち上がり、強張りながらも睨みつけるように彼らを見ている。そのつかささんはひどく怯えていて、今にも泣き出しそうだ。
こんな空気じゃ俺も今すぐ泣き出したい。みゆきさんからはさっきの穏やかな微笑みは消え、険しい表情。俺とこなたさんは言わずもがな、
動揺やら焦りやらが表に出ないように必死に取り繕っていたが、こなたさんを横目で見る限り完全に失敗だ。たぶん俺も。
 そして永森さんは──
 
 「知らないと言ったら、どうするの」
 な、永森さん?
 
 永森さんはゆっくりと立ち上がり、俺達の前に進み出る。その右手に持ってる黄色いものはカッターナイフとお見受けしますが、いつのまにそんな物持ってたんです?
さっきまで無かったと思うのですが。
 
 チキチキチキ。
 貨車の形式ではない。刃を一段づつ露出させる音が、異様に張り詰めた静かな教室に、やけに響く。
 
 「ちょ、ちょっと、永森さん!?」
 
 かがみさんの問いかけにも全く応じず、永森さんは長門さんと対峙した。漫画なら火花が散るところか。キョンの顔があからさまに強張るのが分かった。
多分、朝倉涼子に刺されたときのトラウマがあるのだろう。ひえぇと変な声を上げ、朝比奈さんが彼の左腕に飛びつく。古泉は穏やかな顔のままだが、明らかに雰囲気がおかしい。
 
 「私たちはただの転校生。何も知らないし何も分からない」
 永森さんのここまで感情がこもった声、初めて聞いた。それは聞く者を震えさせるような、冷たい怒りに染まったものだけど。
 
 
 本気でマズイ。なんで永森さんがこんなに敵意むき出しなのかは分からない。でもこのままじゃ、誰かが傷つくかもしれない。考えるより先に、口が動いていた。
 
 「ちょ、ちょっとみんな、落ち着こうよ」
 
 こなたさんも続いてくれた。
 「そ、そだね。と、とりあえず、ながもんも永森さんも、ちょっと話そう、ネ?」
 
 聞こえているのかいないのか、二人は少しも動かないままで。無言に張り詰めた時間が、どれだけ続いたのか。
 
 「分かりました。お話します」
 
 静かな水面に落ちた一滴の雫のような、みゆきさんの一言で空気が変わった。
 
 「ゆ、ゆきちゃん?」
 「永森さんも、長門さんも落ち着いてください。全てお話します。私たちがどこから来て、何者なのか」
 「み、みゆきさん!?ちょっと」
 
 こなたさんの抗議めいた呼びかけに、みゆきさんは微笑を向けて。
 
 「泉さん、私に任せてもらえませんか?」
 「う…わ、わかったョ」
 どことなく真剣なみゆきさんに、こなさたんも気圧されたようだ。
 
 俺は、といえば、内心ホッとしていた。あのまま緊張が続いていたらどうなっていたのやら。あまり考えたくはない。永森さんはその時どんな顔だったか分からない
けど、とりあえずみゆきさんに従うようで、カッターの刃を収納してポケットに納めた。いつも持ち歩いてるんですかあなたは。
 
 「では、お話を、聞かせていただけますか」
 古泉の言葉にうなずいて、みゆきさんが語り始めた。


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最終更新:2008年03月29日 22:08
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