学校で使われる安っぽい長机を挟んで二つの顔が対峙する。
片方はニヤニヤと子供が満足したような笑顔。
もう片方は苦虫を噛み潰した、というそのままの表現が合う顔だ。
そして、その二人を少し離れた場所から見ている二人の影があった。
「……本当に良かったのか?」
長机にいる二人には聞こえない程度の声でもう一人の影に話かけた。
「…世界が滅びるのを先回しにできる以上の成果はありますか?」
…疑問に疑問形で返すこの間抜け頭を一度分解してみたいものだ。
対照的な表情から離れた二人、つまり俺と古泉はその二人…
回りくどいのは俺の性分だが些かくどすぎたな。簡潔に言おう。
生徒会室に俺、ハルヒ、古泉そして会長さんの四人が居るのさ。
さて、こうなった経緯を話すには少し時計の針を戻す必要がある。
実は先日、ハルヒ抜きで話し合いをしていたのであった。
それ以外は会長の口調を覗けばそのままの光景だった。
招集したのはこの澄まし面をした古泉である。
「───と、いう訳で一芝居お願いしたいのです」
「……本気で言ってんのか?」
一触即発、と表現したい所だが生憎と怒りを露わにしているのは会長だけである。
まぁ、生徒会としても先日の"校内放送ジャック"の犯人探しをとりやめろ、なんて条件は飲めまい。
しかもSOS団などという非合法な部活(?)に"頭を下げて頼め"というのだから。
「頼まれていただけないならそれはそれでよろしいのですが…」
「………ああわかったよ。頼まれてやるよ畜生」
実際問題、交渉の余地など無かったのではあるが。
古泉は会長の弱み──というより"生徒会長"の地位自体を崩壊させられる立場にあるのだから。
今、生徒会長が彼なのは古泉とその後ろの"機関"が押し上げたからであって彼の自力では無い。
もし彼が自力で勝ち取ったとしてもこんな場末の学校にさえ手が伸びている"機関"なら軽々と辞任させられるだろう。
しかも古泉は断られてもハルヒに直に犯人探しを提案するだけでいいのだ。
わざわざ会長にこんな要請をしたのはそちらの方が演出するには都合が良いからである。
会長は断ることもできるが、後ろ盾である古泉らの心象を悪くしても意味はない。
そればかりか必要な時に動かせない駒には用は無い、と切られるかもしれない。
それをわかっていながら古泉は頼んだのだろうし、それを理解していらからこそ会長は同意したのだろう。
頭を悩ませる犯人を捕まえるな、反りの合わない奴に頭を下げろ。
この会長の地の性格からして本来なら自分で捕まえたかっただろう。
かくして、この密談は極めてスムーズに終わったのである。
「オイ、お前」
「…俺?」
「そうだよ。頼みたい事がある」
「なんですか?」
「犯人を見つけたら俺の代わりに拳を叩き込め」
「……」
「それくらい頼まれろよ」
こんな話もあったが忘れよう。
だって俺が犯人だから。
「それが人に物を頼む態度?」
腹に据えかねていた人物が自分に頭を下げる様子を見て絶好調である。
「……頼まれて、もら、えないか?」
口の端々から怒気が漏れ、額には青筋がうっすらと浮かんでいた。
その様子が更にハルヒを調子付ける。
「頼まれてもらえないでしょうか、でしょ?別に私は断ってもいいのよ?でも困るのはそっちよね」
建て前としてだが「生徒会には時間と人員が足りない」と言ってしまってある。
なので"仕方なく"SOS団に依頼するというのだ。
「仕方なく、ほんっとうに仕方なくだけど頼まれてあげてもいいのよ?でもねぇ…」
調子というものを視認できたならきっと男体山ぐらいの標高は突破しているだろう。
会長の裏事情を知らないハルヒは憎きあの生徒会が頭を下げているとしか見えまい。
お気の毒である。
「頼、まれて…もらえ、ない!でしょうか……?」
青筋が完璧に浮かび上がり、眉間に深くシワが刻まれている。
その心中はどれ程だろうか。
まぁ所詮は他人なのでわかる筈も無いのだが。
「はいもう一度!そんな投げやりじゃ私の心には届かないわ!」
結局として、五度にわたる駄目押しの後、ようやくハルヒは引き受けた。
「お前の予想通りにハルヒは上機嫌だったな」
「ええ」
にっこり、と笑顔を向ける。
その笑顔はどこか──
「、楽しそうだな」
「ええ」
再度同じ答え。
部室で俺と対局している時に似たような雰囲気の笑顔だった。
「言わば、筋書きのないドラマですから」
「……」
だから楽しい、のか?
機関の筋書きの書かれたドラマチックな偽物、では無く。
"俺たち"と紡ぎ上げる本物のドラマ──
「…深読みし過ぎか」
「何か?」
いや、と返事をした。
俺も楽しいからいいのだ。他人の心中など知った事ではない。
このリアルな生活空間で、筋書きの無い、手加減無しの、古泉と対局するのだ。
楽しみでない訳が無い。
初めて見たかもしれない古泉の笑顔。
俺はそれに心の底からの笑顔で応じた。
最終更新:2008年03月31日 22:01