なんてったって☆憂鬱:その10


 結論から言うと、こいつらは巻き込まれたらしい。
 もっとも、こいつらの言い分をすべて信じると仮定しての話だ。長門や古泉、朝比奈さんでさえ俺にすべてを教えているわけではないのだ。こいつらも例外ではないと考えるべきだろう。
 
 「つまり、あなた方は学校での異常現象に巻き込まれた、というわけですか」
 「そうです」
 高良みゆき、と名乗った女子生徒が、はっきりと頷く。やけに大人びているな。見方によっては大学生、OLと言っても通じるかもしれない。朝比奈さん(大)に似た 雰囲気を持ってる。その特盛も…いやなんでもない。
 
 で、要約するとこうだ。
 学祭の準備で居残りしてて、遅くなったから帰ろうと思ったら学校に閉じ込められて、気がついたらここにいた。ハルヒに自ら望んで近づいたのではなく、むしろハルヒのせいで妙な事態に突き落とされた、哀れな被害者というわけか。
 
 ちょっと待てよ。泉達の言い分が仮に事実だとして、腑に落ちない点があるぞ。
 
 「では、巻き込まれただけのあなた方がなぜ我々や涼宮さんについてご存知なのです?」
 
 古泉の奴も、うそ臭い笑みを浮かべながら同じ事を考えていたらしいな。俺の隣で壁に寄りかかる古泉の目は、どうやら表情と正反対の感情をたたえていたようだ。
まあ気持ちは分からんでもない。あからさまに矛盾したことを口にしているんだからな。
 長門や古泉が言うには、転校生軍団は俺たちSOS団やハルヒの能力を知っているのだという。それについては本人達も肯定している。
ただ巻き込まれただけの一般人、まあ異世界人が一般人と呼べるかどうかは疑問があるところだろうが、今はどうだっていい。
そんな人間がどうして巻き込まれた原因はおろか長門古泉朝比奈さんの正体、ハルヒの力の事まで知覚済みなんだろうね。自然に考えるなら、やはり何かしらの意図をもって俺たちのことを調べ上げ、ハルヒに近づいたとするべきだろう。
 古泉につっこまれて、高良は「それは、その…」と呟いたままうつむいた。やっぱり何か隠してるらしい。
 
 「その疑問には私がお答えしよう」
 突然、泉が声を上げた。その口調はどことなくエラそうである。正体を見破られた怪盗が「バレちゃあしょうがない」と変装を脱ぎ捨てるような雰囲気だ。こいつ
どこか楽しんでやがるな。
 
 「それは、君らがサトラレだからだよ」

 全世界が停止したかと思われた。
 
 いや、少なくともこの教室の空気は停止した。確実に。なんか今懐かしいドラマの題名を聞いたような気がするんだが。
たしかあれは漫画が原作だったな。ということは、俺たちの思考は周囲の人間に筒抜けなのか。なら俺の成績も学年トップになっているはずだが、赤点という名の地上すれすれをアクロバット飛行しているのはなぜなんだ。
 
 などと考えている場合ではない。
 「こなた、あんた真面目な話してるのにマンガの話はやめなさいよ…」
 ため息交じりに、柊かがみが呟く。ツインテールとは今時珍しい。ちょっと気の強そうな印象の顔つきは古泉の奴が言うとおりなかなかに美人だ。
 
 「えー、こういっておけば無問題もーまんたい。ゲーム脳理論より自然な言い訳だよ、かがみんや」
 「どこがだ。だいたいこっちの世界でも同じマンガがあると思うなよ」
 「学校行く前にコンビニ寄って、コミック置いてあるの確認したから大丈夫だいじょーぶ。だいたい元の世界と変わりないんじゃないかなそんなに。三大少年誌を読む限りではネ」
 「判断基準がそれかよ」
 
 額に手をあて、やれやれと呟く柊。ちょっと待ってくれ。それは俺の専売特許だぞ。
 
 「まーとにかく、そーゆー事にしといてくれないかな」
 泉のお気楽な言葉に、悪びれた様子は全く無い。しかもさりげに「言い訳」とまでのたまってるぞ。本当のことを言う気はさらさらないってことか。
 
 「世の中知らない方がいいこともあるんだよ、キョンキョン」
 
 それについてはいくらうなずいても足りないほどに同意できるな。流し目で朝比奈さん、長門、古泉を見遣る。この3人から余計なことを聞かされなければ、俺の高校生活も少しは穏やかなものになったのかね。というか泉よ、お前も俺をキョンと呼ぶのか。これで俺を本名で呼ぶのは、学校では担任の岡部くらいになってしまった。まあ呼び名については悟りの境地に達しているのでさして気にしない。好きに呼ぶがいいさ、もう。
 
 「…分かりました。その話はまた後ほどにしましょう」
 わずかに憮然とした口調の古泉。長門は何も言葉を発さず、泉たちの方をじっと見ているだけだ。情報がほしいならもっと積極的に質問なり何なりしたほうがいいぞ。それともあれかね、その宇宙的超パワーであいつらの心の中でも読み取っているんだろうかね。
 
 「あなた方は、これからどうするおつもりなのですか。涼宮さんの能力を利用しようというお話をされていたようですが」
 古泉は随分と警戒しているようで、言外に「返答次第ではタダじゃおかない」ってオーラがプンプン出てるぜ。

 「俺たちは、元の世界に戻りたいんだ。でも思いつくことといったら、涼宮さんの力を借りることしかなくて」
 「それは推奨できない」
 
 小鳥谷の言葉を打ち消すような、長門の平坦な声。ようやく喋ったか、長門。
 
 「涼宮ハルヒが自分の力を自覚してしまうと、予測できない危険を産む可能性がある」
 「我々としても、そのように考えています」
 「そ、それは私も困ります!」
 
 ──まただ、あの嫌悪感。三者三様に口をついた言葉に、俺はどうしようもなくもやもやしたものを感じた。
一体なんだっていうんだ。
 こいつら、ハルヒのことを一体なんだと思って──
 
 「では、涼宮さんに自分の能力を知られないように、力を借りることができればいいのですね?」
 
 俺を含めた、この教室の全ての視線が、高良に向けられた。
 
 「み、みゆきさん。そんな方法があるの!?」
 泉の期待に満ちた眼差しに、わずかにしゅんとなって高良が答える。
 
 「すみません。具体的な方法までは、思いつかないのですが…」
 たしかに、難しい問題かもしれん。ハルヒに自分の力をバラさずに、その力だけをうまく引き出す方法か。
一休さんも頭を抱えそうな難問だな。
 それきり誰も口を開かない、無言の時間が流れる。空気が重くなっている気がするな。なんとも居心地が悪い。
 
 「まあ、ここで考えててもしょうがないよ。明日からどうせ部室で顔合わせるんだし。お話の機会はいくらでもあるよネ」
 泉が、んーと声を上げながら、思いっきり上体を伸ばして呟く。教室の時計に目をやると、体感以上に針が進んでいた。
というか泉よ、本気でこの意味不明な怪しい団体に入る気なのか?
 
 「もちろん!明日からよろしくね」
 いや、グッと親指を立てられても困る。
 
 「ちょっと、どういうことよこなた」
 困惑した様子の柊が、泉を問い詰めていた。
 
 「私たちは明日から、栄えあるSOS団団員となるのだよ」

 再び、全世界が停止したかと思われた。
 どうやら、空気を止めるのが泉の得意技のようだ。
 
 「わ、私たちって、まさか…」
 「そ、ゆー君もかがみんも、みゆきさんもつかさもだよ。答えは聞いていない」
 いや聞けよ。
 
 「ちょ、ちょっと!何勝手に決めてるのよ。そんな話聞いてないんだけど!」
 「そりゃそうだね。今言ったんだもん」
 まるでハルヒのような物言いだな。柊が怒るのも納得だ。もしかして泉も、ハルヒとは別のベクトルで暴走するタイプなのか。
 
 「えすおーえすだんって、今朝こなちゃんが言ってた…」
 どこか間延びした、羊雲のようなやわらかい声を柊が、ってこれじゃ紛らわしいな。今のは柊の妹の、つかさだ。
こちらは短く切った髪に、ハルヒの様なリボンが目立つ。姉の方とは反対におっとりとした柔らかい雰囲気は、高良のそれとも似ている。しかし古泉から聞いたが、二卵性の双子ってのは、結構違いが出るものなんだな。
 
 「そ。世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団、略してSOS団!」
 「それでSOS団なんだね。私誰かに助けを求める可哀想な団体だと思ってたよー」
 
 柊の妹の方は、なんというか、きつい事をずばりと言ってのけることが出来るらしい。もしかして天然か。「可哀想な団体」という言葉がやけに突き刺さるのは、気のせいじゃないんだろう。はたから見ればいろんな意味で、「可哀想な団体」であるのは否定できんからな。ああ忌々しい。
 
 「つかさ、あんた前に私から借りて憂鬱読んだことが──」
 「なああああああ!ちきゅーうがーあぶーないいいー!」
 
 何をやっているんだ泉。いきなり大声で歌いだして。
 
 「い、いやぁ。な、なんか歌いたい気分になっちゃってさー」
 「急に叫ぶな!びっくりするじゃない」
 柊の姉が突っ込みを入れている。何か俺と同じ匂いがするね、姉からは。突っ込み役としての同じ匂いが。
 
 「か、かがみん。空気読んでヨ」
 顔を顰めて、柊姉の方を振り向く泉の声は、まるで子犬の唸り声のようだった。
 
 「何の話よ」
 「なんでもいいから空気読んでよ」
 「いきなり訳の分からないこと言うな。大体つかさにハルヒの憂鬱よ──」
 「だああああ!ごっとまーん!」
 
 随分古い特撮の歌だな。父親の影響か。少なくとも普通の女子高生が知っている歌ではないような気がするが。
それよりもさっき柊姉が言いかけた言葉が気になるんだが。
 
 「僕もです。涼宮さんの憂鬱と聞こえましたが」

 古泉の爽やか偽者スマイルが向けられ、俺から見てもポリグラフテストの必要さえないような狼狽振りで、泉は答えた。
 
 「え?いやー空耳じゃないかな空耳。誰が言ったか知らないが言われてみれば確かに聞こえる~ってヤツだよ」
 なんだそりゃ。毎度お馴染み流浪の番組か。
 
 「それはない。柊かがみはハルヒの憂鬱と確かに発音した」
 冷静な長門の指摘に、俺も頷いた。確かにそう聞こえたぞ。
 
 「泉さん、あなたは一体何を隠しているんです?」
 「か、隠し事は良くないと思います!」
 
 古泉と朝比奈さんがさらに畳み掛ける。忠告しといてやるが、隠し事は往々にしてよい結果を招かないぞ。古泉と長門と朝比奈さんと俺の訝しがる目線を受け、泉は「むううう」と唸っていたが、いきなり立ち上がって叫びやがった。いや、叫んだというほどの音量ではないな。だがそれなりに大きな声だった。
 
 「あ!き、今日はみんなで街を周ろうって約束してたんだよね。もうこんな時間だしそろそろ学校出ようよみんな!」
 
 なるほど、異世界観光か。だが約束してた割には、柊も高良も小鳥谷も、ぽかんとあっけに取られた表情してるのは俺の気のせいか。というかこれは多分逃げる気だな、泉の奴。古泉達に追及されて、分が悪くなったのがバレバレだ。少なくとも俺たちには知られたくないなにかを、泉たちは知っているらしい。
 
 「え、こなたさん?そんな約束し」
 「約束したよね?」
 こちらからは振り返った泉の後ろ姿しか見えない。だからその時泉がどんな表情だったかは永遠に謎だ。だが小鳥谷の体が
こわばり、柊の妹が震えながら「こなちゃん…顔が怖いよ…」と姉に縋り付くのを見れば、ある程度想像できるが。
 
 「…したよね?みんな」
 
 一瞬、静寂が訪れた後で。
 
 「そ、そうだね。そろそろ行こうか」
 「こなちゃん、怖いよ…」
 「全く…」
 小鳥谷と柊姉妹が、やれやれと立ち上がる。高良だけは、おろおろとあちこち見回しながら、泉の突然の行動に戸惑っているようだ。
 
 「あ、あの泉さん、長門さん達のお話はまだ終わっていないんじゃ…」
 「明日から部室で顔合わせるんだし、急がなくてもいいんだよー?」
 「ぐりーんだよー!」
 
 柊妹がいきなりノリノリで反応しやがった。な、なんというか、おもしろい奴らだな、異世界人ってのは。
 
 「えへへ、そうかな。あ、ありがとう」
 「おおっ、つかさぐっじょぶ!」
 この柊妹の無邪気な笑顔に思わずこみ上げるものがあったのは内緒だ。姉の方は呆れている様子だが。あと泉、ネットスラングはリアルワールドでは自重したほうがいいぞ。 
 
 「ああ、気にしないで。こいつはこういう奴なのよ」
 
 柊姉よ、フォローになってない気がするんだがな。
 
 「これが私に出来る精一杯よ」
 さっきからため息つきっぱなしの柊姉に、親近感のようなものが湧いてきた。お前も苦労してるんだな…。
 
 「ええ、お互い大変よね。ええと、キョン…君」

  脳裏に「お前もその名前で呼ぶのか柊姉よ」という疑問が浮かんだが、身近な人間の暴走を止めなければならない使命を背負わされた二人の間に生まれた、この不思議な連帯感の前にはささいな問題だ。もっとも、俺の言葉なぞハルヒは聞くそぶりも
見せないし、近頃はその役目も放棄気味だがな。
 
 「あれあれー、何気にヒドイ事言われてるよー?」
 気のせいじゃないか泉。それとも空耳かもな。
 
 「ぬう、そうきたか。やるなキョンキョン」
 それよりもどうするんだこれから。街を見るんじゃなかったのか。正直俺もそろそろ帰りたい。
  
 「あ、そうだったネ。とゆーワケで、ながもん達も今日はこのあたりで許してくれないかな?あとでもう少し詳しく説明するから、
今日は見逃して。お願いだヨ」
 手を合わせてお願いの仕草をする泉と俺たちの間に、少しの無言の間があったあとで。
 
 「…最後に質問がある」
 長門が静かに切り出した。何を聞く気なんだ。
 
 「ながもん、というのは、誰を指す呼称なのか教えて欲しい」
 それかよ。
 
 「もちろん長門っちのことだよ。あ、ゆきりんの方がよかった?ってまだその域に達していないか、今は」
 
 また意味深な台詞を吐きおってからに。その域って何の話だ。
 
 「…どちらでも構わない」
 「おお。じゃ、せっかくだからゆきりんで」
 
 いいのかよ長門。妙なあだ名付けられちまったぞ。
 思わず長門へ顔を向けた俺の目に、わずかに、ほんの僅かだが信じがたいものが映った。目の錯覚か、気のせいなんだろうか。
 
 ──照れているのか、長門。
 
 目を凝らしてみたが、次の瞬間にはすでにいつもの液体ヘリウムのような眼差しがあるだけだった。
 
 「分かりました。今日はこのあたりで解散にしましょう」
 「悪いねー」
 今日はここで切り上げることに同意した古泉の前へ、泉がとことこと歩いてきた。右手を差し出して何やってるんだ?
 
 「挨拶挨拶。とりあえず、これからよろしくネ」
 
 さすがの古泉もこの行動には面食らったようだが、すぐにいつものポーカースマイルを浮かべて、泉の右手を握り返す。
 
 「ええ、こちらこそ。もっと詳しい話を、次はお聞かせ願いますね」
 「まかせたまへー。その時が来たら、お話してしんぜよう」
 
 やれやれ。SOS団が急に賑やかになっちまったな。人数に比例して俺のため息が増えないように願いたいもんだね、などと思いながら。
 これからの日常が、なぜかおもしろくなる予感がしてたのさ。全く、ハルヒの病気でもうつったかね。おもしろいことを思いついた(俺にとっては
大抵おもしろくない事だが)あいつみたいに、ガラにも無く心が踊りだそうとするとはな。


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最終更新:2008年04月06日 17:23
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