……目を開けると、そこは居間だった
床に寝かされているらしく、腕をあげてみると、両腕は包帯でグルグル巻きにされていた
体を起こす。
時計は夜の十時を回っていた。
「やっと起きたようね」
ん?かがみのようだ
「……で、痛いところはないの? とりあえず外傷は塞がってるけど、中身までは判らないから。異状があるんなら手当しないとまずいでしょ?」
「――――いや。だるいだけで、痛むところはない。ただ、なんだか―――」
宙に浮いている感じがする。
自分がここに居る経緯が判らない。
今日一日、何をしていたのか思い出せな――――
「――――!学校は!? あの後どうなったんだ……!?」
「大丈夫、大事にはなってないわ。病院に運び込まれた生徒は多いけど、命に別状はないみたい。みんな栄養失調って事で、二、三日病院で休む程度だって」
良かった。結界を解くのは遅くなったが、間に合わなかった訳ではなかったんだ。
安心した途端、全身から力が抜けた。
ほう、と大きく息を吐いて、壁に背中を預ける。
だが、取り逃がした国木田との決着は一日でも早くつけなくてはならない。
躊躇もなくあの結界を発動させる奴を野放しにする事がどれほど危険かは、俺にだって判る。
「…………くそ……寝てる場合じゃない……ん……だけど」
目眩のような空白
横になった途端、癒えきっていない体は貪欲に眠りを求めてくる
……休んでなどいられない
たとえ体が治りきっていなくとも、逃げていった国木田を捕まえんと――――
Fate/unlucky night ~五日目
深く呼吸をして、肺に空気を送り込む。
「――――はあ」
どうやら眠気に負けて寝てしまったようだ
時刻はまだ六時になったばかり
朝早く目を覚ますあたり、体はわりと回復しているのではなかろうか。
「――――よし」
体を起こして布団を畳む。
そんな何でもない作業の途中、びしり、と。
亀裂でも入ったかのように、左肩が痛んだ。
「っ……まあ、そりゃそうだよな。さすがにまだ治りきってないか」
それでもあるのは『痛み』だけだ。
廊下に出る。
陽射しは陰鬱として、力強さがなかった。
学校は昨日の事が原因で一週間ほど休みとなった、ありがたいことだ
そのせいかつかさや黒井先生は家に来ていない
朝食を済ませてからこれからについての会議となった
「いくら焦っても国木田は夜まで何もしないってか」
「そうよ、真昼間に行動したら目立つでしょ。他のマスターに自分の居場所を教えるようなものよ」
「あたしもそう思うよ、原作でもそうだったし」
そして話し合いの結果、夜になってから国木田を探すという結論に到った
夕方まで自由行動となった
古泉の部屋へ向かう
少しでも戦力になれるようにやっておきたいことがあったからだ
「おや、どうなされましたか」
いつものデフォルトスマイルの古泉
「頼みがある」
「珍しいですね。あなたが僕に頼みごととは」
「その、だな――――――
―――夜の街を歩く。
時刻は夜の八時過ぎ。
駅前がもっとも賑わう時間、こなたと二人で街の地図を眺めている。
「主立った建物は周ったね。他に行くべき場所はある?」
「そうだな、少し離れたところに工場がある。あそこも人が集まる場所だから調べておかないとな」
国木田を見つけれるため、二組に分かれての捜索中である
「そう言うこなたの方はどうだ? 気配は掴めるか?」
「……いや、感じないよ。一度戦ってるから、近くにいれば知覚できるんだけど――――」
肌を刺す違和感。
俺でさえ感じ取れるほどの魔力の波
「……キョンキョン。言うまでもないけど」
「解ってる。……それで、近くにいるのか」
「いや、まだそこまでの距離じゃないよ。でも確実に見られているね。……この魔力は、挑発みたいだね」
見られている……という事は、ようやく囮に引っかかってくれた訳か。
あからさまに魔力を放っているところを見ると、俺たちを誘っているのだろう。
意識を切り替える。
「魔力を辿るよ。注意してね、キョンキョン」
声を出さず、無言で頷く。
針のように肌を刺す殺気は、人通りが消えかけているオフィス街から放たれていた。
今日に限って残業をする人間はいないのか。
歩道を歩く人影はまばらで、見通しは悪くない。
不審な人影はなく、国木田がいるとしたらこの先……公園だろうか。
……肌を刺す殺気は一段と強くなっている。
この近くに敵がいる事に間違いはない。
いや、むしろ。
「――――――――っ」
背筋に悪寒が走る。
感じとれる殺気からして、俺たちはとっくに敵の間合いに入っているのではないか。
「……気を付けろ。なにか、ヘンだ」
「……うん、こんな人目のある場所で仕掛けてくるとは思えないけど、相手が相手だしね。用心に越した事はないよ」
無言で頷いて、公園へと向かう。
のど元にナイフを突きつけられているような圧迫感は、この際無視しよう。
オフィス街には国木田の姿も高良の姿もない。
しかけてくるとしたら、人目がない公園の筈――――
「キョンキョン――――!」
「? なんだ、こなた」
こなたへと振り返る。
こなたは稲妻のように跳びかかり、
俺の頭上で、その一撃を弾き返していた。
「!?」
頭上を仰ぐ。
視界には天を衝くほどの巨大なビルが聳え。
その側面には、蜘蛛のように張り付いた敵の姿があった。「な――――」
全身を覆うほどの長髪と、しなやかな白い四肢。
顔をマスクで隠したソレは、間違いなく高良…………!!「――――フ」
ビルの五階付近に張り付いたソレは、ぬらりと舌なめずりをして、俺を見た。
……背筋が凍る。
間違いない。
アレはビルの屋上から落下し、頭上という死角から俺の首を断ちにきたのか――――!
「こなた、アイツは……!」
「追うよ! キョンキョンはここにいて……!」
「え―――追うって、どうやって!?」
地面を蹴る。
こなたは、一瞬にして視界からかき消えた。
「な――――!?」
ビルの屋上から落下してきた高良もデタラメなら、跳躍だけで追撃したこなたもデタラメだ。
否、サーヴァントには、常識など当てはまらないのか。
こなたは高良同様、ビルの側面を蹴って、稲妻のように襲いかかった――――!
目まぐるしく交差する二つの影。
頭上で衝突しては離れ、ビルを蹴ってまた衝突しあう様は、戦闘機の空戦を見ているようだ。
それを、俺は――――
「―――――――」
このまま見ている訳にはいかない。
足場のない戦いのせいか、こなたは以前ほど高良を押し切れていない。
二人の激突は少しずつ上空へ、ビルの屋上を目指して移動している。
「そうか、屋上――――!」
高良が屋上から落ちてきたのなら、国木田がそこにいる可能性は高い……!
勝利条件は二つ。
高良が宝具を出す前に倒すか、マスターである国木田を先に叩くか。
こなたが高良と戦っている以上、俺がするべき事は一つ――――!
駆け上がる二つの影。
既に地上は遠く、激突は際限なく高度を増していく。
両者は足場など必要とせず、壁を蹴る反動だけでより上へむかっていく。
その過程。
頂点を目指すまでの一瞬に、幾度となく衝突する。
地上から見上げる者がいたとしたらピンボールを連想しただろう。
尤も、ぶつかり合う両者は肉眼で捉えられるものではない。
それはかろうじて衝突の軌跡が判る程度の。
「――――っ」
いかにサーヴァントと言えど、生身で空を行く事はできない。
ビルの壁を駆け上がる事はできるが、結局はそれ止まりだ。
こんな事は自由落下と変わらない。
勢いを失うまで昇り続けるか、勢いを失って落ちるかだけの話。
始まったからには終着である屋上を目指すしかない。
その過程、この瞬間に相手の一撃を受ければ、無惨に地上へ墜落するのみだ。
―――だが。
倒すべき敵である高良には、そのルールは適用されてはいなかった。
ビルの側面を駆け、ただ上を目指すだけのこなたを狩りたてる、紫の軌跡。
縦横無尽、上下左右から弧を描いてこなたを襲う。
長い髪は彗星のように流れ、その姿は大木に巻き付く蛇そのもの。
「っ……!」
こなたの足が壁に触れる。
体を横に傾け、ビルの端を目指して壁を蹴る。
垂直に屋上を目指していた軌跡が、直角に変化する。
―――流れるような追撃が離れていく。
瞬間的な爆発力では、こなたが勝っている。
こなたは一蹴りで大きく振りきり、ビルという足場の果て、ギリギリの角まで跳躍し、さらに跳んだ。
だが、両者の間合いは変わらない。
高良は引き離される事なくビルの側面を駆け、こなたが跳躍を必要とする隙に牙をむく――――!。
以前は勝負にさえならなかった剣の技術は、この戦場において対等になった。
二人の戦いに決定打はない。
否、なにより高良自身が決定打を避けている。
意を決してこなたが高良へと跳躍すれば、受けるだけで反撃する様子さえ見せない。
ただ、屋上へと上っていくこなたの隙をついて牽制するのみである。
「ちょっと、戦う気がない……!」
こなたが逃げ腰の高良を罵倒
「ふふ―――高いところは苦手みたいですね」
涼しげな声で返す高良。
高良の言うとおり、空中戦は不慣れのようだ。
「自慢の剣もここでは形無しでしょう? けど安心してください、もうじき楽にしてあげます」
誘うように高度を増していく。
意図的にこの状況を作っている。
「―――――――」
こなたとて承知している。
この終着点。
そこに待ち受けるモノは、高良にとって必殺の状況に違いない。
彼女の切り札は、そうおいそれと使えるモノではない。
故に何の邪魔も入らない場所に獲物をおびき寄せ、最強の一撃で決着をつけるつもりなのだ。
このまま屋上に上がれば窮地に追い込まれる。
高良の宝具が考えている通りのモノだとしたら、防ぐ手段など有り得ない。
だが、いまさら引き返す事はできない。
―――両者の高度は上がっていく。
刹那の攻防を続けながら、戦いは終着駅に着こうとしていた。
「くそ、なんだって四十階までしか動いてないんだ……!」
階段を駆け上がる。
裏口からビルに入ったものの、エレベーターは屋上まで動いていなかった。
屋上までの残る十階分は、自分の足で走るしかない。
「は――――はあ、はあ、は――――!」
全力で階段を上がっていく。
どのくらい時間が経ったのか。
十分―――は経っていないと思うが、それでも時間としては長すぎる。
戦いなんて、どんな弾みで終わるか判らない。
なにか、とんでもないミスをして窮地に立つ事だってある。
だからその前に国木田を見つけて令呪を使わせてしまえば、戦う必要はなくなる筈だ。
「くっ――――は、は…………!」
……病み上がりの体は、階段を駆け上がれば駆け上がるほどキリキリと痛んでくる。
ビルの裏口を探して、階段まで走った事で息もあがっている。
イヤな予感がする。
どうしてそんな気がするのかは分からない
屋上には、相手にしてはならないモノがある。
不吉な予感を振り払うように、ただ懸命に階段を駆け上がる。
扉を開けた途端、街の夜景が視界に飛び込んでくる。
コンクリートの地面は、所々が焼け焦げていた。
じゅうじゅうと音をたてるソレは、肉を焼く鉄板のようでもある。
その中心。
焦げ付き、削られている屋上の真ん中に、膝をつく彼女の姿があった。
「こなた…………!」
「!? どうしてここに――――!」
肩を上下させているこなたに余裕はない。
そこに駆け寄ろうとした瞬間――――何か異質なモノが浮いている事に気が付いた。
否。
それは圧倒的なまでの魔力をもって、認識を強制したのだ。
「な――――」
視線が空を仰ぐ。
翼のはばたく音。
白い、おぼろげな月の姿より白すぎる何かがいる。
……それは。
神話の中でしか聞いた事のない、伝説上の天馬だった。
そうして、屋上に辿り着いた瞬間。
彼女は、敵である相手の正体と対峙した。
「ハァ―――、ハァ、ア―――」
倒れそうな体を剣で支え、顔を上げる。
休みなく駆け抜けてくる白い光。
剣に纏った風を前方に展開し、見えない壁を作る。
吹き飛ぶ体。
本来ならあらゆる衝撃を削減する筈のソレは、天馬の速度を緩める事さえ出来なかった。
「うっ…………!」
吹き飛ばされ、受け身もとれずに地面に転がる。
―――倒れている暇などない。
天馬は空中で旋回し、息つく間もなく滑空を再開する。
「ふっ……!」
受け止める事は出来ない。
許されるのは跳躍による回避のみ。
だが避けたところで、その余波だけで彼女の守りは削られていく。
このままではいずれ正面から、何の守りもなく直撃を食らうだろう。
舞い降りてくる白い光。
天馬は遙かな頭上より滑空し、屋上に衝突する事なく彼女をなぎ払い、上空へと去っていく。
追撃など出来る筈がない。
駆け上がる壁もなく、あったところで、あの天馬を捉える事など誰にできよう。
「ハァ……ハア、ハア、ハ――――」
その劣勢において、こなたは反撃の機会を待つ。
天馬と言えど、生きている以上は殺せる相手だ。
彼女に残された勝機は、天馬を駆る高良がその手綱を誤る失点だけである。
「驚きました。見かけに寄らず頑丈なのですね、貴女は」
頭上からの声。
彼女は剣を構えたまま空を仰ぐ。
「ですが、それに意味はありません 貴女には勝ち目などないのですから」
高良の声は冷静だ。
その陰にはかすかな愉悦が感じられる。
上空で翼を休める天馬。
隙あらば貫こうとする巨大な矢
膨大な魔力を放出しながらの滑空は、巨大な城壁が突進してくるようなものだった。
―――そんなもの、防ぐ事も躱す事も出来はしまい。
だが、驚くべきは別にある。
天馬は呼び出したモノにすぎない。
あの天馬は愛用する短剣とほぼ同位。
つまり―――未だ宝具を使ってはいない
「――――――――」
その窮地において、こなたは敗北など考えてはいなかった。
むしろ高良がその気になった後にこそ、勝機があると踏まえている。
高良の宝具がなんであれ、この建物を破壊する程度なら問題はない。
守りに徹して凌ぎきり、その直後、無防備になったところを斬り伏せていたのだろう
―――そう。
この場に、俺が現れなければ。
「な――――」
空を仰ぐ。
翼のはばたく音。
白い、おぼろげな月の姿より白すぎる何かがいる。 それは。
「――――――天、馬……?」
高良の宝具の正体。
屋上を焼き付かせ、こなたに膝をつかせているモノの正体がソレだというのか。
「!?」
今、確かに物音がした――――
「国木田か……! 出てこい……!」
天馬を駆る高良がどれほどの実力なのか、もう判断できない。
あの白い魔物が、膨大な魔力で編まれたものだとしか判らない。
屋上が焼き付いているのは当然だ。
アレはただ、走るだけで周囲を破壊する。
それが空から滑空してくるのだとしたら、凌ぐコトなど出来ないだろう。
「隠れるな……!顔ぐらい見せやがれ……!」
事は一刻を争う。
宝具は使われてしまっている。
ならば―――残った手段、マスターである国木田を倒すしかない……!
「――――は。はは、あはは、あははははは!」
笑い声がする。
―――どこの物陰に隠れているのか。
「国木田……!」
「どうだい、これが僕と君の力の差だ!」
声だけが響く。
「くっ……!」
あせる心を押さえつけて、笑い声に耳を澄ませる。
……くそ、風が強い……!
笑い声がどこからするのか識別できない……!
「残念だったね、もうダメだって理解できたかい……!?」
「…………!」
焦るな。
今は好きにさせろ、ヤツが喋れば喋るほど位置が限定されていく筈だ―――!
「ここで終わりだよ。知らない仲じゃないし
せめて苦しまないように一瞬で死んじゃえよ―――!」
「――――!」
――――まずい。
上空で待機していた天馬の頭が、ゆらりと下げられる。
限界などないかのように回転数を増していく魔力の渦。
アレが高速で飛翔してくるのなら、こんな屋上なんて跡形もなく吹き飛ばされる――――!
「やれライダー!手足一本残さないでよ……!」
「どうやら余興はここまでのようですね」
くすり、という笑い声。
高良は天馬の首筋に両手をあて、一際大きく、その翼を羽撃かせる。
「私の宝具は強力なので地上で使うには適していません。使えばどうしても人目についてしまいます。まだ他にマスターがいる以上、おいそれと使う訳にはいきませんでした。
けれど、ここでなら覗き見される恐れはありません。
貴女をここに誘いこんだのは、ここでなら都合がいいからと分かりましたか?」
高良の手に、今まで足りなかったモノが形成されていく。
それは本当にちっぽけな、どうという事のない、黄金に輝く縄。
「―――それが宝具」
「ええ、私の趣味ではありませんが。
この仔は優しすぎて戦いには向いていません。だからこんな物でも使わないと、その気になってくれないのです」
天馬の首が下がる。
天馬の意思ではなく、高良の意思によって猛る獣性。
「たとえ貴女が生き延びようと、貴女のマスターは私からは逃げられません。マスターさえ死ねば、頑丈な貴女もそれまででしょう?」
同時に、天馬はなお上空へと舞い上がる。 一瞬で視界から消失する。
遙か上空まで舞い上がった天馬は、既に原形を留めてはいなかった
月を射抜けとばかりに上昇したソレは、そのまま弧を描いて地上へと翼を返す。 舞い降りてくる彗星。
「騎英《ベルレ》の手綱《フォーン》…………!!!!!」
それはまさしく、神なる雷そのものだった。
閃く落雷。
「―――この場所ならば人目につかないと言ったよね」
風が解かれていく。
こなたを中心に巻き起こる風は、疾く嵐へと化けていく。
「同感だよ。ここならば、地上を焼き払う杞憂もないし―――!」
封が解かれる。
幾重もの風を払い。
こなたの剣は、その姿を現した。
―――嵐が、目の前で巻き起こっていた。
「黄金の――――剣?」
吹き荒ぶ風。
箱を開けるかのように展開していく幾重もの封印。
風の帯は大気に溶け。
露わになった剣を構え、彼女は舞い落ちる天馬へと向き直る。
光の奔流となった高良が迫る。
屋上を包み込むほどに成長した騎英の手《ベルレフォーン》綱は、俺たちはおろかビルそのものを破壊しようと速度を増す。
騎英の手綱の白光が屋上を照らし上げる。
黄金の剣に収束する光。
こなたは宝具を使うつもりらしい
だが、発動が僅かに間に合わないそうにない
ならば、俺がその時間を稼ぐまでだ
「―――投影開始」
魔力回路に全ての魔力を流す
かなりの痛みを感じるがかまってられない
投影するのは盾……
「熾天覆う七つの円《ロー・アイアス》冠――――!」
昼間の内に古泉に見せて貰い解析しておいたおかげでなんとか投影できたようだ
しかし、本来七つあるはずの花弁は四つしかなかった
防げたのはほんの数秒だったがそれで十分
「――――約《エ》束《クス》された勝利《カリバー》の剣――――!!!」
こなたの宝具が放たれた
―――それは、光の線、触れる物を例外なく切断する光の刃。
天馬を一刀のもとに両断し、夜空を翔け、雲を断ち切って消えていく。
屋上は静まり返っている。
風は既になく、物音をたてる者もいない。
「――――――――」
体は立ち尽くしたままだった。
こなたは剣を振るった姿勢のまま動かない。
「ひっ……!」
悲鳴が聞こえた。
物陰で何かが燃えている。
視線を移す。
そこには火が点き、今にも灰になっていく本と、
「あ―――あ、あああ……! 燃える、令呪が……!」
ひきつりながら、それを見つめている国木田がいた。
「――――国木田」
「ひ……! は、あは――――」
サーヴァントを倒され、自分の不利が判ったのか。
俺の目から逃れるように背を向け、そのまま屋上の出口へと走り出した。
「……!」
国木田は下の階に続くドアへと飛び込んでいく。
「待て、国木田――――!」
ここで逃がす訳にはいかない。
だが、急いで後を追おうとした瞬間。
立眩みがしてよろけた、無理をし過ぎたようだ
さらに視界の隅で。
崩れ落ちるように、こなたが倒れ込んだ。
「――――」
思考が止まる。
逃げた国木田と、力なく倒れたこなた。
―――こなたを放っておけない。
国木田の令呪だった本も焼けた。
国木田にはもうサーヴァントはおらず、令呪も失われたのだ。
決着はついたと見ていい。
なら今は、倒れたこなたを優先しなければ……!
駆け寄る。
こなたの様子は尋常じゃなかった。
額には玉のような汗が浮かび、呼吸は弱々しいクセに激しく、熱病に魘されているようだ。
「おい、こなた―――何が、どうしたって言うんだ」
声をかけるが、こなたは何も答えない。
……単純に、意識がないのだ。
額に手を触れる。
「熱っ……!」
思わず手を引っ込める。
じ、尋常な熱さじゃない……!
熱だとしたら四十度を超えているぞ、これ……!?
「おい、しっかりしろ……!」
声をかけても、返ってくるのは苦しげな呼吸だけだ。
「――――っ」
何がなんだか判らない。
判らないが、このままでいい筈がないのは確かだ。
倒れたこなたを抱きかかえそのまま走り出す。
勝利の余韻など何処にもない。
有るのは俺の腕に抱かれ、苦しげに吐息を漏らすこなたの姿だけだった。
最終更新:2008年04月16日 20:43