Fate > unlucky night ~七日目


 なんとなく空を見上げた。
 ……じき夜明けなのだろうか。
 東の空にはかすかに赤みが差して、森は少しずつ明るくなっている。
 森は静かで、落ち着いていた。
 こうまでゆったりとしていると、自分たちが追われていて、かつさっきまであんなコトをしていたなんて信じられん。
「――――――――う」
 けど、今は忘れないといけない
 ……まったく、こんなコトでやきもきしている余裕はないのだが
 いま俺たちが悩む事は、どうやって岡部を迎え撃つかって事だ
「……そうだ。余分な事を考えるな。古泉が最後にそう言ってたな」
 ……少々癪にさわるヤツだけど、信用できるヤツだったな。
「…………………」
 木の枝を眺める。
 ……自分に出来る事といったら、それこそ数えるほどしかない。
 今はたとえ微力だとしても、それを全力でこなすだけだ。
 形として手頃な枝をもぐ。
 あとはできるだけ直線の枝を数本見繕った。

 Fate/unlucky night ~七日目
 
「作戦としては単純よ。まともな方法じゃ勝負にならない。
 勝つ為には奇襲、しかも仕掛けたのなら反撃させずに一撃で首を落とすのが絶対条件」
「そだね。打ち合ったところで致命傷を与えられないよ。倒すのならば打ち合いの外からだね」
「……打ち合いの外からって、俺たちに気づく前に先回りして襲うって事か……?
 そりゃあ、あいつと正面から戦うのは無謀だけど、そっちの方はもっと無謀だ。あいつが奇襲なんてさせるタマか」
「わかってるわよ、気づかれずに近寄る、なんて都合のいい作戦は無理よ。
 少なくともこなたとキョンの気配は簡単に感知されるわ。わたしは気配を隠せるから大丈夫だけど」
 ……む。
 どんな理屈か知らないが、妹は俺とこなたの気配が判るのか。
 姿を隠せるのはかがみだけって事は――――
「……まさか。奇襲をするのはかがみだって言うんじゃないだろうな」
「当然でしょ。一番に狙われてるのはキョンなんだし、この中で一番動きやすいのはわたしだもの。隙をついて後ろからバッサリやるのは任せなさい」
「後ろからバッサリって、そんな簡単にいくわけないだろ」
「そりゃそうよ。だからこなたに隙を作ってもらうの。こなた、体はどのくらい回復した?」
「普通に戦うだけなら問題ないよ。だけど、宝具は無理だね。
 たとえ使ったとしても威力が落ちてるから、倒せないと思う」
「ええ、それで十分よ。こなたには岡部と打ち合って貰うわ。もちろんキョンも一緒。
 で、わたしは隠れて様子を見る。キョンの妹から見ればわたしはおまけみたいなものだし、いなければ二人を見捨てて逃げた、とか思うんじゃない」
「だけど、キョンキョンじゃ一撃だよ」
「誰もキョンに殴り合え、なんて言ってないわ。キョンは離れて後方支援。
 こなただけじゃ押し切るのは難しいから、危なくなったら助けてあげて」
「判った。遠くからの援護はなんとかする」
「え、できるの?」
 二人して振り向く。
 いや、そんなに意外なコトなのか、今のって。
「離れたところから援護すればいいんだろう。それならなんとかなる」
 先ほどもいできた木の枝を手に取る。
 長さ的には丁度いい。しなりもなんとか。
 強化の重ねがけをする
 原理は間違っていないと思う。
 要は補強に補強を重ねて、きちんとしたモノに仕上げればいいだけの話。
 あとは工程を繰り返せばいい。
 基本骨子を解明し変更する。
 構成材質を解明し補強する。
 ……目を開ける。
 しなっていた枝は、とりあえず形にはなっている
 弓として問題ない事は実感できる。
 あとは同じ要領で矢を調達すればいいだけだ。
「―――キョン、今の」
「ああ。ちょっとした努力の結果みたいなもんだ」
「…………そう。ま、手段が出来たのはいいことだし、今はいいわ」
「話を戻すけど。
 とにかく、二人には正面から戦ってもらう。わたしは予め木に登って、上から様子を観察してるから。
 で、こなたがなんとか隙を作ったら、死角である頭上から切り札の宝石を使い切って串刺しにする。
 作戦としてはそれだけ、単純な物だけど」
 一際開けた森の広場に出た。
 日は昇りかけ、森は朝靄に包まれて白くくすんでいる。
 木々が乱立した森の中に比べれば、ここは随分と見晴らしがいい。
「ここ、悪くないんじゃないのか」
「……そうね。条件はいくらかクリアしてるけど、見晴らしが良すぎるのがどうもね。これじゃ逃げ道がないわ」
「そうかい」
「他をあたりましょう。大丈夫、まだ時間はあるわ」
 森へと引き返すかがみ。
「……………………」
 が。こなたは遠くを見たまま、一歩も動こうとしなかった。
「こなた? 何してるのよ、早くしないと――――」
 悪寒が走った。
 一度味わったのなら忘れようがない。
 姿さえ見えず、気配さえまだ感じない。
 にも関わらず体を襲う重圧は、間違いなくヤツの物だ。
    ――――ふふ、見ぃーつけた――――
 森に響く妹の声。
 霧の向こう。
 遠く離れた森から、何か黒いモノが一直線に向かってくる。
 ―――待ってて。いますぐ殺してあげるから―――
 ……空が見える広場にいるからだろうか。
 まるで空から覗き込んだ妹が語りかけてくるような、そんな錯覚に捕らわれた。
「やば、もう見つかった!?
 まずい、ここじゃ視界が広すぎる―――って、あのスピードじゃ二分しかかからない……!」
 あたふたと慌てるかがみ
「ちょっと、何のんびりしてるのよ二人とも……!
 ここじゃまずいわ、早く場所を変えないと……!」
 かがみは俺たちの手を握る。
 ―――だが、それはもう間に合わないだろう。
「―――いい。ここで戦おう、三人で戦えるだけでも僥倖だ。これ以上は求められない」
「ばか、それがまずいんだってば……! ここじゃ横幅がありすぎるの……! こなただけじゃ岡部を止められないし、いくら離れてたってキョンも岡部の間合いに入っちゃうじゃない……!」
「心配してくれてるのは判った。けど危険なのはみんな一緒だ。それに、こうなっちゃ逃げ道なんかないんじゃないのか」
「う……それは、そう、だけど」
「こなたもいいな。ここで迎え撃つ」
 こなたは静かに頷く。
「も、もう……! わかったわよ、簡単にやられたら怒るからね……!」
 納得してくれたのか、かがみは霧に身を溶け込ませた。
 広場から離れ、森に隠れてから手際よく木の上へ登り始めた。
「―――来るぞこなた。準備はいいか?」
「キョンキョンも。戦いが始まったら、決してここから前には出ないでね」
 強く静かな声で、こなたはそう答える。
 ……霧がゆらめく。
 朝靄の中。
 黒い闇が滲み出るように、狂戦士が妹に率いられて出現した。
「意外ね、てっきり最期まで逃げまわるとばかり思ってたのに。それとももう観念したの?」
 ……妹との距離は四十メートルほどだろう。
 俺たちは広間の端と端で対峙している形になる。
「……ふうん、セイバーは直ったんだ。そっか、だから逃げまわるのは止めにしたのね。
 ……でも残念ね。ここで死ぬんだもの」
 くすくすという笑い声が森に響く。
「もう。つまんないなあ、ずいぶん無口になっちゃったのね。もしかして殺されるのは怖いの?」
 ……かがみは木を登りきったか。
 仮にあいつが陣取るとしたら、広場の中心付近だろう。
 ちょうど木々の枝が重なり合っているそこなら、人一人が乗っても折れないし気づかれない。
「……ならもうお喋りはここまでね。三人仲良く殺してあげ―――
 ―――あれ、かがみんはどうしたの」
 ……流石、というところか。
 見逃せない事、見逃してはいけない事ってのを心得ているようだ
「―――かがみはここにはいない。あいつと俺たちはとうに別れた」
「別行動をとったの? そっか、足手まといだもんね。一人なら、もっと遠くに逃げられる」
「……そういう事だ。あいつの事だから、もうとっくに森を出たはずだ。今から追っても間に合わんだろう」
「―――そうかしら。この森には結界があるのよ。
 誰が入ってきて、誰が出ていったかぐらいは判るんだから。あれから外に出た人間は一人もいない。まだ森にいるわ。探し出すのはこの後でも十分よ」
「――――――――」
 ……助かった。
 判るのが森への出入りだけなら、かがみの事はバレていない。
 途端。
 広場の空気が、キチリと音をたてて凍り付いた。
「―――遊びは終わりよ。狂いなさい、バーサーカー」
 昏い声。
 それに呼応するように、妹の背後にいた巨人が吠えた。
「■■■■■ーーーー!!!!」
 地を揺るがす絶叫。
 巨人は正気を失ったように叫び悶え―――そのありとあらゆる能力が、奇形の瘤となって増大していく。
「―――ちょ、今まで狂化させていなかったの……!?」
 こなたの声に畏れが混じる。
 戦慄するのも当然だ。
 戦士の力量など計れなくても、アレが触れてはならないモノだと判るの。
「行け……! 近寄るモノはみんな殺しちゃえ、バーサーカー……!」
「――――!!」
 それは爆音だった。
 もはや哭き声ですらない咆吼をあげ、黒い巨人が弾け跳ぶ。
「っ―――、こなた……!」
 応じて駆け抜ける銀の光。
 岡部は広場の中心に着地する。
 舞い落ちてくる巨体と、その落下地点めがけて縦一文字に疾走するこなた。
 ―――大地が振動する。
 落下する隕石を押し止めるように、こなたは岡部を迎え撃った。

 朝靄に包まれた森の中、二つの影は絶え間なく交差する。
 岡部は、ただ圧倒的だった。
 薙ぎ払う一撃が旋風なら、振り下ろす一撃は瀑布のそれだ。まともに受ければ致命傷に成り得るだろう。
 それを正面から、怯む事なく最大の力で弾き返すこなた。
 嵐のように振るわれる一撃に対し、全身全霊の一撃をもって弾き返す。
 そうでなければ剣ごと両断される。
 絶え間ない剣戟の音。
 間合いが違う。
 速度が違う。
 残された体力が違いすぎる。
「■■■■■ーーーー!!!」
 雄叫びが大地を揺らす。
 岡部の旋風は大気を裂き、受け流すこなたを弾き飛ばす。
 ……そろそろ限界だ。
 こなたの呼吸は乱れて、体の動きも目に見えて衰え始めている。
 隙を作るどころの話じゃない。
 おそらくあと数撃で、こなたはあの斧剣の前に両断される――――
「っ――――――――」
 握り締めた手には弓がある。
 俺は――――何も出来ない。
 目の前でこなたが力尽きようとしているのに何もできない。
 走って。
 このまま走り寄って、背中を向けている岡部に殴りかかれば助かるっていうんならとっくにしている。
 だがそれも無駄だ。
 俺が何をしようと、それは邪魔でしかない――――
 ―――斬撃。
 一撃を受け流すこなたの足が、踝まで地面に沈む。
 返す刃は疾く重く。
 頭上に踊った斧剣は、落雷の如くこなたを撃つ。
 咄嗟に身をひねったこなたの鎧を削りながら、剛剣は地面を断つ。
「っっっ…………!」
 結局、俺は何も出来ないのか。
 せめて俺にも力があれば……
 ふと、思い出す
『いざという時の切り札ですよ。血液には魔力が籠もります、なので飲めば魔力の補給になります。
 ですがそれだけではありません。一部だけですが僕の知識や魔術を引き出すことができます』
 そういえばあったな切り札が
 小瓶を取り出し中身を飲み干した
 その瞬間、世界が崩壊した。
「、あ」
 秒速百メートルを優に超える超風。
 人が立つ事はおろか、生命の存在そのものを許さぬ強風が叩きつけられる。
 既に風などではない。
 吹き付けるソレは鋼そのもので、風圧に肉体が圧し潰される。
「が」
 眼球が潰れる。背中が壁にめり込む。
 手を上げるどころか指さえ動かない。
 逆流する血液。
 漂白されていく精神。痛みなどない。
「あ、あ」
 白くとける。体も意識も無感動に崩れていく。
 保た、ない。
 どんなに力をいれても動けない、
 拳を握るどころか指先さえ動かない……
 こなたの体が弾け飛ぶ。
 今のは受け流しによる跳躍じゃない。
 まともに受けた。
 あの烈風じみた斬撃が、横腹に直撃した。
 たたらを踏むこなた。
 痺れる指に力を込め、咳き込みながらも岡部へと向き直る。
 その隙を、巨人が見逃す筈がない。
「――――やめ、ろ」
 声なんて届かない。
「く――――」
 ―――頭が痛い。
 吐き気を堪えながら、それでもこなたから目は離さない。
 だが皮肉な事に、こなたが倒れる瞬間を見れば見るほど、気が狂いそうになる。
 スイッチが横にズラリと並んでいる。
 列を成すように次々と撃鉄が上がり。
 それは、ドミノ倒しのようでもあり――――
 一斉に、引き金が引かれた。
「こなた…………!」
 岡部の斧剣がこなたを薙ぎ払う。
 それは致命傷だ。
 こなたの体は腰から両断され、その肉片が宙に舞った。
「いや―――違う……!?」
 宙に舞っているのは銀の鎧だけだ。
 岡部が薙ぎ払ったのは鎧のみ。
 こなたはあえて隙を作り、大振りをさせ―――温存した全ての力で、最速の踏み込みを見せた……!
「――――!」
 迸る黒い咆吼。
 だが、完全に懐に入られたら逃れる術はない。
 こなたは両手で剣を持ち直し、なお深く巨人に踏み込み、渾身の力で岡部を切り払う―――!
 ―――信じられない。
 地面に根を生やしていたかのような巨人が、こなたの一撃で数メートルも弾け飛ぶ。
 そうして、そのまま。
「引いて、こなた……!」
 間髪入れず、本命の攻撃が繰り出された。
 ―――できるだけ至近距離で放つつもりなのか。
 かがみは遙か頭上の枝から飛び降り、落下しながら、宝石を岡部へと投げつけ―――「Neu《九番》n,Ach《八番》t,Sieb《七番》en――――!
 Stil,schiet《全財投入》 Besch《敵影、》ieen ErschieSsu《一片、一塵も残さず……!》ng――――!」 舞い落ちる氷の雨。
 中でも三つ、槍となった巨大な氷塊には、屋敷一つ軽く吹き飛ばす程の魔力が圧縮されている――――!
「だめ、避けなさいバーサーカー……!」
 静観していた妹が叫ぶ。
 それがどれほどの危機か悟ったのだろうが、既に遅い。
 氷の槍は落下しているのではない。
 打ち出されたソレは、岡部を串刺しにせんと“加速”しているのだ。
 避けられる筈がない。
 千載一遇、こなたの決死の一撃と完全に息のあった氷の散弾。
 その威力たるや、岡部を優に殺しきる魔力がある――――!
 が。
「、――――!!!!!!」
 大きく上空を薙ぎ払う斧剣の軌跡。
 岡部は咄嗟に片手に構え直した斧剣で、三つの氷塊を砕いていた。
 ―――零れる鮮血。
 片腕で払った故か、氷塊は壊しきれず、片腕を切り裂いた。
 そればかりではない。
 氷は巨人の片腕で再凍結し、その動きを完全に封じていた。
 しかし、それでも潰したのは腕一本のみ。
「な――――」
 かがみが声をあげる。
 ―――当然だ。
 もう一本の岡部の腕は、そのまま、落下してきたかがみの体を握り止めたのだから。
「っ……!」
 かがみの顔が苦痛に歪む。
 岡部の力ならば、かがみを握り潰すコトなど容易だろう
 腹を圧迫されて苦しいのか、かがみは俯いたまま腕を伸ばす。
 ―――と。
「―――ふん。そんなコトだろうと思ったわ」
 にやりと、不敵に言い捨てた。
「!」
 誰もが息を飲んだ。
 俺も、こなたも、おそらくは岡部すら凍り付いたに違いない。
 ―――人が悪いにもほどがある。
 あいつ、初めからこうなるコトを予測して、それを黙っていたのか――――!
「――――!」
 岡部が力を込める。
 だが、それは一秒の差で遅すぎた。
「取った……!」
 放たれる光弾。
 使った宝石の数は四つ。
 これ以上は望めないという至近距離からのつるべ打ちは、今度こそ本当に、黒い狂戦士の息の根を止めた。
 それは豪快に、文句のつけようもなく、命を弾き飛ばしていた。
 首が跳んだのか。
 びちゃり、と、まだ十メートルは離れたここまで血が飛んできた。
 ……えっと、脳漿か、コレ。
 あきらかに血でないものまで混ざっているのは、どうにも手放しで喜べないというか。
 ……しかしまあ、やりすぎというコトはないだろう。
 相手はあの化け物だ。
 一撃で首を跳ばさなければ、それこそかがみは潰されていたに違いない。
「――――ふう」
 走り寄っていた足を緩める。
 かがみは握られたままだが、勝負はついた。
 岡部の顔は未だ白煙に包まれている。
 ぶすぶすという燻った音からして、よほどの爆発だったのだろうが――――
「――――うそ」
 遠坂の声が聞こえた。
 彼女は呆然と、白煙を眺めている。
 ――――待て。
 気のせい、なのか
 かがみを握った岡部の腕が、動いている気がする、のは。
「――――――――」
 かがみはただ白煙を見つめている。
 ……それも長くは続かない。
 目を覆うほどの白煙は次第に薄れる。
 その後には。
 確かに首を吹き飛ばされた筈の、岡部の顔があった。
「……ふふ。うふふ、あははははははは!」
 笑い声が響く。
「見直したわ。まさか一回だけでもバーサーカーを殺すなんてね。
 でも残念でしたー。バーサーカーはそれぐらいじゃ消えないんだ。だってね、ソイツは十二回殺されなくちゃ死ねない体なんだから」
「……十二回、殺される……?」
 妹の言葉に愕然としていたかがみの眼が、微かな悔いに歪んでいた。
「……そうだった。………命のストック……蘇生魔術の重ねがけ」
「ええ。だから簡単には死ねないの。かつて自分が乗り越えた分の死は生き延びてしまう、神々にかけられた不死の呪い。
 それがわたしのバーサーカーの宝具、“十二の試練《ゴッド・ハンド》”なんだから。
 わかった? バーサーカーは今ので死んでしまったけど、あと八つの命があるの。
 ふふ、惜しかったわね。今のが八倍の宝石だったら、バーサーカーは消えていたのに」
 妹の声は、よく聞き取れない。
 視界の端には、岡部へと駆け込むこなたの姿があった。
「―――かがみ、逃げて!」
 駆け寄るこなた。
 かがみもなんとか岡部の指を引きはがそうと試みるが、一向に解けない。
 そこへ、かがみの前にうるさい邪魔を潰す気になったのか。
「逃げて、キョン――――!」
 ……え?
 こなたの声で顔をあげる。
 瞬間。
 体が、木の葉のように飛んでいた。
「――――、が」
 ゴミのように落ち転がった。
 ―――岡部は凍り付いていた剣で、俺を払ったのだ。
 咄嗟に防ぎに入った弓は容易く砕かれ、こんなところまで、弾き飛ば、さ、れ――――
「が――――あ、は――――!!!」
 激痛にのたうつ。
 折れたのは、弓の音じゃなかったのか。
 片腕がクモみたいに曲がっている。
 息を吸うと、肺がぶち壊したくなるほど痛みやがる。
「は……あ、ごっ……!」
 こみ上げてくる血のせいで、うまく呼吸ができない。
 ああ、だが関係ない。
「はっ――――はあ、は――――!」
 起きあがる。
 今は少しでも早く、あいつ、あいつを――――
 走った。
 今度はこっちの番だ。あいつの腕を折って、かがみを助けるだけ。
 黒い巨人まで、距離にして三十メートル。
 三秒とかからず詰める。
 ―――故に。
 勝敗は、この三秒で決せられる。
 思考は冴えている。
 自身の戦力は把握した。
 創造理念、基本骨子、構成材質、制作技術、憑依経験、蓄積年月の再現による物質投影、
 魔術理論・世界卵による心象世界の具現、魂に刻まれた『世界図』をめくり返す固有結界。
 古泉の戦闘技術、経験、肉体強度の継承。訂正、肉体強度の読み込みは失敗。斬られれば殺されるのは以前のままだ。
 固有結界・“無限の剣製”使用不可。俺の魔力量じゃ無理だ。
 複製できるものは直接学んだものか、古泉が記録した宝具のみ。
 宝具を引き出す場合、使用目的に最も適した宝具を“無限の剣製”から検索し複製する。
 今使える腕は左だけ
 ―――摸索し検索し創造する。
    ヤツに勝てるモノ。
    この場でヤツに太刀打ちできるモノは。
 ―――明瞭だ。
    即ち、ヤツが持つ大剣以外有り得ない―――!
 呼吸を止め、全魔力を左腕に叩き込む。
「――――投影、開始」
 凝視する。
 ヤツの大剣を寸分違わず透視する。
 左手を広げ、まだ現れぬ架空の柄を握り締める。
 桁外れの巨重。
 俺ではその大剣は扱えない。
 なら―――この左腕に敵の怪力ごと複製するまで
 創造の理念を鑑定し、
 基本となる骨子を想定し、
 構成された材質を複製し、
 制作に及ぶ技術を模倣し、
 成長に至る経験に共感し、
 蓄積された年月を再現し、
 あらゆる工程を凌駕し尽くし――――
「――――――――、ぁ」
 壊れた。
 パシ、と音をたてて脳の一部が破裂する。
 骨格は流出する魔力に耐え切れず瓦解。リンゴの皮みたいにみっともない。
「――――――――行くぞ」
 一意専心、狙いは―――――――
「!」
 気付かれた。
 収束する殺意。
 こちらの魔術行使を敵と見なし、黒い巨人の眼が動く。
 巨人は咆哮をあげながら、自らの敵を討ちに走る。
 ―――狂戦士。
 走りくる巨人は一撃では止まらず、通常の投影など通じまい。
 投影魔術では届かない。
 限界を超えた投影でなければ、あの巨人は倒せない。
 故に―――
「――――投影、装填」
 脳裏に九つ。
 体内に眠る二十七の魔術回路その全てを動員して、一撃の下に叩き伏せる――――
 目前に迫る。振り上げられる大剣。
 激流と渦巻く気勢。
 踏み込まれる一足を一足で迎え撃ち。
 上腕 鎖骨 喉笛 脳天 鳩尾 肋骨 睾丸 大腿、
 その八点に狙いを定め、
「全工程投影完了――――是、射殺《ナインライブズブレイドワークス》す百頭」
 振り下ろされる音速を、神速を以って凌駕する―――!
「―――、…………!」
 だが倒れない。
 自らの大剣に全身を撃ち抜かれ尚、岡部は健在だった。
「は――――あ――――………!!!!!」
 踏み込む。
 左手には巨人の大剣。
 こちらが速い。
 体の八割を失い、殺された岡部より俺のトドメの方が速い。
 大剣を胸元まで持ち上げ、槍の様に叩き込む。
「――――!!!!」
 貫いた。心臓に大剣を叩き込んだ。
 反撃はない。
 巨人は残る命を使いきり、今度こそ塵に帰っていく。
   ――――戦いは一瞬。
       本当に一息の間に、決着はつけられた。
 狂戦士は最期まで自らの役割に殉じ、白い大気に霞むように、その存在を霧散させた。
 目眩がした。
 度を超えた魔術の代償だろう。暴走した血液が脳を圧迫し、過酸素状態になっている。
 ……加えて、頭蓋を開くかのような頭痛。
 敵が消え、痛みを麻痺させていたものが消えたからだ。
 目眩と頭痛は、今まで溜まっていたツケを払うかのように垂れ流される。
「――――っ」
「キョンキョン……!?」
 倒れかけた体を、無理やり起こす。
「っ……いや、大丈夫だ。ところどころ骨が折れてるけど、命には別状はない。例の自然治癒も働いてるし、なんとかなる」
「―――だいじょぶじゃないよ。あれだけの投影魔術を使ったんだから、今は休まないと」
「……いや、けど」
 俺たちに気が付いていないのか。
 妹はじっと地面を見つめたあと、
「……うそ。バーサーカー、死んじゃったの……?」
 置いていかれた子供のように
 そう呟き。ぼんやりと顔をあげ
「ぁ――――ん、ぁ………………!」
 唐突に。
 スイッチが切れた人形のように、地面に倒れ込んでいた。
「な――――」
 訳が判らず、倒れた妹を見つめる。
「っ……は、つはっ、ごふっ……!」
 それと入れ替わるように、かがみが体を起こす。
 岡部の腕が消えて、ようやく自由になったらしい。
「――――――――」
 かがみの無事を確認して気が緩んだのか。
 くらり、と意識が倒れかける。
 だがそんな弱音を吐いてはいられない。
 岡部を倒したとはいえ、ここはまだ森の中だ。
 俺たちにはこれから、満身創痍の体を押して森を抜けなくてはならない。
 ……明け方の空を仰ぐ。
 街は遠く、無事な仲間も、無事な個所も見当たらない。
 それでも、朝を迎えていた。
 ―――越えられぬと覚悟した夜。
 最大の敵を退けて、冬の森を後にした


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最終更新:2008年04月21日 10:44
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