吊り橋 -23-

次の日の放課後。
俺はいつものように部室へと向かった。
昨日の「会議」のことが気にかかっていたが、だからと言って部に出席しなければ『神人』が出かねない。
朝比奈さんのお茶がない放課後なんてイチゴとクリームのないショートケーキのようなものだが仕方ない。
漬け物石より重い足を引きずりながら俺は部室のドアを開けた。

俺は部室の光景に目を疑った。

ハルヒがいる。
古泉がいる。
高良さんがいる。
そして
泉がいる。
長門がいる。
泉の手には長門のセーラー服。
泉は長門を見上げている。
対する長門は無表情ながらも泉を見ている。
どういう状況かって?
泉が長門の胸ぐらをつかんでいるのだ。
「お、おい、どうしたんだ?」
「キョンキョン」
そう言って振り向いた泉の顔はまるで般若のようだ。ここまで怒っている泉の顔も珍しい。
「ながもんが…」
「長門がどうしたんだ?」
泉からの返事はなかった。代わりに長門から手を放すと
「私、帰る」
と言って鞄をひっつかみ、そのまま出ていってしまった。
「な、何だ?何が起こったんだ?」
俺は部室で立ち尽くす、長門と高良さん尋ねる。
「えっと…その…今のはさすがに長門さんが悪いと思います」
俺の質問に戸惑いながらも高良さんは目だけはしっかりと長門を睨みつけていた。
「私は何も悪くない」
長門は静かにー確かに反論した。
「いえ、あれはさすがに長門さんに非があります」
「私は事実を述べただけ」
「なぜ、そう言えるのですか?……長門さん、少しはかがみさんとつかささんの気持ちを考えてください」
段々と高良さんの声が強くなる。それにつられてなのか、長門の声も強くなる。
「私の言動によって柊姉妹に変化が現れることはない。よって私の柊姉妹に対する心情は無くても構わない」
「長門さん…私にも我慢の限界があります」
「あなたの心情を、私が察する必要性はない」
「………!」
まさに一触即発というときだった。
「ちょ、ちょっと待って。何であんた達まで喧嘩してるのよ!」
仲裁に入ったのはハルヒだった。2人はハルヒの方を向く。
「有希。謝りなさい。今のは確かにあんたが悪いのよ」
「……私は何も悪くない」
「もう、何回言ったら分かるのよ!」
「私はすでに理解しているつもり」
「……いい加減にしなさい!」
という言葉と共にハルヒが動いた。
パシッと軽い音が鳴った。
ハルヒが長門にビンタをしたのだ。
数秒ほど、時が止まった気がした。
だが、長門が起きあがったと同時に俺は我に返った。
「おいハルヒ!何やってんだ!さすがに暴力はないだろ!」
俺は気づかないうちに大声になっていた。
長門はというと無反応で立ち上がり、側には古泉と高良さんが付き添っている。
ハルヒもさすがにバツが悪そうな顔をしている。
「あ、そうね…有希、ぶって悪かったわね…」
「別にいい。気にしてはいない」
「………………」
あまりの事態に全員口をつぐむ。
その時、古泉が俺に耳打ちをしてきた。
いきなりはやめろ。
「部室を出ましょう。お話ししたいことがあります」
奇遇だな。俺もお前と話したかったところだ。
「それは構わんが、どうやって出るんだ?」
「確かシャミセン氏は具合がよろしくないそうですね」
……ああ、そういやそんなことがあったな。すっかり忘れてたよ。
「分かった。それで話を通そう」

俺はハルヒにシャミセンを病院に連れていくと、古泉は急にバイトが入ったという理由を告げた。
「あら、キョンはともかく、古泉君もなの?」
「ええ、誠に申し訳ありません」
「良いのよ、そんなに気にしなくて…仕方ないわ、今日はいっそのこと解散しましょう。有希もみゆきちゃんもそれでいい?」
「私は構わない」
「……私も長門さんと同じです」
「じゃあ今日は解散!鍵は私が返しておくわ」
俺は長門と高良さんに別れの挨拶を告げ、古泉と共に近くの喫茶店へ寄った。
絵面としては全く面白さがないが仕方がない。
店員から少し憐れみの目を受け取った俺は、注文したミルクティーを飲みながら話しかける。
「それで話とはなんだ?今日のことか?」
「まずはそこからお話しましょう」
そう言って古泉はコーヒーを一口啜った。

「まず、今日のことですが…長門さんがやってくれましてね」
「長門が?確か、泉がかなり怒っていたな」
「ええ。というのも長門さんが柊姉妹の……そうですね、悪口とも言いましょうか、実にらしくない発言をしまして」
「悪口だと?」
俺はミルクティーのカップを落としそうになる。
「長門さんのことですから、何かしらの考えがあっての発言だとは思いますが…」
「長門は何て言ったんだ?」
「そうですね、かいつまんで言うなら柊姉妹の性格を貶すような言葉でしたね。
かがみさんを短気と言ったり…つかささんを馬鹿だと言ったり…」
「マジかよ?」
「ええ…最初聞いた時は信じられませんでしたが…確かにそう言っていました」
「そりゃあ泉も怒るな…いきなり友達をバカにされたんだからな」
「ええ…泉さんや高良さんがあのような態度を取るのも無理はないかと…」
「しかし、何でまた長門は…」
そう呟いた時、俺の携帯が鳴った。
「おっと、すまん」
「いえ、お気になさらずに」
「誰だ…長門?」
ディスプレイの表示を見て驚く。
古泉にも不意打ちだったようだ。
「長門さんですか…」
何となく察しはつくが、出てみる。
「もしもし」
受話口から聞こえた声はいつも通りの声だった。
「…長門か?」
返事はない。だが、それが返事となっていた。
「どうした?また珍しいな」
「あなたがそろそろ私に電話をすると思った」
「ああ…まあそうだ。よく分かったな」
「あなたが聞きたいことを伝える。……その小型通話端末を机上に置いて」
「コガタツウシン…ああ、携帯か…キジョウ…?」
「机の、上」
「あ、ああ、そういうことか」
いくら何でも理解しろ、俺。
自分でダメ出ししながら携帯をテーブルに置く。
「どうなされました?」
「長門が置けってさ」
置いて数秒もしないうちに長門の声が携帯から聞こえてきた。
はて…?この携帯にハンズフリー機能は搭載されていないはずだが…?
と、少し考えたが、あちらの電話口にいるのが長門だ。これぐらい朝飯前どころか、箸を持つよりも簡単だろう。
それよりも長門の声に集中せねば。
「……今日の私の言動について、あなた達は解せぬ感情を抱いていると思われる」
全く、その通りだ。
「私は柊姉妹に対し、特にあのような感情はない。それは確か」
「じゃあ…何でそんなこと言ったんだ?」
と俺は電話に向かって……喋っていいんだよな?
「問題ない」
長門は俺の心を読む。
突っ込もうとしたが、長門が構わず喋り続けるので俺も黙る。
「あれは情報統合思念体がもたらした結果」
「お前の親玉の命令なのか?」
「そう」
「なるほど…」
何でそう納得できるんだ。
「情報統合思念体の意図は正確に私に伝えられていない」
「つまり、お前も知らず知らずに言わされてるってことか」
「端的に述べるとそうなる」
「お前もよく言いなりになるな」
「それが私の役割だから」
という言葉と同時にプツリという音がした。
「もう伝えるだけ伝えたってことか…」
俺は携帯電話をしまう。
「これで長門さんの言動の意味は理解できましたね」
「意味自体は解っていないがな」
「情報統合思念体が指示した…それだけでも十分ですよ」
「長門の親玉には何か考えがあるんだろうな…」
「そうでなければ、わざわざ泉さんや高良さんを傷つけたりはしないでしょう」
「しかし、いくらハルヒの為だからとはいえ、あの2人を怒らせ、あの2人を貶してはいけないと思うがな」
「それは僕も同感です。なので、明日、各々の家に行きませんか?」
「謝りにか?」
「謝罪と…協力を求めにです。涼宮さんのことを隠し通すのにはそろそろ限界と思われます」
「……そうだな」
俺は軽く言った。


正直な所、俺はもう手遅れではないかと思っていた。
長門が情報操作でもしない限り、俺達の関係は戻らないのではないか。
そんな諦めと…一縷の希望…を乗せて言ったのだ。

もしかしたら少しは進展があるかもな…。
そう思いながら俺は古泉と明日の計画を立てた。
朝比奈さんや長門にも連絡を取り、明日に備えた。

最も…その『明日』を迎えることは永遠になかったのだが。


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最終更新:2008年04月24日 20:39
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