次の日。
珍しく早く起きた俺は出かける準備をしていた。
妹に不思議がられながらも、家を出て自転車に跨る。
いつもよりも重く感じるペダルを漕ぎ、待ち合わせ場所の駅前に着くと、そこには……誰もいなかった。
時間を見ると予定の15分前。
だが、習慣から全員揃っていても何ら不思議はない。
寝坊でもしているのか?そう軽く考えながら俺はしばらく待つことにした。
30分後。
朝比奈さんや古泉はおろか、長門さえも来なかった。
ホワホワ未来人の朝比奈さんは良いとしてあの正確無比な宇宙人・長門が来ないのはさすがにおかしい。
俺は全員に電話をかけることにした。
ツーツーツー
結果は全滅だった。
3人とも電話に出ない。
ただならぬ事態を感じ、俺は泉にも電話をすることにした。
ツーツーツー
しかし、泉も電話に出なかった。
こうなったらかがみや高良さんにも…。
ツーツーツー
非情なもので誰も電話に出なかった。
後はハルヒやつかさがいるが…どうもためらってしまう。
かけるかどうか、悩んでいると携帯が鳴り出した。
画面を見ると、ハルヒだった。
恐る恐る電話に出る。
「もしもし、キョン?」
「…何の用だ?」
「あんた今暇?」
「いや、今日は…」
「今すぐ来て、いつもの喫茶店よ、じゃ」
というとすぐに切れてしまった。
人の話を聞かない奴だ。
こちとら、お前のせいで重大な用事が………
……………
行くか。その用事が出来ないし、何か打開策が見つかるかもしれない。
すぐに行くと怪しまれるかもしれない。
俺は少しブラブラしてから喫茶店に行くことにした。
喫茶店に着くと、ハルヒはいつもの席に座ってカフェラテを飲んでいた。
ハルヒは俺を見つけると、無言で手招きをして、俺を呼び寄せた。
「……待ったか?」
「すごく」
とだけ言うと、またカフェラテを口に運ぶ。
「……何の用だ?」
「ちょっとね…あんたも何か頼む?」
そう言うとハルヒは俺にメニューを差し出す。
俺はコーヒーを注文することにした。ハルヒもそれを注文する。2杯目か。
しばらくの間、俺達は無言だった。
コーヒーが運ばれてきても、それはしばらく続いた。
もう15分は過ぎただろうか。
たまらず俺は口を開いた。
「なあ、そろそろ呼んだ理由を教えてくれないか?」
ハルヒはちらっと俺を見たが、すぐに視線をコーヒーカップに戻す。
「おい、ハルヒ」
俺は少し強めに言う。
ハルヒは黙っている。
「ハルヒ」
「うるさい!」
ハルヒの大声が響く。
が、幸いにも他に客がいなかったので、注目の的にはならずにすんだ。
「待ちなさいよ…今、整理してるんだから」
そう言ってハルヒはブツブツと呟き始めた。
俺はそんな特異なハルヒの姿をぼんやりと眺めていた。
やがてブツブツが終わり、ハルヒは改めて俺の方を向いた。
「キョン、実はね…」
そのハルヒの言葉は世界のどんな爆弾よりも大きい破壊力を持っていた。
「SOS団を解散させようと思っているの」
「………!」
俺は言葉に詰まった。
「SOS団が出来てから1年半。いろいろあったわよね」
エイプリルフールですら、ハルヒはこんなことを口にしない。
「野球もしたし、孤島にも雪山にも行った」
目の前にいるのは本当にハルヒなのか?そういう疑念も浮かんでくる。
「有希は良い子だし、こなたは楽しい人だった」
だが、残念なことに目の前のハルヒは正真正銘、涼宮ハルヒであり、その他の何者でもなかった。
「みくるちゃんもみゆきちゃんも可愛い萌え要素で良かった」
ハルヒの言葉が耳に入らない。
「古泉くんは頼りになるし、かがみもつかさも良い双子だった」
辞めろ…!
「でもね…終わりにしたいの」
辞めろよ…!
「この関係を…この状況を…終わらせたいの」
頼むから…!
「別に誰かが悪い訳じゃない…強いて言うなら私が原因」
分かっているなら…。
「だからといって、これを打開するのはもう無理なの」
もう…
「それならばいっそ、精算がしたい。SOS団はなくなり、また新しい道を自分達で作るの」
聞きたくない…!
「別れても…良い友達で入れれば良い」
辞めてくれ…
「でも…でもキ」
「ハルヒ!!」
いつの間にか俺は声に出していた。
いつからかは分からない。
そして、この声は俺が出せる一番大きい声だっただろう。
ここが店内ということさえ忘れていた。いや、どうでも良かった。
ハルヒは驚いた顔で俺を見る。そりゃそうだろう。
「おいハルヒ、お前はそんな奴だったのか?」
確かに俺はお前にさんざん振り回された。
「でもな」
確かに俺はお前の作った団によって悲惨な目に遭った。
「それでもな」
楽しかったんだよ。
あんな団でも、良い友達が出来て、良い体験が出来た。
後悔もしたし、嫌気もしたのだろうが、それでも楽しさが上だった。
「だから…だから…そんなこと言うな」
俺は…涙が出そうになっていた。
「ちょ、ちょっと泣かないでよ」
ハルヒが俺をなだめる。
俺は出かけた涙を止められなかった。
ハルヒが、ハルヒがそんなことを考えていたとは。
ハルヒにとって、俺にとって、この「SOS団」とは何なのか―。
それを考えると分からなくて、分からない自分が悔しくて、泣くことしかできなかった。
ハルヒが俺を必死になだめる。
ハルヒが「なだめる」という行為を知っていたことにも驚いたが、なぜこんなにも尽くすんだろうか…?
考えることが多くなり、一旦整理しようと、とりあえずハルヒを見た時だ。
俺の視界の端に何かが見えた。
人だ。
ハルヒの斜め後ろにいる人。
死角なんだろう。おそらくハルヒには見えていない。
誰だ。
俺はそのにじんだレンズでハルヒにではなく、人にピントを合わせる。
はっきりとその人が見えた時、俺はあまりにも驚いた。
そう、そこにいたのは音信不通だったー。
最終更新:2008年05月03日 10:42