制服を着た紫系統のショートヘアーのそいつは…。
「つかさ…」
そこにいたのはつかさだった。
1週間ぶりに見たその姿は何ら変わっちゃいない。ニコニコと微笑む顔も。
俺の言葉にハルヒも振り返る。
と、同時につかさの手が上げられ、そして降り下ろされた。
ゴッという鈍い音と共にハルヒは座っていたソファーから落ち、床に倒れる。
俺は何が起きたのか理解ができなかった。
が、つかさの手にある物を見ると理解した。
つかさの手にはハンマーが握られていた。
木製ではなく、鉄製。勿論、人を殴るためには造られていない。
そのハンマーを握りしめたまま、つかさは大きな目に涙を貯めた。
「キョンくん…無事でよかった…」
そう言うと、つかさはまだ視線をどこに合わせればいいか分からない俺に抱きついた。
「うっ…良かった…いたんだ……こなちゃんもゆきちゃんも…お姉ちゃんも皆いなくなっちゃって…」
つかさの言ってることがよく分からない。いなくなった?誰が?皆だと?
いやいや、それよりハルヒだ。
「お、おい…つかさ、落ち着け。色々聞きたいことがあるが、まずこれだけ言わせろ」
つかさは涙目でキョトンとしている。
「なぜハルヒを殴った?」
そこでつかさは真面目な顔になった。
「ねえキョンくん、悪い人には制裁を加えないといけないんだよ」
「制裁?」
「うん。ハルちゃんは制裁を受けないといけないの?」
この時の俺は第六感をビンビンにしていた。
このつかさは怒らせてはいけない。
まずは様子を見るんだ。ハルヒの介抱は早くしたいが―。
「ねえ、キョンくん」
いきなり声をかけられ驚く。
「ちゃんと聞いてるの?」
「あ、ああ…」
「今朝ね、起きたらおねえちゃんがいなくなってたの。おねえちゃんだけじゃない。こなちゃんも、ゆきちゃんも」
俺には心当たりがある。
「その後にもんちゃんやみくちゃん、古泉くんにも電話したのに出なかったの」
やっぱりあの3人+3人に何かあったのか。
俺は横目でハルヒを見ながらつかさの話を聞く。
ハルヒはピクリとも動かない。まさか死んじゃいないだろうな。いくら鉄のハンマーとはいえ…。
「それでね、駅前を歩いていたらキョンくんを見つけて。喫茶店に入っていくのを見たから私も入ったの。そしたら…」
そこでつかさはいったん口をつぐむ。
「そしたら…何だ?」
俺の第六感が「話しかけるな!」と告げている。だが、聞かずにはいられない。
「そこに…」
「…そこに?」
「私達の敵がいたの」
「敵?誰のことだ?」
「いやだなぁ、キョンくん…」
そこで俺は気づいた。つかさの目が澱んでいることを。
口調も違う。これはいつものつかさではない。
「ハ ル ヒ に 決 ま っ て る じ ゃ な い」
いつだったか、朝倉に刺された時に感じた寒気。あれの数倍の悪寒が俺を襲った。
言葉はおろか、何もかもつかさとは別人だった。
「ハルヒはいなくなるべき存在なの。私の大事な友達を消したハルヒは」
そう言うとつかさは立ち上がり、動かないハルヒの方に向きなおした。
ヤバい…つかさを止めないと…。
俺は立ち上がるとつかさを羽交い締めにした。
「やめろ!つかさ!」
動きを止められたつかさは俺を見る。
その目は完全に死んでいた。
「何するの…?」
「辞めるんだ。お前のしていることは間違っている」
「私の何が間違っていると言うの…?」
何を話しても無駄ではないか。そんなオーラをつかさは覆っていた。
だが、そんな悠長なことを言ってられない。
「確かに皆は消えた。だが、それがハルヒのせいなのか?」
「決まってるじゃない…こんな女以外に誰がいるというの…?」
「それは…」
俺は感づいていた。
これはハルヒの仕業ではないかと。
だからといって、それをつかさに言ってはならない。
今のつかさなら平気でハルヒを殺してしまいそうだ。
「でしょ…」
つかさはゆっくりと言う。
「……それとも何?キョンくんはハルヒの味方をするの?」
そう言われて俺は考えた。
俺は…俺は…。
「俺はハルヒの味方だ」
なぜそう言ったのか。
その理由は俺にも分からない。
なぜだろうか?
つかさに危機感を感じたから。
ハルヒが怪我をしているから。
今のつかさが普通ではないから。
今のハルヒが可哀想に見えるから。
いや、そんな理屈や御託ではない。
かといって直感や第六感でもない。
これは……そう言うべき俺の宿命に近い。
いや…それも少し違うな。宿命とは義務であり、果たさなければならないものだ。
俺にとってそう言うことは義務ではない。
だが、言わなければならない。
なぜ、こんな身勝手なハルヒの味方をしたいのか?
先ほども言ったとおり、答えは分からない。
だが、これだけは言える。
俺はハルヒのことが―。
「何で…?」
つかさが少し悲しそうな顔をする。
「理由なんてないさ。ただ、俺は純粋にハルヒの味方をする。それが俺の意志だ」
「そう…」
そう言うとつかさは前に向きなおした。
俺は意外にも静かなつかさに驚き、思わず手を離してしまった。
「キョンくんはハルヒの味方なんだね…」
つかさは肩にかけていたポシェットから何かを取り出す。
その「何か」に俺は恐怖を感じずにはいられなかった。
折りたたみのサバイバルナイフだった。
「辞めろ…つかさ…辞めろ」
「ハルヒの味方は私の敵」
つかさは俺に歩を進める。
後ろに下がる俺。
一歩…また一歩…。
10歩も歩くと背中が壁につく。逃げ場がない。
だが、つかさは近づいてくる。
力ずくならなんとかなるかもしれない。
だが、俺はそんなことが出来なかった。
つかさの攻撃を防ぐ気力が起きなかった。
あれほど素晴らしかった友情が…逆に俺を締め付けていた。
「ごめんね、だけど…おねえちゃん達の敵なの」
つかさはナイフを握り直すと俺に突進してきた。
とりあえず俺は頭だけは手で防いだ。
ああ。そういや毎回、俺は腹を刺されてるんだっけ。
だったら腹を塞ぐべきだったな…。
そう気づいた時、つかさはもう俺と1mしか離れてなかった。
2秒後にはざっくりと刺される。
そんな時に事態は動いた―。
つかさの動きが止まった。
ナイフは振り上げられていた。俺の判断は正しかったのか。
いや、そんなことはどうでもいい。
なぜつかさの動きが止まったのか―。
よく見ると、つかさは誰かに羽交い締めにされている。俺がやったように。
誰だ。
この喫茶店にいたであろう人は…俺と、つかさと…。
「…や…め…なさい…つか…さ…」
ハルヒだった。
頭から血を流し、フラフラであるだろう、そんな状態から人の動きを止めるハルヒは流石だった。
「何するの…?」
つかさはハルヒを見る。
その目は恐ろしく黒かった。
「私には良いから…キョンには…キョンだけには…」
ハルヒは…泣いていた。
「…良い子ね」
つかさはまるで躾をし終えたトップブリーダーのような声で話しかけた。
そしてハルヒに…。
「おい!辞めろ!」
俺の声は届かなかった。
動けば良かったのに動けなかった。
俺がもう一度叫ぶ頃。
つかさの握るナイフはハルヒの腹部に深々と刺さっていた。
そして次の瞬間に倒れたのは。
つかさだった。
なぜつかさが?
と考える間もない。まずはハルヒだ。
「ハルヒ!」
やっと体が動く。
俺はハルヒに駆けより…何も出来ないが、とりあえず顔を起こさせる。
ハルヒは苦しそうに呻きながらも、俺の顔を見ると、微笑えんだ。
「この…バカキョン…あんたがちゃんとしないせいで…痛い目に遭ったじゃない…」
いつもの口調にも覇気はない。
顔は青白くなり、息も荒い。汗は大量に浮かんでいる。
「ハルヒ…もう喋るな…」
「……ねえキョン」
俺の忠告をことごとく無視してハルヒは話し出す。
「その…えと…何ていうか…ゴメン」
あまりにも小さい声だった。
「…すまん。聞こえなかった…もう一度頼む」
喋らないよう忠告していたのはすでに忘れていた。
ハルヒは
「……もう言わないわよ、バカキョン…フフ」
と言うと、そのまま…目を…閉じた。
「おい…ハルヒ…?嘘だろ…ハルヒ…」
段々と声が大きくなる。
「目を覚ませよ…ハルヒ…いつもみたいなこと言って…俺を困らせてみろよ…ハルヒ…」
もうここがどこだって誰がいたってかまわなかった。
「ハルヒ―――――!!!」
最終更新:2008年05月03日 10:48