Fate > unlucky night ~九日目


「――――つ」
 目を覚ます。
 外から差し込む陽射しは強く、昨日とうってかわって、今日が晴天だと告げていた。
「―――くそ。だっていうのに頭痛がする」
 昨夜の出来事が原因か、寝覚めはいいものじゃなかった。
 よほど魘されたのか、こめかみがズキズキする。
「え?」
 ごろん、と背後で物音がした。
「ん…………」
 小さな吐息。
 朝日が眩しいのか、寝苦しそうに身をよじって、それは、こっちに体を向けてきた。
「――――――――――」
 一瞬で思考が漂白した。
 もう真っ白。
 呼吸なんざ速攻で止まったし、眼球は固定されたままピクリとも動かない。
「っ、――――、っ」
 ごくり、と喉が動く。
 音を立てたらまずい、なんて思わなかった。
 うるさいっていうんなら、心臓の音の方がうるさい。
どのくらい大音響かと言えば、となりで電車が走ってるぐらいだ。
「――――っ」
 いや落ち着け。
 冷静に、冷静に。
 なんでこんな事になっているんだ
 たしか昨日はあの後、背中の治療をするのにかがみの部屋に連れてかれたんだっけ?
 そして……、それ以上記憶がない。
 
 Fate/unlucky night ~九日目

「ん……ちょっと、キョン……まだだってば……」
「っ…………!」
 びくん、と体が後じさる。
 ……かがみはまだ眠っている。
 眠りは深い方なのか、放っておけばずっと眠っていそうな感じだ。
「――――ふう」
 なんだ、寝言のようだ
 しかし、どんな夢なのやら
 胸を撫でおろして、少しずつ後退する。
 ……その間。
 見るべきじゃないって分かっているのに、視線はかがみから離れなかった。
 寝苦しげにこぼれる吐息と、乱れた寝間着。
 言ってしまえば、極悪なまでの破壊力だ。
 ほとんど反則だろう、これは。
 こんな姿を見たら、もう、今までのように自然に話すことなんて出来なく――――
「あ……ん、まぶ、し ……」
「――――――――っ」
 無防備な寝顔。
 それから視線を外せないまま、じりじりとドアまで後退する。
 ……一体、どのくらいの時間がかかったのか。
 たった二メートルの距離はとんでもなく長く、破裂寸前の心臓を押さえたまま廊下に滑り出る。
「ハア――――――――は」
 そうして深呼吸。
 止めに止めていた呼吸を再開する。
 膝から力がなくなって、ぺたん、と床に座り込んだ。
「――なんなんだ、いったい。……はあ」
 まあ、ともかく。
 窒息死する前に外に出られて、本当に助かった……。
 ……とにかく、朝食を作る事にした。
 細かく手の込んだ料理を作っていれば高ぶった気持ちも落ち着くし、朝飯が美味ければかがみも喜ぶだろうし、一石二鳥だ。
「おはよ、キョンキョン」
「ん? ああ、おはようこなた」
 ジャガイモの皮を剥きながら挨拶をする。
「いや~、今日も朝からよく働くね。関心、関心。そいえば左腕の麻痺は直ったの?」
「あ、そう言えばそうだったな。寝たら治ったようだ」
 時刻は八時半。
 さっきまで頭にちらついていたかがみの寝顔も、今はじゃがいもと玉ねぎによって薄れている。
 冷静に普段通りに、何もなかったように対応できるに違いな――――
「おはよ、かがみ。昨夜はゆっくり眠れた?」
「……おはよ。陽射しは眩しいし、零時過ぎてもごそごそやってるヤツラはいたし」
 ……こなたに答えながら、かがみは居間に入ってくる。
「――――――――」
 さあ、正念場だ。
 落ち着け、落ち着け。
 やる事は簡単、とりあえず三人分のお茶を汲んで、おはようと挨拶しながら顔を合わせればいいだけ。
「――――――――よし」
 盆に湯飲みを乗せて、最後の深呼吸をする。
 台所から居間へ。
 団欒するテーブルにお盆をおいて、
「よ、よう。今朝はじゃがいもと玉ねぎだ」
 自分でもよく分からない挨拶を口にして、顔をあげた。
 だから落ち着け。
「違う。訂正すると、今朝は和食って事だ。
 もう少しかかるから、とりあえずお茶でも飲んでろ」
 どん、と湯飲みをかがみとこなたの前に置く。
 ―――と。
「なにのんびりしてるのよ。今日は出かけるんだから、早く用意しなさい」
「は―――? えっと、出かけるって、何処に」
「隣街までよ。ほんとは遠出したいけどさすがにそこまでの余裕はないでしょ。だから妥協案ってコトで」
「……?」
 新手の先制攻撃か。
 意図が、俺にはどうも掴めない。
「はあ。妥協案はわかったけど、何しに?」
「何って、遊びに行くに決まってるじゃない」
「遊びに行くって―――何でだ」
「気晴らしよ、気晴らし」
 何か言い返したいところなんだが、朝の事があってか反論しづらい。
 そして
「なんだなんだ。朝から夫婦喧嘩か」
 呆れかえった声が、玄関から響いてきた。
「!?」
「いつぞやの夜以来だな。お互いしぶとく生き残っているようで何よりだ」
「た、谷口……!?」
 神経を一気に束ね、魔術回路を繋いでいく。
 現れた男は紛れもなく谷口だった。
 ……八日前の夜、俺はあの男に胸を貫かれた。
 アレを再現させられる訳にはいかない。
「ああ、待て待て。こっちに戦う気はない。少しばかり手助けしてやろう、とでしゃばりにきたワケだ」
「な――――に?」
 ちょっと待て。
 あいつ、今なんて言った――――!?
「……聞き違いかしら。今、手助けをするって聞こえたけど」
「なんだ、判りづらいか? なら言い直すか。オマエたちでも朝倉には分が悪い。だから、オレが手を貸してやると言ったんだ」
「――――――――」
 目が点になる。
 その横で、かがみはいち早く事態を掴んでいた。
「そう。ホントにでしゃばりね。それはあんたのアイディア?」
「いや、オレのマスターからの指示だ。俺は人生の勝ち組だから聖杯に興味が無いんだとよ。
 それはキョンのおかげだからキョンを手伝ってやれとさ」
 何の事だ?そんな人助けのような事をした記憶は無いのだが。
「……待て谷口。俺はおまえに二度も殺されかかった。だっていうのに、おまえの言葉を信用すると思っているのか」
「さぁな、どちらにしろ俺はただ戦えればいいだけだ」
「―――いいわ。わたしは賛成。けどまだ決定じゃない。
 キョンが信用できないって言うんなら、この話はなかった事にするけど」
「だそうだ。どうするキョン。おまえしだいぞ」
 くく、と谷口は俺を見る。
「――――――――」
 ……受けるしかないだろう。
 あいつの言い分は正しい。
 俺たちだけでは朝倉を倒せるかわからない。
 だが谷口の協力があるのなら、少しは確立が上がる
「……わかった、おまえの言い分は信じる。
 けど条件付きだ。朝倉を倒す為に手を貸してもらうし、俺たちもおまえを信用する。
 その代わり――――」
「その代わり、なんだ? 柊に気安く近寄るなってか」
「はぁ?」 
「――――! な、ななナニ言ってんのよアンタ、わたしとキョンはそんなんじゃないわよぅ!
 その……そう、わたしたちはただの協力関係なんだからっ……!」
「えー、そうかあ?」
「っ……! なんかムカツクわねアンタ、なによその見透かしたような顔は……!
 ほら、キョンもなんか言いなさいよ、わたしたちはただの協力関係だって!」
「いや、なんだその」
 …………………………………………。
「ちょっ、なんか言いなさいよばかぁ……!
 こ、これじゃホントに、その、わたしたちが好きあってるって……」 
「だからあ、ホントも何もとっくに出来あがってんだよオマエたち。端から見てるオレでさえ判るのに、当の本人たちが誤魔化してるとはな。ああ、こりゃこの先もタイヘンだな」
 同情するぜ、なんてジェスチャーをする谷口。
「二人ともツンデレだからね、素直じゃないんだよ。見てるぶんには面白いんだけどね」 
「なんだそりゃ? それで結局、条件はなんだキョン」
「いや、いい……何でもない」
「んじゃあまあ、とりあえず握手と」
 谷口は丸ごしのままやってきて、ぎこちなく差し出したオレの右手を握る。
 全身に繋げた魔術回路をオフにして、肩の力を抜く。
 ―――それが自分に出来る精一杯の誠意だ。
 戦う気はない、と。
 共闘する以上は、こちらも無防備に背中を見せるという意思表示。
 ―――不安要素はあるが、この上なく頼りになる協力者を得た。
 後は、
「くっ、このアッタマきたーーーーーーっ!!!
 いいわよ、アンタたちなんてこっちから願い下げよ、こうなったらわたし一人で朝倉をとっちめてやるんだからーーーーーぁ!!!!」
 いい感じに激昂してるかがみを、どうやって落ち着かせたもんだろう……?
 その後、急遽現れた谷口を交えての作戦会議
 それから作戦を練り直す事数時間
 状況はいいものじゃない。
 最後のサーヴァントとして現れた朝倉。
 そして、谷口曰く聖杯を持っていると
 ヤツが聖杯を所有しているかぎり、俺たちはヤツと戦うしかない。
 ……打開策はなく、考えれば考えるほど勝ち目がないと思い知らされる。
 言葉が少なくなるのは当然と言えた。
「――――――――」
 けれど、口を閉ざしている理由はそれだけではないと思う。
 ……おそらく、これで最後なのだ。
 こうして戦いに臨むのはこれが最後。
 うち倒すか倒されるか、結果がどちらになろうと、待っている物は変わらない。
 聖杯戦争はこれで終わる。
 しかし倒されればこうして話し合う事も出来なくなる。
 振り返れば十日ほどしかない時間だった。
 昨日の事など思い返す余裕はなく、次から次に起こる出来事に翻弄された日々。
 ……けど、苦しい事ばかりじゃなかった。
 こうして思い返せば、かけがえのない思い出になっている。
「―――――よし!」
 座布団から腰を上げて台所に向かう。
 かけてあったエプロンを装備。
 きっちりと紐を結んで、気合いをいれて腕まくりをする。
「キ、キョンキョン?」
「な、なに? 何かいいアイデアでも思いついたの?」
「え? いや、飯作ろうと思っただけだ。腹減ってるだろ」
 呆然とする二人を余所に、テキパキと夕食の支度をする。
 ちなみに谷口は暇だったのか寝てやがる。
「話は決まったんだ。なら、あとはいつも通りにでいいだろう。
 夕食をとって、その後で朝倉を倒しに行けばいい」
 ボウルとフライパンを出す。
 冷蔵庫の食材は全部使ってしまえ。
 今日は無礼講だ、思いっきり豪勢に行こう。
「そだね、いつも通りでいいよね」
「そうね。じゃ、わたしも手伝おっかな。あ、こなたはお風呂沸かしてきて」
 さっきまでの深刻な空気は、そんな事で消えてくれた。
 居間はとたんに明るくなる。
 いつも通りに過ごす為に、精一杯騒々しく、夕食を迎えられるよう張り切るのだ。
 ――――で。
 和洋中と節操のない夕食を片づけた後、作戦タイムの続きが始まった。
「で、山の寺に聖杯がある、と?」
「……寺か……厄介だね。あの山には山門からでしか侵入できないよ」
「そうね。けど逆に言えば位置が特定できて助かるわ。朝倉も厄介だけど、まず聖杯の召喚を止める事のが先決だもの。
 こなたと谷口には朝倉の足止めをしてもらって、その隙にわたしたちで聖杯を壊す……っていうのが理想でしょうね」
「待った。聖杯を壊すって、それはサーヴァントじゃないと出来ないんじゃないのか? 俺たちじゃ聖杯には触れないんだろ」
「そうね、わたしたちに呼び出された聖杯を壊す事はできない。けど、その前に聖杯の器を壊す事はできる。正確には聖杯が発動する前に停止させるって事だけど」
「だが、それを朝倉が許すわけないだろ。聖杯を止める、という事は朝倉を倒すという事だ」
「……そうだな。アイツが聖杯を守っているのは明白なんだから、まずアイツをどうにかしないと話にならない」
「そうね。けどアイツ、山門でわたしたちを待ち受けてると思うのよ。サーヴァントが山門からしか入れない以上、それ以外の突入経路はないんだもの。だから――――」
「……なるほど。俺と泉が山門から突入する。柊とキョンはその隙に裏から寺に侵入するのか。
 マスターである二人なら、寺の結界も意味はないか」
「そういう事。……二人には頑張ってもらうしかないんだけど、とにかく朝倉の足止めをして。わたしたちも聖杯を止め次第、すぐに駆けつけるから」
「―――待って。それは無茶だよ。わたしたちじゃ足止めなんて出来ないよ、きっと」
「え? なによ、やけにアイツの肩を持つわね、こなた」
「まったくだ。確かに強敵だが、それでも防戦に徹すれば簡単には負けん。 その根拠を言ってみろ、泉」
「だから、英霊である限り勝てないんだよ。
 ……そうだね、もし同じ宝具しか持ってないのなら、簡単に負けることはないよ。能力は同じぐらいなんだから」
「なるほど、アイツの強さはそういう『個人』としての強さじゃないんだな。どんなに優れた兵士でも、戦争そのものには勝てない。
 アイツはそういう類の強さか。対抗するには、おなじ戦争じゃないと飲み込まれるということだな」
「そゆこと」
「……?……つまり、俺や泉だと相性が悪い、と言いたいのか?」
「ああ、そういう事だ。だから、なんの策もなしで二人を戦わせられない。せめて突破口ぐらいないと勝ち目がないんだ」
「むっ……そんなコト、言われなくてもわかってるわよ。だから、いまからそれを考えようって言ってるんじゃない」
「まあ、策はあるといえばあるんだけどね」
「あのね、そう都合よく思いつく筈ないでしょ。
 キョンの言った通り、朝倉の宝具は戦争だもの。戦争っていうのは戦力をどれだけ整えたかで勝敗が決まる物でしょ。
 いかに上手に兵器を扱えるかじゃなくて、どれだけ相手と同じ戦力、を――――」
「……? なんだよかがみ。いきなり黙り込んで」
「……そっか。そうよね、あ……待てよ。それって、つまり」
「……柊? どうした、電波でも受信したか?」
「な、なんでもないっ……! ちょっとこなたこっちきて、あとは二人でかってに会議してて……!」
「?」
 谷口と二人、顔を見合わせる。
 ……まあ、アイディアがあるっていうんなら、放っておくけど。
「お前の槍で心臓を一突きというわけにはいかないのか」
「そりゃ無理だな、いくら矢避けの加護があるとはいえ攻撃を避けつつ狙うのは難しい
 まあ死ぬ覚悟でやれば出来んこともないかもしれないがな」
 やはり、勝機は朝倉にあるようだ。
 ああもう、考えが纏まらない。
 なにしてんだあいつら、さっきから様子がおかしいぞ。
 なんだってそう、じろじろとこっちを見たりするんだ。
「おいかがみ。言いたい事があるなら言えよ。アイディア、あるんだろ」
「――――な、ないわよっ! こんなところで言えるわけないでしょ、バカ!」
 などと、よく分からない罵倒を返し、気まずそうに視線を逸らす。
「……ほっといて話を進めよう」
 そんなこんなで、二人だけで作戦会議を進める。
 ……が、ブレインを欠いた俺たちに有効な打開策はなく、
「――――無いんならさっきの案でいいでしょ。
 決行は夜明け前だから。それまで各自、十分に休みをとっておくように」
 かがみの独断で、方針は決定してしまった。
 ――――時間が過ぎていく。
 時計の針は、じき日付を越えようとしている。
「………………」
 かがみは仮眠でもとっておけ、なんて言っていたが、とても眠れる状況じゃない。
 あと数時間であのサーヴァントと決着をつける。
 夜明け前という事は、日が昇る頃には何もかも終わっているという事だ。
「………………」
 じっとしていられる訳がない。
 俺は――――
「かがみ、起きてるか」
 ドアをノックする。
「っ……! ちょっ、ちょっと待った、絶対入るな!」
 ……む。
 かがみの事だからきっちり仮眠をとってるかと思ったのだが、まだ起きていたらしい。
 くわえて、ひどく慌てている。
 バタバタという音が続くこと数分。
 ようやく落ち着いたのか、はあ、と。
 ドアごしでも聞こえる深呼吸をして、かがみはドアを開けた。
「で、なによ」
 顔を合わせるなり、睨み付けてきた。
「いや。なにって話の続きだよ。朝倉への対抗策をもう少し考えたいんだ」
「――――――――」
 ……って。
 なんでそこで俺を睨むんだ、おまえは。
「もしかして、今すごく不機嫌か?」
 判りきったコトを訊いてみる。
 あったりまえじゃない!
 なんて怒鳴ってくるのは目に見えているが、それでも気になったものは仕方がない。
 が。
「……ううん。別に、そういう訳じゃないわ」
 なんか、さらに正体不明な回答をしやがった。
「おまえ、熱でもあるのか」
「ないわよっ! ……ああもう、いいから入ったら? 朝倉をどうこうするかって事なら、こっちから行こうと思ってたんだから」
 かがみは俺を引き入れるなり、がちゃん、と鍵をかけて、ずかずかと奥に戻る。
「…………?」
 とりあえず、部屋の中央へ移動。
 椅子に座ったかがみに合わせて、クッションに腰を下ろす。
「――――――――」
「――――――――」
 そうして、沈黙。
 そっちから来るつもりだった、なんて言っておきながらかがみは黙っている。
「……かがみ。怒らないで聞いてくれ。
 朝倉の相手は、俺が」
「アンタがするって言うんでしょ。
 ……なんだ、やっぱり気づいてたんだ。朝倉の天敵は、キョンなんだって」
「え?」
 ぽかん、と口を開く。
「え? って……、アンタ気付いてなかったっていうのに、そんなふざけたコト口走ったワケ?」
「う―――いや、それは確証がなかっただけで、俺たちの中なら一番俺に可能性があるかな、と」
「……ふうん。誰に入れ知恵されたか知らないけど、それは間違いじゃないわ。
 朝倉を最強たらしめているのは宝具の数でしょ。けど、逆に言えば同じ数の宝具さえ持っていれば力は拮抗する」
「――――同じ数の、宝具」
 それはつまり、ヤツが繰り出した分だけ、片っ端から複製すればいいという事。
 それは、そうだろうけど。
「……けど無理だ。あんな、次から次に宝具を出されたら投影も間に合わないし、魔力も持たない」
「キョンの魔術が今までと同じならね。
 けど、古泉君の宝具がなんだったかわかるでしょ。
 固有結界さえ使いこなせるようになれば、朝倉に対抗できる」
 かがみはじっと俺を見据えてくる。
 が、その期待には応えられない。
「それは無茶だ。世界を作る時に使う魔力は俺の数倍だぞ。そもそも無理なんだ、それは」
「……そうね。無理なのは判ってる。けど、やり方なら知ってるんでしょ。必要な魔力さえあれば、驚くぐらい簡単に出来るはずよ」
 無茶を言う。
「……はあ。けど無理な事に変わりはない。今の俺には結界を張る魔力も、維持する魔力もないんだ」
「わかってる。だから、その……ほら、自分で補えないんなら余所から持ってくればいいのよ」
 ぼそぼそと言う。
「……? たしかにそうだが、それがなんだって言うんだ」
「ああもう! ……だから、つまり、足りない分は、わたしがなんとかするしかないでしょう」
 頬を染めて、横目で、しおらしい小声で、かがみはそんな事を口にした。
「ま――――――――」
 分かる。
 かがみが何を言ったのかぐらい、判る。
「――――それは」
「……方法なんて一つか二つぐらいでしょ。わたしたちは性別がアレだし、時間もないし、契約みたいなものだから一番効果的だし」
「……あ、う?」
 頭が、一撃で粉砕された。
 かがみの言う方法を頭に思い描いた途端、ここ数日分の記憶と一緒に粉砕された。
「……なによ。殺し合いよりはずっと楽だと思うけど」
 そんなの、殺し合いのほうがよっぽど楽だ!!
「ち、ちょっと待て!!
 それはヘンだ。おかしいぞ、いくらなんでも話がとびすぎだ。騙されんぞ」
 かがみはじっとこっちを見ている。
 それはどんな言葉で説明されるより真実味のある仕草だった。
「あ、ぐ――――――――」
 ぼっ、と茹だっていた頭が、さらにグツグツと煮込まれていく。
 かがみの仕草は、その、サッカーならイエローカードをダースで突きつけるぐらい、反則だった。
「ぐっ――――待て、待て待て待て待て…………!
 手は汗でびっしょり濡れていて、視界はもう焦点があってない。
 だっていうのに、その。
「…………………………」
「あ――――う」
 ごくり、と喉が鳴る。
 ……かがみの目が痛い。
「……………………」
 気まずくなって、目を逸らして頬をかく。
 ――――と。
「な――――」
 不意に、唇に何かが触れた。
「えへへ。キス、しちゃった」
「っっっっ……!!!?  かかかがみ……!」
 あわてて首を引く。
 俺の慌てっぷりがおかしかったのか、軽く唇を重ねてきたかがみは、
「―――うん。それじゃ、そういうのを抜きでしよ」
 いたずらに、これ以上ないって仕草で笑って、こっちの頭をグラグラにしてくれた―――


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最終更新:2008年05月03日 11:03
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