吊り橋 -26-

……目を開けると白い天井が見えた。
ん…どういうことだ?
しばらくして俺はベッドに寝ていることに気づいた。
………夢?
まさか…それはないだろう…夢ならどこからが夢なんだ。

「お気づきになられたようですね」
誰かの声が聞こえる。
声のする方を見ると、古泉だった。隣には長門もいる。
どちらも入院している人の格好だ。
……うん?ということはここは…。
「心配しましたよ。あなたが一番最後まで目を覚まさなかったのでね」
「古泉…ここは…」
「僕の叔父が経営している…という設定の『機関』の病院です。あなたは一度お世話になっているので馴染み深いでしょう」
「どういうことだ…?そうだ…ハルヒは?ハルヒはどこだ?」
「涼宮さんなら泉さん達の病室にいます。彼女もつい先ほど目を覚ましました。」
「ハルヒの腹や頭の傷は無事なのか?」
「傷?……ああ、なるほど…ご心配なく、涼宮さんはどこも怪我をしていません。至って健康体です」
古泉と話すほどに分からなくなってきた。
「古泉…これは一体…」
「あなたが感じている疑問は分かります。ですが、それは今は置いときましょう」
という言葉の後に病室のドアが勢い良く開いた。

「キョンのやつ、具合はどう?」
その声の主は返事も聞かずに俺の顔をのぞき込む。
「あら、目を覚ましてるじゃない。なら気分は上々ね」
「んな訳ないだろ」
俺も仕方なしにハルヒの顔を見る。よく見ると目が赤い。それに頬には涙の跡がある。
「ハルヒ…お前泣いてたのか?」
「え…そ、そんなわけないでしょ!」
図星だろう、ハルヒは慌てて俺から視線を逸らす。
「し、仕方ないじゃない!だって、みくるちゃんがずっと目を覚まさなかったのよ、そりゃ泣きたくもなるわ」
「朝比奈さんも入院しているのか?」
「みくるちゃんだけじゃないわ。事もあろうにSOS団全員よ。全く…みーんな、毒ガスで倒れたって笑えないよね」
「毒ガス?」
「あら?あんた、古泉君から聞かなかったの?」
「ああ、すみません」
古泉はバカ丁寧に頭を下げる。
「僕達は山登りに行った際、山から出る毒ガスにより、全員昏睡状態に陥ったようです。そのままだと危険な状態でしたが、運が良く鶴屋さんがすぐに発見してくれまして…手配が素早かったので全員、大事にいたらずに済んだというわけです」
と長々説明した後に古泉は
「ということにしておいてください」
と声に出さずに口を動かした。
「ま、そういうこと。私の運が強いおかげで助かったんだから、感謝しなさいよ」
と誇らしげに言うハルヒ。
お前のおかげじゃないし、そもそも今の話自体ウソだからな。
とは言いたいが、これだけは口が裂けても言えん。というわけでここはおだてることにした。
「ああ、そうだな」
「ふふん、もっと褒めなさい!」
………おだてなきゃ良かったな。

ハルヒは泉達の病室に戻っていった。
さて…あのことを聞くか。
「古泉、一体どういう事だ?何が起きた?」
「何がですか?」
「とぼけるなよ、今までいたつかさがハルヒを……ってそうか、お前達はいなかったし、そもそもこれは夢かもしれないんだよな…」
「おや、あなたの中ではすでに解決しているようですが?」
「いや、何でもない。ただの戯れ言だ」
「そうですか。ならばご説明いたしましょう。あなたの聞きたいことはわかっています」
こういうことになるとやはり古泉は生き生きとしているな。
「僕達もあなたと同じような体験をしています。最も、あなたより早く目覚めているため、途中退場してしまったわけですが」
「ということはお前等にも夢の中の記憶があるのか?」
「ええ、しっかりとね」
「でも待てよ、それにしてはハルヒの態度は不自然に感じるぞ」
「涼宮さんは…というより、この記憶があるのは僕とあなたと長門さん、朝比奈さんの4人だけです」
「泉達にも記憶はないのか?」
「本人に確認したわけではありませんが、長門さんによると」
俺は長門を見る。
長門は顔を上げると、5mmほどうなずいた。
俺は別の質問をぶつける。
「あの世界は何だったんだ?俺達の夢か?」
「夢…とは少し違いますね。あれは涼宮さんの頭の中、と言った方が的確と思われます」
「……頭の中…?」
「あれは涼宮さんが意図的に作り出した思考の世界…いわば涼宮さんの想像世界といったところでしょうか」
「『閉鎖空間』とは違うのか?」
「ええ、『閉鎖空間』は曲がりなりにも現実世界です。しかし、今回僕達がさまよったあの空間は現実には存在しません。あくまで涼宮さんが涼宮さんの中で創り出した世界です」
「ということは俺達はハルヒの脳内で踊らされたのか」
「そうとも言えますね」
何てこった。ハルヒ(正確に言うとハルヒの力やハルヒの周りの生命体)によって摩訶不思議な空間には幾度となく連れられたが、まさかハルヒの脳内にまで行くとはな。
あいつの脳内を解剖したらノーベル賞並みの発見はあるに違いない。
「ハルヒは何がしたかったんだ?俺達をわざわざ自分の妄想に呼び込んだりして」
「それは…涼宮さんの脳内世界…『想像世界』とでも言いましょうか、そちらでお話しした通りです」
「友情を壊すとか何とかってやつか?」
「ええ。涼宮さんは何かの影響で友情の崩壊に興味を持っていたのでしょう。だが、それをここでやるわけにはいかない。
あくまでそういったのは想像の話であり、現実に起きてはいけないと、涼宮さんは少なからず思っていた。
だから『想像世界』を構築し、我々をその世界に誘った…。
こんなところだと思われます。僕と長門さんの推測ですがね」
「……本当に迷惑なやつだな」
とぼやきながらも、俺はあの世界が全てハルヒの妄想だということに安堵していた。
あの世界での俺達は苛立ち、不安、焦り…とにかくマイナスの感情ばかり持ち合わせていた。
ガキっぽいかもしれないが、俺はあの惨劇を二度と繰り返したくない。
SOS団はいつまでも不滅なのだ。
時には喧嘩や衝突もあるだろう。だが、それを乗り越えられる友情を俺達は確実に持っている。どんな敵にだって立ち向かってきた。
それだけの絆を俺達は持っている。
もし、これからあんなことが起きたら、俺はそれこそ命を懸けて事態を止めてやる。
俺は心に誓った。

その時、コンコンとノックの音がした。
続いてドアが開く。
「キョンキョン起きたんだって?」
泉だった。
「なんだ、結構元気そうじゃない」
かがみもいる。
「お元気そうで何よりです」
高良さんもだ。…そして…
「キョンくん…よかったぁ…」
つかさもいた。目覚める前に見た狂気の沙汰は微塵も感じられない。いつものつかさだ。
「よぉ、みんなも元気そうだな」
「本当、一時期はどうなるかと思ったけどね」
「目覚めて病院だったことは驚きましたけどね」
「かがみは寝ぼけてたよね」
泉がニヤニヤとかがみを見る。
「う、うるさい!それを言うならつかさもそうだったのよ!」
「おねえちゃ~ん、それは言わないでよ」
「全くお前等も相変わらずだな」
「キョンキョンもね」
笑いが病室を囲む。

しばらく談笑をしていると再びドアが開いた。
この遠慮のない開け方は…やはりハルヒだった。朝比奈さんもいる。
「みんなー!差し入れよー!」
「飲み物とお菓子買ってきましたぁ。…あ、キョン君、起きたんですね。本当に良かったです…」
そういうと朝比奈さんは涙ぐむ。
「お、女を泣かすなんてキョンキョンも罪な男だねぇ」
「な!俺のせいじゃないぞ!朝比奈さんが勝手に…」
「朝比奈さんのせいにするの?さいてー」
「かがみまで泉の味方かよ…」
また病室で笑いが飛ぶ。
朝比奈さんも泣いたり笑ったりと忙しそうだ。

かくしてハルヒと朝比奈さんの持ち込みにより、病室で小宴会が催された。
乾杯の音頭はハルヒだった。
「危ない目にもあったけど、全員無事で本当に良かったわ。引き続きSOS団の活動も出来るし、今日は言うことない日ね」
音頭がそれを言っちゃいかんだろう。
そう思いながら俺は全員を見渡す。
笑顔だった。長門は表面はいつも通りだが、心の中では笑っている。そんな雰囲気だった。
「でも何か言わないとね…う~ん…」
ハルヒは数秒考えた後に高らかに宣言した。
「それじゃ…ありきたりだけど、このSOS団の友情に乾杯!」



fin


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最終更新:2008年05月03日 11:16
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