Fate > unlucky night ~十日目


 午前四時。
 夜明けまであと数時間をきり、俺たちは家を後にする。
 段取りは決まっていた。
 これ以上話す事はない。後は戦場に赴き、それぞれの責務を果すだけだ。
 ……無事に帰ってこられる保証はない。
 いや、今までだってそんな事の連続だったか。
 ――――静かな夜。
 方針は決まっている。
 こなたと谷口は正面から突入し、俺とかがみは山の裏側から侵入する。
 二人には俺たちより少しだけ早く境内に踏み込んでもらい、朝倉の注意を引く。
 俺たちはその隙に裏山から寺に侵入、出来るだけ早く聖杯を停止させて加勢に入る。
 ……そうして俺が朝倉の宝具を投影してヤツを封じ、その隙にこなたと谷口はヤツを倒しきる―――
 それが現状における、俺たちの唯一の作戦である。
「――――――――」
 裏山にはかろうじて道があった。
 夜の山は暗く、不気味だ。
 霊地であり不可侵であるお山が人を拒むのは当然だ。
 山の闇は人間にとって脅威であると同時に、清浄さを持つ神域の具現でもある。
 だが――――

 Fate/unlucky night ~十日目

「……尋常じゃないわね。生臭すぎて吐き気がする」
 生臭い、というのはかがみの表現にすぎない。
 山頂から放たれるモノに、生臭さなどない。
 ただ奇怪なだけだ。
 空気はじっとりと湿り、粘膜のように肌にまとわりつく。
 満ち溢れる生命力はあまりにも生々しく、自分が息をしているのか、山が息をしているのか判らない。
 山ではなく、巨大な臓器を登っているような錯覚さえする。
「……今更だけど。キョン、体の調子はどう?」
 ―――と。
 唐突に、かがみはそんな事を訊いてきた。
「え……? いや、調子はいい、正直、持て余してる」
 素直に白状する。
 この魔力なら、投影の十や二十は軽い。
「ちゃんと成功したのね。……その、初めてだったから心配だったけど」
「――――――――」
 思い出した途端、冷静だった頭が火照る。
「待て。頼むから、今はそういう事を言わないでくれ」
「わ、わかってるわよっ。そんなのこっちだって同じなんだから。……わたしが言いたかったのは別のコトよ。
 キョンに分けてる魔力とこなたに取られてる魔力のバランス。二人分の掛け持ちなんだから、こなたの出力が落ちてるのは判るでしょ」
「あ―――そうか、そうだな。じゃあこなたは思うように戦えないのか?」
「あのね、こなたに比べたらキョンに分ける魔力は小さいからなんとかやっていけるわ。
 ただ、無理は利かないの。今のこなたは、一回しか聖剣を使えない」
「――――聖剣が一度しか使えない?」
 ……となると、朝倉に聖剣は使えない。
 こなたの宝具は聖杯を壊す為にとっておかなければならない。
「じゃあ、こなたは切り札を封じたままで朝倉の足止めをするのか!?」
「ええ。だから少しでも早く合流しないとまずいわ」
 獣道を駆け上がる。
 やるべき事は判っている。
 一秒でも早く聖杯を止め、朝倉と決着をつけるだけだ――――

 山が鳴動している。
 見上げる空には暗雲が立ちこめ、木々は山の胎動に震えるようにざわついていた。
 二人はその様を、山門の入り口で見上げている。
 寺が形容しがたい毒素を孕んでいる事は、訪れた瞬間に判った。
 この階段を上った先にいるのは朝倉 涼子だけではない。
 何か異質なモノが、待ち受けている。
「―――――――」
 スウ、と大きく息を吸う。
 この先、一手たりとも誤る訳にはいかない。
 聖剣は打てて二回。
 二度目の一撃を放った瞬間自分が消滅する事を、良く理解している。
「おいおい、なんかやばそうだな」
「元より、捨て身じゃなきゃ敵わない相手だよ」
“―――じゃあこなた。三十分経ったら始めて” かがみの言葉が思い出される。
 指定された時間まであと一分。
 深く吸い込んだ息を吐いて、体調を整える。
 ――――山頂より風が漏れる。
 その魔風に木々が一際震え上がった時、石段に足をかけた。
 一息で駆け上がる。
「おい、泉。ったく、合図ぐらいしろ」
 石段に踏み込んだ時点で、襲来は悟られただろう。
 境内には倒すべき最後のサーヴァントが現れる筈だ。
 山頂より漏れてくるモノが汚濁なら、石段を行く二人は汚れを切り払う突風だった。
「ハッ―――――!」
 山門より滲み出る悪寒を堪えて走る。
 そうして、ついに山門を目前にした時。
「な――――」
 決して止まらぬ筈の足が止まった。
 額には汗。
 驚愕に満ちた顔で山門を見上げる。
「―――待って―――いた」
 流麗な声が響く。
 五尺を超える長刀が月光を弾く。
 山門に至る階段。
 そこに、いる筈のない敵がいた。
 いる筈のない敵、いてはならない障害。
「不思議?―――私は――門番」
 アサシンのサーヴァント、それは九曜 周防であった 
「……馬鹿な。何故ここにいる……! てめえはキャスターが呼び出したサーヴァントだ。キャスターが消えた今、留まっている筈がない……!」
「私は特殊……マスターは―――山門」
「な――――土地が、依り代だと……?」
 呆然と剣士を見上げる。
 長刀から放たれるモノは、殺気でもなければ敵意でもない。
 ただ、戦え、と。
 勝利も敗北も介さぬ、意味のない殺し合いを求めていた。
 だが、今はそれに付き合う時間はない。
 急がなければ、自分が境内に到達する前に、二人は朝倉 涼子と対決するだろう。
「そこを退け。お前に門番を命じたヤツは消えた。もはや門を守る意味などないだろ」
 じり、と一歩踏み込んで谷口は問う。
 だが――――
「―――否……もとより戦う意味など―――ない」
 それ以上進めば始める、と。
 長刀の切っ先を谷口に向け、九曜は言い捨てた。
「上等だ」
 長刀が揺れる。
 九曜はその役柄を貫き通さんと立ちはだかる。
「泉、ここは俺に任せて先に行け」
「たのんだよ、グッチー」
「させない――――」
 こなたへ長刀が奔る。
 谷口の槍が、月光の如き一撃を受け流す。
「へっ、お前の相手は俺だ!」
 翻る長刀。
 長刀は一撃毎に鋭利さを増していく――――

 ―――山頂が近い。
 裏山から登れば、境内の裏側につく。
 そこには確か、人の手が入っていない大きな池があった筈だ。
「見えた、あともう少し……!」
 かがみは枝をかきわけて斜面を上がっていく。
 周囲に気を配り、かがみの背中を守りながら後に続く。
 そうして。
 長い斜面からようやく平らな地面に出た瞬間、ソレが、俺たちを出迎えた。
「―――――――――――なんだ、これは」
 境内の奥。
 寺の本堂の裏には、大きな池があった。
 人の手は入れられず、神聖な趣きをした、龍神でも棲んでいそうな池。
 澄んだ青色の水質は清らかで、濁りのない綺麗な池だった。
 だが、それは昨日までの話。
 池は、もはや見る影もない。
 目前に広がるのは赤い燐光。
 黒く濁ったタールの海。
 ――――そして――――
 中空に穿たれた『孔』と、捧げられたハルヒの姿。
「――――朝、倉…………!」
 冷静を演じてきた思考が、一瞬にして通常値を振り切る。
 駆けてきた足を止め敵を凝視する。
「よく来たわね」
 皮肉げに口元を歪め、ヤツは両手を広げて俺を出迎える。
 ……ここが、決着の場所。
「―――ハルヒに何をした」
 目前の朝倉を睨む。
 ……ヤツまでの距離は十メートルほど。
 これ以上先に踏み込めば、戦いが始まるだろう。
「おい。聞こえなかったのか。ハルヒに何をしたんだ」
「ふふふ、聖杯と涼宮さんを繋げてみたのよ」
「な!? それって」
「そうよ、今の涼宮さんは聖杯の一部になっているの」
「な―――んだと?」
 ふざ、けるな。
 全力で地面を蹴った。
 ヤツまでは十メートル弱、このまま一直線に間合いをつめて、そのまま――――
「――――――――」
 真横に跳んだ。
 横っ滑りで地面に転がる。
 それもすぐに止めて、すぐさま顔を上げた。
「っ、今、の――――!」
 さっきまで自分が走っていたルートを見据える。
 地面を焼く音。
 じゅうじゅうと湯気を立てているのは、池から伸びてきた黒い泥だった。
 ……まるで黒い絨毯だ。
 泥は鞭のようにしなり、朝倉に迫った俺を迎撃し、そのままだらしなく大地に跡を残している。
「言い忘れてたけど、コレは魔力に敏感なの。動き回るのは勝手だけど、不用意に動くと死んじゃうわよ」
「――――っ!」
 容赦なく伸びてくる黒い泥を跳んで躱す。
 不用意に動くもクソもない、あの野郎、殺る気満々なんじゃないか……!
「く―――この……!」
 池に気を配りつつ態勢を立て直す。
 ……朝倉までの距離は依然変わらない。
 この十メートルが、あいつにとって近寄らせたくないラインって事だ。
 ……だが考えている時間はない。
 とにかくハルヒを引きずり出して、聖杯だけでも止めないと……!
「かがみ。あの泥、なんとかできるか。凍らせちまえば上を歩けそうだけど」
「無理。ただの水ならいけるけど、アレはもう呪いに加工された魔力なのよ」
「――――そうか。なら、あとは」
 運を天に任せてつっこむしかない。
 あの呪いに汚染される前にハルヒを連れ戻すだけだ。
「ちょっ、そのままで行く気!? 無理よ、いいとこ真ん中で飲み込まれるってば!」
「やってみなくちゃ判らないだろ。ここで躊躇している暇は――――っ……!?」
 咄嗟にかがみを庇い、背後に振り向く。
「――――投影」
 剣が翔ぶ。
 放たれた一本の剣は、無防備なかがみの背中を串刺しにしようと打ち出され――――
「――――完了…………っ!」
 瞬時に割って入った、俺の干将によって弾き落とされた。「は、ふっ――――!」
 肩で息をする。
 間に合った―――用意していたとは言え、これだけ速く投影が出来たのは初めてだ。
 かがみの魔力のおかげだろう。
 それにしてもいつの間に背後に回りこまれたのやら
「そんなこともできるんだ」
 瞳に殺気が籠もる。
 ……投影は、朝倉を本気にさせた。
 朝倉の背後に浮かぶ宝具は、際限なく数を増していく。
「――――キョン」
 背後では、俺を気遣うかがみの声。
 振り返る事なく、干将を構えたまま敵を見据える。
「かがみ。ハルヒを頼む」
 それだけを口にした。
「―――任せて。すぐに連れ帰ってくる!」
 水の跳ねる音。
 あの泥の海に、躊躇なくかがみは飛び込んだ。
 なら、守る。
 これより後ろ、かがみに向けて一本たりとも宝具を通しはしない。
「おまえの相手は俺だ。かがみに手を出したかったら、まず俺を倒しやがれ」
 一歩踏み出す。
「じゃあ、そうさせてもらうね」
 切っ先を向ける宝具の群。
 ヤツは、刃のような殺気を灯し、
 自らの財宝を、惜しげもなく展開した。

 ―――腐肉の海を進む。
 池の水深は一メートルもない。
 底にはべったりと泥が広がっており、実際沈むのは膝もと程度ではあった。
「っ―――この、気持ち悪いにもほどがあるってのよ、もう……!」
 乱れた呼吸のまま悪態をつく。
 一歩進む度に、大量の虫を踏み潰すような悪寒が走る。
 肌にまとわりつく腐肉は腐肉以外の何物でもなく、立ち止まれば彼女を取り込もうと固まりだす。
「っ……! ああもう、こんちくしょう……!」
 それを力ずくで振り払って前に進む。
 ぞぶ、ぞぶ、ぐちゃり。
 臓物をかき分けて進む作業は、とても正気ではやっていられない。
 この分なら精肉店のアルバイトだって怖くない。
 牛一頭を捌く作業だって簡単だ、と開き直る。 そんなワケで、この作業にも慣れた。
 作業と思わなければ動けなくなるほど切迫していたが、とにもかくにも精神的なダメージは負わなくなった。
「っ……ぁ、はあ、あ、っ――――」
 だが、これだけは気持ちの持ちようなどでは耐えられない。
 一歩進む度、体の熱が上がっていく。
 足にまとわりつく腐肉は、その瞬間に神経を侵しにくる。引き剥がしたところでとうに毒は回っているのだ。
 触れれば発病する。
 神経を侵し体力を奪い脳を茹でるソレは、一歩歩いた時点で致命的となる。 常人なら二歩で動きが止まり、腐肉に倒れ込む。
 その後どうなるかなど知らない。
 窒息死するのか、自分も腐肉の一部になるのかなど考えたくもない。
 そんなもの、既に四十度を超える頭で想像できる筈がなかった。
「ぐ――――あ、こ、の――――」
 止まりそうになる足、よろけそうになる体を必死に踏ん張って、前に進む。
 何の策もなしで腐肉に飛び込んだ訳ではない。
 あと二つしかない切り札の宝石を飲み込んで、ため込んだ魔力の全てを防御膜に充てている。
 この呪いが純粋な魔力が結晶化したモノならば、単純に強い魔力を纏っていれば弾ける筈―――
「く――――、ま、ず――――」
 ……視界が歪む。
 その予想は正しかったのだが、規模が違った。
 飲み込んだ宝石など紙にもならない。
 これは人間が抵抗できるモノではない。
 熱に浮かされた頭で、背後の剣戟に耳を向ける。
 ……二人の姿はもう見えない。
 誘導したのか、それとも為す術もなく追い込まれているだけなのか。
 どちらにせよ、両者の戦いは境内へと移ったようだ。
「――――あと少し。一気に行くから、それまで」
 
「つぁ……!」
 繰り出される剣を弾く。
 展開された宝具は十を超え、その全てが矢となって俺を砕きにかかる。
「く、っ……!!!!」
 砂と散った剣を投げ捨て、次弾に備える。
「は、はあ、は――――」
 乱れた呼吸を一息で正常に戻す。
 息吹が乱れれば投影は出来ず、武器がなければ、この体はたやすく串刺しにされるだけ。
「はっ、づ――――!」
 この戦いは、朝倉との戦いじゃない。
 自分の体との戦い、
 投影の速度と精度が落ちた時こそ、俺が消える時だ。
「ふふふ、休んでいる暇はないわよ!」
「っ……!」
 朝倉の声に応じ、見たこともない直刀が切っ先を返す。
 ぎちん、と音をたてて装填された宝具は、そのまま必殺の速度をもって――――
「――――投影……!」
「――――ぐ、づ――――!」
 衝撃を殺しきれず、背中から地面に倒れ込む。
 咄嗟に横に転がり、態勢を立て直しながら立ち上がる。
「どうしたの、疲れた?」
 朝倉は明らかに楽しんでいる。
 背後にゆらめく宝具を一斉に放てば、俺に防ぐ術などない。
 だというのに一本ずつ、こちらの限界を試すように手を抜いている。
「は――――はぁ、は――――」
 ……だが、今はそれが幸いしている。
 いくらかがみにバックアップして貰っているからといって、相手の武器を見てからの投影は困難すぎた。
 似せられるのはカタチだけ。
 その内面にある能力までは設計できず、こうして一撃防ぐ度に砕かれる。
 ヤツの宝具を防ぎ、踏み込んで一撃食らわせる事もできない。
 二つ。最低でも二つの武器が必要だ。
 が、一本でさえこの始末だっていうのに、同時に投影する事なんて出来るものか……!
「ふふふ、がんばるのね」
 転がりまわる俺の姿が気に入ったのか、朝倉はあくまで愉しげだ。
「は――――あ」
 ……呼吸を整える。
 満悦している分にはいい。
 それならまだ勝ち目はある――――
「――――投影、開始」
 内界に意識を向ける。
 限られた僅かな回路。
 そこに、限界まで設計図を並べていく。
 ……視認できるヤツの宝具は十七個。
 その外見から内部構造を読みとり、創作理念を引き出し構成材質を選び出す――――
「ごぶっ―――…………!」
 吐血する。
 通常一つか二つしか入らない回路に、複数の魔術を走らせている代償だ。
 投影を始めてから神経は傷つき、体は内側から崩壊している。
 胃には血が溜まり、食道はポンプのように、血液を外に吐き出させようとする。
「――――憑依経験、共感終了」
 それを飲み込んで、工程を押し進める。
 干将莫耶ではヤツの宝具は防げない。
 俺が宝具を防ぐ方法はただ一つ。
 放たれた宝具とまったく同じ宝具をぶつける事で、単純に相殺するしかない――――!
「ふ――――ふう、ふ――――」
 魔力ならまだ保つ。
 かがみからの供給は半端じゃない。
 ……ただ、それを動かす回路自体が、根本から倒壊しかけている。
 終わりは近い。
 朝倉が本気になった時、同じ数の剣を投影をしなければ生き残れない。
 だがそれだけの数を投影すれば、間違いなく、この体は破裂する。
「――――工程完了。全投影、待機」
 溢れ出すイメージを保存する。
 ……外に出ようとする剣は、そのイメージ通り中から体を串刺しにするモノだ。
 回路が焼き切れ制御できなくなれば、俺は内から突き出される刃によって、それこそ針千本と化す。
「へえ。今度は多いのね。十、十五、十七……目に見えるのを全て複製したのね」
「な――――に?」
「あなたに働く魔術の数なんて、それこそ手に取るように判るのよ」
「――――――――」
 その台詞に、不意をつかれた。
 視ただけでこちらの魔術を把握できるのか。
「全て止められるかしら?」
 朝倉の腕があがる。
「く――――!」
 反応が遅れた。
 言葉に気を取られたその隙が、絶望的なまでに後手――――!
 放たれる十七の宝具。
“王の財宝”。その一部が、遊びは終わりだとばかりに雪崩こむ……!
「っ―――停止解凍、全投影連続層写………!!!」
「は――――ぐ――――!」
 体がブレる。
 内面から打ち出す剣と、外界から打ち出される剣とが衝突し、衝撃が内と外を震わせる。
「あ――――が――――…………!!!!」
 防ぎきれない。
 十七個の宝具を投影したところで、自分に出来るのは一本ずつカタチにするだけ。
 いかに連続といえ一本ずつしか出せない自分と、
 その全てを一斉に放ってくるヤツとでは、初めから火力が違いすぎる――――!
「ふふ、よく持ってるけど、それもあと数撃ね。ほら、急いで真似ねしないと八つ裂きよ」
 剣戟の向こうで、朝倉の嘲笑う声がする。
 敵宝具、残り十二――――!
「つ――――!」
 前面に突きだした指先が焼ける。
 自ら放出する魔力と、その寸前で衝突し、弾け合う宝具の熱が、指を容赦なく灼いていく。
 残る宝具、あと七つ――――!
 ……切れる。
 回路が、完全に焼き切れる。
 足りない。こんな僅かな回路だけじゃ、この女には敵わない――――!
「く――――そ、なん、で…………!」
 なぜ防げないのか。
 残る宝具、あと三つ。
 それを防ぎきるまで体は保つのか。
「――――――え?」
 瞬間、あらゆる感覚が停止した。
 迫り来る残り三つの宝具さえ目に入らない。
 朝倉は、一つの剣を取りだしていた。
 奇怪な剣。
 石柱ともとれるソレを見た時点で、思考が白熱したと言っていい。
「そろそろ、終わりにするね」
 剣の咆哮に乗って、嘲笑う声が響く。
 回路に残る三つの魔術を全て破棄し、全速でヤツの剣を解読する。
 だが。
“――――読め、ない……?” 今まで、それが剣であるのならどんな物だって読みとれたというのに。
 あの剣だけは、その構造さえ読みとれ、ない。
「――――“天地乖離《エヌマ》す開闢《エリシュ》の星”――――」
 ――――風が、断層を作り上げる。
 朝倉の剣から放れた斬風は、自らの宝具さえ蹴散らして俺に襲いかかる。
「――――――――」
 思考は白いまま。
 対抗策など何も考えられず、ただ、残った魔力を叩きつけた
 ここまで複製してきた内、最硬の物を前面に展開した。
 だが、そんなものは盾にもならない。
 乖離剣。
 ヤツの手にした正体不明の剣は風を断ち、都合六つの宝具を粉砕して、俺の体を切断した。
 消えていく。
 回路は断線していき、かがみから貰った魔力は行き場をなくして戻っていく。
「く―――――――そ」
 不甲斐なさを呪う。
 なぜ、俺の回路はこれだけなのか。
 もう少し多く。
 もう少し多く、あの闇の先に手が伸ばせたのなら――――
 ――――地面に落ちる。
 衝撃を殺しきれず、何十メートルと吹き飛んで、背中から地面に落ちた。
 落下による痛みはない。
 そんな感覚はもう残っていない。
 この意識さえ、白く洗浄されていく。
 ……死に行く直前。
 最後に思った事は、よく手足がついているな、という驚きだけだった。
 ……鼓動が小さくなっていく。
 肺は動かず、呼吸をする為の気管は、そのどれもが固まっていた。
 何も見えないのは、目が壊れたからではないらしい。
 今はただ、中がグチャグチャで、人間としての機能を忘れている。
 それは幸いと言えた。
 なにしろ痛みさえ忘れているんだから、このまま放っておけば、簡単に死ぬことが―――
 ―――それは、できない。
 このまま正気に戻れば痛みで発狂するとしても、意識を取り戻して立て、と。
 ……動かない筈の腕を、上げた。
 倒れた体と、死に至る直前の意識。
 ……何がおかしいのか、誰かが笑っている。
 俺はなんだかんだ言いながら今までの日常が好きだった
 微妙に非日常的な日常を
 そう、剣の丘で独り思った。
 自分にできる事が些細なことでも、戦おうと。
 こんなこと、考えるまでもなかったんだ。
 ――――そう。この体は、硬い剣で出来ている。
 ……ああ、だから多少の事には耐えていける。

 体を起こす。
 意識が戻った途端、手足は言うコトを聞いてくれた。
 勢いよく起きあがった体はまだ動く。
 あの剣の一撃を受け、生きているばかりか立ち上がれる事が不可思議だが、そんな事はどうでもいい。
 助かったというのなら、何か助かる理由があったのだ。
 単にそれが、俺の預かり知らぬ物であっただけ。
「直前に盾を敷いたの……? 出し惜しんだとは言え、致命傷だった筈なのに。存外にしぶといのね」
「出し惜しみ……? は、そんだけ山ほど持っておいて、今更なにを惜しむってんだ」
 呼吸を整えながら距離を保つ。
 やり方は判っている。
 かがみのバックアップがあるんなら、きっと出来る。
 問題は詠唱時間だ。
 一応暗記したとは言え、どれだけ速く自身に働きかけられるかは、やってみないと判らない――――
「これならどう?」
 無数の宝具か出現する。
 が、それは全て三流だ。
 先ほどの剣を見た後だと、格の違いは明白すぎる。
 かといって楽観できるものではない。
 本来、俺を殺すにはそれで十分すぎる。
 ―――実力差は変わらない。
 あの一撃から奇蹟の生還を遂げたところで、敵うべくもない。
「あら、真似ごとはおしまい? ようやく無駄と判ったのね。―――なら、潔く死になさい」
 中空に浮かぶ宝具が繰り出される。
 それを、
「キョンキョン……!」
 俺たちの間に割って入った、青い突風が蹴散らした。
「こなたか……!」
 咄嗟に後方に跳ぶ朝倉。
 いかにヤツとて、こなただけは警戒している。
 剣技で劣るヤツにすれば、こなたとの白兵戦は避けたいのだろう。
「―――良かった。なんとか無事みたいだね。
 遅くなったけど。二対一ならなんとかなるよ」
「いや。朝倉は俺一人でなんとかできる。こなたは境内の裏に急いでくれ。
 かがみが一人で聖杯を止めてる。けど、アレを壊せるのはこなただけだ」
「無理だよ、一人じゃ」
「いいから行け」
「……わかったよ。―――かがみは、私が必ず」
 振り返らずに走っていく。
 颯爽としたその姿は、一陣の風のようだった。
 こなたは去っていった。
 疑いなど微塵もなく、朝倉に勝つと言った俺の言葉を信じて、かがみを救いにいった。
 ――――さあ、行こう。
 ここから先に迷いなどない。
 あとはただ、目前の敵を打ち倒すだけ。
「ふふ、ふふふふふ。正気? ただ一つの勝機を逃すなんて」
 宝具が展開される。
 ―――数にして三十弱。
 防ぎきるには、もはや作り上げるしかない。
 片手を中空に差し出す。
 片目を瞑り、内面に心を飛ばす。
「―――?」
「……勘違いしてた。剣を作る事じゃないんだ。そもそも俺には、そんな器用な真似はできない」
 そう。
 かがみは言っていた。もともと俺の魔術はその一つだけ。
 強化も投影も、その途中で出来ている副産物にすぎないと。
「……そうだ。俺に出来る事は唯一つ。自分の心を、形にする事だけ」
 ゆらり、と 前に伸ばした右腕を左手で握りしめ、朝倉を凝視する。
「――――I am the《体は》 bon《剣で》e of m《出来ている》y sword.」
 その呪文を口にする。
 詠唱とは自己を変革させる暗示にすぎない。
「なにをしても無駄よ。諦めなさい」
 放たれる無数の宝具。
 ――――造る。
 片目を開けているのはこの為だ。
 向かってくる宝具を防ぐ為だけに、丘から盾を引きずり上げる――――!
「ぐ――――!」
 乱打する剣の群。
 盾は俺自身だ。
 七枚羽の盾がひび割れ、砕かれるたびに体が欠けていく。
「―――Steelismyb《血潮は鉄で》ody,and fireism《心は硝子》yblood」
 導く先は一点のみ。
 堰を切って溢れ出す力は、瞬時に俺の限度を満たす。
「なんで?」
 驚愕は何に対してか。
 たった一枚の盾をも突破できぬ自らの財宝に対してか、それとも――――目前に奔る魔力の流れにか。
「―――I have created o《幾たびの戦場を越えて不敗》ver athousand blades.    Unaware of lo《ただ一度の敗走もなく、》ss.     Nor aware of《ただ一度の勝利もなし》 gain」
 壊れる。
 溢れ出す魔力は、もはや抑えが効かない。
 一の回路に満ちた十の魔力は、その逃げ場を求めて基盤を壊し――――
「―――突破出来ないなんて―――? 」
 血が逆流する。
 盾は、もう所々虫食いだらけだ。
 今までヤツの宝具が届かなかったにせよ、その時点で俺の体は欠けている。
 それでも――――
「―――Withstood pain to cr《担い手はここに孤り。》eate weapons.    waiting for one's 《剣の丘で鉄を鍛つ》arrival」
 魔力は猛り狂う。
 だが構わない。
 もとよりこの身は『ある魔術』を成し得る為だけの回路。
 ならば先がある筈だ。
 この回路で造れないのなら、その先は必ずある。
 回路の限度など、初めからなかったのだ。
 せき止めるものが壁ではなく闇ならば。
 その闇の先に、この身体の限度がある――――
「――I have no《ならば、》 regrets.This《我が生涯に意味は》 is《不要ず》 the only path」
 一の回路に満ちた十の魔力は、その逃げ場を求めて基盤を壊し―――百の回路をもって、千の魔力を引き入れる。
「―――Mywholelif《この体は、》ewas“unlimited blade 《無限の剣で出来ていた》works”」
 真名を口にする。
 瞬間。
 何もかもが砕け、あらゆる物が再生した。
 ――――炎が走る。
 燃えさかる火は壁となって境界を造り、世界を一変させる。
 後には荒野。
 無数の剣が乱立した、剣の丘だけが広がっていた。
「――――――――」
 その光景は、ヤツにはどう見えたのか。
 朝倉は鬼気迫る形相で、目前の敵と対峙する。
「……そうだ。剣を作るんじゃない。
 俺は、無限に剣を内包した世界を作る。それだけだ」
 荒涼とした世界。
 生き物のいない、剣だけが眠る墓場。
 直視しただけで剣を複製するこの世界において、存在しない剣などない。
 固有結界。
 術者の心象世界を具現化する最大の禁呪。
 ここには全てがあり、おそらくは何もない。
 故に、その名は無限《アンリミテッド》の剣製《ブレイドワークス》
「―――固有結界。それがあなたの能力……!」
 一歩踏み出す。
 左右には、ヤツの背後に浮かぶ剣が眠っている。
「驚く事はない。これは全ておまえの言う、取るに足らない力だ」
 両手を伸ばす。
 地に刺さった剣は、担い手と認めるように容易く抜けた。
「だがな、俺がお前に敵わない、なんて道理はない」
 前に出る。
「いくぞ朝倉――――武器の貯蔵は十分か」
「ふ――――思い上がるのもいい加減にしなさい――――!」
 敵は“門”を開け、無数の宝具を展開する。
 荒野を駆ける。
 異なる二つの剣群は、ここに、最後の激突を開始した。

「なに、アレ――――」
 境内を迂回し、池に辿り着いたこなたが見たものは、巨大な孔だった。
「かがみ……! 何処にいるの、かがみ……!」
 池に駆け寄り、対岸に声を上げる。
 池の中、黒い泥に足を入れる事は躊躇われた。
 不快だからではない。
 半霊体であるサーヴァントは、コレに触れてはならないと知っているのだ。
「――――!?」
 呼び声がする。
 微弱だが確かに、マスターからの命令が届いている。
 彼女は目を凝らして様子を探り――――
「かがみ……!?」
 その状況に、迷わず足を踏み出した。
『―――待った……! ダメ、こなたは入ってこないで……!』
「っ……!」
 こなたの体が止まる。
 踏みだしかけた足を引き、剣を構えたままで肉塊を凝視する。
「だけど……!」
『いいからダメ……! その泥に触れたらどうなるかわかってんでしょ。いいから、こなたはそこで宝具の準備をして……!』
 緊迫した主の声に、こなたは頷く事が出来ない。
 がふり、と吐き出す泥の量は増え続けている。
 池は黒く濁りきり、黒い泥は地面に溢れ出している。
 ……つまり、成長しているのだ。
 あんなものをこのままにしておけば、それこそ世界がおかしくなる。
 その前に聖剣を以って破壊するのは当然だ。
 だが―――それには。
「かがみ、外に……! 池にさえ出てれば、あとは―――!」
『……よね。オッケー、任せた。けど、もし間に合わなかったら、間に合う方をとって』
「ちょっと……! 構わないよ、何に変わろうがこんな呪い、蹴散らして――――」
 聖杯を目ざし、黒い泥へ走り込むこなた。
 が、その体はどうしても動かない。
 池に近づこうとするだけで、彼女の体は停止するのだ。
「かがみ、令呪を――――」
『……当然でしょ。聖杯を壊せる唯一の人材を、むざむざ死なせる訳にはいかないもの。
 それに心配無用だってば。この程度、簡単に振り切って逃げ出すから。そこで、大船に乗ったつもりで聖剣の準備をしてなさい』
 命じてくる思念は、いつもと同じ余裕に満ちた物だった。
「――――かがみ」
 だが、それが強がりである事は言うまでもない。
彼女のマスターには、とうに逃げ道などないのだから。

「―――なんてね。まあ、言うは易しってヤツだけど」
 奇怪な肉の腕に囲まれながら、ぽつりとかがみは呟いた。
 ―――状況は、一言で言えばお話しにならない。
 ハルヒは救えた。
 無理矢理引きちぎって聖杯から取り出した。
「……問題はその後か。そりゃあ核とられちゃ暴れるわよね。ハルヒを返せば見逃してくれるかな、コレ」
 蠢く無数の触手を見据えながら、少しずつ外へと移動する。
 だが出口などない。
 既に触手によって網が張られている。
 巻き付き、肉塊に取り込もうとする触手たちをやりすごしたところで、壁と化したアレは突破できないだろう。
「っ……まず、力、が」
 肩に支えたハルヒごと倒れそうになり、懸命に持ちこたえる。
 呪いの海を越えて、ハルヒを聖杯から引き離す為に神経手術まで行った。
「……く……もう、あのバカ。遠慮なしで人の魔力もってくんだから。……おかげで、こっちはもうすっからかん、じゃない……」
 目眩を堪えて、そんな文句を言ってみる。
 もちろん本気ではない。ただ言ってみただけだった。
 それに、魔力が残っていたところで変わらないのだ。
 彼女を取り囲む触手たちは、獲物が大人しいからこそ停止している。
 体内に侵入したモノが毒と判れば、即座に行動に移るだろう。
 二人が無事なのは、エサとしての魔力が残っていなかったからである。
「……っ……けど、ここまで、かな……いい加減、立ってるのも辛く、な――――」
 視界が霞む。
 足場があるとは言え、ここも泥の上である事は変わらない。
 かがみの神経は秒単位で熱に侵されている。
 そうして倒れ込めば、ずぶずぶと音をたてて、今度は彼女自身が聖杯の核となるだろう。
 ――――その前に。
「……ごめんこなた。言うこときかないだろうから、無理矢理聞かせる」
 残った令呪は二つ。
 それだけあれば、対岸で待機するこなたに聖剣を使わせる事ができる。
「っ…………あと、アンタにも謝っとかないと。
 ハルヒ、助けられ、なかっ――――」
「さっさと走れ」
「――――え?」
 倒れかけた体が止まる。
 その声。
 間違いなく、彼女達に協力している谷口のもの
 いつの間にか隣に今にも消えそうな谷口がいた
「ちょっ――――」
 戸惑っている暇はなかった。
 走れと言ったからには、そいつはもう走らないと間に合わないコトをしでかした―――!
「――――刺《ゲ》し穿《イ》つ」
 紡がれる言葉に因果の槍が呼応する。谷口は弓を引き絞るように上体を反らし
「死翔《ボルク》の槍――――!!!!!」
 怒号と共に、その一撃を叩き下ろした――――
 それは、もとより投擲する為の宝具《モノ》だった。
 狙えば必ず心臓を穿つ槍。
 それがゲイボルク、生涯一度たりとも敗北しなかった英雄の持つ破滅の槍。
 全魔力で打ち出されたソレは防ぐ事さえ許されまい。躱す事も出来ず、防ぐ事も出来ない。
 ―――故に必殺。
「っ…………!!!!!!」
 走り抜ける。
 谷口が放った魔弾が造っていく道を
 触手だろうが網だろうが、行く手を阻む全てを粉砕していく――――!
「あ、くっ――――!」
 振り返る余裕などない。
 かがみはハルヒを抱えたまま、全力で走り抜けた。
「っ――――!」
 池に飛び込む。
 彼女の逃げ道になるであろうそこは、一掃されていた。
 ほんの僅かな時間ではあるが、黒い泥は弾かれ、汚れた水だけが岸へと続いている。
「はっ、は――――!」
 ハルヒを抱えたまま池を走る。
 自分でも呆れるぐらいの底力で、もうぐちゃぐちゃに濡れながら岸まで走る。
「こなた、お願い……!」
 叫ぶ声を、彼女の魔力が受け止める。 もはや確かめるまでもない。
 振り上げられた黄金の剣は、その圧倒的な火力を以って目前の全てを薙ぎ払う。
 黒い泥は蒸発し、光の帯は池そのものを、真っ平らな荒野へと変えていく。
 一人の英雄と共に……

「はっ――――!」
 繰り出される長刀に長刀を合わせる。
 互いの剣は相殺し、大気に破片をまき散らす。
「調子に――――」
 ヤツの背後に曲刀の柄が出現する。
「乗らないで!」
 より速く、
 足元の曲刀を抜き、一文字に薙ぎ払う―――!
「っ――――!」
 後退する朝倉。
 その間合いに踏み込み、すぐさま剣を引き抜き一閃する。
「何故……!何故打ち負けるの……!」
 矢継ぎ早に現れる宝具に剣を合わせる。
「はぁ――――はぁ、はぁ、はぁ、は――――!」
 何も考えていない。
 体も心も立ち止まれば止まる。
 だから前に進むだけだ。
 ヤツの宝具を見た瞬間、手元に同じモノをたぐり寄せ、渾身の力で打倒する――――!
「うそ?―――押されているの、私が……!?」
「ふっ、は――――!」
 剣戟が響き渡る。
 ヤツは俺の一撃を捌ききれず、その宝具を相殺させる。
 ―――それが、ヤツの敗因になる。
 ヤツはあくまで“持ち主”にすぎない。
 たった一つの宝具しか持たぬが故、それを極限まで使いこなす“担い手”ではない。
 相手が他のサーヴァントなら、こんな世界を造ったところで太刀打ちできない。
 無限の剣を持ったところで、究極の一を持った敵には対抗できない。
 朝倉にはあるのだろうが、それだけの身体能力が俺にはない。
 同じ能力、同じ“持ち主”であるのなら、既に剣を用意している俺が一歩先を行く……!
「もう一回使うことになるなんてね……!」
 朝倉の腕が動く。
 その背後に現れた剣の柄は、ただ一つこの世界に存在しないあの魔剣――――!
「させるか――――!」
「っ――――!?」
 走る双剣。
 咄嗟にたぐり寄せた干将莫耶は、剣を掴もうとしたヤツの腕を切断する――――!
「な――――」
 剣戟が止まる。
 片腕を失い、愛剣さえ取り落としたヤツは完全に無防備だった。
「は、あ――――!」
 思考より先に体が動く。
 勝利を確信した手足は、なお鋭く踏み込み、その体を両断する――――!
「―――――――っ」
 その異変は、一瞬だった。
 背後―――池の方から走り抜けた閃光が、剣の丘を消していく。
 強大な魔力が、消えかけていた固有結界を消し飛ばしたのだ。
 ――――それはどうでもいい。
 勝負はついていた。
 風の音だけが、境内に響いている。
「――――――――、」
 朝倉は息を漏らした。
「―――まさか、あなたに負けるなんてね」
 朝倉が薄れていく。
 血を流し、肉の感触を持っていた存在が消えていく。
「また失敗しちゃった」
 そうして、最後に。
「じゃあね、キョン君。―――また会えるのを楽しみにしてるわ」
 朝倉はかき消えた。
 呆然と立ちつくす。
「…………はあ。ともかく、これで」
 全て、終わったんだ。
 双剣が消える。
 体を占めていた魔力は急速に薄れていき、同時に、
「あ――――やば」
 疲れという疲れが一気にやってきた。
「……くそ。まずいな、これじゃ歩けない」
 今すぐかがみの様子を見に行きたいのに、体が動かない。
 ……まあ、こなたが行ってくれたんだから今頃ぴんしゃんしてるとは思うんだけど。
「――――そうだな。こっちも、少しは」
 休んでいいのかもしれない。
 そうして、ほう、と大きく呼吸をした時。
 空に亀裂が入った。鳥がつついたようなひび割れ。
 そして、天頂の一点から明るい光が一瞬にして円形に広がった。


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最終更新:2008年05月03日 12:30
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