「さて、困りましたね」
まったく困ったような顔色を見せずに古泉は言う。
「情報が少なすぎるのよ!絶対に生徒会はまだ私たちに話してないことがあるわね!」
そう言いながら朝比奈さんの淹れたお茶を味わいもせずに一息で飲み干すのはハルヒ。
「おかわりを今淹れますね」
ハルヒの傍若無人な飲み方にも丁寧に対応するのは朝比奈さん。その姿はまるで天使だ。
「生徒会が私たちの行動を妨害して得は無い。よってその可能性は低いと思う」
膝の上に置いてある本からはわずかも視線を動かさず、たまに動く手だけが本を確かに読んでいることを示す長門はそう言った。
謎の愉快犯"K"を追い詰めるための対策本部としてSOS団が機能し始めてから三日。
ハルヒの機嫌は良くなる一方で、団員の一番の下っ端である俺はただただ迷惑である。
なんの役にも立たない俺は非常に肩身の狭い思いをするばかりで、ここで朝比奈さんの淹れる甘露をすすっているだけのオブジェとしてしか存在していない。
古泉はずいぶんと精力的に捜査を進めており、愉快犯は女子しか狙わないことや脅している事、更にどう調べたのか実行犯(脅された被害者でもある)の起こした犯罪についても調べ上げていた。
まったく、ごくろうなことだ。
机の上の、最近持ち主が手を触れてくれない将棋の駒を弄びながらそんな事を考えていた。
「ちょっと!キョン!!あんたも少しくらい古泉君を見習いなさい!!」
そんな俺の行動にいいかげん耐えられなくなったのか、ハルヒはいきなり立ち上がると俺を指さして怒鳴りつけた。
「おいおい、俺が手伝うのはいいが何をするんだ?肝心の資料はお前らが『どこから情報が漏れるとも限らないわ!とりあえず私と古泉君だけで管理するからね!』って」
「そんな言い訳してるなら聞き込みでもなんでもすればいいでしょ!!全く頭が働かないんだから…」
「……」
さすがに少し言いすぎだと思ってくれてるのか、朝比奈さんは慈しむためにあるようなその瞳で、困ったように眉を寄せながら見ていた。
大丈夫です。慣れてますから。
そう言う代わりに少し笑顔をみせると朝比奈さんも笑顔を返してくれた。とても癒された。
あの優しさの3%でもハルヒに備わっていればもうすこしあの
「何グズグズしてんの!?さっさと聞き込みに行きなさい!!!!」
「へいへい」
そのまま部屋にいたら湯のみが飛んできかねない雰囲気を察知して俺は部屋の外に出る。
確かに、これはハルヒの望んでた非日常の手がかりなのだ。
俺が脚を引っ張る事は本当に許せないのだろう。
窓の外の空気はいささか冷たく、雨を予感させた。
「さて、形だけでも聞き込みをするか…」
さて、少し整理をしよう。
今するべきこと。そして優先して解決すべき問題と。
まず優先するべきはハルヒと長門だ。
ハルヒの機嫌が損なわれれば世界そのものが終わるため、ハルヒを敵にするのは得策ではない。
SOS団団員である俺が団長であるハルヒに嘘をつき、裏切っていた(ように見えるだろう)事を知ればその怒りがどんな結果を生み出すのか想像もできない。
なので、ハルヒをどうにかしてこの件から手を引かせることが重要である。
次に長門だが、もしこのままハルヒが捜査の手がかりを得ることができなくなり長門に聞いて、更にもしもを重ねるが俺だとバラしてしまう可能性もある。
そして長門は非常に危うい立場であり、敵対する宇宙人とやらへのカウンター(これはダイレクトに俺の危機に直結する)なので長門に俺のことを………?
あれ?まてよ。長門は今どういう状況なんだ?俺も混乱したぞ。
TFEIでありながら確か情報統合思念体との接続を切っていたはずだ。
その長門は超宇宙的パワーで今の俺の状態を知っているのか?
まぁ、その辺は後で調べるとして次は古泉だ。
古泉本人が驚異なのではなくその背後の機関が厄介なのだ。
古泉の口ぶりから察するにおそらく俺には少なからず監視の眼が光っている。
しかし、それは四六時中ではない。
なぜならずっと監視しているなら俺のことももう既に知っているはずであり、あんな会話を交わそうとは思わないだろう。
しかし用心するに越したことはない。
古泉と長門とハルヒ、とくれば朝比奈さんであるが朝比奈さんは別に問題はない。
ハルヒをどうにかしてこの捜査から引き剥がしたあとは機関の動向を探りたいが…となると鶴屋さんに接触するか?
鶴屋さんは確か(本人が知ってるとは限らないが)機関との繋がりがある。
そこから機関に……いや、それだと逆に俺の監視率が高まるだろう。
できれば女子の中のリアルタイムな情報も知りたいし一石二鳥かと思ったんだが、これはいただけない。
ハルヒはそこまで女子のなかで人気や、地位、人脈があるとは思えないので情報も期待できない。
朝比奈さんは鶴屋さんの近くだし機関の目…それにうっかり口を滑らせられたら致命的なのでできれば聞くことも避けたい。
長門は題外だろう。
「…ということは、やはり泉に手伝ってもらうか」
まだまだ表面化してない問題は山積みだろう。
とりあえず、一つずつ消化していかないとな。
放課後を迎えた学校はまだ騒がしく、部活の掛け声や教室に残って談笑している声も聞こえた。
"K"という隣人を疑わせるような存在があっても、人というやつはきっと独りではいられないのだろう。
だからこそ情報は流通するし、"K"はまだまだ成長するのだ。
ちなみに俺の足取りに迷いはない。
そこらの女生徒に聞き込みをしようかと少し考えもしたが、ただ不審なだけに終わりそうだったからという理由が少し。
ちなみにあと二つ理由がある。
そんな無駄な時間を過ごすなら先ほどの山積みの問題を解決するすることに労力を使ったほうがいいし、そんな些細なことでもKだと疑われる可能性もゼロでは無いからだ。
すなわち、そんな聞き込みは無駄以外の何物でもない。
もちろん俺が今から向かう場所はそんな無駄な結果しか生まない所では無い。
俺が会いたい人はいない可能性もあるが、そうでなくても少しは価値がある。
そして居なかったら居ないで次の手も考えてある。
古泉の手腕は意外とたいしたもので、あのハルヒの手綱をどうにかとりつつ俺(K)に段々と近づくための情報を着々と集めているのだ。
おそらく、なんの手も打たないとすぐに捉えられる可能性がある。
そのためには俺は無駄にできる時間は無い。
あぁ、ちなみにSOS団でだらだらしていたのは無駄な時間ではないぞ?
むしろ有意義な時間だった。
俺が先送りにしようとしていた問題を繰り上げないと間に合わなくなるほど、古泉は有能だと知れたからだ。
それに今の捜査の進捗情報もリアルタイムで知れたしな。
だが、さすがに三日もあそこに居たのはまずかったかもしれん。
二日目に機関が調べたのか、生徒会の調べあげた結果なのか、膨大な量の資料が手に入った。
あの時の俺はやはりまだ古泉をどこか侮ったままだった。
機関も、生徒会も俺個人で簡単にさばき切れるものではないと少し考えればわかっただろうに。
しかしもう過ぎたことを悔やんでも仕方がない。
俺には宇宙的パワーも、願望実現能力も、TPDDもありもしないので誰にも知られずに過去を改変する事はできないのだ。
せいぜいこの失敗を糧に新しい失敗をせず、そして逆に利用できることはないか考えるだけだ。
「……、と」
だいぶ考え込んでいたらしい。
もう目的地に着いていたのにしばらく棒のように突っ立ていた。
周りに人がいなくて良かったと本当に思う。こんな何を考えているのかも分からずに立っているのを見られたら本格的に変質者か痴呆かと心配されただろう。
やれやれ、と自分の額に指をあてて自分に落胆する。
そして頭上のプレートを見上げるとそこにはこう書いてある。
『生徒会室』
さて、気を抜くなよ俺。
もう失敗はしちゃいけない。
俺はドアをコンコン、と叩くとそのまま手を掛けて開いた。
「失礼します」
開けたドアの向こうからは声はかえってこなかった。