立夏過迄

小泉の人◆FLUci82hb氏の作品です。


恋愛というものに特別な憧れはある。
しかし一方的な想いがたとえ実っても、通じ合うことが無ければそれは不幸だろう。
例えば後輩がその一途な感情を先輩に向けて発したとしても。
その感情が素通りしてしまえばそれはもう、独り芝居でしかない。
もしかしたら、こんな考え方をする俺は本気で人を好きになったことがないのかもしれない。
だから、
「…好き、です」
普段その感情を表に出さない物静かな後輩――岩崎みなみが俺に対して告白してきたとき。
顔を朱に染めながら必死に紡ぎだしたその言葉に。
どれだけの気持ちが詰まっていて、どれほどの重さがあったのか。
きっとわかっていなかったのだ。
「…ありがとうな、岩崎」
だからこんな言葉を吐けたのだろう。
一度でも本気で人に恋い焦がれていたなら岩崎の気持ちを1%位はくみ取れた筈だ。
無神経な俺の言葉を受け止めた岩崎は顔をあげると、その涙をたたえた眼を細めて。
「ありがとうございました……」
と、感謝の意を述べて頭を下げたのだった。
俺は非難されこそすれ、こんな事をされる理由は見当たらない。
混乱する俺をよそに岩崎は再び顔をあげると背を向けて去ってしまった。
ただ、これだけの話である。
岩崎は俺を好いてくれたが俺は岩崎と付き合いたいとは思っていなかった程度の想いしかもっていなかった。
それだけの、話だった。
もう終わった話。





人のざわめきが其処ら中に沸いている。
夏本番の暑さには及ぶべくもないが、湿気と人の体温によって不快な暑さを演出しているこの場にはそれでも人がひしめき合っていた。
道の両側には色とりどりの屋台が割高で主に軽食を売っている。
風船にでも空気を入れているのかコンプレッサーの音も喧騒に紛れて聞こえてきた。
道はいつもの街灯のような味気ない光ではなく、今日ばかりは提灯による少し薄ら暗い暖色で道々を照らしている。
そしてちらほらと視界の端に映る浴衣。
つまり夏祭りがこの場で開催されているのであった。
その入口のあたりに男が三人、待ち合わせていた。
「…それでだな、なんで俺まで駆り出されなくちゃならないんだ?」
と、男三人が集まっている内の不愉快そうに顔をしかめているのが俺である。
この目の前にいる馬鹿面をした友人を軽く睨んでみるがこの友人は特に堪えた様子は無い。
「いーじゃん。どうせキョンのことだからこんな日も家でゴロゴロしてる予定しか無かったろ?」
この人の予定というものを全く考慮しないで、人を呼び出したのは谷口である。
「まぁまぁ、この僕を助けると思ってさ。キョン?」
ひとのいい笑顔で微妙に押しの強いこいつは国木田。
というか何故俺がいるとお前の助けになるんだ?
俺の不可解を示す視線をどう受け取ったのか谷口はその人一倍軽い口を開き、
「ナンパは基本三人だろ?イケメンとフツメン×2で一人がお笑い担当!俺の完璧なシュミレーションデータによると」
「このバカとずっと二人きりだと僕は発狂する」
その隣の国木田は…なんだか今、凄まじい毒を吐かなかったか?しかもめっちゃ笑顔で。
聞いてない事をべらべらべらと話しまくる谷口を無視して国木田と肩を並べて祭りの喧騒へと入り込む。
谷口はまだ入り口の辺りでまだ何かのたまっているが気にしない。
あいつの目的はどうやらナンパらしいが成功率はゼロ。
ちなみにこれまでの経験から導き出された完璧な結論であるので、付き合うだけ時間の無駄であることは国木田との間ではすでに意見の一致がみられている。
あっと、誤解してほしくは無いのだが別に谷口は嫌われている訳ではないぞ?
俺らは少しでも有意義な時間を過ごすために最善を尽くしているだけであって、その過程に谷口が含まれていないだけで。
……ぶっちゃけるならナンパなんかに付き合ってられるか!!ってことなんだがな。
「どうせ失敗するからね」
「十中八九な」
「谷口のナンパに付き合うならキョンの傍にいたほうが彼女できるだろうにね」
「…待て国木田。お前は何を言っている?」
「ひーふーみーよー……わぁ、手の指だけじゃ足りないや」
「こらこら何を数えているか知らんがとても失礼なオーラを感じるぞ」
そんな事を話しながら俺たちは熱の発信源である祭の中へ入っていった。



そして少し時間が過ぎた頃。
それはほんの一時間ほどである。
もちろん、国木田と二人で祭りを楽しむために人混みに入ってからのことである。
「……」
「……」
今、俺たちは雑踏を離れて道端っこで休憩している。
しかし隣にいるのは国木田では無く。
「あの…」
「……ん?」
目の前を行きかう人たちを見ていた筈のその眼は、いつのまにか俺を見据えていた。
薄く藍色に染まった生地に、花をあしらった浴衣をまとったその姿はどう見ても男ではなく。
ということはさっきから隣に居たのは国木田では無かったということである。
「先輩、」
それはまさしく、後輩である岩崎みなみであった。
国木田と二人して屋台を冷やかしながら覗いて、祭りをそれなりに楽しみつつ中学時代の友人にでも出くわせば少しつきまとってみようかと考えていたのだ。
それなり数の店を巡って、おおよそ五店目くらいだったろうか?
俺が向い側の店のリンゴ飴に目を奪われていると国木田が誰かに声をかけた。
財布の中身を思い出しながらその人に目を向けると、浴衣姿の二人組が居た。
いつもは制服姿しか見ていないので一瞬、誰だか分らなかったのだがすぐにその正体は知れた。
「キョン、高良さんと岩崎さんだよ」
「…言われなくても見ればさすがにわかる」
分からなかったのはほんの一瞬なので嘘ではないと思いたい。
みゆきさんはその髪を軽く結い、岩崎はヘアピンを使い左右に分けてそれぞれ二人とも髪型を日常のそれとは別物にしていた。
そのまま四人で祭りを見て回ることになった。
と、言っても花火も神輿もなくただ神社だかなんだかにお参りするだけのしょぼい祭りである。
見て回るのは並んでいる屋台とそこらでやっているストリートパフォーマンス等だ。
まぁそんなちっぽけな祭りだったがそれなりに楽しめはした。
国木田はみゆきさんと楽しげに話してはいたし、そのみゆきさんも射的やボールダーツなどではしゃいでいた。
先日の事が尾を引いて気まずい空気であった俺と岩崎だが、みゆきさんや国木田と遊ぶときはそれなりにはにかんだ笑顔を浮かべていたのだ。
つまりその、俺だけがこの空気に馴染めずに独りはしゃぎきれずに居たのだった。

そして何故、俺達がこの場に取り残されたのか。
一通り屋台を回り、ダンスや歌っていた人たちに拍手などしながらそろそろお開き、という空気になっていった。
しかし、みゆきさんと国木田は何が面白いのか勉強の話で逆にこれからが本番みたいな盛り上がりを見せていった。
国木田は元々理系志望であり、みゆきさんは頭のつくりから凡人より少し出来の怪しい俺とは別次元である。
岩崎はと言えば学年が違うので全くと言っていいほど話にはついていけないだろう。
数学の話なんぞ休みの日にまで聞いていたら俺は血を吐きかねないほど嫌いな科目なので俺もノータッチだ。
なので自然と二組にわかれてしまう結果になった。
むこうが盛り上がっている一方、こっちらと言えばひたすらに気まずい。
前と後ろで二組に分かれ、後ろのほうで話に入れない俺はつかず離れずの距離を保ちながら岩崎と歩いていた。
その岩崎はとても居心地が悪そうに、先ほどまで少しでも笑っていたのが不思議だとさえ思えるような顔をして視線を下に落としながら横を歩く。
挙句に足元しか見ていなかった岩崎と、ちょろちょろとよそ見していた俺が二人とはぐれてしまったのは必然だったろうか。
いつの間にか姿を消した二人を捜したが見つからず。
電波が悪いのか携帯にも返事は無かった。
そして特に行くあてのない俺たちは道端に座り込んだのだ。
つまりここまでがついさっき一時間ほどの事の顛末である。
「先輩…?」
「あ、あぁスマン。ボーっとしてた」
いつからそうしていたのか、岩崎は俺の顔を覗き込むような形で心配そうに俺の顔色をうかがっていた。
俺がそう答えると再び、気まずいような沈黙が二人の間にたちこめる。
会話の糸口が全く見えない。
こんな時は谷口みたいのが空気をかき乱してくれると助かるのだが、そんな都合よく谷口が現れるわけもない。
ただ座って道行く人を気まずさから逃れるように眺めているだけだ。
「先輩」
だが岩崎は口を開く。
言いたいことがあるのか、それともこの沈黙に耐えられないだけなのかは分からないが。
「なんだ?」
とりあえず聞くだけならどちらも傷つくまい、と思った。
しかし、岩崎の口からでたのは耳が痛い批判だった。
「先輩は卑怯です」
俺は耳を疑った。
何が一体卑怯だというのだろうか?
俺は特に岩崎に何をしたというわけでもない。
だというのに何故、卑怯者と言われたのだろうか。
その理由はほどなく岩崎自身の口から更に痛烈な批判となって聞かされることとなる。
「…俺は何か岩崎にしたのか?それが不快だったら謝るが、」
「わからないのですか?」
もう一度言うが、俺は岩崎に何かした覚えは無い。
二重人格でも無いし、あの時の告白の事を言っているというならそれは筋違いというものだろう。
「どうして…」
どうして、と言いたいのは俺のほうだ。
なんで、そんな泣きそうな顔をしているんだ?
俺はそんなひどい事をしたのか?

「…先輩は、好きでもない女について嫉妬するのですか?」

ギクリ、と心臓が鷲掴みにされた気分だった。
確かに俺といても全く笑わないが、国木田やみゆきさんとなら笑える岩崎をど思っていたかなんてそんなことは語るまでもない事だ。
つまり俺は岩崎に何をしたというわけでもなく。
あの二人に嫉妬していた。
そう言いたいのか。
しかも好きだとは言えない自分に関して。
「それは、私には残酷です」
その通りだよ。
自覚はしていなかったかもしれないが俺はきっと嫉妬していただろうさ。
だが、それを俺に言うのか?
それもまた、残酷だろう……岩崎。
きっと岩崎のほうが傷ついたのかもしれないが、俺も俺でこれは手痛い言葉だったぞ。
「……もう夜も遅いので私は帰ります」
「……ああ。またな、岩崎」
送っていくとは言わなかった。
それは岩崎にとって更に残酷な言葉でしかないだろうし、あの言葉はもう変に希望を持たせないでくれという遠まわしな要望なのだろう。
ひとり、道端に座りながら夜空を見上げてみた。
提灯の光に慣れた目にはただの一つも星は見えなかった。
「……」
もしも。本当にもしもの話だが岩崎の告白に応えていたらどうなっていたのだろうか。
どうあっても今さら撤回できるような事実では無いのは百も承知だ。
だが、
「だが……だが、なんだって言うんだ?いや、言いたいんだ俺?」
逆に地面を注視した。
勿論、そこにも何も有りもしなかったのだが。






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最終更新:2008年05月21日 08:04
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