T-note 第九話

「どうぞ」
長机に湯のみが置かれる。
この場には三人の人影があるが、湯のみはひとつしか置かれていない。
お茶を出されたのは普通の人間だが、SOS団という特殊な環境では逆に異質に映るアイツである。
俺はただ奴の向かい側に座ったまま眼鏡越しに見つめているだけだ。
おそらく喜緑君の親切心で出されたお茶を、コイツは飲みもせずに俺に問いかける。
「なんか情報はありませんかね」
「無いな」
一瞬の間も開けずに切り捨てる。
ここに来たのは古泉か、あの馬鹿の差し金だろう。
こっちは暇じゃないのだから、さっさと帰ってほしい。
奴はどうやらその答えを予想していたらしく、
「そうですか」
の一言だけを残して窓の外に視線を移した。
…もしかしたらあいつらの指示は無くて、自発的にここに来たのかもしれんな。
なら理由は二つほど考えられる。

①ただ情報を捜して来いと言われてここにたどり着いた。
②俺に何か用があり、喜緑君が邪魔である。

前者ならもう帰っても問題はないだろうし、となるとやはり俺に用事があるのだろうか?
この生徒会室には基本的に俺と喜緑君、そしてたまに先生がいるだけだ。
行事の話し合いなどで会計や書記などが居る場合もあるが、ここしばらくはそんな話し合いもない。
副会長は特に生徒会や学校についての興味はなく、内申のためだけに入ったような人間だ。
生徒会が行事で駆り出される度に文句を漏らしていた。
まぁ、この喜緑君がここによくいるのは俺との色っぽい話があるわけではなくてただ居心地がいいのだろう。
俺さえいなければこの生徒会室はかなり便利なのだ。
給湯室がついてるのは職員が利用する場所を除けばここだけだし、日当たり良好でエアコンも付いている。
プロジェクターに、DVDデッキもあるとくればだいぶなものだろう。
だがいかんせん普段の俺は眼鏡をかけた冷徹な生徒会長という仮面をかぶっており、一般生徒には畏怖の対象でしかないだろう。
そんな俺を恐れずに生徒会室でお茶をのほほんと飲んでいるのはこの喜緑君くらいなものだ。
そして俺の本質を知っているのはほんの数人であり、こいつもその一人である。
で、だ。こんな俺に用があるなら喜緑君は邪魔だろう。
俺は喜緑君に退室してもらおうと手でその旨を示そうと
「ああ、あのとりあえず喜緑さんにも聞きたい…というよりそっちが本命の話なんですが」
「…?」
全くなにがコイツは目的なのかわからん。
目的を失った右手をとりあえず机の上に置き、手を組んで落ち着かせた。
なんだか不格好だが、あのまま所在なく漂わせた方がもっと不格好だったろう。
一般生徒である喜緑君がいるので、体裁を整えなければならんのはなんとも面倒だ。
全く、生徒会長というのも楽ではないな。
なんというか、あれだ。
お茶でもあるなら飲んで一息入れられるのだが、喜緑君が淹れたのはコイツの分だけだし。
なんか身動きが取りづらいな…。
「ええと、その前に会長にお茶を淹れてもよろしいですか?」
「はい。どうぞ」
俺の意思がまるで通じたかのように給湯室に消える喜緑君。
俺はその隙をついて仮面を外した顔で話しかける。
「…いったい何の用でここに来たんだ?あの馬鹿の差し金か?」
「半分正解なんですが、もう半分は聞きたいことがあったからですよ」
「それは俺にか?」
「それもまた半分です。喜緑さんにやはり聞きたいことがあったので」
「ふん…で、何が聞きたい」
口調を荒荒しくすると一旦眼鏡をはずし、少しキツいこの目つきでコイツを睨む。
もっとも、こっちが本当の俺なのだが。
しかし俺が予想していた質問はひとかけらも出ず、
「ですが、もう殆ど会長には聞く事はありませんね」
「…は?」
「テープ、」
と言ったところで丁度喜緑君が戻ってくるのが見えた。
もう聞くことは無い?そのくせ喜緑君に聞くことがある…?
まだ俺は殆どなにもしゃべっていないはずだが。
「どうぞ、会長」
「ああ。ありがとう喜緑君」
コトン、と置かれた湯のみの中には熱いお茶が注がれている。
口をつけたら火傷しかねない暑さが、陶器越しにでも感じられる。
とりあえず茶が冷めるまでこいつらの会話を聞いていようか。
「とりあえず座りましょうか?」
「立たれているとこっちも話しにくいですしね」
ズズ、とそれなりに安っぽい椅子が摩擦に悲鳴をあげながら動く。
「それで聞きたいこと、とは?」
「ええ、それなんですが…」







「では、またお会いしましょう」
「それ、なんか変なニュアンスを含んでませんか?」
「別に他意は無いのでご安心ください」
「そうですか…」
ほんの数十秒のやりとりを介して二人の会話は終わった。
しかし、その内容は会話というより相手の腹を探るようなどこか尋問めいたような会話であった。
俺が喜緑君に淹れてもらった茶が冷める間もなく終わった。
「SOS団に任せたとはいえ、それは勝手を許すということにつながらないという事を肝に銘じておきたまえ」
会長としての仮面を被りなおし、この男に一応の別れの挨拶をしておく。
どうやらコイツにはそれがわかっていたようで、薄ら笑いなどを浮かべながら軽く会釈をして部屋を出た。
「失礼しました」
ドアが閉まる。
部屋には喜緑君と俺のみが残り、再びあの静寂が戻ってくる。
喜緑君は長椅子の端っこに座るとノートパソコンをどこからともなく取り出してカチャカチャとキーを叩かせた。
どこからともなく、とは言ったが長机の下の収納スペースにでも置いてあったのだろう。
俺はその様子を横目に、長机の下に隠した(アイツが来たときにしまった)資料を取り出す。
その資料に紛れた一つの黒い塊。
これは放送室でどさくさ紛れに押収したテープだ。
おそらくあの男が少し口に出した"テープ"とはこのことを指していたのだろう。
確かに、SOS団が要求した今までの資料のなかにこのテープは入れていなかった。
「古泉の野郎も気づかなかった…いや、見逃したのか?それを自分で取りにきたアイツ……」
アイツが意外とこのクソったれな犯人を捕まえる手がかりを手に入れるのかもしれないな、と一人ごちた。
「会長」
「うむ?」
喜緑君がPCを操作する手を止め、俺に口を開く。



「音声の復元が終わったようです」


俺はまだ自分の手で捕まえるのをあきらめたわけでもない。
生徒会は独自に動いている。


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最終更新:2008年06月11日 22:29
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