なんでもない日常3

「で、どないすんねん」
「……はぁ」


教師というか、大人というものは唐突かつ突然に謎の問いかけをするものだ。
いきなり呼ばれてこんな質問をされたら、誰だって俺のような反応をするに違いない。
自分で自分を評するなら可も不可もなく。
なのでいきなりこんな質問される由縁は全くないと言える。
その成績的にも、能力的にも平均平凡な俺が何故に特別に呼び出されたのか。
「あのな、キョンは進学希望やろ?」
「ええ、まぁ」
「自分、成績が平均的だってことはわかるな?」
「もちろん」
「……」
「それがなにか?」


黒井先生のさんすうの授業
「まずな、平均ってのはどないして出されるかわかるな?
3+3の平均は3やが、1+5の平均も3や。
……ほな、ウチの言いたいことわかるな?」


全くわかりません。
強いて言うなら自分は少し勉強しろって言われてることしか。
しかし勉強するのはいいが、それは特別呼び出してまで言うことでもなかろうに。
?のマークが顔に浮かんでいたのを読み取られたのか、黒井先生はハァ、とため息を吐く。
「最終ヒントや…キョン、自分の内申点をどない思っとるんや」
「普通かと」
「……ハァ」
なんだこの大きなため息。
まるで俺の普段の素行が悪いかのような誤解をうけているとかか?
ならば、それは大いなる誤解なのでどうにかして解かなないとヤバい事態に発展しそうな気がするぞ。
「あのですね」
「ええか、SOS団で何をしてるかは知らんがSOS団の風評ってもんがあるやろ?」
俺の主張は見事かぶせられて封じられた。
えーと…SOS団がなんだって?
「キョンがSOS団で何した、っちゅうんは聞いたことがあらへんけどな、SOS団が何しとるかは自分が一番よう知っとるやろ?」
「まぁ…」
「つまりキョンの成績が平均的というても、この学校は異常に頭の良い奴ら多いやろ?
この学校でそれで平均ゆうてもつまり全国で見れば平均よりちょい下なんや。
そしてSOS団に入ってるので内申もあまり奮わへん…これでわかったな?」
えーと。
つまり結構ヤバい状況に俺は置かれていたというのか。
平均的だと思ってたが、ハルヒや古泉がそりゃ少しばかり俺の成績を気にするわけだ。
あいつらは成績いいからそんな心配もないのだろう。
「そんな出来の悪い生徒を見過ごせん、優しい担任のウチは救済案を教えてあげるんや」
なんだかとても引っかかる言い方だがここはありがとうございます、と言っておくべきなのか…

「……ありがとうございます」
「ウチの心労を少しでも減らしてくれるよにな?」
「…ハァ」
内申点とやらを上げるには大別して三つほどあるらしい。
①部活動などで大きな功績をあげる
②生徒会など、学校に貢献する。
③世間的な業績がある。
まずSOS団などといった非合法な部活に属してる俺が何の功績あげられるかという話だし、生徒会など無縁だ。
そうすると③しかないが何をするかという話になるわけだ。
…まわりくどく言ってはいるが、要するに学外で何かしろって話だったわけだ。
そこで黒井先生が持ってきた話はボランティアに参加しろって話だったわけで。
日曜日返上して制服で公民館に集まって何やら色々作ってるわけで。
目の前の紙を折り曲げる作業をもう一時間近くずっとし続けてるわけで……

「ハァ…」

もう何度目になるかもわからない溜息を吐き、上を仰ぐ。
何に出すのかわからんが周りでは竹を削って加工している者もいるし、筆をとる者もいる。
ああもうこれ以上回りくどく説明するのも俺が面倒臭い。
要するに俺とその他少しは竹串と和紙で風車を作り、竹トンボを作ってるやつらとそして人形を作ってる奴ら。
手作りでこんな玩具を作っているのはなんのためなのか。
ボランティアだから何かに貢献するのだとは思うが…
もはや批判じみた愚痴しか頭に浮かばないような疲れている状況で、ただ手を動かす。
差し入れとしてジュースが一本供給されたが、すでに飲み干した後である。
それにしても見知らぬ他人達と黙々と顔を突き合わせながら手を動かすのがこんなにも苦痛だとは。
もうさっさとやめて帰りたい…
そんな風に黙々とずぅっとやっていたわけだが、ちょうど午後を過ぎたころ。
「追加でーす」
と、ボランティア団体の誰かが言った。
追加?追加ってまさか作る量が追加されるってことじゃないだろうな、とその声のした方――出入り口の方を見る。
「お願いしまーす」
若々しい声がそれと同時に部屋に響く。
どこかで聞いたような声だなとか考えるよりも先に目に入ったのは女の子の姿。
それもただの女の子だったら別に驚きもしないが、何せ知り合いだ。

「ゆたかちゃん……?」
「キョン先輩…?」



「要するにこれらは幼稚園とかに送られるってこと?」
「そうですよ。私も貰ったことありますし」
「俺は記憶にないなぁ」
「幼稚園によりけり、だったかもしれませんね」
ただただ退屈なだけだった時間も気づけばお喋りのための時間へと変わっていた。
聞けばゆたかちゃんはこのようなボランティアにたまに参加しているらしい。
俺ならば貴重な休みをこんな奴隷のような労働に費やすなんて考えもしないのだが、ゆたかちゃんは人の為に働くことも厭わない優しい子なのだ。
「先輩はどうして今日?」
「うーん……」
まさか成績が悪いために担任を困らせたので、なんて理由を言える筈がない。
俺にも一応ながら先輩としてのプライドがあるからな。
さて、どうしたもんか。
これが俺じゃなく古泉とかなら嘘がするすると出てくるのだろうが俺はそんな口がなめらかでもない。
カリカリと顎先を掻きながら少し考えた。
「ゆたかちゃんに会えるから、とか?」
「っ!?」
ぐしゃ、とその小さな手の中の和紙が潰れた。
相当に同様しているのかその顔を染めて、何かを言おうとしたまま固まっている。
…すこし発言が狙いすぎたかな。
「あっ、ありがとうございます!」
「……うん?」
なんだか日本語としておかしな受け答えだったような気がするが。
しかし、表情がどうにか解けて逆に笑顔になったゆたかちゃんに事の真意を聞くのもためらわれる。
「…えへへ」
「……」
奇妙な沈黙。
二人が並んでただ折り紙をしているのに会話が全く途切れている。
だがその原因は(たぶんではあるが)俺の発言であり、ちと心苦しい。
淡々と風車を作る俺。
黙々と風車を作るゆたかちゃん。
同じことをしている筈なのに、その表情は対照的だった。


時間というものは振り返ってみれば短く感じるもので、終わってしまえばもう終わったのか?と思う。
やっとこの単純な労働から解放され、外を見やれば赤く夕日で染まっている時刻。
「ずっと座りっぱなしだったからな…腰が少し痛い」
ぐいっと腰を伸ばしながら体を反らせるとボキバキボキと間接のなる音が体中に響き渡る。
軽い痛みと爽快感を手にいれて、軽く屈伸などもしてみる。
ずっと動かずにいると体が運動を欲してしかたがない。

「お兄さん!」

なにやら呼ばれたような気がして後ろを振り返ってみるとゆたかちゃん。
あのときから終始無言であったが、ようやく言葉が出てきた事に安心する。
「ゆたかちゃんもまっすぐ帰る?」
ただそう聞いただけなのに、ゆたかちゃんはパア、と顔を輝かせてはい!と返事をした。
たしか泉が言うには結構おとなしめな性格の子だったと聞いたがイメージにズレがあるような気がするぞ。
…しかしなんだか違和感がむずむずと背中をくすぐる。
その原因がわからず、ゆたかちゃんの姿になにかさっきと変ったところでも無いかと見てみたが特になにも…
「あ、ばれちゃいましたか?」
そういうとポケットのちょっとした膨らみから何かを取り出して見せてくれた。
「…風車?」
「はい」
それはくしゃくしゃに潰れていた風車。
「どうせなら綺麗なやつをもらってくればよかったのに」
「え、と…これが欲しかったんです」
「ふうん」
その潰れてしまった風車は、風を受けても回らなかった。
時間が停止してしまったかのように同じ形を残して、ふたたびゆたかちゃんのポケットに収まった。
「じゃあ、帰ろうか?」
「はい!」

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最終更新:2008年06月24日 19:11
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