Silent

七誌◆7SHIicilOU氏の作品です。


「私、雨が結構好きなんです」

いつだったか、二人で雨宿りしてるとき
彼女は濡れてまとまった前髪を指先でいじりながら
地面について、二度三度跳ねる水玉を眺めながらそう言っていた

「周りと自分とを水のカーテンで仕切ってるようで
雑音の中に居るのに、シンと静まった感覚で
ふと、自分以外誰も居ないんじゃないかって思うんです」

湿った衣服を指先で絞りながら彼女は
ぽたぽたと落ちて、地面に吸い込まれていく水滴を眺めてそういった

「いま、私と先輩だけでこの世界ができてる気がする
そう思えるだけで私は幸せなんです」

俺達を覆う様に茂る緑の葉を見上げて
みなみは、そうクスクス笑っていた
いつだったか、そう遠くない筈の日々は
確かに俺もみなみも幸せで、幸福で



「好きです、先輩」

いつだったか、二人で遊びに行ったとき
彼女は川縁で苔の生えた大きな石に腰掛けて
素足で水を弄びながら、背中を合わせて座る俺にそういった

「ずっと、好きでした。今も好きで、これからも好きでいたいんです」

足で蹴った水飛沫が太陽に一瞬照らされて
キラキラと光を反射させ、やがて川に戻りゆくのを眺めてそういった

「これから、二人で一緒に歩いていけたらいいなって思うんです」

風に波紋を浮かべる水面をみなみの肩越しに見下ろして
俺は、彼女を後ろから抱きしめた
いつだったか、ついこの間のような日々が
ずっと続けばいいと、俺もみなみも思っていた



「おめでとう」
「おめでとうございます」
「よかったですね」
「仲良くしろよ」
「お似合いだと思うよ」

みんなが祝福してくれて、みんなが笑っていて
誰よりも俺達がお互いを祝福し、誰よりも俺達が笑顔だった

二十歳になったら結婚しようとか
結婚式はみんなを呼んでやろうとか
色々な話をしていたんだ

今日は、もっと色んな話をしようと思っていたんだ
子供は男の子と女の子どっちがいいとか
ずっと朝まで二人で話して居たかったのに



雑音、騒音、雑音、騒音
周りの声も、サイレンの音も
ノイズ、ノイズ、ノイズ

雨のカーテンが全てを遮断して
ただただノイズが聞こえるだけ
俺達の世界には、俺達しか存在してなかった

「…なぁみなみ」

俺は雨と失われた血液の所為で急速に冷たくなっていくみなみの体を抱きしめる
ただでさえ白く、陶磁のようであった肌は青く見えるほどになり
指先で触れる頬は、やわらかく、冷たかった

「二人で歩いていくんじゃなかったのか?
一人じゃ、道、わかんないよ…」

全身を雨は強くたたき、自身の体温も下がってゆく
服は水分を限界まで吸って重く冷たくのしかかる

「二人だけしかいないんだろ?
お前が居なくなったら本当になにも聞こえなくなっちまうよ」

雨は周りを遮断して、静かに俺だけのフィールドを形作り続ける
半身を失った二人の世界の住人は一人で雨の中塩辛い雨を降らせる

「まだまだ、話してないことたくさんあるだろう?」

自分だけになった世界は、酷く静かで、酷く寂しくて
俺はみなみを抱きしめたままやがて地に伏せる
体温の低下は血液の循環を滞らせ、四肢は麻痺し始める
視界が揺らぎ、ただみなみの笑うことの無い顔が鮮明に映った



イブを亡くしたアダムは、やがて追うように自身も消え去り

残ったのは静かで寂しい、――静寂だった










『Silent』






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最終更新:2008年06月24日 19:22
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