◆TnzOi/YA0I氏の作品です。
「ホストクラブをやるわよ!」
涼宮ハルヒが突然そんなトチ狂ったことを言い放ったのは、とあるうららかな夏の日のことだった。
その日も俺は普段どおり放課後に部室まで足を運んでは、古泉とアナログなゲームで遊んだり、
こなたのゲーム談義に付き合いつつ朝比奈さんを眺めて目の保養をしたりといつも変わらない毎日を過ごしていたのであるが、
しかしそんな慎ましやかな俺の平穏が、燃え尽きた蚊取り線香の灰のようにあっさりと崩れ去ることとなったのはやはりというべきか、
五月晴れのような暑苦しいほどの笑顔を顔に貼り付けつつ、部室の扉が壊れるんじゃないかと思うほどの勢いで叩き開けた、ハルヒによってだった。
ともかくまずはこの状況をどうにかせねばならんだろう。
部室には全員揃っているのだが、どうやら援護は期待できそうもない。
長門は既に視線を下に下ろし本を読んでいるだけだし、こなたはその隣でハルヒに向かって「ほほう」とでもいいたげに頷いている。古泉もいつもどおりの如才ない笑みを浮かべているだけだ。
唯一まともな反応が期待できそうなかがみも怪訝そうな表情をして黙っているだけであり、残りの3人に到っては頭の上に「?」マークでも浮いていそうだ。
というか朝比奈さんはホストという言葉の意味すら理解していないのではないだろうか
とにかく何であれ、今ここにはこれだけの人数がいるにも関わらずやはり俺の味方はいないようだ。
よってハルヒの素っ頓狂な発言に対して質問するというお鉢は今回も俺のところに回って来たのだった。
「ハルヒ、悪いがもう一度言ってくれ」
「何よ、ちゃんと一回で聞き取りなさい。ったくしょうがないわね」
それは悪かったな。だがお前のトンデモ発言を受け入れたくないという俺の心境も察してくれ
そしてできればこのまま全て無かった事にしてくれると非常にありがたい
「ああもう、うっさいわね!
いいキョン、もう一回言ったげるからよっく聞きなさい。ホストクラブよ、ホストクラブをやるの。それで一般の生徒を呼んでSOS団の名をさらに広めるのよ!」
俺のささやかな願いは届かず、ハルヒは改めて、先程と同じことを改めて言い放った。
というか待て、ホストクラブというとあれか?
イケメンな男達が金を貰って女達をもてなすという……
しかも一般の生徒を呼ぶだと?
「そうそう、よく分かってるじゃないっ! でもただのホストクラブじゃないわよ? それは……」
「駄目だ」
楽しそうに話そうとするハルヒの言葉を俺は途中で遮った。
ハルヒは口を尖らせていかにも不服そうに、
「ちょっと! 何よキョン」
何よも何もあるか。
ハルヒが元気なときはそれすなわち俺が苦労するということだからな
危機が訪れるのは目に見えているのに対処しないという話は無い。
というか、ホストって事は俺と古泉がやる羽目になるんだろうが、俺はそんなもんお断りだ。
大体古泉はともかく、悲しいかな俺に接待されたいという物好きはいないだろう
「いやいや~それはどうかなキョンキョン?」
今まで静観していたSOS団員の中から先んじて話に参加してきたのは、
小学生の輪の中に連れて行って「お友達に入れてくれる?」とでも言えば即座に仲間入りできそうな容姿をした同級生、泉こなただった。
概して女子というのは身長が低いもんだが、高2にもなってたったの140cm強しかないこいつもある種、不思議生物と言えるかも知れん
「いくらなんでもそれヒドくない?」
何のことか俺にはわからんな。
それより『それはどうかな』、とは?
「む……まぁいいケドさ。キョンキョンなら需要あるかもよってこと」
などとよくわからんことを語るこなたであるが、そんなわけはないだろう。
というかあったら困る。
「さて、それじゃ気を取り直して発表するわよ」
少しばかり不機嫌そうな顔をしたハルヒが告げる。
どうやら俺の抵抗は時間稼ぎ程度にしかならず、しかもハルヒの機嫌を損ねるだけというまるで逆効果な結果しか招かなかったらしい
「そうそう、キョン安心しなさい? やるのはアンタと古泉くんだけじゃないから」
何? そりゃどういうこった。
ひょっとして谷口や国木田でも呼んでくるってのか。
それはまたご愁傷様だな、あいつらも。まぁもっとも、俺が言えた立場ではないが。
「違うわよ。言ったでしょ? ただのホストクラブじゃないって」
そういえばそんなことをいっていたような気がしないこともない。
だが一体何をしようってんだこの女は
そんな俺の疑問を払拭するためには、ハルヒの話を聞かなくてはならない。
どうせ俺にとっていいものじゃないだろうし俺としてはこのまま何も聞かなかったことにしてさっさと帰りたかったのだが、
そうする前にハルヒに襟をつかまれた、残念。
俺を捕まえたハルヒは満足げにうなずいて、
「あたしたちがやるのはそれぞれ決められた役に沿ってお客をもてなす、いうなればロールプレイング方式よ!」
……は?
なんだそれは。
「なになに!? どゆこと?」
ハルヒの言葉に対し疑問を口にするこなた。
当然の反応である。他の連中なんて長門と古泉を除けばまだ固まったままだ。
いや、長門は微動だにせず時折ページをめくるために手が動いているだけなので、ある意味固まっているともいえなくもない。
さっきまではハルヒを見ていたような気がするのだがもう興味は無いらしい
「なるほど」
固まっていなかったもう片方、今まで黙って話を聞いていた古泉が口を開いた。
「つまり僕たちは何らかの方法で各々の役割を決め、その役割を演じつつホストを行う、というわけですか」
「そうそう、そういうことよ! さっすが古泉くん。キョン、アンタもそんなぼけーっとしてないで古泉くんを見習いなさい!」
見習うも何も、俺には古泉がお前の言ったことを復唱しただけにしか聞こえん
つまりあれか? しばらく前に流行ったメイド喫茶だとか妹喫茶だとか、そういうやつか
「おっ? キョンキョンよく知ってるネ。ひょっとして常連?」
そんなわけがあるか、あんなところでうな重だエビピラフだミートスパだと食う奴の気が知れん。高いだけだろうに
というかそれじゃあホストクラブってのはまるで見当違いじゃねえか
「キョン、そんな細かいところを気にしてちゃ大きくなれないわよ。だからいつまで経ってもキョンなのよ」
わけの分からんことをのたまうハルヒに対し俺はどう返事を返そうか悩んでいたのだが
「それと役はくじ引きで決めるからね」
というハルヒの言葉によって中断された。
そういってハルヒは団長専用席へと向かい、机から紙とペンを取り出し何やら書き始めた。どうやらくじを作っているらしい
というか待て、今やるのか?
「当然よ! 言うじゃない、思い立ったが吉日、善は急げ、時は金なりって」
お前のトンデモ発言のどこが善なのかを知りたい
「あーうっさいわね、ちょっと黙ってなさい! ……っと、よっしできたわ!」
くじが完成したらしい。席替えの時のように空き箱の中に紙が折りたたまれて入っているようだ
というか、めちゃめちゃ早いな
「それじゃ、みくるちゃん!」
「ひゃうっ! は、はい。何ですかぁ?」
突然呼ばれたことに驚いたらしい、朝比奈さんがビクッと体を震わせた。小動物チックでとても可愛らしい。
多少ビクビクしつつも朝比奈さんはハルヒの傍へと向かう
「まずはみくるちゃんからね。さぁ引きなさいみくるちゃん!」
「は、は~い……」
とてつもなく不安そうな表情を浮かべつつも、健気にも箱の中からくじを引く。
「引きましたぁ」
「じゃあそれを開いてそこに書いてあることを発表しなさい。大声でね」
「え~とぉ、……メイドさん? って書いてあります」
あからさまにほっとしたような雰囲気で朝比奈さんが告げる。
そりゃそうだろう、今度は一体どんな格好をさせられるのかと危惧していたところにこれだからな
メイドといえば普段から部室にいる時の朝比奈さんのコスチュームである。
朝比奈さんのいつもとは違うコスプレも見てみたかったかといえばそうなので俺にとっては微妙なラインだが
朝比奈さんにとってはこの方がよかったのだろう。安心したような朝比奈さんのお顔はまるで天使のように愛らしかったので俺もこれでよしとするか
「う~んちょっと面白くないけど、まぁしょうがないわね。それじゃ次、こなた!」
「おっけー」
軽い口調でこなたが答える。
こいつはバイトでコスプレ喫茶とかいうのをやってたはずだから、抵抗は無いのだろう
「何が出るかな、何が出るかな~。よしこれだ!」
「何が出た?」
とハルヒ。
「えーっと、ウェイターだってサ」
こなたはウェイターか
バイトの件もあるし、こいつは特に問題はなさそうだ。それどころか案外板についた接客を見れるかも知れん
……ん? ウェイター?
「おいハルヒ」
「何よキョン。文句なら後で原稿用紙にまとめて提出しなさい、今は忙しいのよ」
そんな面倒なことを誰が……じゃなくてだな、こなたがやるんならウェイターじゃなくてウェイトレスじゃないのか?
そう、ウェイターというのは通常男性の呼称であり、女性ならばウェイトレスとなるはずなのだ
「合ってるわよ。こなたにはウェイトレスじゃなくてウェイターをやってもらうんだから」
なに? どういうことだ
「まったくニブいわね。だから、例え女子が執事を引いても男子が保母さんを引いても、それに従ってもらうってわけ」
つまりなにか、場合によっては男装やら女装やらをする羽目になるってのか
「そういうコト、分かった? それじゃ、続けるわよ。次は有希ね」
「……分かった」
なんてこった。ただ役を演じるってだけでも御免被りたい所だってのに女装だと?
よく考えれば朝比奈さんの時点で気づくべきだった。『メイドさん』なんて書いてあったんだからな
いや待て、だからといって別にまだ俺が女装するとは決まったわけじゃない。俺がそれを引かなけりゃいいだけだ
そうだ、いくらなんでもそううまいこと俺がなるとは限らない。女装なんてもんは古泉あたりにでもやらせとけばいいだろう
……あいつならそれでもいい線行きそうなのが癪だが。
とにかくだ、結局は俺が変なくじを引かなきゃいい。そうすればまだ役をやるだけで済むんだ
なんとしても女装だけは避けなければ……
「―――キョン、聞いてんの!? ほら、アンタの番よ。アンタが最後」
思考の波をさまよっている間にどうやら俺の番が来ていたらしい
というか俺が最後なのか
見ると他の全員は既に紙を引き終え、それぞれ微妙に複雑そうな顔をしていた。
箱の中には紙は残り2枚ある。片方が俺の分でもう片方がハルヒだろう。
「お前はいいのか?」
一応聞いてみる。俺が最後といっていたわりにハルヒがまだだからだ。
「いいのよ。くじを作った側が先に引くのもなんだし、それに残り物には福があるって言うじゃない?」
ハルヒにしては常識的な回答だ。
それじゃあお言葉に甘えて引かせてもらうとしよう。
といっても残り2枚しかないので選ぶというほうが正しいかもしれない
俺は2枚のうち右側にあったほうを手に取った。はてさて鬼が出るか蛇が出るかといったところか
「さぁキョン、何を引いたのか見せなさい!」
ハルヒに紙を奪取されそうになるがあくまでも阻止し、俺は手の中にある紙を開いて、中身を見た。
数日後。
「あっはははは! いいじゃない、似合ってるわよキョン!」
サンタクロース姿で大笑しているハルヒ。
「ハルにゃんそんなに笑っちゃキョンキョンが可哀、プッククッあっはっはっは!ヒィーッヒィーッやっぱだめあっはっはげほっげほ」
ウェイター姿でむせ返るほどに笑いまくっているこなた。
俺は完全に笑いものにされていた。
誰か拳銃を持っていないだろうか、一撃で俺の頭を粉砕できるようなやつだと尚いい
「ちょっと二人とも! いくらなんでもそんなに笑うなんて酷いわよ」
扇情的なチャイナドレスを着たかがみがそういってフォローを入れてくれているが、実のところかがみの顔も半笑いである。
あの時俺が引いた紙には、『ウェイトレス』。そう書かれていた。
ウェイトレスとは勿論、飲食店などの外食産業で接客を受け持ついわゆる給仕のことであるが、
その呼称を用いるのは以前も言ったかもしれないがやはり女性に対してだ。
そしてハルヒの女子が男の職業を引こうが男子が女の職業を引こうがそれに従え、というお達しによって
かくして俺は女装することとなったのである。
「よくお似合いですよ。はっきり言って意外でした。正直これほどとは思いもしませんでしたよ」
いつの間に近づいてきたのか、古泉がすぐ傍で微笑んでいる。ちなみにこいつの格好は執事だった。面白みも何も無い
「古泉……。俺はこの怒りをどこにぶつければいいんだろうな」
「おっと、これは申し訳ありません」
そういって古泉は肩を竦ませ、
「そう気にすることではありませんよ、どの道今日限りなのですから。……もっとも、涼宮さんがまた言い出す可能性も否めませんが」
勘弁してくれ。今日限りとはいえこれを知り合いに見られでもしたら……
パシャッ
ん? パシャ?
なにやらいやな予感のする音が聞こえ、そちらへ振り向いてみると――
「ぶはぁーっははは。ようキョン! いい格好してやがんなぁ」
アホがいた。
俺はこいつに今回のことを聞かせた記憶は無いが、どこからか聞きつけてきたのだろう
「それにしても朝比奈さんのお姿を収めに来たんだが、こりゃいいもんがとれたぜ!」
おい谷口、ちょっと待て。お前は一体何を撮った?
「そりゃ決まってんじゃねぇか。なぁ、キョン?」
おし、すぐに楽にしてやる。じっとしてろ
「んなもんごめんだぜ、あばよ!」
……おい古泉。
「何でしょう」
俺は少し用事ができたから、少し席をはずすとハルヒに伝えておいてくれ
「え、ええ、分かりました。ご武運を」
ああ。
結局その後は散々だった。
俺は服を着替えておらず、その走りにくさから谷口には逃げられ、黒井先生や岡部にまでその姿を見られ、
しかも谷口の持っていたカメラがいつの間にかハルヒの手に渡っていた。
もう、本当に誰か銃を貸してくれ。なんならロケットランチャーでもいい。俺の体を粉砕できるようなきついやつならなんでもいいからさ。
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