なんでもない日常4

梅雨。
この時期の外は常に雨模様であり、休みなく降り続ける雨粒のおかげで室内で過ごすことを余儀なくされる。
こう言ってはなんだが、我等が団長である凉宮ハルヒ閣下はじっとしているのがたいそうお嫌いである。
なので、いつも朗らかな雰囲気を演出してくれる朝比奈さんもこの時期は少々効果が薄い。
俺?俺は特筆するような事はないさ。
だがこの文芸部室でハルヒの「なんか面白いことないの?光線」を浴び続けられるほどバイタリティは高くなく。
最近は毎日、活動が無いことを口実に部室に寄り付かなくなっていた。
「しかし、そのおかげで何故だかわからないがハルヒのフラストレーションが高まっているのであった…」
と、古泉から聞かされたりすることもある。
それでも問題を先延ばしにする辺り俺の性格というものがよく見てとれるだろう。
「だがな、古泉…俺の持論は"触らぬ神に祟りなし"だ」
そして今日も今日とて部室から足は遠ざかる。





「さて、今日は何を読むかな…、と」
そうしていきついた先は図書館。
もともとは暇つぶしに小学校のころに読んだやつを読み直したりしていたのだが、意外と意外にハマってしまった。
昨日読んだのは"モルグ街の殺人"…当時の俺が何を思ってこれを読んだのか今となっては知るよしもない。
意外とこの図書館には幅広い作品がそろっていて、小学校のころ読んだものも結構あったりする。
「……こんな一角にズッコケシリーズが全作そろっているとは」
まさしく俺の小学校時代を象徴する本がぞろぞろろ並んでる一角。
そこから適当に次々とチョイスしていき、合計で三冊ほど手に取るといつもの席に着く。
「まぁ、最近常連になったばかりだが」
それに特に指定席があるわけでもない。
梅雨のあいだの暇つぶしにこの席を占領しているだけなので、むしろどこかで邪魔だとか思っている人もいるかもしれない。
ドサ、と机の上に本を積むとそのうちの一冊を手にする。
「…もう五年近く前だから案外新鮮な気分だな」
口にしてみると自分が意外と年をとったものだとか思う。
…その割に中味はそこまで成長したとは到底思えない自分が何故か恥ずかしかったりするが。
パラ、パラ、と一ページずつめくる。
活字は少なめなのでこれならば昔の俺でも楽に読めただろう、と今さらながら納得した。
静かな図書室で黙々と読みふけり、本の中に没頭していく。
それは思いのほか心地よく。
長門が本を読む理由が少しだけ理解できるような気持ちがした。
「ふぁ…」
ところで、本には湿気は大敵である。
なので図書室は適度な室温の管理が行われている。
涼やかな風が微かに頬を撫でていく度に眠気が増えていくのを感じている。
「…あれ?もう読んだページがまた……うん?」
うっつらうっつらと頭が前後に揺れる。
眼が閉じたり開いたりの間隔が非常にゆったりしており、どこからどうみても眠気に負けているように見えるだろう。
開いてる本の三行目を読んだまた三行目を読んでいる。
「モーちゃんは一体千円を何回払っているんだ……」
眠気で働かなくなった頭はもう思考能力さえも疑わしい。
「…ここはいっそ眠ってしまおう」
これでは頭に入るものも入りはしない。
パタン、と本を閉じて積み重ねる。
腕を枕の代わりにして、その上に頭を乗せると途端に意識が薄れていく。
「……」
眠りに落ちる際の心地よい瞬間。
できるならば永遠に味わっていたい程。
しかし甘美なその時間を味わう間もなく、俺は眠りにつく。







「……」
どのくらい寝たのか。
目頭を枕がわりにしていた腕でこすり、あくびを吐きだし意識を覚醒させる。
ほのかに浮かんだ涙で目を瞬かせる。
まだうまく頭は働いていないようだが、一応の眠気はどこかに消えたらしい。
ぼやけた視界に読みかけだった本を探す。
「…ん?」
確か脇によけておいた本があったはずだが、それが消えている・・・
「図書委員に持っていかれたのか?」
「おや、キョン君起きたかい?」
聞き覚えのある声が隣からした。
いつもなら感嘆符がつくようなそのしゃべり方も、図書室ではやはり割合静かだった。
だが、俺が起きたことに気づいてもあくまで目線は本に落としたままだ。
「おはようございます、ってかなんで俺の本読んでるんですか鶴屋さん」
「にょろ?いつから学校の本がキミの物になったのかな?」
本から俺へと目線をシフトチェンジすると、至極楽しそうな笑顔になる。
「いやいやいや、それは言葉のあやってやつです。…ところでなんで図書室に?」
「かわいい後輩の面倒を見にきたっさ」
「可愛い後輩…って俺のことですか?」
その言葉を聞いた途端、鶴屋さんはプッ!と吹き出しそうになった。
いや、吹き出される意味がわかりません。
「キョン君が可愛い後輩だって認めるけど、ちいっと自意識が過剰じゃないっさ?」
「まぁ、鶴屋さんが俺の後を追ってくる理由もないですし」
ハッハッハ、と笑いながら(でも図書室なので控えめに)俺に丁寧にも説明してくれる鶴屋さん。
「別にキョン君の後を追ってきたって言ってもいいけど、嘘はいけないにょろ」
「ですよねー」
寝ざめからこのテンションについていくのは大変かと思ったが、それが逆に寝ざめをよくしてくれた。
気持ちいい感じに頭がすっきりしている。
「ところで鶴屋さん」
「にょろ?」
本へと再び視線を落としていた鶴屋さんが、更に再び俺の顔に視線を戻す。
「それ、俺が読んでた本です」
「……」
「無視して読み直さないでください」
「私の本にょろ」
「いつから学校の本が鶴屋さんのものになったんですか」
「私が読んでるって意味っさ。誰も私のものなんて言ってないにょろよ」
「……」
なんて人だ。
特に意味のない会話だが、この人はどうしてここまで人を愉快な気分にするのがうまいのだろうか。
肩を並べながら静かに笑い合う。

しかし。
「図書館では静かにしてください」
そんな俺らの後ろから声がかけられる。
突然に、そして気配もなくいきなりそんなふうに声をかけられたら誰だって驚くだろう。
しかもそれが自分の後輩だったなおさらだ。
「岩崎…」
「先輩、楽しそうなのは結構ですが周りの迷惑も考えてください」
「あ、ああ…すまん」
「あとあまり校内でイチャつかれると風紀を乱す原因にもなりかねませんから自重してください」
「い、いや鶴屋さんとは別にそんな関係じゃ」
「………」
「…う」
な、なんだか今日の岩崎は何故か異様に饒舌だ。
それに普段は三点リーダが比較的多めに挿入されているはずだが今回はあまり使われていない。
岩崎の背後から奇妙な圧力さえ感じる。
俺は何か岩崎を怒らせるスイッチを押してしまったのか…?
「ちいっといいさ?」
「なんでしょうか」
「別に人の関係を邪推するのはいいっさ。でも謝ってる人にそこまで言うのはどうかな?」
あれ…鶴屋さん?
あなたまでヒートアップしてどうするつもりですか?
「客観的な事実です」
「それは主観的な事実にょろ」
俺が岩崎と向かい合ってるうちに席を立ったのか、いつの間にか俺の後ろに立っていた。
鶴屋さん。
できれば落ち着いて話してください。
なんかあなたの背後から炎が上がってるような錯覚を覚えました。
「……」
「……」
「……」
俺を含めた三者が無言で間を置く。
二人は互いを見つめているので気づいてないが、図書館にいた連中は本を読むふりをしながらこちらに注目している。
つまりは晒し者として見物されている。
「まるで嫉妬してるようにしか聞こえないっさ」
「推測で私の胸中を推し量るのはやめて下さい」
「客観的に見た結果っさ」
「それこそ主観的な事実でしょう」
だんだんと二人から感じるプレッシャーが大きくなってくる。
おかしい。
俺はここにあくまでも暇つぶしに来ただけであり、こんな喧嘩(?)に巻き込まれるような要因は無かったはずだ。
ハルヒか?ハルヒなのか?俺がSOS団をサボったからこんな不幸が舞い降りたのか?
でもそれにしても別に岩崎が怒る理由に脈絡が無さすぎじゃないか。
「主観的な事実を押しつけられる不快さは理解したにょろ?理解できたなら発言を撤回してキョン君に謝るっさ」
「責めすぎたことは謝るべきかもしれませんが、先輩方が騒いでたことの免罪符にはなりません」
「それは当然にょろ。でもまずは、えー…岩崎さんがまず謝ってもらう方が先じゃないっさ?」
「……」
「……」
怖い。
なんか二人とも変にスラスラと喋るし互いに目と目を注視させたままだし。
というか二人ともそんな怒りを露わにするようなキャラでもないでしょうが!

ええ…と、誰かこの諍いの理由を知っている方がいたら俺に教えてくれ。大至急だ。
夏だというのに背筋が凍るような寒さを覚え、身を震わせた。
「…とりあえずここじゃ迷惑だし他で話すっさ」
「そうですね」
ようやく自分たちが注目の的になっていたことに気づいたのか、場所を変えることを提案する鶴屋さん。
正直このままここで話していたら俺にどんな噂が立つとも限らない。
なのでだいぶ助かったような心持だった、が。
「鶴屋さん…?」
「さっ、はやく行くにょろ」
「何故腕を組むんですか?」
「キョン君が遅いからっさ」
「先輩が迷惑してるのにやめないんですか?鶴屋先輩」
「別に迷惑してるなんて言ってないさ」
「……」
ますます険悪な雰囲気が広がっていく。
一体、何がこんな事を引き起こしたんだ…。



そのまま俺を含めた三人はどこかへと消え、「キョンが二股をかけていた」という根も葉もない噂が流れることになった。
余談ではあるが、後日二人を街中で見かけたときにあの険悪な雰囲気はなくなっていた。
そのかわりに何故か"同じ悩みを共有しているような"親密な友達としての空気を纏っていた。
鶴屋さん曰く「みなみちゃんとのあれはただの誤解だったさ!キョン君はモテモテだね!」との謎のコメント
岩崎曰く、「鶴屋先輩とはほんのわずかなすれ違いがあっただけです」と。
……女って謎だらけだ。


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最終更新:2008年07月05日 18:50
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