◆ugIb3.rlZc氏の作品です。
彼氏になってほしい――
とんでもないお願いをされた教室から場面は変わり、
俺は今、駅前に来ている。
寒い中わざわざ屋外に突っ立っているのは、とんでも発言をクラスメートが居る前で
堂々と仰った張本人を待っている為だ。
「雪が降ってもおかしくない空模様だな…」
灰色の空を見上げ、白い息を吐きながらふと呟く。
それと同時に、待ち人がようやく到着した。
無邪気な笑顔で俺のあだ名を呼びながら。
「キョーン!お待たせーっ!!」
「遅いぞ日下部」
息を切らして膝に手をつき、呼吸を整えてから日下部は
話しを切り出した。
「待たせてゴメンなっ。そんじゃ行こうぜ」
そう言い放ち、目的地に歩を進める日下部。
やれやれ…ここまであっさりされると、皮肉も言えないじゃないか。
道すがら、すれ違う人々を何気なく観察してみると、何故かカップルが多い。
いや、カップルだけじゃなく女性も普段より蔓延っている気がするな。
…まぁ、何故も何も、理由は分かってるんだがな。
日下部の頼みが関係してる事でもある訳だし。
そんな事を考えながら、隣に居る日下部を見やり質問する。
「で、目的の店はまだなのか?」
日下部はダイレクトメールの様な紙切れをポケットから出し、それを見ながら答える。
「んー、そこの角を曲がって4件目だな」
なんだ、もう目の前だったんだな。
そう思って日下部の指差した曲がり角を……見てしまった。
「…………」
「…………」
2人揃って三点リーダのみ。
何ですかこれ?
「なぁ、日下部?もしかしてこれは…」
苦笑いを浮かべつつ、俺は日下部に問い掛ける。
誰かに否定してほしかったのかもしれん。
俺達の目の前に現れたのは…
「……行列?」
そう、圧倒的……行列……っ!!
日下部よ…そこは否定してほしかった…っ!!
念の為に角を曲がって確認する。
その行列が出来ていたのは、間違いなく目的の店だった。
おおよそ30人程のカップル達が、店の入り口から蛇の如く連なっている。
あの店に入るには、その長蛇の列を、この寒空の下で待たねばならない。悪夢だ。
俺は頭を片手で抱え、一つの考えを閃いた。
その提案を日下部に話してみる。
「日下部、家に帰ってコタツで惰性を貪ってみないか?」
「そ、そんな事言うなよっ!最後まで付き合ってくれるだろ?なっ?」
交渉失敗!!正直……帰りたいです……
しかし、頼まれた以上は付き合うしかないか…
このミッションには俺が必要不可欠みたいだしな。
しかし、俺はこの寒空で待つには重大なミスを犯していた。
「キョン…だいじょぶか?」
そう、ちゃちゃっと済む事だと思い、マフラーどころか
手袋すらしてこなかったのだ。
防寒具皆無だよ。
くそ、天気予報じゃ午後は晴れると言っていたんだぞ?
それが何だ。太陽の欠片も見えやしない!
心配そうに俺の顔色を伺ってる日下部に「問題ない」とだけ告げ、
列の進みを眺める。
半分程減りはしたが、まだ時間が掛かりそうだ。
寒さで体が震える…そんな俺を見て何を思ったのか、日下部がまた
とんでも発言をしやがった。
「キョン、私に抱きついてみっか?少しは暖かいんじゃないかなっ?」
いや、顔を赤くさせて何を口走ってやがる。
ありがたい申し出だが、人前でそんな事が出来るか。
「だって…今は恋人だろ?ベタベタしたって普通じゃんか」
日下部さん?これは単なる恋人のフリですよね?彼氏でもないのに
そんな事をしろと?
俺には無理だ。彼女でもないおにゃのこに抱きつくなんてのは、
どこぞのWAWAWAにでもやらせとけばいい。
――結局、押し問答を繰り返し、日下部に後ろから抱きついてる俺がいた。
我ながら情けない。
日下部は日下部で、自分から提案しといて顔を伏せて黙りこくっている。
帽子を被ってるくせに何やら良い匂いがしやがるし…
いや、これは関係無いな。
はぁ、何でこんな事になっちまったんだったか…?
俺は思考を問題のシーンに切り替えす事にした――
『――つまり、そのチョコは恋人相手にしか売って貰えないのか』
『そうそう。だから買う時に付いてきてくれよっ』
『俺じゃなくても、お前にはお兄さんが居たろ?』
『兄貴は兄貴!恋人にはならないだろっ!』
『いや、他にも男友達は居るだろ』
『お前じゃないとダメなんだってば!
分からない奴だなー』
『やれやれだな…』
――思考を戻し、ポツリと呟く。
「ああ、やれやれだよ」
「ありがとうございましたー」
ようやくチョコを買い、店員の挨拶を背中に受け、俺は店を後にした。
店のロゴが入った紙袋を抱えて、満足そうな笑顔の日下部と共に。
「へへー♪」
「良かったな」
「おうっ」
幸せそうな顔しやがって。俺の顔も思わず緩みそうだ。
…それにしても、バレンタインに誰に渡すんだろうか?
限定品なんて面倒な物をわざわざ選ぶ以上
相手は本命なんだろうが…
…聞いてみるか。
「なぁ、誰に渡すんだ?」
俺がそう聞くと、日下部はニンマリとして「内緒っ」とだけ告げた。
まぁ、俺が気にしてもしょうがない。
「おお、雪だ!雪だぞキョン!」
今はこいつの笑顔だけに集中したいし…な。
後日、俺の下駄箱に可愛らしい小包とカードが入っていた。
俺も男だ。この時ばかりは期待でいっぱいさ。
ええと、カードの内容は…
『私が買ったのはこのチョコだけだかんなっ!鈍感!! by日下部みさお』
カードの内容を理解するには、昨日自分が心の中で思った事を
思い出す必要があった。
そして、理解したところでカードの悪態に言い返す。
「やれやれ…まどろっこしいんだよ」
~fin~
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