◆TnzOi/YA0I氏の作品です。
これは、涼宮ハルヒがSOS団の結成を宣言してしばらく経った頃のこと。
私には、分からなかった。
「お~い、ながもーん」
彼女は一体何なのだろうか――――。
「ながもんながもん、これなんだけどサー」
私の所属するクラス、1年6組の人たちは、私に対し積極的な干渉を行おうとはしない。
私に何か言っても、これといった反応を返さないのだから当然かもしれない。
私は何故このような性格に作られたのだろう、朝倉涼子や喜緑江美里のように作られていれば、
と思ったことが無いわけではない。
「やぁやぁながもん、おっはー」
しかし全てあらかじめ決まっていたこと、いまさら嘆くようなことでもない。
それに放課後になり部室へ行けば涼宮ハルヒが、そして、彼がいる。
三年前から、ずっと待っていた。
『また会おう、長門。しっかり文芸部室で待っててくれよ。俺とハルヒが行くまでさ』
彼は三年前、私に告げた。今は何も知らない。彼がそのことを知るのはまだ少し先になる。
しかし、既にSOS団は作られた。
放課後になり文芸部室へと行けば、朝比奈みくるが、涼宮ハルヒが来る。
古泉一樹はまだいない。私の記憶通りならば、明日この学校に転校してくる。
そして、彼もいる。
それならば、クラスの人たちにどのように思われようと――そもそもどう思われているかは分からないが――構わない。
元より彼らと深く関わることはできないのだから。
そう、思っていた。
「ながもん、聞いて聞いてー」
しかし、彼女は一体何なのだろう。
彼女――泉こなた――は何故か何度も私に話しかけてくる。
例え私の反応が希薄であっても、反応が無くとも……。
そうまでしてどうして私に関わろうとするのだろう?
そんなことをしても彼女にメリットは無いはずなのに。
「どうした、長門? 何か心配事か?」
いつものように部室で本を読んでいたある日、ふとそのことについて考えていると彼がそう話しかけてきた。
朝比奈みくるは来ていない。昨日、バニーガールの衣装を着てビラ配りを行ったことによる精神的負荷が原因と思われる。
それにしても、彼にわかってしまうほどに私は深く考えていたのだろうか、不覚。
しかしこれはちょうどいいかもしれない。
私には、人間の感情が分からない。
空腹とは何か理解できない、などというわけではないが、人の気持ちというものが分からない。
楽しいのだろう、悲しいのだろう。そんなことを想像することはできるが、やはり根本的には分からない。
ならば、人間である彼に聞くのが最もよい手段だろう。私は、泉こなたについて、彼に話してみることにした。
「そうか……」
話終えた後、泉こなたのことを話す私を、意外そうな顔で見ていた彼の第一声はそれだった。
そしてしばらく考え込む様にうつむき、そしてその後フッと微笑みつつ、
「そいつは多分、損得とかそんなもののためにお前に話しかけてるんじゃないと思うぞ。今度、直接聞いてみたらどうだ?」
どういうことなのだろう。
やはり、分からない。
損得でなければ何なのか、他に何があるというのか。
やはり、泉こなたに直接聞いた方がいいのかも知れない。
そうして考えているとき、部室に人が近付く気配を感じた。
これは、涼宮ハルヒだ。少し遅れていたが、今来たのだろう。
そして部室の扉が開け放たれた。
「ヤッホー、ちょっと遅れちゃったわ! さぁてメールはどのくらい来てるかしら、ってあれ?
みくるちゃんは今日休み?」
「もう二度と来ないかもな。可哀想に、トラウマにならなければいいのだが」
「せっかく新しい衣装も用意したのに」
「自分で着ろよ」
「もちろんあたしも着るわよ。でも、みくるちゃんがいないとつまんない」
言葉の応酬をする彼と涼宮ハルヒ。
その過程で彼が私のほうを見ていたが、どういう意味だろう。
「それにしてもどうしたのよアンタたち、そんなとこに固まっちゃって」
彼が私の傍にいるのを不審に思ったらしい、涼宮ハルヒが告げる。
「あっ、ひょっとしてキョン! アンタ有希ちゃんにちょっかいかけてたんじゃないでしょうね!?」
彼は、大袈裟にため息をついて、
「そんなわけがないだろう。ただちょっと話してただけだ」
「話って何よ。まさかアンタが有希ちゃんの相談に乗ってあげてたってことはないでしょう?」
「あ~、えーっとだな……」
彼は確認を取るように、私に視線を向ける。
私はそれに頷いて返す。
「長門がクラスメイトとの事で悩んでるって言うから、話を聞いてたんだ」
「じゃあホントに悩みを聞いてあげてたって言うの?」
いぶかしむように涼宮ハルヒは私へと視線を向け、
「有希ちゃん、悪いことは言わないからこの馬鹿に相談するのはやめときなさい。
キョンなんかじゃなくてもあたしに言えばどんなことでもちょちょいと解決しちゃうんだから。
で、何があったの? ひょっとしていじめられでもした? それならそいつの名前を言いなさい。
そんな奴はあたしがとっちめてやるわ!」
そう、まくしたてる。
「涼宮、落ち着け。そういう物騒な話じゃない」
「じゃあ何なのよ。10秒間だけ時間をあげるからしっかりきっかり説明しなさい」
10秒間でこの件を説明するには言語処理の速度を上げなければ難しいだろう。
しかし、そんなことは人間である彼にはできない。
「無茶を言うな無茶を。ええと、とにかく説明するとだな……」
そうして彼は、私が先ほど彼に話したことを、涼宮ハルヒに説明し始めた。
泉こなたの行動。私がその意図を測りかねていること。そして、どう対処すればよいか分からないこと。
涼宮ハルヒは、それを聞くと、
「へぇ、面白そうな子ね。今度会いに行ってみようかしら。それでキョン、あんたはどう思ってるわけ?」
「少なくとも損得勘定で動いてるわけじゃないだろう。それ以上のことは分からん。
あとは長門が直接そいつに聞くべきだろうな」
「ふぅん、あんたにしちゃまっとうな意見ね。あたしも同感だわ」
「俺にしちゃってのは余計だ」
「とにかくよ! 有希ちゃん、あなたはちゃんとそのこなたって子と話してみること。いいわね?」
「……分かった」
私は承諾した。
彼と、そして涼宮ハルヒが言うならば、やはりそれが一番いいのだろう。
きっと。
「長門、泉って子とはどうなったんだ?」
六月のある日。
彼がふと思い出したように、そう切り出した。
「そういえばまだ聞いてなかったわね。有希、どうなったの?」
続けて、涼宮ハルヒが告げる。
朝比奈みくると古泉一樹はまだ来ていない。
丁度、あの時と同じ状況。
私は話さなければならない。
彼らには、それを聞く権利がある。
「……何故?」
全てが終わり、彼と涼宮ハルヒがこの世界に回帰した日。
私は泉こなたに尋ねることにした。
「おお! ながもんから話しかけてくるなんて!? それで、何が?」
何故、あなたは私に話しかけるのか。
そのことを聞くと、泉こなたは胸を張って、
「だって無口で眼鏡っ娘で素直クールだよ!?」
……。
「しかも運動神経抜群で頭もいい!
そんな逸材を放っとくなんて私にはできない!
それは人類にとっての大きな損失ってもんなんだよ!」
………………。
「ちょ、冗談だってば、冗談。アハ、あははは」
「……では、何故」
「う~ん、わざわざ話すことでもないんだけどネ――――」
「それで、そいつは何て言ったんだ?」
それは……
「…………内緒」
私がそう告げると、彼らの顔は驚愕に彩られた。
彼も、涼宮ハルヒも、立ち直れないでいる。
「……有希、ひょっとして口止めされたの? 言ったらひどいぞって。
もしそうなら、ちゃんとあたしに言ってちょうだい。あたしがなんとかしてあげる。
大丈夫よ、有希には指一本触れさせないから」
先に気を取り直した涼宮ハルヒが、言う。
「大丈夫」
そんな彼女に、私は言った。
「そういうことではない。でも、内緒」
彼らには、知る権利がある。
でも、これは秘密。
――ながもん、なんかさみしそうだったから。
――それで、なんでかわかんないんだけど、サ。なんか、一緒に居てあげたいなって。
これは、泉こなたと、私だけの、秘密。
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