◆ugIb3.rlZc氏の作品です。
見慣れた教室、見慣れたクラスメイトの顔ぶれ。
聞き慣れたチャイム音、聞き慣れた友達の声。
いつもと変わらぬ筈なのに、何かが足りない。
ポッカリ穴の開いた箇所がある。
誰も座ってない席。居るべき主の居ない机。
障害物が無いからこそ、その向こうに見えるとある人物の退屈そうな顔。
私もあの様な顔をしているのだろうか?
ふと、私と同じ心境であろう人物と目が合う。
あっ、瞬時に反らしやがった。
私は自分の席を立ち、不機嫌にも見える彼女に接近。
少しからかってやろうじゃない。
彼女の前に立ち、彼女の前にある彼の机をノック。
「キョン君の事、心配?」
「別に、あの馬鹿が勝手に風邪引いただけじゃない」
ぶっきらぼうに応える彼女に意地悪くニヤつき、更に揺さぶりをかける。
「後でお見舞いでも行こうかしらー」
「わざわざ行ってあげる必要無いわよ」
顔を背けている彼女が、一息で早口に否定する。
こうゆう場面でのハルヒの対応は面白い。
本心で思っている事と、逆の反応を示すのよね。
だからこそ分かりやすい。
ま、私はもう少し素直に生きていくけどね?
――放課後となり、私は早々に教室を出る。
それは勿論、彼の家へと出向く為にだ。
廊下を小走りで駆け、階段を降り、昇降口で靴を履く。
校内から外に出ると、夏の日差しが一気に攻め立ててきた。
この時期、今時分にはまだ日が高く、急にやる気が削がれてしまう。
「うぉっ、蒸し暑いわねー…」
肌に纏わりつく様な生温い風に不快感を抱きながらも、歩を進めて途中に見つけたコ
ンビニに入る。
冷房の効いた店内には、一時的にでも涼みに立ち寄ったのか、私と同じ学生が何人か立
ち読みしていた。
馬鹿ね~。家に帰るまでが余計に辛くなるだけじゃない。
見ず知らずの人達に心の中で呆れつつ、避暑地と化した雑誌コーナーを避け、店の一角
にある冷凍ワゴンに手を掛ける。
さて、と…キョン君は何が良いかしらね?
ワゴンの中を覗き込んでいると、急に後ろから肩を叩かれた。
振り向いた先には見慣れたアンテナがふよふよ揺れており、その両隣にいつも顔を見合
わせている人物達も視認できる。
私の肩を叩いた青いアホ毛がニヤニヤと、
「買い食いですかかがぶー?」
ぶふーっ、と小馬鹿にして笑いやがった。
ピョロリごとこなたの頭に拳骨を叩き込み、物理的に制裁を加えてから問う。
「で?あんた達は何してんのよ?」
「お姉ちゃんが居なかったから探しに来たんだよ」
頭を抑えているこなたの右隣に居る妹のつかさが答え、つかさと逆の位置に佇んでい
たみゆきがそれに続く。
「かがみさんは何をされていたんです?」
みゆきの問いに少し逡巡し、
「ただアイス買いに寄っただけよ」
本来の目的は話さずに誤魔化す。
大人数で見舞いに行ったらキョン君も困るだろうしね。
そこで立ち直ったこなたが憤慨した様子で文句をぶつくさ。
「じゃあやっぱり買い食いじゃん。殴られ損じゃん」
聞こえてはいたが、とりあえず知らん顔で三人に先に帰るよう促す。
冷たいなぁかがみ、とこなたが更に不満を漏らしていたが、やはり放置。
そのままアイスの選別に戻る。
「ま、これでいっか」
結局、散々悩んでチョイスした物は、ポピュラーなカップのバニラアイスを3つ。
私とキョン君、それに妹さんの分だ。
外堀から埋める?
あはは、気に入られたら幸いよね。
見舞いの品を手にぶら下げてキョン君の家まで急ぐ。
物が物だけに急がないとね。
キョン君の家の前まで来ると、何やら怪しい人影が玄関前の道でウロウロしているの
が視界に入る。
まぁ、何て事はない。
ゆっくりとその人物に近付き、肩を指でつついてやる。
「何してんのよハルヒ?」
ビクッと体全体を震わせ、私と距離をとって警戒心丸出しにファイティングポーズへ
移るハルヒ。
その行動に笑いが込み上げてくるが、必死に耐えて問い掛ける。
「お見舞いなんてしてやらないんじゃなかったの?」
ようやく私の存在を認めたハルヒは、何とか取り繕うとして若干引きつり気味な笑顔
を見せてくれた。
たまに想定外な動きで笑わせてくれるのよね。
「うぇ、えっと、そ、そう!プリントを届けに来ただけ!団員に活動の予定を伝えるの
も団長の勤めだから当然見舞いなんかじゃないわよ」
後半まくし立てる様に一息で言い訳した彼女に、へぇ、とだけ答えてとっととキョン
君の家のベルを鳴らす。
片手を上げ、もう片方の手を腰に当てて、説明した時のままの姿で固まるハルヒ。
「ちょっとかがみ!あんた人の話しも聞かずに何してんのよ!」
「ならあんたは何しに来たのよ」
慌てるハルヒにヘラヘラ笑顔を見せて返事を待っていたけど、インターホンからは何
も聞こえず、代わりに上方から声が掛かった。
「お前ら…何を人ん家の前でハシャいでんだ?」
声のした方を見上げると、窓から気だるそうなキョン君が顔を覗かせていた。
手を振り、家の中へ入っても良いかと聞くと、彼の顔が窓から引っ込む。
少しの間の後、玄関の扉から鍵の開く音がし、出てきたキョン君が手招きをする。
「お邪魔します」
家の中は静かで、他の家族は出掛けているようだ。
でも、キョン君の部屋の前まで来て気付いた。
別の部屋から咳き込む声が聞こえる事に…
「もしかして、妹さん?」
キョン君に後ろから声を掛け、咳きが聞こえた部屋を目で示す。
彼は頭を掻いて、今にも妹さんの部屋であろう扉を開こうとしていたハルヒの襟首をひ
っつかむと、唇に人差し指を当てる。
「寝かせといてくれ」
キョン君の部屋に入り、一先ず見舞いの品を渡して事情を聞く。
「実のところ、俺自身は微熱がある程度でな。親は昼間居ないし、妹の看病の為に俺が
休んだ訳だ」
「ふぅん、やるじゃない」
ハルヒが妹さんの部屋のある方に視線を投げながらキョン君に関心する。
ま、確かに偉いわよね。
でも、それなら私達は帰った方が良いかな?
「いや、俺も暇を持て余していたからな。来てくれて助かった」
そりゃ家の中に居るだけじゃ暇よね。
平日の昼間にやっているテレビ番組なんてたかが知れてるし。
ハルヒは妹さんが気になるのか、もう殆どキョン君に興味ゼロだ。
元々何しに来たのか完璧に忘れてるわね。
ふと、床に放置されているアイスを思い出し、完全に溶ける前に食べる事を提案する。
…あ、1つ足りないわね。
「ハルヒ、あんた食べる?」
「私はいいわよ。妹ちゃんの分は残しておかないと」
「なら、私もいいや。お見舞いもあるけど、この間の御礼って意味もあるし」
御礼と言う言葉に反応したのか、ハルヒが明後日の方向へ向けていた首を、私へ照準
を合わせて聞き返す。
「御礼?」
ベッドの上で胡座を掻いていたキョン君自身も、不思議のそうな顔で私を見て問う。
「御礼される様な事、俺したっけか?」
「ほら、日曜日のアレよ」
アレとは、誕生日プレゼントとして貰った短冊に願ったデートの件。
一日中付き合って貰った上、今も装着しているペンダントまで、ちゃっかり買ってもら
ったのだ。
どういう意味での御礼かを説明して、そのペンダントを制服の胸元に出す。
すると、急にハルヒがわなわなと震えだし、キョン君をキッと睨んで立ち上がる。
「あんたそんな事してたの!?日曜の不思議探索を断ったのもそれ!?何考えてんのよ
馬鹿キョン!!」
キョン君は、あちゃーとした感じで片手で顔を覆う。
そしてハルヒは今度は私にターゲットチェンジし、一気に込み上げた憤りをぶつけて
きたのだ。
「あんたもあんたよ!あれだけ皆に祝ってもらっておいて満足してなかったの!?はっ
、随分と欲張りね!」
いやいや、ハルヒさん。それとこれとは別物でしょ。
と言うか、今のはカチンときたわ。
私もハルヒに向き直り、臨戦態勢を整える。
「あの…俺はどうすりゃ…?」
静かに心のリミッターを外していき、私もダンっと立ち上がって、ハルヒに喰って掛
かる。
「何怒ってんのよ?そんなにキョン君とデートした事が不満?ならどうぞ?あんたもす
りゃ良いじゃない」
後方に居るキョン君がえぇっ!?と、某マスオさんの様な声を出したが気にしない。
反論を受けたハルヒは更に顔を険しくさせ、違うわよ!と前置きし、仁王立ちに移行。
「団員を許可無く連れ出した事を怒ってんのよ!あんな馬鹿自体はどうでも良いわ!」
「馬鹿馬鹿言わないでよ。こんなのでも大事な友達なんだから」
「…俺、馬鹿とこんなののダブルパンチなのか」
「「うるさい!!」」
――それから暫くギャーギャー騒いでいると、部屋の扉が突然開いた。
扉からひょっこり顔を出した人物を見て、瞬時にリングが静まり返る。
その人物は、可愛らしいパジャマを着て、これまた可愛らしい瞳を擦りながら部屋を見
渡し、一言。
「けほっ…二人ともいらっしゃい」
言わずもがな、妹さんだ。
その姿を見た瞬間、戦闘モードは強制的に解除され、ハルヒと二人して謝罪に走る。
すっかり忘れてたわ…
「ごめん、起こしちゃったわね」
ハルヒが妹さんの頭を撫で、私も体を屈ませて顔を覗き込んで謝罪する。
後ろでキョン君一人が妹さんに感謝の意を伝えているのが若干引っかかるが、今は誠意
を示さないと。
もう殆ど溶け始めているアイスを手に取り、
「えと…良かったらアイス食べる?」
――結論から言えば、妹さんは怒っているという事はなく、柔らかいを通り越したア
イスを食べて団欒に加わった。
キョン君は横になっている様に妹さんに指示したが、そこは女の子とは言え小学生。
退屈の一言と、私達の援護で部屋に留まったのだ。
そして、ハルヒとの諍いはうやむやになり、談笑モードで時間は過ぎていった。
「――じゃ、明日は来れるのね?」
「ああ、あの様子なら妹も大丈夫だろ」
玄関前で別れ際に確認をとる。
明日もアンニュイなハルヒを視認するのは若干恐ろしい。
「どういう意味よ」
二人で密かに笑い、軽く手を振ってハルヒと共にキョン君の家から帰路に着く。
また明日ね、キョン君。
「――にしても、久しぶりにやらかしたわね」
夕日に照らされている道を並んで歩いている途中で、ハルヒが呟く。
その横顔は、何か爽快めいた雰囲気が漂っており、私は釣られてフッと笑った。
確かに、出会って間も無かった頃は、度々衝突していた気がする。
当時は理解してなかったけど、ハルヒが何かをしでかす度に怒鳴ってたわね。
特にキョン君が理不尽な事になる時は…
しかし、今は似た者同士、それなりに仲良く出来ている。
私がハルヒに慣れたのか、ハルヒが私に慣れたのか…
「ま、元々ベクトルは同じ様なものだったのかもね」
「急に何言ってんのよ?」
何でもないと答え、小走りでハルヒより先に前へと進み、別れ道で振り返る。
手を上げ、少しはにかみ、
「もう少し素直にならないとね、ライバルさん?それじゃまた明日!」
最後に見たハルヒの顔は、鳩が豆鉄砲を喰らった様な表情だった。
ほんと、からかい甲斐があるわね。
「さて、帰って勉強勉強っ!」
ーおわりー
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