小泉の人◆KoizumiXMI氏の作品です。
ブリキ人形は心が欲しくて欲しくてたまらなかった。
もしもこれが童話の世界なら少女についていくだけだったろうが、この世界では少女につき従うだけでは意味が無かった。
ブリキ人形は心が欲しかった。
仲間には軽い性格を演じているけど本当は勇気のないライオンと。
カカシのように自分で考える頭を持たない人と。
そして世界の主人公の少女。
しかし、少女は何も望んではいない。
ライオンも望みは何もなく、むしろ諦観している。
カカシは見当違いの方法を探して走り回っている。
私は困った。
ブリキ人形は困った。
心が欲しくても、きっとこのままじゃ手に入らない。
欲しいのに。
こんなにも欲しいのに。
誰か私に。
「――心を――――ください」
誰に話すでもなく呟いた。
「…何か言ったか?」
隣に座っていたライオンが聞く。
ブリキ人形は首を振る。
もう、ここから離れて自分で探しに行くのだと彼女は決めたのだ。
しかし、しかし。
果たして彼女の望みは叶わなかった。
「『周防九曜』の情報を解除する――」
ブリキ人形は消えていく。
悲しみも後悔もない。
彼女の胸中にはなにも無かったのだから。
ただ思うことといえば
(何故彼らはこんなにも怒っているのだろう)
と、いう疑問だけだった。
かつて仲間だったライオンとストロウ・ヘッドと少女。
そして『彼』とその仲間。
私と似た、そこにいるブリキの人形は感情を手に入れたように見えた。
「―教えて―――あなた―――」
「下がって。まだ安心できない」
ブリキ人形は私と彼との間に割り込み、邪魔をする。
私はただこの疑問を解決して欲しかっただけなのに。
……怒っている。
この人形は怒って私を睨みつけている。
一度、一度だけでいいから答えてほしい。
「あなた―――は――魔法使い――?」
周防九曜は疑問だけを残して消えた。
――いや、疑問だけでなく深い傷跡を残して消えた。
*
「よう、つかさ」
部屋のベッドの片隅で縮こまっているつかさに声をかける。
夕方だというのに電気は点いておらず、部屋は薄暗く外の光を受け入れるのみだった。
つかさは学校帰りのままの姿の俺を睨みつける。
「調子はどうだ?まだ」
「でてって!!」
大声が響いた。
とてもこれほどの大きな声を出せるとは思えないようなつかさの喉。
その眼に浮かんでいるのは怒りではなく恐れ。
そして不可解な事態に遭遇したような戸惑い。
はっきりとわかる事はただ、拒絶の意思があること。
「……」
子供が癇癪を起こして困らせるようにつかさは俺を拒んだ。
例えは悪かったかもしれないが、これが一番適切な表現だと思う。
気づけば俺はドアを開けた状態から一歩も動かずに立ち尽くしている。
何をすればいいのだろうか?
つかさに対して俺ができることはなにがあるって言うんだ。
「キョン君が私の部屋にくる筈が無いから偽物…また偽物でしょ?」
「……本物だ」
「ならなんで来るの?そんな理由が無いんだから来る筈もないでしょ?」
「……」
言える筈があるか。
つかさが宇宙人に囚われて人事不省になっていて。
その様子があまりにも見ていられる様ではなくて。
それで…
「もう何回目なの……私を返してよ…」
ぽろぽろと司の目に涙が浮かんでは落ちる。
胸元から太ももにかけてシミが点々とできていく。
しかし、近寄ろうとする気配をみせるとつかさはこちらをにらみ返して拒絶するのだ。
「近寄らないでっ……!」
俺は仕方なしに部屋を後にする。
『柊つかさは精神的にひどく消耗している』
『おそらく閉鎖的な空間に閉じ込め、観察を行っていた』
『その時間は体感時間では十年にも相当すると思われる』
『意識が混濁していないだけで奇跡』
長門の言葉が思い返される。
『具体的な実験内容は不明』
『この実験は彼女らの意思によって行われたものではない』
そりゃあ、佐々木がこんな事を望む理由が無いしな。
『我々、機関はこの件を秘匿する方針に決定しました』
『SOS団だけならまだしも、今回は一般人に被害がでています』
古泉の言いたい事はわかる。
あんな風になったつかさという証拠がある以上は夢だとかなんだとかで済ませられる事態じゃないしな。
『この件に凉宮さんが関わっていない以上は普段通りの生活を装う必要があります』
『…かがみさんは事態を知っていますが、真相は知りません』
『どうやら実験というのはあなたが鍵だったようなのですが』
だからって俺だけにまかされても、役者不足だって考えは無かったのか?
かがみも不安がっているし早急な解決を求めるなら長門に頼むべきじゃないのか?
…だが頭の足りない俺としては数倍も頭がいいであろうアイツらの考えの目的などわかるものでもない。
ならば新たな解決策を求めるよりは確実に助けられるように努力したほうがいいのだろう。
「……」
「キョン君大丈夫?」
ドアの横で思索に耽っているといつの間にか隣にかがみがいた。
余程俺は深刻そうな顔をしていたのか、その顔が心配の色を濃くしていく。
「別にどうってことはないが?」
「…無理だけはしないでね」
そういうと持っていたコップを俺によこしてくれた。
中味は麦茶。
ありがたく受け取ると早速口をつける。
冷たい麦茶が喉元を通りすぎてようやく、自分が乾いていたことに気づく。
「……」
「……」
喉が渇いていたので飲む事を優先していたのもあるが、二人の間に会話が生じなかった。
かがみは恐らく俺がつかさがああなった原因を知っているのを直感しているだろう。
しかしそのことを俺に問い詰めるでもなく、ただこうして接してくれるのは助かる。
説明しようにも突拍子もないし、つかさがああなる前に助けられなかったことを後悔しても意味がない。
一気に手の中のコップを煽り、氷だけを残してすべて飲み干した。
コップをかがみに返す。
「ありがとう、かがみ」
「…どういたしまして」
かがみが何を考えているかなんてわからない。
恨んでるかもしれないし、期待しているのかもしれない。
どちらにせよ、俺はつかさの心を戻したい。
それだけは偽らざる俺の本心だ。
「キョン君…つかさをよろしくね」
「…ああ」
空になったコップを持って、かがみは行ってしまった。
どうかがみが思っていようとも、やれる事をやるだけだろう。
「近づかないで!」
物を投げられた。
「嘘つき!」
何も信じてもらえなかった。
「なんでいつも来るの!?」
ドアを開けてすらもらえなかった。
「なにが目的なの!?」
日に日にやつれていくのを見るのは心苦しかった。
「……」
何もしゃべらず、ただこちらを見ていた。
「なんで、キョン君なの…?」
理由のわからない問いかけだった。
「わからないよ…本当か嘘かわからない」
ずっと苦しんでいるのはわかる。だが、俺にできることはなにがあるというのか。
*
たぶんそれが数か月続いていたんだと思う。
キョン君がいつもみたいに来て、なにかしゃべって。
ずっとずっとそれの繰り返し。
何も言わずに近づいてきたり。
わけのわからない事を言ったり。
無理やりに押し倒されたりすることは気づいたら無くなってた。
いつものように『来てくれた』キョン君。
もしかしたら本物なのかもしれない、という状態からもう本物だと思い始めるようになっていた。
いや、むしろ本物だと知って逆に演技が混じってきている。
いつ気づいたのかは自分でもわからない。
でも、どこかがあの時と違っていた。
「よう」
「……」
今日も来てくれたキョン君に、私は必死で笑顔を隠す。
何故こんな嘘をつくのか?
だって、こうしていればキョン君を独り占めできるから。
ずっと、みていてくれるから。
どうしてキョン君がこうしてくれるのかは知らないけれど。
ずっと、こうしてくれるなら。
幸せだから。
Her heart already broken......
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