悲惨の日

◆ugIb3.rlZc氏の作品です。


雲一つ無く、犬も常時舌を出し続ける羽目になる、蒸し暑い夏休みの某日。
ポロシャツに膝下曖昧3cmなズボン、そしてサンダルというラフな格好で、俺はとある
友人の家へと、ダラダラとやる気の欠片も無い足取りで向かっていた。
ちくしょう…何故俺がこの様な体力も水分も時間も浪費しちまう行動をとらにゃならん
のだ。

「夏の日差しが俺を攻め立てやがる…」

右手でセルフサンバイザーを作り、フッと唇の端を吊り上げて自嘲気味に呟く。
やってられん…

道中、都会のオアシスと言っても過言ではない自販機を発見し、よたよたとすがりつく
様にコインを入れ、適当なスポーツドリンクのボタンを押す。
ガタタン、と取り出し口に転がり落ちたペットボトルをすぐさま手に取り、蓋を外して
一気に喉へ流し込んだ。

「あ~…生き返るっ!」

口元を拭って辺りを何気なく見渡す。
誰も居やしねぇ…
こんな青天の下を出歩くなどというチャレンジャーは、元気の有り余った子供か、一般
的には休みにも拘わらず、仕事で営業に出向いているサラリーマンぐらいなものだ。

「何やってんだ俺…」


――炎天下強制行軍の始まりは、つい先刻の事だ。
家の自室でクーラーを効かせ、ベッドの上で音楽プレーヤーを聴きながらまったり過ご
していると、傍らに置いていた携帯に着信が入った。
ディスプレイに見慣れた人名が映り、果てしなく嫌な予感が頭をよぎる。
しかし、流石に無視する訳にもいかず、仕方なしに通話ボタンを押してとりあえずの挨拶。

「…もしもし」
『やぁ!ボクこなたん!っははー!』

…お前はどこの世界的有名なネズミだ?
ハルヒとタメを張る程に俺を疲れさせてくれる人物の声を聴き、肺から空気がだだ漏れ
になる。
そんな俺の状況を知らないこなたは、更に追い討ちをかける一言を発した。

『今から家に来てー。みんなで課題をやるからさっ』

みんなって誰だ?と言うか、このクソ暑い中で呼びつけるな。死ねる。
俺は課題より、ここで惰性を貪っている事を所望したい。

『来ないと罰金だからネ!』

某団長様に酷似した声が携帯から飛ぶ。
いや、間違いなくこなたなのは分かるが、自然と心臓が跳ね上がった。
どんだけ罰金にトラウマを覚えてんだ俺は…


「――パンクしてやがる…」

こなたは兎も角、他の面子に友達甲斐の無い奴と思われるのも癪なので、面倒だがノー
ト類を詰め込んだバッグをカゴに投げ入れ、自転車で颯爽と馳せ参じようとしたのだが
当の愛車が役立たずの極みに堕ちていた。
前輪のタイヤがペタンコになっているのを確認し、空を見上げて元気良く大地に光を注
いでいる太陽を眺め、再び我が相棒を見る。
何度見直そうが間違う事なくパンク。

「歩いてけってか。強制ハイキングかオイ」

などと愛車に文句を垂れるが、言ったところで華麗に復活を遂げる筈もない。
自転車の鍵をズボンのポケットに突っ込み、無言で家を後にした。

――と、ここで冒頭の愚痴に戻るわけだ。
全身から汗を吹き出させ、地べたを睨みながら黙々と歩く。

「何してんだキョン」

地面とにらめっこしている途中で誰かの声が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。

「おい、無視するなよ」

聞き慣れた声の様な気もしたが、やはり気のせいだろう。

「いい加減こっちを見ろよ!」
「ふぅ、暑さにやられたみたいだな。幻聴がする」
「そろそろ泣くぞ」

まぁ、説明する必要もない。愉快を通り越した馬鹿がそこに居た。

正式名称谷口は、その不愉快な顔に合わせたコーディネートをしたのか、アロハシャツ
を羽織り、額の辺りにサングラスを引っ掛けていた。
古のセンスに関わりたくない気持ちを全面的に押し出しながらも、不快の塊との対話を
開始。

「不愉快お前は何してんだ谷口気持ち悪い」
「暴言で日常的会話を包まないでっ!暴言をビブラートで柔らかくっ!」

オブラートだ馬鹿。震わせてどうする。
やはり珍生物との会話は疲れるな。
そう結論付けた俺の行動は迅速だった。
谷口のサングラスをひったくり、全力で明後日の方向へ投げる。

「おいぃぃぃぃ!?」

谷口が奇声を上げながらメッガーネを追い掛けた隙に逃亡。
見事に撒いてやった。
全く、余計な体力を使わせやがって。国木田(保護者)はどうしたんだ?

――灼熱ロードを歩き抜き、ようやくゴールを果たした俺のシャツは程よく湿り、程よ
く不快感を与えたもうた。
…もう裸で練り歩いた方が良かったかもしれんな。

危険な思想に至った脳を一度シェイクし、泉家のチャイムを押す。
汗で皮膚にへばりついた服を引っ張り、簡単に身なりを整え、暫し沈黙。
チャ、とスピーカーから受話器を取る音が聞こえ、

『入って』

その一言だけでインターホン越しの会話は終了した。
いや、俺は言葉を発してないから会話ではないか。
とりあえず指示に従い、家の中へ入ろうと玄関を開けてみると、

「こんにちはキョン君」

こなたではなく、インターホンに出た、ノースリーブのシャツと白いスカートを穿いた
かがみ様が出迎えてくれた。
そこは住人であるアイツが出迎えるべきではないのか?

「こなたは部屋から出たくないってさ」

あの野郎…俺を温暖化体感ツアーに出させといて、自分は快適空間でノンビリか?
理不尽にも程がある。

「ほら、震えてないで上に行きましょ?」


かがみが先導し、俺は後に続く。
階段を上がる途中で見ちゃいけないものが見えそうになり、紳士な俺は階段の段数を数
える事に専念。

部屋の前に着き、かがみの代わりに自分で扉を開けてやる。
脅しをかける意味で、不気味に微笑みながらな。

「お招き頂き光栄だな」
「いやいや、礼なんて不要だよキョンキョン」

こなたは、そんな俺の負のオーラに気付く様子も無く、普通に対応しやがった。
ええい、忌々しい!
…しかし、敏感なのか俺の威嚇を察知してしまった可哀想な娘さんが、部屋の奥で怯えて
いた。

「先輩、何だか目が怖いです…」

そう、誰であろうゆたかちゃんだ。
これは失態。中に居るメンバーを把握してから睨みを効かせればよかった。
ひとまず笑って誤魔化しておこう。

「で、これで全員か?」

部屋を一瞥し、こなたに問いかける。
現在部屋でノートを広げているのは、こなた、みゆきさん、つかさにかがみ。
後は上目遣いで申し訳なさそうな顔で俺を見上げているゆたかちゃんが……
あー…これは後で何か詫びをいれんとな。

「ハルにゃんとながもんは用事があるとかで来れないってさ」

そりゃ何よりだな。怒られながら勉強などしたくはない。

とりあえず、テーブルを囲んでいる五人の間に座れるスペースを見つけて着席。
さて、俺も勉強タイムといこうかね…

「ん?」

あれ?バッグはいずこ…?
キョロキョロと辺りを見渡し、普段使っている愛用のバッグを探す。
他の皆は俺の挙動不審な行動をポカンと見ているだけだ。

「なぁ、俺のバッグ知らないか?」

一通り視界を移動させた後、そう尋ねると、かがみの口からとんでもない言葉が飛び出し
た。

「最初から何も持ってなかったじゃない」

………はい?
――ま、待て待て!
確かに家を出る時は持って…あれ?
そこでようやく思い出した。

「…自転車のカゴだ」

そう、自転車のカゴにバッグを積み、さぁ行くぞという所でパンクに気付いた時だ。
そのまま放置して来ちまったのか俺…

我ながら間抜けなエピソードを話し終え落胆する。
俺の苦労は何だったんだ…?
一気に覇気を無くした俺に、容赦なく駄目押しが打ち込まれた。


「一体何しに来たのさキョンキョン?」「言うな…」

ーおわりー



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最終更新:2008年07月21日 05:39
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