「・・・明日は特別、スペシャル・デイ~♪」
そう、明日はキョン君とデートするんだ。初めてなんだよ。遊園地なんだよ。
しかもキョン君の方から誘ってくれたし・・・えへへ、嬉しいな。
お弁当の下拵えも済ませたし、着ていく服と付ける下着もばっちり決めたし、後はきちんと寝て、
明日に備えなくちゃ・・・でも、こういう時ってなかなか寝付けなかったりするんだよね。
羊が1匹、羊が2匹・・・・バルサミコスー
起きられなかったらどうしようと思って、お姉ちゃんたちから目覚まし時計を貸してもらって、枕元に
4つ置いておいたけど、朝の5時半、セットしておいた時間より30分も前に目が覚めちゃった。偉いぞ私!
デートの日にお寝坊さんなんて最悪だからね。普段もこのくらい、きちんと起きられるといいのになあ。
さあ、お弁当お弁当。お母さんが朝ごはんの準備に起きてくる前に、作り終えなくちゃね。
ポテトサラダ、厚焼き玉子、タコさんウインナーに鳥のから揚げ、おにぎり。オーソドックスだけど全部
手作りです。ポテトサラダは昨日の晩に作っちゃったし、から揚げも漬け込んで揚げるだけにしてあるし・・・
順調、順調・・・とその時でした。
「ジリリリリン、ジリリリリン、ピピピピピピピピ、朝だーっ、おきろーっ!」
「こら~、つかさっ! 起きたんなら目覚ましちゃんと切っとけっ!」
は・・・はうう・・・ちゃんと起きたのは良いけど、目覚ましのスイッチ、切っとくの忘れちゃったよう。
週末の早朝からうるさくして、ごめんねお姉ちゃん・・・
「・・・たく。珍しく自分で朝早く起きたと思ったらこれだからねぇ、つかさは」
目をこすりながら、お姉ちゃんが2階から降りてきた。
「ごめ~んお姉ちゃん。起こしちゃった?」
「そりゃ起きるわよ。目覚まし4つが一度に作動すればね・・・って言いたいところだけど、お姉ちゃんたちと
お父さんとお母さんは起きてないみたいよ」
凄いなうちの家族って。
「つかさも人のこと言えないでしょうが・・・よっと、玉子焼き1つも~らいっ」
「ちょ・・・ちょっとお姉ちゃんッ!」
「うん・・・美味しい。さすがにつかさは料理上手いわね。これならキョン君も大満足か」
どうやら上手く出来てるみたいで一安心・・・ってお姉ちゃん、から揚げはとっちゃダメ~!
待ち合わせは9時半。20分くらい前につくように家を出たけど、待ち合わせ場所の駅前ロータリーに着くと、
キョン君はもう来ていました。早いですよぅ・・・ではまず、お約束のアレを。
「・・・おはようキョンくーん、待ったー?」
「いや、俺もついさっき来たところ。気にするな、つかさ」
これですよこれ。やってみたかったんだ。デートの待ち合わせの定番。遅刻して謝る彼女とそれを気遣う彼氏。
ま、遅刻はしてないけどネ。
「開園は10時だし、ちょっと早いけどそろそろ行くか」
「うんっ、キョン君」
そういって、さりげなくキョン君の腕に腕を絡めて身を寄せてみる。見上げるとキョン君、心なしかちょっと恥ずかしそう。
なんか可愛い。
「週末ともなると流石に込むな。つかさ、危ないから俺の傍を離れるなよ」
そういって私の肩を引き寄せるキョン君。あわわ、なんかとても恥ずかしいですよ。飛んじゃいそうです。
「その手提げ、網棚に乗せて置いた方がよくないか。この先からかなり込むし」
そうです、大事なお弁当です。潰されたりしたら大変。キョン君、これ、そこの網棚に乗っけて置いてください。
「・・・なんかいい匂いがする。楽しみだな、昼」
「自信作なんだよ、期待しててね」
こんな何げないやり取りもとても嬉しい。私たち、付き合ってるんだなってすごく実感しました。
うわ、いっぱい人が乗ってきました。ラッシュは通学で多少は慣れているとはいっても、やっぱり苦手です。
きょ・・キョン君が私の真正面に! 左手が私の肩に回されてますよ・・・はうう、満員電車ってのもちょっといいかも。
ふう、それにしても今日の満員電車はいろんな意味で疲れました。でも、今疲れてどうする私。本番はここからです。
「さて、ここからだと遊園地までは歩いて5分もかからないわけだが、どうする? ちょっとどこかで時間を潰すか、早く行って・・・」
・・・ふと突然キョン君が言葉を切って、私の顔をじっと見つめます。ちょ、ちょっとこんなところでいきなり、まままだ朝ですよ!
「つかさ・・・お前、あの手提げ、どうした?」
真っ赤な頭の中が、一瞬で真っ白に変わりました。持って降りるの・・・忘れちゃった・・・
「どうしよう・・・わたし・・・」
「貴重品とか入ってないか」
ううん、お弁当だけだよ。てもそのお弁当は、初めてのデートのために私が作った、何物にも変えがたい貴重品・・・
「今からならまだ間に合う。駅員に話して探してもらおう」
・・・いいよキョン君。お弁当だけだし、お弁当の入っている箱も市販の量販品でちゃんとしたのじゃないし。
お昼は遊園地内ででも・・・
「・・・いいわけないだろ! つかさが今日のために、朝早く起きて作ってくれた弁当だ」
キョン君・・・ありがとう。ごめんなさい・・・
キョン君が駅員さんとお話をしている後ろで、私は俯いてただ立っていました。楽しいはずのはじめてのデートで、いきなりの大アクシデント。
私のバカ。浮かれ過ぎて注意散漫で、キョン君や駅員さんたちにまで迷惑をかけて・・・
「・・・今日は休日で混雑してるんで、終点までいかないと、車両の網棚のチェックは難しいみたいだ」
終点って・・・あの電車すごく遠くまで走ってるよ。やっぱりいいよキョン君・・・って、えっ!
「今から追いかけるぞ。終点まで行けば必ずあるはず」
キョン君は私の手を引っ張ると、駅員さんに終点駅での荷物取りおきをお願いしてもらってから、ホームに入ってきた電車に乗り込みました。
「ごめんね・・・キョン君・・・」
「つかさ。そんな顔するなよ、それに・・・」
そういってキョン君はニコッと笑いました。私は思わず、そんなキョン君の顔をボーッと見つめてしまいます。
「つかさにとってみれば、こういう言い方はちょっと不謹慎かもしれないが・・・こういうトラブルに遭うのもなんか、いかにも恋人同士って
感じで悪い気はしないかな・・・なんてな」
不謹慎だよう。キョン君。私いますごく泣きたい気分なのに。
「それに・・・網棚に上げたのは俺だし、つかさじゃ届かないだろ。俺が気をつけなきゃいけなかったわけだしな
こんなことで、つかさを泣かせるのはイヤだ」
ありがとキョン君。私、キョン君みたいな人が彼氏でよかったよ。大好きキョン君。
終点駅の駅長室に、荷物はあった。
「ご面倒をおかけして申し訳ありません、助かりました」
「このテの忘れ物は、忘れたと気づいても取りに来る人はほとんどいないんだが・・・よほど大事なお弁当なんだね。いや、若いってのはいいものだ」
そういって笑う初老の駅長さんに頭を下げてお礼をいって、私たちは駅長室を後にしました。
「・・・今から戻るのもなんだな。ここ、そうそう来るところじゃないし、遊園地のチケットは有効期限、来月末までだし。
どうだつかさ、今日は予定を変更して、ここで遊ぶか。遊園地はまた今度・・・な」
「そうだね・・・キョン君」
せっかくの予定がパーになっちゃったのに、怒りもせずに、駅構内に掲示してある駅周辺地図を眺めながらキョン君が言いました。
「ちょうどいい具合に時間も昼過ぎだ・・・な、つかさ、ここからちょっと歩いたところに、結構大きな緑地公園があるみたいだぞ。
そこで弁当を食べよう。で、後のことは、飯食いながら考えようぜ」
うん、そうだね・・・じゃ早く行こう。帰る時間も考えなきゃいけないんだから、キョン君、早く早く~