その男、女につき

◆TnzOi/YA0I氏の作品です。

*TS、ちょいエロ、ちょいオリキャラモブ注意




「キョン? どうしたのよ、さっきからぼーっとして」

涼宮ハルヒが、こいつにしては珍しく心配といった表情を浮かべ俺に話しかけて来た。

「いや、なんでもない。少し考え事をしてただけだ」

「それならいいけど……、無理はするんじゃないわよ」

ハルヒのこの優しさは恐らく俺のこの境遇に起因するものなのであろう。
もっともハルヒは無自覚なんだろうがな

「ほらキョンなにやってんの? 次は体育なんだからあんたもさっさと着替えなさいよ」

……まさか俺が女になっちまってるなんてな。


一体何だってこんなことになっているのか、とりあえず頭の整理も含めて一通りおさらいするか――――――






朝、秋を通り越して一気に冬になってしまったのかとも思える程に肌寒くなってきている中、
その寒さ故か妹が起こしに来るよりも早くに目を覚ました俺なのだが、
今日は何やらよく分からない違和感に包まれていた。
どうも何かが違う気がしてならん
それは決していつもより早くに起きたが故の、普段よりも低い室温によるものではなく
俺はその違和感の原因が何なのかを考えていたのだが、俺にボディプレスを食らわせるのが目的であろう妹の侵入により、中断を余儀なくされてしまった。

「あれー? キョンキョンもう起きてるー」

最近妹は、俺の同級生である泉こなたの影響か、俺の珍妙なあだ名を二つ並べた、まるで昔のアイドルか何かのような呼び方をするようになった。
おかげで俺はこの新しいのか古いのか分からんあだ名が定着しないように祈りつつ、戦々恐々とする日々を送っている。
と、そこへ何を思ったか妹が突然飛び付いてきて

「キョンキョンのおっぱい柔らかいねー」

やれやれ、本当にいつまでたっても成長しないな、わが妹は。
抱き着いてくるのは兄として悪い気はしない、だがやはりせめてこういうタイミングにはお兄ちゃんと呼んでほしいものだ。
……ってちょっと待て、今の妹の発言はおかしくないか?
今妹はなんと言った? 俺のおっぱい?
俺はあくまでも歴とした男であって、やわらかいといえるような胸などあろうはずがないのだが
……って、え?
俺の目を信じるならば何やら妹は、俺の胸部にある謎の膨らみを弄んでいるようにみえる。
そして問題は、先程から妹がその膨らみを触るたびに俺の胸にその感覚があるということだ。



その後俺はとりあえず妹を部屋から追い出し、自身の体の異常を確認していた。

「……一体何が起こったってんだ」

甲高い声が俺の鼓膜を揺さぶる。
この身体はどこをどう調べても女のそれだ。
胸には昨日までは間違いなくなかった突出物があり、逆にあったはずの男の象徴ともいえる器官がない。
声も昨日と比べ明らかに高くなっているし、指も華奢、髪なんかは腰の辺りまで伸びてなんだか鬱陶しいことになっている。
一体何だってんだ? 朝起きたら女の子になってました、なんてシャレにもならんぞ。
妹の反応が余りにも自然すぎた事を考えると、記憶の改竄のようなものもされていそうだな。
こんなことができそうな奴は俺の知る限りではせいぜい4人程度だったはずだ。
まずは我らがSOS団の団長である涼宮ハルヒ、そして宇宙人の長門、直接聞かされたわけではないが喜緑さんも同類だろう。
あとは長門とは親玉が違うが同じく宇宙製アンドロイドである周防九曜ぐらいなものか。
だが長門や喜緑さんがこんなことをするとは思えん、大体そうするメリットがない。
九曜は……あり得なくはない、か。あいつは何考えてるんだかまるでわからん奴だからな

そうしてハルヒか九曜に当たりをつけたころ、俺の携帯がけたたましく空気を震わせた。
携帯のディスプレイには「長門有希」と表示されている。
長門か。毎回助けてもらってばかりで少し男として歯痒いものがあるが、やはりこういうときには頼りになるな

「長門、俺だ。わかるか?」

「把握している。この現象は涼宮ハルヒによるもの」

電話に出た俺に対し長門はいつもの落ち着いた口調でこう告げた。
やっぱりそうだったか……、ハルヒの奴にも困ったもんだ

「それで長門、俺はどうすればいい?」

こんなことまで聞かなきゃならんとは流石に情けないな、俺よ。

「あなたは学校へ行くべき。涼宮ハルヒの願望を満たすにはそうするのが上策」

「だが支障はないのか? いくらなんでもクラスメイトが急に性転換した、なんてパニックどころじゃなくなるぞ」

「問題ない。あなたは私、喜緑江美里、周防九曜、そして朝比奈みくる、古泉一樹を除く全ての人間から、元々女性であったと認識されている」

「ちょっと待て、何で古泉もなんだ?」

長門たちはまだ分かる。
理屈は知らんが毎度のような宇宙人パワーでそれくらいの事はやってのけそうだ
朝比奈さんも何か未来的な方法でも使って何とかしたのかも知れん。
朝比奈さん(大)もいることだしな
だが古泉に関してはいまいち腑に落ちん
あいつはハルヒに力を貰ったとはいえ閉鎖空間以外じゃただの人間と変わらんはずだが……

「古泉一樹、朝比奈みくる、そして私は涼宮ハルヒの力の影響を受けていない」

どうやらハルヒは俺を除くSOS団初期メンバーには何もしていないらしい。
だが長門の口振りからすると、2年から入った泉こなたや柊かがみなんかは改変の影響を受けたようだ。
あいつらは妙な背後関係がないからか、それとも後から入団したからなのか。
それに今までは俺含め全員がハルヒの影響を受けていたが、何でまた今回に限って除外したんだ?

「ありがとよ、長門。じゃあ学校でな」

まぁ今は考えていてもしょうがないか
俺は一旦長門に別れを告げ、学校の支度を始めた。
制服はやはり、というべきか女子用だ。
昨日まで着ていた俺のブレザーは夢幻の彼方へ消え去り、代わりにクローゼットの中に北校指定のセーラー服が入っていた。
学校へ行くにはこれを着るしかないということのようだ。



それにしてもハルヒの奴はまったく……。
何があったかは知らんが俺を女にして一体何の得があるってんだ?
まぁこれについては後で古泉にでも聞いてみるか
あいつなら喜んであの長ったらしい講釈をたれてくれることだろう。

さてようやく着終わったのであるが……女物の服ってのは違和感が凄まじいな。
上着はボタンではなく被ってから横にあるファスナーをとじる仕組みであり、スカートはひらひらしてすーすーして気持ち悪いことこの上ない。
極めつけはやはり下着だ。特にこの胸を締め付けられるような感覚には当分慣れそうにない。
髪は後ろで一纏めにして、何故か机の上に置かれていたゴムで結っている。まさか自分でポニーテールをする日が来るなんてな



ともかく俺はこのいつもとは違う制服を着て学校へ向かった。
道中気付いたことだが女ってのは非常に面倒臭い。
チャリンコは漕ぎづらいし、普段通りに走っていたらいつのまにかスカートがえらいことになっていやがった。
その上筋力も衰えているらしく鞄はいつもより重く感じるし、自転車を漕ぐことに対して疲労感が当社費30%UPだ。
女に生まれなくてよかった。俺はつくづくそう思う

まぁ今は女なわけだがな



さて到着だ。といっても学校の最寄り駅である光陽園駅に、だ。ここからは自転車ではなく、徒歩で移動することになる。
そしてこれから我が学び舎へと続くあの長い坂道を登る必要がある
この不便な体であの坂を登らにゃならんとなるとうんざりするぜ


「あれ? キョンじゃない、どうしたのよ、そんなとこに突っ立って」

後ろから誰かが俺を呼んでいるようだ。誰だろうかと考えつつ俺は振り向き……

「なんだかがみ、それにつかさか。おはようさん」

「なんだじゃないわよ。おはよう」

「キョンちゃんおはよー」

そこにいたのは同級生である柊かがみと、その妹つかさだった。
そういえばこの二人もこの駅を使ってるんだったか
しかしつかさが今なにか変な事を言わなかったか?
キョンちゃんなどという鳥肌の立ちそうな呼び方をされた気がするんだが。
いや、これはきっと聞き間違いに違いない。
女になってしまった影響か何かで俺の頭は自分でも気付かないうちに
燃え盛りつつ長江に沈みゆく自軍の船団を見たときの曹孟徳のように混乱してしまっているに違いない。
そうだ、きっとそうだ

「どしたの? キョンちゃん」

つかさの、俺を現実に引き戻し、そして奈落の底へと葬り去ろうとするかのような声が聞こえてくる。
……くそっ、俺の聞き間違いじゃなかったってのか

「なにさっきからブツブツ言ってんのよ。つかさはいっつもあんたのことそう呼んでるじゃない」

半分呆れたような顔をしつつ言うかがみ。

「そうだったか?」

「そうよ」

ああそうか、これも記憶の改変の一部ってわけか
そしてその改変によって、つかさたちの中では俺は以前からキョンちゃんと呼ばれていたというわけだな。
どうせなら俺の本名で呼ぶようにしていただきたいものではあるが
ともかく弁解くらいはしておくか

「すまんな、ちょっと寝不足気味なもんで少しボケてたらしい」

我ながら苦しい言い訳である。

「別にいいわよ。こなたの奴じゃあるまいし、あんまり夜更かしばっかするんじゃないわよ」

「寝不足って、何時頃に寝たの?」

「ん? ああ、確か2時ごろだ。長門に借りた本が結構面白くてつい読むのが止められなくなってな」

「へぇ、今度私にも貸してよ」

と、かがみ。
そういや俺の口調はこのままでいいのか? 2人の態度からして問題はなさそうだが……

「さて、そろそろ行こっか」

「うん、お姉ちゃん」

いやしかし、女の子が俺といってるのも変かも知れん
だからといって私とかウチとかは俺には言えそうにない。考えただけで吐き気がしてくる
いやいや、だが……

「キョンちゃんどうしたのー?」

「どしたー? 置いてくぞー?」

おっとどうやら自分の世界に入ってしまっていたようだな
かがみたちとは既に10メートル近く離れてしまっている。

「ああすまん、すぐに行く」

さて、我らが団長殿の待つ教室に向かうとするか




学校までの道のりでは別段語るほどのことはないな
ただ柊姉妹と談笑していただけだ。
坂道のつらさは俺の案じたほどでなく、二人と話しながらだったからかも知れんが思ったよりも楽に登ることができた。
辛く長い道のりも共に歩む仲間がいれば少しはマシになるってもんだ


その後俺は、クラスの違うつかさと、こなたたちの所に寄っていくというかがみに一時の別れを告げ、一人教室へと歩を進めていた。
それにしても足が寒い。何せ女子の制服といえば下はスカートだ。
遮るものが何もなく足に直接風があたるもんだからやってられん。よくスカートの下に体操服なんかを着込み、だらしがないと先生方に怒鳴られる女生徒がいるが今は彼女らの気持ちがよく分かる。

「よおキョン、相変わらずしけた面してやがんなぁ」

「お前よりはまだましだ」

やっと教室に到着し、これで少しは寒さも和らぐだろう、などと考えドアを開けた俺は、
その途端相も変らぬ谷口のアホ面を目にすることとなった。

どうやら女になってもこいつとの関係は変わってないようだ。
ようやくこいつのナンパ談義から逃れられると思ったのに、まったく残念な話だな
 
「あん? 何が残念だって?」
 
「なんでもねーよ」

まったくいつまでたっても変わらんなこいつは

「やあ、おはようキョン」

「国木田か、おはようさん」

こいつも変わらんな。飄々とした、いつもと同じ掴み所のない笑顔だ。

「今日はいつもよりも遅かったんだね」

教室の時計を見てみると、確かに俺がいつもここに着く時間よりも4~5分程針が先に進んでいる。
理由としては……やはりあれか。
普段とは勝手が違うせいか何をやってもうまくいかずに時間をロスしてばかりだったからな

まあ国木田にそんなことを言うわけにもいかないので俺は

「ああ、かがみたちと会ってな。一緒に来たから多分それでだろう」

無難にかわすことにしておいた。
それに対し国木田は

「……へぇ。そうなんだ」

なんだか微妙に間があったな。

「おいおい国木田よ、お前が今何を思ったのかは知らんが俺は嘘は言ってないぞ」

まぁ全てを言ったわけでもないが。
だがわざわざ古泉みたいないやらしい喋り方でカマをかけるくらいなら
そこの谷口みたいにしゃがみこんでうらみ辛みを並べて嘆いてる方がまだ可愛げがあるってもんだぜ?
というか谷口の奴は何でこんなにいじけてやがるんだ。

「多分キョンを柊さんたちに取られたとでも思ってるんじゃないかな。キョンは谷口にとって唯一の女友達だからね」

「気持ち悪い事を言うんじゃない、そんなことがあるわけがないだろう。せいぜいかがみとつかさを俺に紹介してもらえないからって嘆いてるってとこだろう」



さて、そろそろ団長殿のご機嫌でも伺いに行くとするか
見ればハルヒは、定位置とも言える俺の後ろの席で気だるげそうに机に突っ伏している。

「よう」

俺の声に反応し、ハルヒが顔を上げる。

「あらキョン、おはよう。どうしたのよ、今日は遅かったじゃないの」

まさかハルヒからもそれを指摘されるとはな
ハルヒはそんなことは気にしない性質だとばかり思っていだが……

「今日はかがみたちと一緒に来たんでな、多分そのせいだろう」

まぁとりあえず誤魔化しておくことにするか
本当のことが言えるわけもないしな

「そう、ならいいわ」

何がいいのかは皆目見当もつかないが、まぁ気にするだけ無駄だろう
どうせ深く考えていったわけじゃないんだろうからな――――――






その後はハルヒとしばらく雑談をしていただけだ。
そして岡部が来てHRが行われ、授業が始まる
長門や古泉や朝比奈さんには昼休みにでも会えるだろうと俺は考えていたのだが
その前に障害があったわけだ。
1限目の授業はまったくもってつつがなく終了したのであるが、2時間目のカリキュラムに設定されていたのは
教師という地位を存分に活用し
ある時は生徒に対しグラウンドのサーキットを延々と周回する義務を課し
またある時はクラスメイト達を2つに分断し、お互いにボールをぶつけさせ生徒達の結束を測ろうとしたりする
有り体に言えば体育という名の科目だった。
どうせなら見学と行こうかと思ったのだがハルヒがそれを許すはずもなく、体操服を忘れたことにしようかとも思ったが、
残念ながら前回の授業で使ってそのままだったらしく巾着袋に収まったそれが机の横に吊り下げられていた。
さて、長い事回想という名の逃避を行っていたわけだがそろそろ現実に回帰せざるを得ないだろう。



1限と2限の間の休み時間である。
1学期の早々に朝倉によって男子全員に義務付けられた教室外へのダッシュは、朝倉がいなくなった現在も続いており
1限終了のチャイムがなった瞬間、
ベルの音を聞いたイワン・パブロフの犬のごとく俺の体はほぼ無意識的に動き出していたのだが、

「ちょっとキョン! あんたどこ行くのよ」

ハルヒによって襟首を掴まれ、止められてしまった。
どこもなにも着替えに行くだけだが? それと服が伸びるからとっとと放せ。
ハルヒは手の握力を緩めることなく、

「着替えに、ってどこに行く気なのよ」

「そりゃ6組に決まってるだろう」

「はぁ? あんた何寝惚けたこと言ってんのよ。6組は男子じゃないの」

そうだった。
俺はいつもの感覚で「着替えるのは6組」と考えていたが、今の俺は精神的にはともかく肉体的には女だったな。
となれば俺が着替えるのに使用する教室は我が1年5組ということになる。
しかしいいのだろうか。ここで着替えるのならば、つまり女子の着替えが間近で行われるわけで。
……何やらどこからか視線を感じ、そちらを見てみると、

「やっほー。どったの?」

「おはよー」

「おはようございます、皆さん」

「…………」

そこには6組の中でSOS団と関係が深い、こなた、つかさ、高良、長門の4人が突っ立っていた。
長門の視線が固体化された炭酸ガスのように冷たく感じられるのは気のせいか?

「よう。お前たちか、おはようさん」

「大したことじゃないわよ。単にキョンがまた馬鹿なこと言ってただけだから」

年中トチ狂っているハルヒにそんなことを言われるのは心外だが、やましいことを考えていたのは確かなので
反論も出来やしない。
それにしてもそうか、長門は6組だから体育では一緒になるんだったな。昼休みに会いに行く手間が省けたというものだ。
今はハルヒもいるし聞くわけにはいかないが、後で聞いてみるか。

「ちょっとアンタたちいつまで喋ってんのよ。ほら、さっさと着替える!」

すでに着替え終わっていたらしいかがみの鶴の一声により、俺たちはとっとと着替えることになった。
俺の名誉のために言っておくが、俺はこの時ハルヒたちの着替えシーンを見てはいない。
断じて嘘ではない。
別に本当は見たかっただの長門の文字通り突き刺さってるんじゃないかと思うほどの視線に気圧された
だのということは決してない。本当だ。



今日の体育はバレーボールだった。ちなみに男子はサッカーらしい、外で走り回るなんてご苦労なことだ。
長門には体操のときに隙を見て、どうにかこの状況を解決する方法はないものかと聞いてみたのだが、

「不明」

と実に簡潔なお言葉を頂いた。分かりやすいのはいいことだ。
さてどうしたもんか。お前のパトロンは何て言ってるんだ?

「特に何も。我々の役割は観測。でも……」

「ん?」

「私という個体はあなたには元に戻ってほしいと感じている」

うれしいこと言ってくれるじゃないの。それじゃあ長門の期待に応えるためにも頑張らにゃならんな。

体育の授業自体は、俺が女子の体操服を着ることにより羞恥心に打ち震えることとなった以外は
何の事もなく、いつも通りハルヒ、長門、こなたの3名が大活躍していた。
というか女子の体操服ってなんでこうも表面積が少ないんだ? 目にはいいが心臓には悪いぞ。
試合はクラスをそれぞれ3つに分けたトーナメント形式で行われ、
ハルヒチームVS長門チームで行われた決勝戦はそりゃあ壮絶なものだった。
ハルヒの殺人スパイクを長門がレシーブし、一旦他の生徒につないでから長門がスパイクする。
ハルヒの方もそれと同じことを繰り返す。それも延々とだ。
いつまでも決着がつかないもんだから流石に飽きが来た頃に、体力的な問題かハルヒが膝を屈することとなった。
まぁ長門が相手なら仕方がないだろう。
ああ、ちなみにこなたは順調に勝ち残っていたが準決勝でハルヒと当たってあえなく敗退した。

「ちょっとキョンキョン! 私の扱いひどくない!?」

俺はと言えばしょっぱなから長門の所と当たって早々に退場だ。
平平凡凡たる一般人の俺が万能ヒューマノイドインターフェースに勝てようはずがないのは自明だろう。
しかもこの男子のものよりも数段表面積の少ない、脚部を存分に曝け出した体操服のせいで
動きがぎこちなくなってしまったから尚更だ。

「無視!?」



体育は終了し、恥辱にまみれた着替えを再びなんとかやり過ごし、3時間目が始まる。
身体能力の低下に反比例して頭の出来が良くなっていた、なんてことはなく、
俺は鬱々とした気分の中睡魔と壮絶な格闘戦を繰り広げていた。
始めこそどうにかその攻勢を防いでいたのだが
執拗なボディブローが効いてきたか10分も経たないうちに俺の意識は刈り取られることとなった。



昼休み。
目が覚めると既に4時間目まで終了しており、クラスメイト達は昼飯を食べ始めていた。
いくらなんでも寝すぎだろう俺よ。

「キョン、起きた?」

「やっと起きやがったか。ホレ、さっさと食おうぜ」

眼前には弁当を広げ、待ちくたびれた様子の谷口といつも通りの国木田がいた。
わざわざ俺が起きるのを待っていてくれたらしい。先に食べるか、または俺を叩き起こすかすればいいのに。

「別に待っちゃいねーよ。そろそろ放っといて食べるところだったぜ」

そうかい。

「ああそうだ。大体俺たちがお前を待つ理由なんてこれっぽっちもないからな」

「また谷口そんなこと言っちゃって。僕が『先に食べよう』って言ったのに『起きるまで待つ』なんて言ったのは誰なのさ」

「あっ、てめ国木田、言うんじゃねえよ!」

やれやれ。
どうやら谷口や国木田との関係はこんなところも変わってはいないらしい。だが今はそれがありがたい。
今更女子と一緒に食事なんてことにされてもどうしていいか分からんからな。
昼休みは古泉の奴に話を聞こうと思っていたが、飯を食ってからでも遅くはないだろう。
これが朝比奈さんや長門なら昼飯なんぞすっぽかしすところだが、どうせ古泉だ。構わん。
それに、待っててくれたこいつらにも悪いしな。

「谷口、国木田」

「ん、何だ?」

「何?」

「ありがとな」

「なっ!? ……へっ、なんのことだか。俺にはさっぱりわっかんねえな」

「どういたしまして」

素直な方が国木田で、そうでない方が谷口だ。

……思えばなんでこんなことを言っちまったんだろうな。
きっとまだ頭が覚醒しきってなかったからだろう。そうに違いない。



飯を食べ終え、1年9組へと向かう。
後回しにしたとはいえ一応古泉と会っておく必要があるだろう。
9組の中を覗き見ると、すぐに古泉は見つかった。

「古泉」

「……ああ、あなたですか。やっといらっしゃいましたか、お待ちしてました」

古泉は一瞬訝しがるような眼をしたが、すぐに俺のよく知る、少しムカつく笑みをその顔に張り付けた。
何だ、今の間は。

「それは……、その前にここではなんですからまずは移動しましょう。よろしいですか?」

そういって外を指差す古泉。こんな適当な動作でも決まってるんだから憎たらしい。
ともかく移動には俺も否やはない。
ここでは大事なことは話せないし、それに先ほどから女子の視線が痛い。
勿論長門の双眸から放たれる冷凍光線ほどではなかったが。

俺たちが移動したのは食堂の屋外テーブル。以前古泉がとんちんかんな正体を明かした場所だ。
古泉が自販機で買ってきた紙コップのコーヒーを受け取り2人とも席に着く。

「それで、色々と聞きたいことはあるがまずは忘れないうちに聞いておこう。さっき会った時の間は何だ?」

「最初にそれですか。まぁいいでしょう」

古泉は居住まいを正し、

「……正直に言いますと」

正直に言うと?

「思わず見とれてしまったのですよ。体育のときに遠目にはお見受けしましたが、まさかこれほどとは」

「……古泉、ちょっと面貸せ。特別に一発でチャラにしてやる」

俺は割と本気で言ったつもりだったが、古泉はただ笑っているだけだった。忌々しい。
それにしても体育のときに見ていただと?
つまり何か、俺のあの公然周知プレーとでもいう醜態を、よりにもよってこいつに見られていたということか?
古泉はくくっと喉を鳴らし、

「ええ、しっかり拝見させていただきましたよ」

なんてこった。もう死にたくなってきた。いやいっそ誰か殺してくれ。

「まぁこんなことを言っていても仕方がないのでそろそろ本題に移るとしましょうか」

ああそうしてくれ。そしてできれば体育のときのことはすっぱり忘れてくれ。

「フフフ。さて、どうしましょうね。……冗談ですよ、そう怖い顔しないでください。
 美しいお顔が台無しですよ。もっとも、僕としてはこれはこれでアリですがね」

半笑いでそんなことをのたまう古泉。
気持ちの悪いこと言ってないでとっとと話しやがれ。……殴るぞ。
古泉はニヤけた面のまま手のひらを上に向け「フッ」と肩をすくめ、

「今回の件ですがまず、長門さんから伺っていると思いますが現時点での原因は不明です。
 ですので僕から言えることはあまりないのですが……いくつか仮説を立ててみました」

と前置きした。
言えることがないならこのまま切り上げて教室へ帰ってしまってもよかったのだが、
たまには気まぐれを起こして仮説とやらを聴いてやるのもいいだろう。
先を促す。

「まず第一に、涼宮さんのあなたへの感情が僕たちの思っていたものではなかった場合です。
 涼宮さんがあなたに求めるのは男女間の関係ではなく、どんなことでも話せる、聞いてくれる親友だった。
 今までは理性によって抑えられていたのが何らかの拍子に表面化したというケースです。
 もっとも、僕はこの線は薄いと考えているんですがね」

「その親友ってのが女である必要性は何だ」

「同姓間でしか話せないことというのはあるものですよ。
 例えば月経に関することなどは、そうそう男性に話せることではないでしょうし、共感などは決して得られませんからね」

「お前らの考えていた、ハルヒの俺に対する感情ってのは?
 男女間の、だと? まさか恋愛感情だなんて考えてたわけじゃないだろうな。
 そんなわけがないだろう。あれは恋だの愛だのは精神病の一種と言い切る女だぞ」

「……普段ならばあなたの鈍感さを嘆くところなのですが、今回ばかりは一概には否定できませんね」

今回だけでなく普段から否定する要素はこれっぽっちもないだろう。
大体何だってお前らは俺を鈍感などと言うんだ。

「……まあ、いいでしょう。次に第二にですが、泉さんの影響である場合です」

「こなた? 何でここであいつがでてくるんだ?」

「正直僕はあまり存じ上げないのですが彼女たち、いわゆるオタクと呼ばれる方々の間では
 『女体化』、つまり本来男性であるキャラクターを女性に性転換させて楽しむ
 というジャンルがあるそうでして……いやはや変わったものですね」

さも困っていると言わんばかりに頭をかく素振りをする古泉。
緩んだ口元のせいで楽しんでいるようにしか見えん。

「泉さんがそのジャンルのことを涼宮さんに話したのではないかと。
 それで興味を持った涼宮さんがあなたを女性に変えてしまった、ということです。勿論、あくまで可能性の話ですが」

俺である必要がないだろう。

「いえ、むしろあなただからこそでしょう。
 普段どおりのあなたもいいですが、もしあなたが女性だった場合
 普段やっていることがどのように変化するか。それに興味を持ったのではないでしょうか。
 男もいいけど女もね、というわけです。
 確率として最も高いのはこのケースだと思います。そしてこの場合は涼宮さんが満足すれば元に戻れると思われます」

古泉の説明では結局何故俺なのかが説明できてない気がするのだが……。
というかなんだその正月のカレーみたいな扱いは。

「そして第三に、これは僕自身突拍子もなさ過ぎるとは思うのですが、あなたが元々女性であった場合です」

「はぁ?」

何を言っとるんだこいつは。
馬鹿馬鹿しすぎてコメントすら浮かばんぞ。

「いえ、あくまで可能性の問題ですよ。今まであなたは自身が男性であると思っていた、無論我々もそうです。
 しかし実はあなたは本来女性であり、涼宮さんによって男性の体と記憶を与えられていたとしたら?
 以前涼宮さんの力が弱まってきていると言ったでしょう? それによってあなたが男であるという世界を維持できなくなり
 涼宮さんは望んでいないのにも拘らず、あなたがあるべき姿へ戻ってしまった、とすればどうでしょう」

……。

「当然ながらこれは僕の想像に過ぎません。ですので先ほども言ったとおりあくまで可能性のひとつとして考えて下さい
 今挙げた他にも様々なパターンがあり得ますが……」

古泉はすっかり冷たくなっているであろうコーヒーの入ったコップを呷って立ち上がり、

「そろそろ時間ですね、僕はこれで失礼します。また放課後にお会いしましょう」



古泉のいなくなった後、教室への帰りしなに考えていた。
結局あの野郎は何が言いたかったんだ?
いや分かってる、あいつは単に妄想夢想を蔓延らせただけで真剣に考える必要はないんだ。
俺が元々女? ……ハッ、んなアホな。
そんなことがあってたまるか。俺は間違いなく男だ。
当たり前だ、俺が男じゃなかったら朝比奈さんとのめくるめく……いやいやそうじゃなくてだな。
えーっとつまりだ、俺は俺であって俺でしかない。あれ俺何言ってんだ?
とにかくだ、ハルヒを満足させればいいんだろう? 何をすればいいのかはさっぱり分からんが。

「ちょっとそこのあなた! 待ちなさい!」

唐突に呼び止められたのは思考の混乱していた俺にとってよかったのかどうなのか。
前方に3人組の女生徒たちが横に並んで仁王立ちしていた。
中央の女子が言う。

「そこのあなた、ちょっと止まりなさい!」

既に俺は立ち止まっているのだがそういう突っ込みは無しなんだろうかね。

「うっ、うるさいわね! 大事なことだから2回言ったのよ」

そうなのか。

「そうよ」

で、こいつらは一体何なんだ?
見たところ普通の北高生のようで、顔をみてみても少なくとも俺の記憶にはない。
3人揃って目に敵意のようなものを含んでるから友好的な連中じゃなさそうだ。

「それで、何のようだ」

まあ聞いてみるのが早いか。

「あなた、古泉くんと何話してたのよ」

先ほどと同じく中央の女子が返事をしてきた。どうやらこいつがリーダー格らしい。
古泉だと?

「そうよ! さっき話してたじゃない」

「話してたのは確かだがお前たちに言うようなことじゃないぞ。というか何でそんなことを聞くんだ?」

真ん中の女生徒は「はぁ」とため息をついて、

「だから何度も言ってるじゃない、古泉くんと話すときは私こと古泉くんファン倶楽部会長に断らなきゃいけないって!」

『古泉くんファン倶楽部』だと? あの野郎ファン倶楽部なんてモン持ってやがったのか。忌々しい。
しかし何度も、ってのはどういうことだ? お前たちとは初対面だったと思うんだが。

「なっ! ……毎回毎回『そんな関係じゃない』だとかなんとか言って要請に応じないばかりか今度は忘れたフリをしようってのね!? いい度胸じゃないの!」

フリってわけじゃないんだが……ああそうか、谷口や国木田との関係が変わってなかったから気付かなかったが
男から女になって、交友関係が多少変わっている可能性もあったのか。
しかも女がわざわざ男の教室まで会いに行って、あまつさえあんなところで内緒話してりゃ疑いもするかも知れん。
吐き気がするぜ。
まあとりあえずここは誤魔化しておくか。

「冗談だ」

「冗談? 冗談で済んだら警察は要らないわ、あなたひょっとしてケンカ売ってるの!?」

それにしてもよく叫ぶ奴だ。なんとなくハルヒに似てなくもない気がせんでもない。

「そう怒るな。それと俺は古泉とはそういう関係じゃあないし、そんな気もない」

「またそれ!? あぁーもーっ! いい加減にしなさいよ!」

いい加減に、と言われても俺は初めて言うのだが。

「とにかく! 次からは絶対絶対ぜーったいちゃんというのよ! 言わなかったらひどいんだからね! 今度は本当だからね!」

そういって「フンッ」、と肩をならし興奮冷めやらぬまま去っていき、両隣の連中も会長とやらの後ろに付き従っていった。
後ろの2人はまったく喋らなかったが、あいつら何のために居たんだろうな。
……『今度は本当』か、今までにもアレを何回も言っていたであろう感じがしたのは気のせいか?



教室に戻り、どこに行ってたのかと聞いてくるハルヒ、かがみをあしらっている間に5時間目が始まった。
そして俺は眠りについた。
よく眠っているようだが気にせんでくれ。こんな体になっちまったから肉体にも精神にも疲労がたまってるんだ。



さて放課後だ。
ハルヒは既に教室を飛び出しており、俺も谷口に国木田、日下部、峰岸に別れを告げかがみと共に部室へ向かう。

「ここにしか出番がないなんて……、やっぱり私らここでも背景かよぅ」

「まあまあ、出れたんだからよしとしようよ」

日下部が何か言っていたが……、どういう意味だったんだろうな。

「それでこなたったら――。あいつはホントにまったく――」

かがみと話しながら部室へ向かう。
内容はとりとめもないもので、取り立てて説明するほどでもない。
せいぜい普段よりこなたに対しての愚痴が多かったくらいのものだ。



部室に到着し扉をノックする。
さあ朝比奈さんの愛くるしいお声といつものメイド装備で色々ありすぎて荒んでしまった俺の心を慰めようじゃないか。

「どうぞ」

しかしながら中から聞こえてきた声は、別段聞きたくもない上癪に障る古泉ボイスだった。
朝比奈さんはまだ来てないらしい。残念なことだ。
扉を開け、先にかがみを入らせてから俺も中に入る。

「よう」

中にいたのは古泉、長門、高良、それとつかさにこなた。
朝比奈さんがいないのはともかくハルヒの奴はどうしたんだ? あいつの方が先に出て行ったはずだが。
しかしこいつらも暇なもんだな。たまには用事があって休むなんてことがあってもいいんじゃないか?
というかなんだこの状況は。
女子が俺含め6人に対して男子が古泉1人。これじゃ古泉のハーレムみたいじゃねえか。ちきしょう、いっそのこと古泉も女になっちまえばよかったのに。いやむしろ俺と替われ。

「やー、来たねキョンキョン」

と何故かこなたが俺に抱き着いてきた。
何がしたいのかは分からんが、こなたみたいな妙ちきりんでちんちくりんな奴でも一応女の子なんだからこういうのは慎んでもらいたいものである。

「いいじゃんいいじゃん、"女の子同士"なんだから。ねーキョンキョン」

ん? 妙に意味深な言い回しだが……。
まさかこなたは知っているのか? 俺の異変を。
いや、それはないはずだ。体育の時にはそういった素振りはなかったし、第一長門もこの件に気付いてるのは古泉と朝比奈さん、後は宇宙産のヒューマノイドインターフェースたちだけと言っていた。
よってこいつは何も知らない、はずだ。
俺が思案している間にもこなたは抱きついたままであり、その上俺の胸を両掌で揉みしだいていた。
恥ずかしいしくすぐったいのでやめてもらいたいのだが。
というかせめてちゃんと中に入らせろ。

「こらこなた、キョン嫌がってるじゃないの。やめなさいよ」

丁度そこでかがみからのフォローが入った。
よし、ナイスだかがみ。

「おやおやー? かがみん嫉妬?」

「ぶっ!? そ、そそ、そんなわけないでしょうが、馬鹿なこと言うな!」

「わーい図星図星ー」

「図星じゃない!」

相変わらず仲のいいことだ。気のせいかも知れんが以前よりも更に距離が縮まっているようにも見えるな。
その後何故か遅れていたハルヒと朝比奈さんが来るまで、こなたとかがみの微笑ましいと言える口論は続いていたのだが、
その間ずっとこなたの手は俺の胸を揉み続けていた。何の羞恥プレイだよこれ?



「いやー遅れちゃったわ! ちょっと手間取っちゃって」

何に手間取ったのか。そんなことはまるで聞きたくもないしどうせならこのまま来ない方が平和だったんじゃないかと
ついそんなことを思ってしまうほどのご機嫌オーラを漂わせ、脇に朝比奈さんを引き連れた涼宮ハルヒがやってきた。
来なかったら来なかったで俺はこなたに胸を揉まれ続けることになり、元に戻る方法のヒントを探すことすらできないという
滑稽すぎる状況に甘んじ続けてしまうことになるのだが、この敵陣に突撃する若き日のジャン・ランヌの如きハルヒを見れば
そんなことを考えてしまうのも仕方のないことだろう。
そしてハルヒが何に手間取っていたのか、それを俺が聞かなければならないのも仕方のないことなんだろう。

「何やってたんだ?」

「新しい衣装の調達に演劇部に行ってたのよ。中々貸してくれないから苦労したわ。
 粘ったけど条件なんて付けられちゃったわ。まったくケチな連中よね」

演劇部の方々、まことにご愁傷様である。
しかし新しい衣装だと? また朝比奈さんのコスプレレパートリーが増えるのか。
俺としては非常に喜ばしいことだが、朝比奈さんが少し可哀想だな。

「何言ってんのよキョン、これはアンタの分じゃない」

「は? 俺の?」

「そ、アンタの」

えーと、ハルヒは何て言った? まずは心を落ち着かせてよく考えてみよう。
ハルヒの持っているのは何だ? コスプレ衣装だな。
それは誰が着るものだ? ハルヒによるとどうも俺らしい。
つまり何か、俺はこれからコスプレさせられるのか? ……どうやらそのようだ。

最悪だ。

「ほらキョン、脱いで脱いで!」

ちょ、ちょっと待てハルヒ、やめろ、せめて自分で……
こら何故下着まで、胸を揉むな抓むなやめっ――し、下は――く、あっ――。



……ひどい目にあった。
男としての尊厳を全て削ぎ取られた気分だ。部室で素っ裸にされようとは昨日までは考えもしなかった。
これならこなたに胸を揉まれ続けていたほうがまだマシだったかもしれん。
それにしてもハルヒの奴、まさかあいつの望んでることってこんなことじゃないだろうな。
朝比奈さんや長門にこんなところを見られて、俺は男に戻ってもちゃんと生きていけるのか自信がなくなりそうだ。
ああ、古泉はハルヒが俺に近づいてきたときにちゃんと部室の外に出て行った。
そうでなかったら今頃あいつを大阪湾に沈めに行かねばならんところだ。

「うんうん、よっく似合ってるじゃないっ!」

「何が似合ってるだ、無理やり着せやがって。しかもこれはメイド服じゃないか」

ハルヒに着せられたのは紺を主体にしたメイド服であった。
しかしながら朝比奈さんが普段部室で着ているようなものではなく、
胸のところが不必要に開き、下はミニスカートの煽情的な仕様のものだった。
いつだったかの映画のときに朝比奈さんが着ていたものを想像してくれれば近いだろう。
もういっそ朝比奈さんの着ていたような、ピンク色のもののほうが現実味がなくてまだマシかも知れん。

しかしこれならわざわざ演劇部まで行かなくてもよかったんじゃないのか。

「だってあれはみくるちゃんに合うサイズだもん、アンタが着たらピッチピチよ?
 スカートの中が見えちゃうかも知れないわ。あ、それともその方がよかった?」

そんなわけないだろう。人を露出狂みたいに言うんじゃない。
といってもだからといって代わりがこれじゃあんまりな気がするんだがな。

「いえ、とてもよくお似合いですよ」

古泉、お前は黙ってろ、口を開くな、目を開くな、いつ戻ってきやがった、そのまま消えちまえばよかったのに。

「わぁ、キョンくんとても似合ってます。かわいいですよ」

ありがとうございます朝比奈さん。でも俺みたいなのなんかよりもあなたの方が1無量大数倍はかわいいですよ。

「うーむ、これはこれで中々……、イイネ!」

こなた、そうまじまじと観察するんじゃない、恥ずかしいから。

「えっと、よく似合ってらっしゃいますよ」

高良、精一杯のフォローありがとよ。

「キョンちゃんかわいいねー」

つかさは無邪気だな。そこがいいところなんだが。

「ま、負けた……」

かがみ、何にどう負けたんだ?

「…………」

長門、何かコメントしてくれ。それと俺の胸の部分をじっと見つめるのはやめてくれ。

「……ずるい」

コメントしろとは言ったが何がずるいってんだ何が。

こうしてその後は俺の品評会らしいものになったのだった。また日本が銃社会でないことを感謝する日が来るなんてな。
今目の前にあったら何を差し置いても自分の頭を打ち抜いてしまいそうだ。

「あ、そうそうキョン。アンタその格好で演劇部の方に顔出しなさい」

「はぁ!?」

思わず大きな声が出てしまった。
何ゆえ俺がそんなことをせねばならんのだ。これ以上の恥を重ねろと言うのか?

「演劇部が出してきた条件なのよ、その服を着たアンタをこっちに来させろって。なんか参考にするんだって」

ああ演劇部の部員たちよ、さっきはご愁傷様といったが前言撤回だ。お前らには同情なんぞしてやらん。

「そ、それでハルヒ、それは今じゃなきゃ駄目なのか? できれば後日にしたいんだが……」

「んー。ま、いっか。あいつら期限とかは言ってなかったしそれでいいわ」

よし、これでしばらくの間はなんとかなる。その間になんとしても元に戻らなければ。

「それとキョンはこれから部室ではいつもそれを着ること。いいわねっ?」

いやよくねえよ。
それにSOS団のメイドは朝比奈さん1人で既に間に合ってるだろうが。

「分かってないわねぇ。いいキョン?
 単に同じタイプのメイドが2人いてもつまらないわ。
 同じところに清純なメイドさんと変態なメイドさんが一緒にいるってとこがいいんじゃないの!」

お前の考えることなんかさっぱり分からん。その上話が微妙に噛み合ってねえよ。
それとその変態なメイドってのは俺のことか。

「そうよ。ノーブラノーパンでそんな格好してるんだもん」

この野郎、悪びれもしねえ。これを着せたのも下着を脱がせたのもお前だろうが。
そしてせめてパンツぐらいはかせろ。すーすーするし少し寒い。

「駄目よ。はいてないから意味があるんじゃない」

……この恨みはいつかきっちり返してやる。

「ほう、ノーブラノーパンですか……」

うるせえ変態野郎、オホーツク海でも泳いでろ。

「おっぱい! おっぱい!」

こなた、やかましいぞ。

「……おっぱい。おっぱい」

長門よ、こなたの真似なんかしちゃいけません。アホが移る。

「ひどっ! キョンキョンそれはひどいよ!」



結局今日の部活はそれで終了し、帰宅することとなった。
着替えの際、他の皆は服を着ているのに俺だけ全裸と言うのはとてつもなく惨めだった。
メイド服を脱ぐ前に先にスカートの下からパンツだけでもはこうとしたが、ハルヒに止められ、
「服を全部脱ぐまでは下着は付けちゃ駄目。メイド服に着替えるときも一緒よ、先に全部脱いでから着替えなさい。
 ちなみにちゃんとしなかったらその日、帰るときだったら次の日ね、はずっと裸で過ごしてもらうからねっ!」
ということになったためだ。ハルヒめ、そんなに俺を殺したいのか。

「ふふ、あなたも災難ですね」

帰り道。俺はいつも通りハルヒたちの後ろに引っ付いて古泉と話していた。
俺はこいつと話すような気分ではなかったが、今はハルヒたちと話すのも気が向かず、仕方なくだ。

「うるせえ死なすぞ」

「おや、これは申し訳ありません。ですが僕にはどうしようもありませんからね」

抗議するとかあったろう。理由は目の毒だからとでも言えばいい。

「それを涼宮さんが聞くと?」

……くそ。
確かにハルヒは抗議なんぞ聞きやしないだろう。右から左に馬耳東風だ。
ふと、そういえば忘れていたことがあった。

「古泉、お前こなたに何か話したか?」

「何か……とは何でしょう」

「いや、妙に意味深なことを言ってたんで気になってな。
 あいつは今回の、俺が女になっちまったってのは知らないはずだよな」

「ええ、そのはずです。僕も長門さんからお聞きしただけですが。
 長門さんなら何か知っておられるんじゃないでしょうか」

「そうか。それじゃあその内長門に聞いてみるか」

その会話はそこで終了し、あとはお互い黙っていた。
長門には機会があったときにでも聞けばいいだろう。大して急ぐことでもないしな。






そして解散。家に到る。
まだ夕飯まで多少の時間があり、妹が呼びに来るまでの間俺はベッドに腰を下ろし考えていた。
果たして俺は元に戻れるのか。
ハルヒはどうして俺をこんな姿にしたのか。何を望んでいるのか。
今日1日過ごして、結局ハルヒの望みも何故こんなことになったのかも分からなかった。
分かったのは刻一刻と俺の状況が悪くなっていってることだけだ……。
女になったと思えばコスプレまでさせられ、しかも下着の着用禁止と来たもんだ。
このままじゃその内普段から下着禁止なんてことになりそうだ。
何であれ……急がないとな。

「ごっはんごはんごっはんっだよー」

どうやら飯の準備ができたらしい。いつものように自作のご飯のテーマを歌う妹の声が聞こえてきた。
さて、行くとするか。

ちょっと待てよ? そういえばすっかり忘れていたが、演劇部に行かなきゃならないんだったな。
ひょっとしてその時も下着を身に着けてはいけないのか?
まさかいくらハルヒでもそんなことは言い出さないと思うが……、もしそうなら最悪どころの話じゃない。
……最悪長門にどうにかしてもらうのは無しなんだろうか。
それにしても俺よ、いつの間にか完全にハルヒのおもちゃになってないか?

「キョンキョーン、ごはんだよー?」

部屋のドアをノックもせずに開け、妹が俺を呼ぶ。

「ああ、今行く」

やれやれ、こんな日はとっとと飯を食って寝てしまうに限る。
朝起きたら元に戻ってました、なんてことを期待しながら、な――。






作品の感想はこちらにどうぞ

タグ:

キョン TS 多人数
+ タグ編集
  • タグ:
  • キョン
  • TS
  • 多人数
最終更新:2008年09月08日 21:01
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。