「―――つかれた」
ふと、漏らしたためいきと一緒にそんな言葉が出てきた。
ひとりでいる時間が今まで苦痛に感じたことは無かった。
けれどそれは単に孤独だということと等記号で結ばれはしない。
友人。
そう、友人が周りにいてくれたからだ。
今の私に、そばに友人の姿は無い。
毎日が楽しかった学校。それがこんなにも息苦しく、辛いものだとは想像すらしたこともなかった。
「ハルにゃんは…平気だったのかな?」
騒然とした様子の朝のHR前。
まるで自分の周囲だけが静かで、エアポケットのようになっていた。
人づてに聞いただけのあの、傲岸不遜が服を着たようなあの人の過去を少し想像する。
「でも…今じゃもう耐えられないだろうなぁ」
非常に長く少しもてあまし気味でもある自分の髪が、机に伏せた折に私の視界を遮った。
いつもなら煩わしくかきあげて後ろに流すのだが今はそんな気力すらない。
ああもう―――疲れた。
独りでいることってこんなに辛いんだ。初めて知った。
「で、何か新しい発見は?」
「何もありませんね」
放課後の部室。
見慣れた顔が揃って特に進捗のない状況について頭を悩ませていた。
「犯人の手がかりは被害者に送られるメールだけですし、その内容が被害者自身の不祥事ですから人に見せようともしないでしょう」
「それに、被害者が誰だかはっきりしてるのは数人だけだろ?他に何人いるかもわからないときている…」
全員が頭を悩ませても、頭を使ってるのは俺と古泉の二人だけだったりするのだが。
「SOS団が公然と捜査してると言えないのも少し痛いですね」
「"K"に警戒されちゃ元も子も…」
「冗談なんて言ってる場合?」
横合いから明らかな不機嫌さを押し出した声が投げられた。
Kを"けい"かい……ああ成程。たしかにつまらん冗談にも聞こえないこともないな。
団長専用の少しばかり座り心地のよさそうなイスにふんぞりながらこちらを睨みつけるのは我等が団長であるハルヒ。
「まったく、これがSOS団の限りある人材の一人だと思うと頭が痛いわ…」
俺も頭が痛い。
「それにしても最近はあまり表だった動きも無いようだし。…まったく、つまらないったらありはしないわ」
「その件ですが」
そこにハルヒの言うところの頭を痛ませない人材であろう古泉がなにやら口をはさんだ。
「やはり生徒側も何も考えてないわけではないらしいですよ。最近動きが無いのはこれのおかげだと思われます」
そう言うと、懐から何かを取り出す。
「携帯がどうしたの?古泉くん」
「犯人がどのように生徒たちのアドレスを知ったのかは不明ですが、一気に内容をすべて更新するのは不可能でしょう」
取りだした携帯をカチカチと操作する古泉。
何かを見せたいらしいが、お前は行動も話し方も回りくどすぎる。
「つまり、生徒たちのここ最近の急激なメールアドレスの変更に伴って犯人は身動きが取れなくなった。という推測です」
「さすが古泉くんね。どこかの無駄飯食らいなバカキョンと違って見事な推理だわ」
……。
すごく言い返したい気分だがガマンだ。
世界平和の為にガマンをするんだ俺。
しかし、さすが古泉だ。すさまじく核心をついている。
確かに今一番頭を悩ませているのは、ほぼ全てのメールアドレスが変わってしまったのでほぼ手駒を無くしてしまった状態なのだ。
ほぼ、というのは俺自身が知っている相手だけ(だいたい自分のクラス分と何人かのつきあい)は今でも効果があるということである。
しかしこれからそいつらだけを利用するようになったら特定される危険性は倍増という話どころでは無いだろう。
「安心はできませんが、これで焦った犯人が犯人の友人だけを利用するようになれば特定も不可能ではありません」
…いっそ清々しいほどにこちらの内情を把握してやがる。
「ただ、このまま事件が収束してしまったら犯人を取り逃がすことになりますね」
「そうね…確率は五分五分ってところかしら?」
「いや、俺は7:3ぐらいで続くと思うぞ」
「…どうしてそう思うか聞かせてもらおうかしら」
「ここでさっさと切りあげるような奴だったら、最初からやらないと思うぞ。だが騒ぎを起こしてみたいだけだったらやっぱやめるかもしれない……あれ?」
なにかうまいことを言おうとしたが見事に失敗した。
ほのかに期待するような眼で見ていたハルヒはすぐさま落胆した目つきになってその目を伏せた。
「キョンに期待した私がバカだったわ…」
そこまで哀れか。
人を憐れむ目から逃げるように(実際逃げた訳だが)部室を後にした。
一応ながら建前として、聞きこみとも言ってはおいたが特に聞きこむことも無い。
今は確かに身動きが取り辛い。
しかしあくまで『取れない』のではなく『取り辛い』、だ。
思い返せばあの放送室での一件は影響が大きすぎた。
間違いなく俺の、"K"という存在を知らせるには十分すぎた。
だが大きすぎたために自警手段を与えてしまったのも間違いない。
そして。
そう、『そして』だ。
そしてここが分水嶺で、ここで勝つか負けるがが決まるのだ。
鍵はいくつかあるがそれがいつ俺の下に届くのかはまだ未定。
だから今は待つことが最重要だ。
そして時間を潰すために向かった自販機。
そこに泉こなたが居た。
「あ、キョンキョン……ごめん」