世界は、灰色に包まれていた。
それだけで俺は、ここが閉鎖空間なのだと直感する。古泉の言っていた「肌でわかる」とはこういうことか。
この空間あちこちで光のうねりが生まれ、青色の巨人が次々と立ち上がっていた。
それを尻目に、俺は寝転がっていた。道路のど真ん中に。
「先生!」
寝転がったまま、首だけを声のする方に向けると、新生SOS団の名だたる面々が。
「このままだと世界が危ないよ!」
力強く主張する泉を筆頭に、次々と頷く少年少女たち。それだけしかしない。
そうか、彼らは神人と戦えないのだった。唯一その力を持つ者は、彼らとは反対方向から俺に歩み寄り、
「先生、私ね、変身できるようになったよ!」
赤い光に包まれた柊妹は、早着替えを披露した。これが一部で噂の魔法少女というものか。
猫の頭に尻尾だけついたような「にゃもー」とか鳴いている謎の生物を肩に乗せ、柊妹は空へと舞い上がる。
俺はそれらの奇跡を目の当たりにしながら、起き上がる気力がなかったので再び後頭部を地につけた。
翌朝、俺は三十九度という高熱にうかされていた。
いくら熱を出したとはいえ、なんとタイムリーで縁起の悪い夢を見たものだろう。変身て。
体温計に示される数字に若干引きつつ、脳裏に残る蛆の湧いたかのような妄想にサヨナラした。
「しかし、なぜこの時期に風邪なんか……」
そういえば昨晩、確かに微かな眩暈を感じていた。知恵熱だと放っておいたのだが、甘く見ていたらしい。
風呂上りに外出したのもいけなかったか。騙されたり、風邪引いたり、踏んだり蹴ったりだ。
学校に電話で病欠の旨を告げて、覚束ない足取りで布団に戻る。
自分の動作が酷くスローに感じられる。まるで、少年漫画のワンシーンような錯覚。
「くそっ……感覚に体がついていかない、これが俺の、覚醒した力……ッ!」
部屋は、とても静かであった。
「…………」
学生時代だって風をひいて、自宅に一人で篭ることはあった。だが、待っていれば必ず家族が帰ってきた。
今は、ここに帰る者は俺しかいない。破られることのない静寂。
――風邪を引くことがこんなに寂寞を感じさせるものだとは。
「このまま一人で死んでいくんだな……」
冗談のつもりだったが、笑えないことのように思えてきた。
とりあえず飯を、と思い立ったのはいいが、一体何を食えばいいのだろう。
風邪といえばおかゆだが、俺はレシピなど知らない。得意料理はカップラーメンです。
……て、カップラーメンは明らかに体に悪いよな。
「このまま一人で死んでいくんだな……」
さっきも同じことを呟いたが、切実さは段違いだ。この先生き残れるかの瀬戸際である。
なんとかせねばと一念発起するも、だるいのはどうしようもない。
どうしようもないので、俺は意識を失うことにした。
「――キョン先生」
呼ばれたので、かすれ声で返事しつつ目蓋を開けると、ツリ目と視線が合った。
ツリ目でショートヘアの女性だった。何だか、見覚えのあるようなないような、不思議な気持ちになる。
視覚情報を頼りにすれば、俺の知っている中で最も見た目の近い女性は、
「……柊、かがみ?」
言い切るより、そんなバカなと思う方が早かった。どう見ても高校生ではない。
「もしかして、柊いのりさん?」
昨日知ったことだが、あの双子には姉が二人いた。柊かがみにそっくりな方は、そんな名前だったはずだ。
微笑んだところを見ると、間違いではないと思う。笑い方が曖昧だったのは少し引っかかるが。
「何も食べてないんですよね? 今、おかゆ作りますから待っててください」
はて。昨日は柊姉妹を自宅まで送り届けたときに二言三言交わしたが、親しくなったというわけではない。
それなのに、いきなり部屋に上がって、なおかつ手料理まで振舞ってくれるとは、どういうことか?
「少なめにしておきました。この後のこともあるし」
そうこう考えているうちに、おかゆが完成してしまった。どうも今日は時間の流れが早い。
いや、熱でぼーっとしているから頭が回らないだけか。
「美味しいですか?」
「ええ、とても」
「私にだって、これくらいのことはできるんですからね」
その挑発的な言葉に引っかかりを覚えながらも、俺は誰かの作ったおかゆを食べられる幸せを噛み締めるのに忙しかった。
忙しすぎて、食べ終わるまでの記憶がほとんどないほどだ。何か言葉を交わした気もするが、覚えているのは、
「困ったときは、うちの神社に来てください。花があるから、悩みを聞いてもらうといいですよ」
どこかで見たようなコマーシャルを彷彿とさせるアドバイス。花の種類も尋ねたが、答えは忘れた。
「じゃあ、お大事に」
それだけ伝えると、いのりさんは出て行った。することのなくなった俺は静寂の中で再び目蓋を閉じた。
「――キョン先生」
呼ばれたので、かすれ声で返事しつつ目蓋を開けると、ツリ目と視線があった。
「……いのりさん?」
「違います、柊かがみです」
目を凝らしてみれば、制服も着ているし髪も長い、確かに柊かがみであった。
その後ろには、柊つかさ、高良みゆき。俺が昨晩に選抜したメンバーだ。
「お見舞いに来ました」
これが普通の教師と生徒なら涙、涙の感動的な逸話となるのだが。
昨日限りで「普通」の域を脱してしまったことが非常に悔やまれる。
「さあ、話を聞かせてもらいましょうか」
いやにノリノリな柊姉が、仁王立ちでにやりと笑った。
かくして、門外不出を心に決めていた俺の高校時代は、三人の高校生に流出してしまった。
俺がどういう形で涼宮ハルヒの冒険譚を語ったのか、それを事細かに語るのはまたの機会ということにしておこう。
向き合わなければならないのは、過去でなく、今だ。
「――さて、俺の代のSOS団についての話は終わった。次は、お前たちの代についてだ」
後輩どもを見回して表情を窺う。みゆきと、本来一般人のはずの柊姉は、どこか決心を固めたような顔をしている。
むしろ当事者のはずの柊妹がいつもと変わらずほわほわなのが心配になったくらいだ。
まずは、宇宙人について。
「初めまして、高良みゆきと申します」
『うん、知ってる』
エクトプラズムに丁重なご挨拶、それを囲って見守る仲間たち。そこそこにシュールな光景だ。
『わたしは朝倉涼子。有り体に言うと宇宙人です。キョンくんにはお世話になりました、いろんな意味で』
「そうでしたか。こちらこそお世話に――」
お前は俺の身内か、とツッコミそうになったが本当に身内だった。似なさ過ぎて当事者も間違いそうになる。
みゆきに朝倉のことを伝えるのは、この期に及んでも躊躇した懸案事項だ。
言うなれば侵略を受けているようなものだからな。異常は異常でも、自己制御できる柊妹とはわけが違う。
「黒井先生のお見舞いに行ったとき、助けてくれたのも朝倉さんなの?」
『うん、そう』
積極的に、それこそ最も向かい合うべきみゆきよりも興味津々に見える柊姉。
いざとなったらノリが良くなるところは、ついつい親近感を覚えてしまう。
『そんなことよりさ、キョンくん、いい加減にわたしが自由になれる方法考えてよ』
「みゆきに知らせたから、意識的にお前を排出しやすくなる。一歩前進だ」
『……ひとを余分なものみたいに』
助けてもらったのは事実だが、普通の人間にとってはそれ以外の何者でもないだろう。
『だから、みゆきちゃんは普通とはちょっと違うのよ。わたしだって情報として吸収されたんだもん』
「し、失礼いたしましたっ」
「いや、みゆきが謝ることはない。わざとじゃないんだから」
『そうかしら? 無意識レベルで、わたしをキョンくんから引き離そうとしたのかもよ?』
何だそりゃ、どういう意味だ。
『この子、キョンくんに他の女がまとわりついてるのが我慢で』
そこまで言いかけて、いやそれよりも早く、朝倉の連結は解かれ砂となってみゆきの中に戻っていった。
「…………」
沈黙が場を支配する。今のは、自分の意思とか時間切れとかでもなく、強制的に戻されたように見えた。
「キョンさん、次のお話をお願いします」
真相は闇の中である。
次に、超能力者について。
「最初はね、夢だと思ってたんだ」
ほわほわとした様子で、柊つかさは語り始める。
「授業中にうとうとしてたら、いつの間にか周りの人がいなくなっちゃってたから」
教師の立場を貫くなら授業中に寝るとは何事かと注意をすべきだが、この場は黙って話しの続きを促す。
「そしたら、空が灰色で。何だか怖くなったからその場でじっとしてたの。そのうちに戻ってきちゃった」
しばらくすると、出入りするときのスイッチ的な役割を果たすのが意識の切り替えであることに気づき、
それからは自由に能力を使えるようになったとか。大した順応力である。この柊妹、意外に大物かもしれん。
「そ、そうかな?」
それはともかく、柊つかさの体験談において、心に留めておくべきことは一つ。
この度に発生している閉鎖空間は、かなりの時間をかけて出来た大規模なものであるらしいこと。
大して移動もせず、意識を切り替えただけで侵入できたというのが一番の証拠だ。
ほとんど現実と重なりあっていると見ていいだろう。それこそ、すぐに取って代われるような。
そのイメージから、俺は佐々木の閉鎖空間を思い出していた。
長い年月の間、鎮座していた白い空間は、灰色に変わり、世界を押し潰そうとした。
その原因を作ったのは、不本意極まりないが、俺だ。
「今度の閉鎖空間の主が、ガス抜きが下手な奴でないことを祈るばかりだな」
その主は、俺の目の届く範囲にいるはずだ。
運命という言葉は好きじゃない。だから俺は、それを必然と呼ぶ。
――仕組んだ奴がいるなら、何も不自然な表現じゃないだろう?
最後に、未来人について。
宇宙枠は、朝倉涼子の依代となってしまった高良みゆき。
超能力枠は、意外に正統派な手順で覚醒した柊つかさ。
「だが、未来人はこの場にいないし、他でもお目にかかっていない」
「それじゃあ、未来人を探せばいいの?」
あっけらかんと言ってのける柊妹である。
「何がどうなってその結論に達したんだ?」
「だって、何かパズルの残りピースが一つだけ欠けてるみたいで気持ち悪いかなー、なんて」
何じゃそりゃと口では言いつつも、俺も探せばきっと見つかるだろうと思っていた。
こうなった以上、未来人が出てこなければ約束を破られたような気分になる。
「そういうものなんでしょうか?」
「俺が高校生のころは、まかり通っていた理屈だ。今ではどうだか知らん」
それが通るのと通らないのとどちらの方が幸せなのか、俺には甲乙つけがたい。
ミーティングの後、連中はおかゆを作ってくれた。
主に調理場に立っていたのは柊妹とみゆきで、柊姉は所在なさげにしていた。
「……料理が苦手なんて女らしくない、とでも?」
「誰もそんなことは言ってない」
「それにしてもおかゆが作れないのは正直ないわとか思ってますよね?」
「思ってないから。必要最低限の料理ができるだけで十分尊敬の対象だ」
実はおかゆは本日二度目とはさすがに言えなかったが、いのりさんが少なめに作ってくれて助かった。
できたてのおかゆをすすりながら、俺を囲む団員たちに、本日もう一つの本題を投げかける。
「泉と白石に、この話をしても大丈夫だと思うか?」
みゆきには朝倉の存在を伝え、柊姉妹にも謎の空間の正体を明らかにした。
俺としては、生徒と共に考える覚悟はできている。問題は、未だ正体が明らかでない彼女らだ。
名前だけでもSOS団の団員である以上、何か裏がある……考えすぎとは思わない。
「……先生はどう思ってるんです?」
「秘密にしておきたい」
奴らの正体が何であれ、スタンスが分からない以上は下手にこちら側に触れさせたくない。
これは、人のメンタル面に通じるとてもデリケートな問題だ。石橋を叩いて渡らないくらいでちょうどいい。
みゆきと柊姉からは反論はなかったが、柊妹だけは納得のいかない顔をしていた。
「何だか、仲間外れにしてるみたい」
「そういう問題じゃないのよ、つかさ」
いや、そうとも言い切れない。
卒業式の夜、ハルヒに三年間守り通してきた秘密を俺が喋ってしまったのも、その罪悪感からだった。
可愛げのないガキだった俺ですらそうだったのだから、柊つかさにとってはより重大な問題なのだろう。だが、
「秘密、だなんて思わなけりゃいい。訊かれたこと以外教えないのは普通だろ?」
全面的な賛成は得られなかったが、ここは多数決に従うということで場を収めてもらった。
数の暴力に頼らざるを得なかったのは、俺の不徳とするところである。以後、精進したい。
食器の片付けが終わり、極秘ミーティングはお開きとなった。
見送りながら、帰り際になって柊姉妹に伝えておくべきことがあったのを思い出した。
「あ、そうそう。いのりさんによろしく伝えておいてくれ」
「え?」
「看病しに来てくれたんだ」
「……どうして?」
どうして、と言われても、俺の方が言いたい気分だ。
「まあ……とりあえず、伝えておきます」
腑に落ちない、といった表情を隠そうともしない柊姉。
対する柊妹は、さっきまでの煮え切らない様子が嘘のように活き活きとして、
「いのりお姉ちゃん、キョン先生のこと好きになっちゃったとか?」
「あるわけないわよ」
本人の前でばっさり断定して、彼女たちは去っていった。一目ぼれされて何が悪い。
「昨日はお楽しみだったようだな」
「そんなわけないでしょう。ずっと寝てましたよ」
出勤早々、出会い頭にローキックをかましてきた桜庭教諭に涙目で抗議する。理不尽な。
一時は三十九度を越えた熱は、一晩明かすとすっかり引いていた。人間の生命力も捨てたものじゃない。
「自宅に女子高生を三人もはべらせて、督促いかなかったとでも?」
「そういう言い方はよしてください、本当に首が危なくなりますから」
いつにも増して横柄な桜庭教諭のもとから命からがら逃げ出して、黒井教諭に助けを求める。
あの、今日の桜庭先生、なんだか機嫌悪くないですか?
「昨日は退屈そうにしとったからなあ。その憂さ晴らしとちゃう?」
「……俺はサンドバッグですか」
「ええな、それ。今度から嫌なことがあったらキョン先生をいじることにするわ」
勘弁していただきたい。黒井教諭は「冗談や」と気風良く笑ったが、全く安全というものを感じられないのは何故だろう。
さすがに社会人なのだから、風邪を引いたぐらいで心配されるのは気恥ずかしいが、この扱いもあんまりだ。
やっぱり、仕事は休むものじゃないな。
待ちに待った昼休み。桜庭教諭と黒井教諭の魔の手から逃れられる時間の到来である。
今日はみゆきから弁当を作れないと予告を受けていたので、俺は迅速に食堂へと移動した。
そこで、一人で弁当をつついている柊つかさと出くわすのであった。
「今日は一人か」と、ごく自然に同席する俺。特別なつながりを持つと多少遠慮が薄れるものだ。怪しい意味ではない。
俺としては、食堂で何も買わずに弁当を食べるのも居心地が悪いだろうと思い、助け舟を出したつもりだ。
「いつもはみんなとお昼を食べてるけど、私、隠し事が下手だから」
「それでか」
おそらく自主的に席を外したのだろう。脳天気に見えて、思いつめる癖のある少女。
柊妹のみと話すのは初めてだと思う。彼女の傍にはいつも姉や友人がいたり、白石少年がついていた。
前者は柊妹の危うさを周囲が無意識に放っておけなくなるからだろうが、後者は――
「SOS団結成の数合わせのとき、どうして白石を連れてきたんだ?」
柊妹は一旦手を休め、眉を顰めて小さく唸るといったいかにも「考え中」のポーズをとる。
それらの動作にわざとらしさがまったく感じられないというのは、すごい才能なのかもしれない。
「理由はないけど……なんだかこう、グッときた! って感じがしたから、かな」
グッとでガッツポーズするのが可愛らしかったので、「グッとか」「うん、グッと」ともう一度やらせてしまった。
「先生は、白石くんも何か変な力があるんじゃないかって思ってるんだよね?」
「……あくまで、そういうこともあるって程度には」
「じゃあさ、」
このときの俺の懸念は、未だ扱いに困っている泉と白石少年に集中していた。
その姿勢は甘かったと言わざるを得ない。既に能力が判明している者には、説明しただけで満足していたのだから。
「私が白石くんを選んだのも、その変な力のせいなのかな」
彼女は、ハルヒを巡る裏の世界に関わった人間が皆抱く疑心暗鬼にかられているのだった。
長門は「そういうふうに」造られていたし、朝比奈さんも全てを承諾の上で任務に当たっていた。
元凡人・古泉も、様々な紆余曲折があったことを仄めかしていたが、結局は割り切ってSOS団に参加していた。
柊つかさは、俺が知らないころの古泉と同じ問題を内に抱えている。その少女と、俺は今向き合っている。
「先生、私って、変なのかな?」
どう答えればいいのか、俺はその術を持ち合わせてはいなかった。
高校時代に顔を合わせた超能力者たちは、自分の存在に疑問を持っているそぶりなどなかった。
おそらく、機関で過ごしていたころに通った道なのだろう。答えを出したから外に出られた。
だが、目の前にいる、この少女は。
「……変じゃない、と言ったら、嘘になるな」
謎の空間に侵入できる謎の能力を持っていることを、普通と言い切れるはずがない。言ったとしても気休めだ。
「だけど、お前に変な力があるのはお前のせいじゃない」
しまった……これじゃ暗に「恨むなら力を与えた奴を恨め」と言っているようなものじゃないか。
「というより――いいか柊、すべての事象には理由がある」
「理由?」
「この先、お前の変な力が役に立つときが必ず来る。だから、今は気にするな」
もっと気の利いたことは言えないものか――この職に就いてから、事あるごとにそう思うようになった。
就職の本音が「なんとなく」だというのに、一端の教師になろうと思い始めている自分に驚きを隠せない。
「それに、グッとくるのは、別におかしなことじゃない」
「そうなの?」
「ああ、柊ぐらいの年頃にはよくあることさ」
直感による人選なんて、うちの団長が最も得意にしていたことだ。
いや、出会いなんてそんなもんかもしれない。誰が何と言おうと、俺がハルヒと出会ったのは偶然だった。
全て決められた必然より、自分で選び取った偶然。どっちの方がグッとくる?
「そういえば、いのりお姉ちゃんは知らないって言ってましたよ」
知らないって、何を。
「先生の看病なんかしてないって。照れてるのかな?」
「……え?」
それは、いったいどういうことだ?
さらに柊妹は頭上に電球を光らせんばかりの表情で、
「もしかして、キョン先生の夢だったのかも。夢に出るほどいのりお姉ちゃんが好」
「それはない」
本人の前でばっさり斬る柊姉、本人はいないが実の妹の前でばっさり斬る俺。どっちもどっちだな。
そっかー、と残念と無関心の入り混じったような相槌。女子って、なぜかこういうの得意だよな。
昼食を食べ終わった時点で柊妹とは別れたが、いのりさんの矛盾は解消できず残った。
俺は昨日いのりさんの言っていた花の名前がどうしても気にかかり、思い出そうと頭を捻って一日を過ごすことになった。