『サプライズ』

「キョンさん。ちょっといいでしょうか?」
 授業と授業との間の休み時間。俺はいつもこの時間帯は寝て過ごそうと思っているのだが、後ろから呼ばれたため仕方がなく振り向く
 後ろには高良がいた
「なんだ?」
 授業でも寝ていたにも限らずまだ眠い
 寝すぎると逆に眠たくなる事って、たまにあると思う
「いえ、実はみなみちゃんのことなんですが……」
 みなみ?……ああ、岩崎の事か。岩崎がどうしたんだ?
「みなみちゃん、もうすぐ誕生日なんですよ。それで、私の家で誕生日会をしようと思いまして」
 そうなのか、それはおめでたい。で、俺と何の関係があるんだ?
「その誕生日会に出席して欲しいんですよ」
 俺が誕生日会に?ちなみに聞くが、他は誰が来るんだ?
「私に泉さんにかがみさん、つかささん。それから、小早川さん、田村さんにパトリシアさんです」
 そんな女性ばかりの場に俺が居合わせるのは野暮ってものじゃないのか?
「そうかもしれませんが……みなみちゃんのためだと思って、お願いします」
 高良は俺のほうをじっと見て強く頼み込む
 そんな目で見ないでくれ、俺は押しに弱いんだ


 九月の十二日
 俺は高良の押しに対し一度は断ったのだが、次の休み時間には高良と小早川と言う、珍しい組み合わせで俺のところに頼み込みに来た
 流石に二人がかりで頼み込まれ、ひたすらに拒否をしているとクラスの視線も冷たくなっていき、とうとう耐え切れず俺は渋々了承した
 それにしても、何でそこまで必死に頼み込むんだろうか
 ただ、こっちにも条件をつけさせてもらった
「ところで、プレゼントはどうしましょうか?」
 俺の隣でそう尋ねてくる男、古泉を一緒に連れて行くといった条件だ
 男一人で女だらけの誕生日会行くのは本能寺の変を明智光秀ただ一人で行うようなほど無謀なものなので、古泉を連れて行くのは明智が部下を連れて信長を倒しにいくようなものだ
「僕はあなたの部下ですか?」
 俺は明智じゃないからお前も部下じゃねえよ。あと、顔が近い
「それならいいんですが。さっきも言いましたが、プレゼントはどうしましょうか?」
 そうだな、岩崎の好きそうなものなんてよく分からないからな。とりあえずはデパートに来たが、どうしたものか
「岩崎さんは“カワイイ”と言うより“カッコイイ”といった感じの女性ですからね。アクセサリーとか好きそうじゃないでしょうか?」
 どうだろうか、岩崎は私服でアクセサリーをつけてるのを見た事がないからな
 それに“カワイイ”より“カッコイイ”か。俺には可愛く見えるが、俺の目はおかしいのだろうか?
「そうですか。悩みどころですね……」
 そう言うと古泉はデパートを隈なく詮索しにいった
 俺はと言うと古泉にはああ言ったが既にある程度買うものを決めていたので売り場へと直行した

 会計を済ませ、古泉が戻ってくるのを待つ
 暫くすると、俺のポケットが震えだす
 携帯を取り出すと、相手は古泉からのようで、俺は携帯の通話ボタンを押す
「閉鎖空間が発生しました」
 第一声がそれか
「すいません。急いでいるもので、申し訳ありませんが今日の誕生日会には出席できませんので」
 お、おい待てよ。なら俺一人になるじゃないか
「はい。時間がありませんので、これで。成功をお祈りしてます」
 そう言うと古泉の方から電話を切った
 また今度飯でも奢らせてやる
 結局、明智一人で信長を倒しにいく羽目になってしまった。こうなったらさっさと済ませてなるべく早くお暇させてもらおう
 女八人に男一人は流石に居たたまれない気持ちになるからな
 最後の成功を祈るってなんだったのだろうか

 高良の家の最寄の駅に降りる
 ここからは少し慎重に行動しないといけない
 岩崎を驚かすため、岩崎に見つかったら元も子もないからな
 無事、岩崎に会わずに高良の家に入ることが出来た
 高良の家では既に俺以外の全員がきており、皆誕生日会の準備を進めていた
 俺はみんなに古泉が来ないことを告げると
「フッフーン、やっぱり古泉くんは空気を呼んでくれたんだネ」
 と泉は言った
 それはどういう意味だ泉。それなら、俺も場違いだろうに
「まぁまぁ、それより準備を進めようヨ」
 と言われたので俺も作業をすることとなった

 金持ち主催のパーティとはやはり豪勢になるものだ。とつくづく思う
 机の上にはフランス料理のフルコースのようなものが並べられ、ワイングラスまで添えられている。飲むのはジュースだが
 さっき高良の母親が持っていたケーキもここにいる全員でも食べきれるかどうかと言うほど大きなワンホールケーキで中心には堂々と「みなみちゃんお誕生日おめでとう」と書かれていた
 部屋の飾りもしっかりとされており、クラッカーも準備し、あとは当の本人が来るのを待つだけなのだが……

「大変です!」
 岩崎を呼びにいった高良が慌てた形相で戻ってきた
 高良曰く、犬の散歩に行ったきり帰ってこないらしい
 それだけなら帰ってくるのを待てば良いのだが、どうやらこんなに遅いことは珍しいらしく、ましてや日が沈んでいる今は尚危ない
 と言うわけで俺が岩崎と犬を捜索する事とした
 何で俺だけかって?そりゃ、他の女子がいないと思うが不審者なんかに出くわしたら危ないからな

 高良に教えてもらった岩崎の散歩ルートを逆走する
 すると岩崎は以外に簡単に見つかった
 散歩ルートから少し逸れた場所にある公園にブランコを少しだけ揺らしながら座っていた
「岩崎!」と言いながら岩崎の方へと歩み寄る
 岩崎は俺に気づくと逃げるようにブランコを降り犬を連れて走っていった
 俺も必死に岩崎を追いかける
 しかし、岩崎も中々運動神経が良く俺が必死に追いかけても余りその差は縮まらない
 これだと追いかけるだけ無駄か、と思っていると
 ズテッ、と岩崎が石に躓き転んだ
 その好機を俺は逃さず岩崎へと追いつく
「おい、どうして逃げるんだ」
 岩崎の顔を見ると、先程まで泣いていたのか目が赤くなっているのがわかる
「何で泣いてるんだ?」
 と聞くと岩崎はさっきまで閉じていた口を開いた
「……先輩のせいですよ」
 俺のせい?

 とりあえず俺は高良の家に岩崎が見つかったことを報告した後、二人でベンチへと腰をかけた
 俺は岩崎に何もした覚えはないのだが、とにかく俺が岩崎を泣かした理由を聞き出すためだ
「で、俺はいつ岩崎に泣かれるような事をしたのか教えてくれ」
「散歩をしていたら、先輩がいたんです」
 ん?俺は誰にも見られてなかったつもりだったのだが……と言うより、何故それが岩崎の泣きにつながるんだ?
「……やっぱり、鈍感なんですね」
 おい、やっぱりってどういうことだ。それに俺は鈍感なつもりはないぞ
「そこが鈍感なんですよ」

 俺は自分が鈍感ではないと否定を心の内でしていると岩崎は話を続けた
「……私が、何故先輩がみゆきさんの家に行ったのを見て泣いたのだと思いますか?」
 それはサンタクロースを信じていた子供がクリスマスの深夜に目が覚めたらお母さんがプレゼントを置いていたのを見たのと同じで、サプライズパーティを知ってしまい、サプライズじゃなくなったからじゃないのか?
「そうだったんですか……」
 どうやら岩崎はサプライズパーティが行われることを知って泣いたわけではないらしく、少し驚いた表情でこっちを見た
 確かに、それだけで泣くとはどれ程までにそのパーティを楽しみにしていたのだろうかと思ってしまう
 俺が答えをあぐねていると岩崎は言った
「私はパーティの存在を知って泣いてたわけではありません。さっきパーティの事を聞いて知りたくなかった、とは思いましたけど」
「だったら、何でそんなに目が赤くなるまで泣いてたんだ?」
「……先輩とみゆきさんは付き合ってますか?」
 ない。断じてない
「そうですか……。なら、今から原因を言います」
 そう言って岩崎はおもむろに話し始めた

「先輩がみゆきさんの家に入ったのを見て泣いたのは事実ですが、理由は別です」
「その理由を教えてもらえるとありがたいんだが」
 言いたくない理由なのだろうか、岩崎は黙りこくった
 ただ俺としても理由を知らないことには改善はできないため、聞いておきたいものである
「……それは、あなたとみゆきさんが付き合ってるのかと思ったからです」
 はい?
「つまり、失恋したと思ったからです」
 いまいち言ってる意味は分からないが、俺に対して失恋したって事はつまり……?
「私は先輩の事が好きです」
 率直な言葉が返ってきた
 岩崎は恥ずかしそうにそういい、顔を赤くしてまた黙り込んだ
 それにしても、岩崎が俺の事を好きだったなんて思ってもいなかった
「あなたは……私のこと、どう思ってるんですか?」
 赤くなった顔を上げ、俺に尋ねてきた
 俺としてはこういった経験はないため、どう言ったら良いのか分からない
 ただ一つ、返事は決まってはいるのだが、俺自身もあまり素直ではないからな


 長い沈黙の後、俺は口を開いた
「岩崎、俺はお前に誕生日プレゼントを用意してある。一つは高良の家に置いてきたぬいぐるみ」
 元々のプレゼントはこれだけのつもりだったんだがな
「一つってどういう意味ですか?」
「二つあるって意味だ。もう一つのプレゼントは、岩崎の言う事を一度だけ何でも聞いてやる。死ねと言ったら死ぬし、二度と話しかけるなといったら二度と話しかけない」
 俺がそう言うと、岩崎は少し間をおき、理解したのかこう言った


「私と……付き合ってください」


「お安い御用さ」
 俺が了解の返事をすると、岩崎は顔を真っ赤にして俺に抱きついてきた
 少し、服が濡れていることに気づく
「泣いてるのか?」
「はい……。だって……嬉しかったから」
 涙声で岩崎はそう答えた
 俺は岩崎を包み込むように抱き返す
 暫く俺と岩崎は抱き合っていたのだが
「ワン!」
 と岩崎の犬が吠えた事により、終了した

「先輩」
 俺と岩崎、そして岩崎の犬、チェリーと一緒に高良の家に向っている途中岩崎が俺の事を呼んだ
「どうした?」
「その……手を握っていいですか?」
 なんだ、そんなことか。それぐらい、付き合ってるんだし別に構わないさ
 そう言って俺は岩崎の手を握った
 岩崎の手は小さく、それでいて温かかった
 この時、俺の中で「手が冷たい人は心が温かい」と言うのは嘘である事が確証された
 岩崎の手が温かいのだから、嘘に決まっているだろう
「あと、私のことも“みなみ”って呼んでもらえますか?」
「ああ、わかったよ。みなみ」
 俺が下の名前を呼ぶといわ……みなみはこっちを向いて、ニッコリと笑った


 さて、早く高良の家に行って誕生日パーティを楽しむか。みんなも待ちくたびれてるだろうから、この吉報と共に急ぐとしよう――






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最終更新:2008年10月01日 21:10
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