泉こなたの奮闘 ― 幕間 ―

― 幕間 ―

ほぼ同時刻、文芸部室にて。
「いいんですか、そんなことを僕たちに教えてしまって」
「いい、いまは情報の収集が最優先。この現象の遡及範囲を把握したい」
古泉一樹、長門有希、朝比奈みくるの三人が、この部屋にいた。
「長門さんのお仲間、全員ですか? その、不思議な力をなくしてしまったというのは」
おっかなびっくり、といった口調でみくるが尋ねる。
「本質的には失っていない。ただ、ヒューマノイドインターフェースの有する情報操作能力が、なんらかの要因で、広範囲にわたって発現を阻害されている」
古泉は、少し唸ってから口を開いた。
「関係、あるのでしょうね。実は僕のほうでも、ちょっとやっかいな現象が起きていまして」
少し迷うそぶりを見せたあと、また話を続ける。
「お話を聞くだけ聞いておいて、こちらからの情報提供なし、というのはアンフェアでしょうね。実は、ここ数日のうちに何度か、新しいタイプの閉鎖空間が発生していたのです。
なんと言いますか、現実世界との境界に迷彩がかかっているらしく、ある一部の能力者にしか存在が認識できません」
ここまで話し、古泉はちらりと長門の様子をうかがった。
「ですが、その解釈は間違っていたのかもしれませんね。閉鎖空間がこれまでより目立たなくなった、というわけではなく、機関のメンバーの多くが空間認識能力を乱されている、その可能性があります」
みくるはなにやら考え込んでいる。しばらくして、長門が発言した。
「涼宮ハルヒと、何らかのコミュニケーションをとった経験のある能力者は、あなたを含めて五名。閉鎖空間をこれまで通りに知覚できるのは、そのメンバーだけと推測できる」
古泉は目を見開いた。
「ええ、そうです。いままともに稼動できる要員は、僕と、あの夏合宿の推理ゲームに参加してもらった四人だけです。よくわかりましたね。よろしければ、その推理の根拠を教えてもらえませんか」
「簡単。私自身の情報操作能力に、現状で問題は発生していない、喜緑江美里も同様。共通点は、涼宮ハルヒにその存在を認識されていること。情報統合思念体は朝倉涼子の再構成を検討しているが、いますぐには難しい」

この会話をよそに、みくるはずっと思案していた。ひとりごとが思わず口に出ている。
「だから、だから私だけ、なんですね」
朝比奈さん、と古泉に話しかけられ、びくりとして頭を上げた。
「はいいっ。あの、ごめんなさい。お互い知ってる事はギブアンドテイク、したいのはやまやまですけど…禁則が、その」
古泉は、子供をあやすように話しかけた。
「あなたの立場はよくわかります。簡単に内部事情を漏洩してしまっては、僕たちの後ろ盾となっている組織の存続にも関わりますからね。でもいまは長門さんのおっしゃる通り、すみやかな情報の展開が必要です。
我々が今後も協力していくためには、そちらからもある程度の情報提供が必要、そう上司のかたに伝えていただけませんか」
みくるは何度かうなずいたあと、両手の指先をこめかみに当てた。目を閉じて、何かを念じている。
「じゃあダメもとですけど、情報開示申請っと。んっ、あ。通った、通りました、申請。いまだけセキュリティレベルを下げてもらいました」
先ほどまでの憂い顔から、一転して明るくなる。
「やっと言えます、私のほうだって大変だったんですよ。みんな、元の時代と連絡がつかなくなっちゃって」
言いたいことを言えるようになってテンションの上がったみくるだったが、長門に冷ややかな目で見られてすぐにおとなしくなった。
「ええと、私たちエージェントの脳回路には、TPDD端末プログラムが焼き付けられていて、それで時間平面を越えて未来と通信ができるんですけど…最近、コネクションロストが頻発しているんです。
なんでも、この国の周辺だけ異常に回線が重いらしいんですよ、でも私はなんともなくて」
みくるはしゅんとした様子になってしまった。
「考えてみると、涼宮さんとお付き合いのある仲間は私だけです。だから、なのでしょうね。こんなことならもう何人か、皆さんにご紹介しておくべきでした」


しばらく三人の間に沈黙が流れる、それを破ったのは古泉だった。
「この現象が表面化したのはここ数日ですが、兆候らしきものは二週間ほど前からあった。違いますか」
聞いている二人から、特に異論は出ない。
「その間にあった何らかの変化といえば。ひとつは、我々にもよくわからないままに始まり、そして終息したらしい歴史改変事件。もうひとつは、泉さんのSOS団加入ですね。いまの異常事態に、これらがなにかリンクしているのでしょうか」
これを聞いた長門は、珍しいことに古泉をじろりとにらみつけた。すぐもとの無表情に戻る。
「泉こなたは、一般人。人類種族において特異的な能力を有しているという根拠は、何もない」
古泉は肩をすくめて笑みを浮かべた。
「こちらのほうでも、彼女については一通り調査しました。幼いころに母親を亡くされて、いまは父親と二人暮らしだとか。そのお父様ですが、僕も知っている小説家だったので驚きしたよ。
まあそれはいいとして…中学以前に、涼宮さんやその周囲のかたとの接点は特になし。彼女の経歴には、特別に異常な点も、何者かに改竄された痕跡もありません」
この報告を受けて、みくるは目をぱちぱちとまたたいた。
「え、そうなんですか。でもキョン君が言うには、泉さんこそ、涼宮さんの探していた異世界人だとか。私はあのひとについて何も知らされてませんけど、そちらではもう調べがついているのかと」
古泉はわずかに驚きの表情を浮かべたあと、長門のほうをちらりと見た。
「彼がそう言ったのなら、そうなのでしょう。異世界人ですか。文字通り、単に異世界の人というだけなら、何の特殊能力もなくて当然かもしれませんね」
長門は視線を合わせずに答える。
「いまから十日あまり前に発生した歴史改変は、時間軸を遡行して効力を及ぼすタイプだった。この改変によって平行時空から取り込まれた構成要素があっても、その履歴は現在時空とつじつまが合うように再構築される。外面的な判別は困難」

二人の間に緊張した空気が流れる。みくるは思わず声をあげた。
「もう、押し付けあってどうするんですか。あの、ごめんなさい。私には、いまの状態が涼宮さんの願望だとは、あまり思えないんですけど。私たち以外の皆さんは、どうして特別な力が使えなくなっちゃったんでしょう」
古泉はこめかみの辺りを軽く掻いた。
「さっきは少々大人げない態度でした、すみません。しかしこの状況、確かに不自然ですね。宇宙人・未来人でも解明できないほどの異変に、なぜ僕たちだけが影響を受けていないのか。
これがもし逆の事態であったなら、我々の組織に取って代わろうとする勢力の陰謀と考える所ですが」
再び三人は押し黙ってしまった。昼休みが終了間際であることを知らせるチャイムが鳴る。
「主役…」
みくるが唐突につぶやいた。
「以前、泉さんが、この世界という物語の主役は涼宮さんだと言っていました。私たちは、準主役級のキャラクターだとも」
「実に彼女らしい発想ですね。それが、何か」
そう問われて、みくるはやや発言に詰まった。
「すみません、あまり深い意味はないんですけど。だとしたら、いま力を封じられてしまっている人たちは、脇役ってことになりますよね」
長門はこの会話を無視して椅子から立ち、出入り口のドアに向かった。もう重要な情報は得られないと判断した様子だ。
「ふうむ。涼宮さんを中心とするこの世界にとって、名もない端役でしかない人物には、彼女に由来する力が与えられなくなった、ということでしょうか。ありえますね、その線も」
そう話しながら、二人とも部室を後にする。この臨時ミーティングは、ここで解散となった。

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最終更新:2008年10月06日 00:44
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