― 幕間・その二 ―
この日の夜、とあるマンションの一室。
「で、そっちはどうだった。あいつの機嫌、少しはよくなったか」
最低限の家具しかない清潔だが簡素な部屋に、二人はいた。
「好調ではない。私と共に帰宅の経路にあった19分間、涼宮ハルヒの発言率は平素の20パーセントを下回っていた。そのうち、あなたの話題に触れたのは一回のみ、これは最低記録」
ちっ、とキョンは舌打ちをした。
「当然の帰結。あなたは、自分自身も特異的存在であると自覚するべき」
「それは朝比奈さんと古泉にもさんざん言われたよ。でもどうすりゃいいってんだ」
長門は答えない。相手の感情が収まるのをじっと待っているようだった。
「まあそれはどうとでもなれだ。それより、おまえにも言っとかなきゃならんと思うことがある。あの二人にはもう話したけど、泉の素性について」
さらに話を続けようとしているところ、長門は発言を遮った。
「その必要はない。あの部屋でのやり取りはモニタ済み、あなたたちの会話内容は把握している」
キョンは渋い顔になった。
「なんだ、盗聴機でもしかけてたのか」
「概念的に言うなら、それに近い処置を施した。地球人類のテクノロジではないけど」
キョンの渋面はまだ収まらない。
「そのくらいは朝飯前か。じゃあここに来たのも無駄足だったな。悪いが、帰るぞ」
立ち上がろうとする彼の手に、長門がそっと手を乗せた。そしてすぐに離す。
「待って、報告があるのは私のほう。現在、涼宮ハルヒを観察している勢力に共通して起きている不調と、その原因。まずはあなたに聞いてもらいたい」
長門は、今日の昼休みに得た情報をかいつまんで淡々と語った。
「はあ、それは…大変だな。そのくらいしか言いようがないが。でも好都合じゃないか、おまえら自身の謎パワーは無くなってないんだろ。古泉の言ってるような敵対勢力とやらに、何歩もリードしてるって考えたら」
長門は押し黙った。違うのか、とキョンが念を押す。
「その解釈は不成立。いま起きている広域情報冷却現象は、新たな勢力の存在によって引き起こされたもの」
「あー、なんだって。また新種のエイリアンのしわざか、そのナントカ現象は」
言い終わるのを待ってから、長門は口を開いた。
「広域情報冷却現象。現在、この弓状列島の大部分を含む、半径約700キロメートルの圏内で、異常な情報融点の上昇が見られている。影響範囲はなおも拡大中」
キョンは頬をひくつかせた。
「ええと、どこから突っ込めばいい? その冷却現象とやらのせいでどうなる。水が氷にでもなっちまうのか」
「それが比喩的表現だとするなら、比較的妥当。私の行うような、情報結合の解除や再構成が困難になる。機関の超能力・未来人のテクノロジも根本的な原理は同じ」
「で、それがただの自然現象なんかじゃなく、なにもんかの仕組んだことだと」
長門はわずかにうなずいた。
「情報統合思念体から、現象を起こした存在の性質について報告があった。新種の、寄生型の情報生命体。それが猛烈な速度で繁殖している」
寄生型、そう聞いてキョンは身震いした。
「マジもんのエイリアンかよ、しかも繁殖中だと? 勘弁してくれ」
そう言って、もうぬるくなりかけたお茶を手に取った。
「それらに対して、便宜的な名称を付与した。『画一性端末群』」
「…なんだって。もっかい言ってくれ」
キョンはお茶をすすりながら、いくぶんさめた口調で聞いた。
「画一性、端末群。この日本国と呼称される地域共同体、その構成人口の80パーセント以上が、すでに端末群に感染している」
ぶっ、と飲みかけたものを吹き出した。やや咳き込む。
「冗談じゃない。それはもう感染ってレベルじゃねえ、侵略だろ」
想像以上の事態に血相を変えるキョン。対して長門は平然として語った。
「侵略という表現が適切かは、現段階では不明。端末群に感染した個体は、画一的な個性標識を有するようになるが、それだけ。肉体や精神に、外面的に判別できる影響は現れない。だから思念体もいままでマークできなかった」
キョンはやや思案し、数秒かかって話の内容を理解した。
「寄生だの繁殖だのと言うからビビったが、わりとおとなしいやつらなのか。でもおまえらの仲間、そいつらに力を封じられてるんだっけ」
そう、と長門は答えた。
「涼宮ハルヒに直接関わった者たちだけが、感染を免れている。彼女自身、もしくはその周辺の何かに、端末群に対する免疫要素があるはず。その究明がいまの最優先事項。あなたはそのためのキーとなりうる存在、だから知ってほしかった」
「はあ。何度も言うようだが、俺には何の不思議能力もないんだぞ。あまり妙な期待はするな」
キョンは気の抜けた返事で返す。長門はその瞳をじっと見つめていた。
泉こなたの奮闘 ― 第三幕
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