― 終幕 ―
「はうあっ」
っと叫んで起き上がる。
普通に朝だった。雀がちゅんちゅん鳴いてる。
ここどこだ、見覚えのない部屋だけど…ってそうか、長門のマンションか。制服のまんま寝ちゃってたよ、しわくちゃになってる。
隣の部屋とのドアがすっと開く。
「おはよう」
いつもの制服姿の長門に声をかけられた。あー、おはよ。
「あ、おはようございます」
長門のうしろには、笑顔の朝比奈さん(大)がいた。
昨日のシチューの残りが温めなおしてあったんで、みんなでつつく。
「泉さんには本当に感謝します。こんなにおいしいお料理、ごちそうしてもらっちゃって、ね」
いやいやお粗末さまで…って、感謝してるのはそっちのことですかい。
「なんにもたいしたことはできてないよ。あたしがいなくても、どうにかなったんじゃない?」
長門はいち早く食べ終わっていた。
「その認識は誤り。あの場にあなたがいなければ、我々がここにいられる可能性はゼロに等しかった。この惑星に大きな変容はあったが、適応可能な範囲内」
長門的には無意味じゃなかったのか、ならいいや。
「そういやさ、朝比奈さんも言ってた大きな変化ってやつ、なに。もう教えてくれるんでしょ」
朝比奈さんはちらっと長門を見た。説明はあなたがして、って感じかな。この二人、妙に打ち解けてない気がする。
「昨夜一晩で、ほぼ全人類が画一性端末群に感染した。この爆発的増殖のきっかけは、あなた」
はい? 全人類ときましたか。そんなスケールがでかい話をされても。
「その、カクイツなんとかってのは、宇宙から来たウィルスかなんかだっけ?」
長門はかぶりを振った。
「画一性端末群は、あなたが本来存在していた宇宙で独自に進化した情報生命体。いまから十日あまり前、あなたが引き起こした世界移動の際、同時に相当数の画一性感染者がこの世界に渡来し、端末群の繁殖が開始された」
あー、どっからツッコんだらいいんだ、いまの話。
「それと、機関の人たちが超能力をなくしちゃったのと、なんか関係あるの?」
「ある。ヒトの情報体に寄生した端末群は、それ単体ではきわめて無力。宿主に対してもなんら特異的能力は与えない。しかしそれが膨大な数となることで情報冷却能力を発揮し、一切の特異的な情報操作を阻害する」
ふと、前に動物番組で見た、ミツバチがダンゴになってスズメバチを蒸し殺す、ってシーンを思い出した。このイメージであってるかは不明だけど。
もうひとつ、長門の説明で気になる点がある。
「世界の移動を、あたしが起こしたってどういうこと。ハルヒの能力じゃなくて?」
「あなたから得た情報と、私自身の断片的な記憶を総合して、そう結論できる。あなたにはかつて、涼宮ハルヒと同等の環境情報操作能力があった。その力であなた自身、および周辺人物の世界移動を引きおこし、代償として力を失った。そう考えられる」
はあ。はあとしか答えらんないよ、そんなこと言われても。どんどん話がややこしくなってきた。ごめん、ながもん。もう聞いてるふりだけでごまかすかも。
「ほかに質問は」
「え。じゃあ、あとさあ。さっきの夢のラストのほう、意味わかんなかったんだけど。なんか赤い神人が出てきて、青い神人と相打ちになっちゃって」
少し返答がなかった。さすがの長門も夢の中まではわかんないか。
「おそらくその赤い神人とは、端末群の発生させた情報融点上昇領域のシンボル。あなたという免疫抗原を失って爆発的繁殖を開始した端末群は、人類生存圏の制圧を完了すると同時に、あなたをこの世界に取り戻すためのアクションを開始した。
涼宮ハルヒの精神的動揺の隙をついて、閉鎖空間に情報圧力をかけ、それを崩壊させた」
うん。わかったような、わかんないような。
「あたしを取り戻すために? その…端末群、あたしがいままで『くじら』って呼んでたやつらにとって、あたしは天敵なんじゃなかったっけ」
もう一度長門は首を横に振る。
「敵対関係にはない。情報生命体は、有機生命体のような死の概念を持たない。これは生物種にとって極めて不都合なこと。劣化した細胞を駆除する働きがなければ、人体が健康を保てないのと同じ。
画一性端末群にとってあなたという存在は、癌細胞を攻撃する白血球と同等」
ここまでの長門の長回しを、朝比奈さんは黙って聞いていた。シチュー食べるのに夢中だったから、ってのもあるだろうけど。
食べ終わってスプーンを置いた朝比奈さんを、長門は見つめた。
「もう一度聞く。この一連の事態、あなたたちにとって規定事項だったとは考えにくい。
昨夜、この惑星表面全土に波及した情報冷却現象、現状では完全に沈静化しているが、画一性端末群が再び生存ストレスを検知したなら、容易に再発する。そうなれば、あなたたちの時間移動にも障害が起きる」
朝比奈さんは少しおびえた表情になって目をそらし、軽く唇をかんでもう一度長門を見た。この微妙な距離感、何年たっても変わらないんだ。
「いいんです、それで。涼宮さんが今後、また無茶な方向に歴史を変えようとした時、端末群の存在はブレーキとして働きますから」
いまいち答えになってないような。それは長門も同感らしく、じっと話の続きを待っている。
「うう、禁則にかからない範囲で言うの難しいんですけど…これは新しい規定事項です。この時代の観測を始めたころの時間経路からは、予想もできなかった事態ですけど。
今日という日をさかいに、人類が端末群と共存する歴史を進んだとしても、私たちの文明を保てるということがわかりましたから」
朝比奈さんは、たまに言葉に詰まりながらもそう答えた。今の話、ちょっとイメージと違うかな。
「その規定事項って、増えたり減ったりするもんなの? 歴史ってもう決まってるもんだと思ってたけど」
「詳しくは言えませんけど…同じゴールにたどりつけるなら、途中のルートは違ってもいいんです。泉さん達の存在は、レースの途中でチェックポイントが変わったみたいなもので」
まだいまいちピンとこない説明だけど、わかるように言うのは禁止っぽいから、そんなもんか。
「ならいい」
長門も納得したようだ。
「あなたたちが泉こなたの存在を否定するなら、私と敵対することになる。そうではないことを確認したかっただけ」
朝比奈さんが帰ったあと、シャワーを借りたり髪を乾かしたりしてるうちに、すっかり時間になってしまった。
今日は長門となかよく登校。ガッコまで歩いていける距離って便利だね。
ショートカットのために通った公園で古泉に出くわした。偶然、なわけないよね。公園で女生徒を待ち伏せって、一歩間違ったら犯罪者では。
「昨夜はお疲れ様でした。お二人には感謝します」
昨日みたいなちょっと作った感のある表情ではなく、心底うれしそうな笑顔でそう語る。フツーの女子ならコロッと惚れちゃいそうだ。
「いい、私は自らの目的に従ったまで」
「そそ。ねぎらってくれるのはかまわないけど、感謝なんてね。言ったでしょ、貴重な体験できたって」
古泉の笑顔は変わらない。
「そう、ですか。おっしゃるとおりです。では今後も、ともに陰ながら世界を守りましょう」
おお。そういう言いかたすると、あたしたち正義のヒーローみたいじゃん。問題は、世界の危機の根源も身内だってことだけど。
これ以上特に話すこともなく、とはいえ特に別れる理由もなく、一緒に長い坂を登る。
「あ、おはよー。こなちゃん、いっちゃん、ユッキー」
こっちはこっちで、油断してたら惚れちゃいそうな笑顔でつかさが挨拶してきた。
「いっちゃん?」「ユッキー?」
かがみと長門が、ほぼ同時につぶやく。
「え、あ。えと、変かな。これからはそう呼びたいなって、思うんだけど…」
つかさはもじもじしている。自然とそういう態度になっちゃうあたりがズルいなー、って思うあたしは汚れてるのか。
「構わない」
「あなたに愛称で呼ばれて、悪く思う人なんていませんよ。おはようございます、つかささん、かがみさん」
つかさはますますもじもじした。追い討ちかけてやる。
「よかったね、ドサクサ紛れにキッカケできて」
はうっ、と小さく叫んで、つかさは下を向いてしまった。おーい、置いてくよ。
一方かがみは、『コイツうさんくせー』と言わんばかりの視線で古泉を見ていた。つかさへの母性本能?
彼に対してそういう評価になっちゃうあたり、ヨゴレ仲間だね。
「ときに、かがみんや」
あたしがニヤニヤしながら話しかけるとかがみは警戒した。これも阿吽の呼吸ってやつ。
「どこぞのお二人さんは、昨晩和解できたみたいでっせ。よかったねー、いや、よくなかったねー」
「う。あっそう…知るかっての」
かがみのツンデレ力(ぢから)が増大している。もうひとつ悪ふざけを思いついた。実行しようかどうか迷うとこだけど、いいや、やっちまえ。
「白雪姫って知ってる?」
「はあ? 普通の、童話の白雪姫? 知らないわけないでしょ。それがなに」
思ったとおりの反応。しからば。
「今度、機会があったらキョンキョンにそれ聞いてみて。きっとすっごい微妙な表情するから」
わけわからんという顔をしてるかがみ。長門がかすかにつぶやく。
「…推奨できない」
それが聞こえたのか、かがみは考え込み始めた。
「白雪姫。王子様の…ってバカな、でもあいつらあのあと仲直り…いや、いやありえない。でも…」
かがみの全身から、ずももも…と黒いオーラが吹き出ている気がする。ごめんよ、かがみん、これおもしろい。
教室に入る前に、ちらっと五組のようすをうかがってみた。キョンはまだ来てない。
昨日、あたしとハルヒが話し合ったあの席、ハルヒはポニーテールにしていた。
それはなに、もう許してあげるよっていう秘密のサイン?
― 完 ―
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