「困ったね……」
峰岸はそう呟きながら雪がへばり付き、外が見えなくなっている窓を見て外の景色を伺おうとする。
俺はと言うとため息を一つつき、どうしたものかと思案していたところだ。
山小屋に二人きり。この状況は泉で言う所の「ナイスなシチュエーション」らしいが、それはカップルだとかお互い独り身な時によるもので、峰岸は今彼氏持ちなのでそういったことにはなりえない。残念だ、というわけではない。
「とりあえず、吹雪が止むまでここで待機しておこう」
と峰岸に答える。幸い、暖房器具や毛布などといったものは設備されており、凍え死ぬ心配は無い。
峰岸はそうだね。と返事をし雪で濡れてしまっているスキーウェアを脱ぎ、毛布に包まりながら暖炉の前へと座り込んだ。
俺もスキーウェアを脱ぎ捨て毛布に包まりながら一緒に置かれていた簡易食料を確かめる。
賞味期限、二〇一〇年十二月。まだまだ余裕そうだ。
食糧も確保し、心にゆとりが出てきたところで何故こうなったのか振り返ることにしよう。
事の発端。問題の中心は必ずと言っていいほど涼宮ハルヒなのだが、今回は違った。今回は鶴屋さんが俺たちSOS団にスキー場に来ないかとお誘いをしてくれたのだ。
俺らとしては断る理由も無いため、遠慮なく来させて貰ったわけだが、来たのは俺たちSOS団である十名とかがみの友人であり、俺のクラスメートである日下部と峰岸も来ている。つまりは十二人。男女比は一対五。
そして、スキーを始めるや否や、運動神経抜群のハルヒ、泉、日下部のお転婆三人娘は颯爽とどこかへ消えてしまった。つかさと朝比奈さんはコテージのすぐそばでスキーをせず、雪だるま等を作って遊んでいた。微笑ましい限りだ。
かがみと古泉と高良はこっちはこっちで運動神経はいいのだが、ゆったりとスキーを滑っている。そして、比較的運動神経が悪い峰岸はスキーを小学校の自然学校でしかしたことが無い俺と一緒に滑る事となった。
この時、調子に乗って奥のほうへ行くんじゃなかったと後悔している。人間、すぐに慣れてしまうと調子に乗りやすくなるものである。
スキーに没頭してしまった俺たちは奥のほうへと進んでいった。すると、先程まで粉雪程度だったのがいきなり吹雪へと変化していく。吹雪の中では俺たちがコテージに帰る事は不可能であり、たまたま発見した山小屋に避難することとなった。
このスキー場は鶴屋さんのものらしい。恐らく、この山小屋もそうなのであろう。
時計を見る。六時三十分。俺たちがここに避難してから既に三時間が経とうとしている。それにも関わらず悪戯に吹雪は振り続ける。
俺は簡易食料が入った袋の中から二食分取り出し、一食分を峰岸に渡し、峰岸の隣に座り暖炉の温かみに触れることとした。
峰岸はありがとう、と言って簡易食料を俺の手から受け取る。俺も食料を開け、口へ放り込む。
お世辞にも美味しいとはいえない。峰岸の方を見ると俺と同じ風に思ったのか、少ししかめっ面をしている。
だが文句は言えないので、仕方なく全部食べる事にした。
「ちょっと、相談してもいいかな?」
簡易食料を食べ終えてから二時間ぐらい経っただろうか、峰岸が不意に尋ねてきた。
「ああ、構わんが」
峰岸は重い口を開く。
「実は、彼に別れようって言われてるの」
俺はその言葉に驚いたが、平静を装いながら理由を尋ねた。
「まぁ、そう言うのっていろいろ理由があるのよ。それが結構積もっちゃってた、って感じかな」
峰岸は俯きながら返事をする。
「峰岸はどうなんだ?」
「え?」
暖炉と床の境目らへんを眺めていた顔が俺の方へと向く。
「別れたいのか、別れたくないのか。どっちなんだ?」
「私は……」
そう言って再び顔を俯く、ほんの少し、先程より下を向いているように感じる。
「私も、別れてもいいと思ってるのだけど、その事でみさちゃんとの関係が崩れるのが嫌なの」
この時、俺は峰岸の彼氏が日下部の兄であったことを思い出した。
「そんなことで日下部との関係は崩れないと思うぞ」
峰岸は黙ったまま顔を上げる。
「人間、付き合ってればいい所も見えるし、その分悪い所も見える。親密な関係になればなるほど、だ。それで合わないんだったら別れるのも仕方が無い事だと俺は思うぞ。まぁ、日下部は能天気な奴だから、別れたってそんな事、気にしないさ」
日下部が聞いたら怒りそうな発言だ。
「でも……」
峰岸は口篭らせている。
「峰岸と日下部は、そんなことで関係が崩れるほど、柔な関係じゃないだろ?」
この言葉で気分が晴れたのか、そうだね、と言って笑顔を見せた。
「うん。私、帰ったらちゃんと別れ話を切り出してくる。そして、みさちゃんにもちゃんとそのことを伝える」
峰岸は満足そうにそう言った。
話を終えたときには既に十一時を回っていた。今日はもう寝ようと言い、俺と峰岸は睡眠を取ることにした。何も疚しいことは考えてないぞ。
「…やの、それにキョン。起きろー」
誰かが俺と峰岸を呼ぶ。目を開け体を起こすと日下部が俺たちの目の前に立っていた。
「うおっ!」と俺、その声にビックリした日下部が「うわっ!」と叫ぶ。二人の叫び声が目覚まし時計のアラームとなり峰岸も目を覚ました。
「みさちゃん、どうしてここに?」
「そりゃー、あやのたちが心配だったからに決まってるだろ?」
時計を見る。時刻は七時。こいつ、こんな早くから探しに来たのか。
「もー焦ったぜ。急に吹雪になってコテージに戻ったらあやのとキョンがいねーんだもんな。こりゃやべー、って事になって警察に通報しようかってなってたぐらいだぜ」
恐らく通報を止めたのは古泉だろう。理由は単純、ハルヒがこんなことを望まないとわかっているからだ。
「で、朝になったら探そうって事になって、私が一人で片っ端から山小屋探していこうと思ったら一発目から当てたんだぜ。スゲーだろ」
そうやって日下部は胸を張っている。確かに、その野生の勘らしきものはすごいと思う。
ふと峰岸の方を向く。峰岸は日下部に感謝の言葉を述べた後、口をもごもごさせている。昨日のことを伝えたいのだろうが、やはり伝えづらいのだろう。
「おい、峰岸。日下部に言う事があるんだろ?」
俺はさりげなく峰岸の背中を押す。
「私に?」
日下部が峰岸をじっと見つめる。
「その……。別れようと思ってるの」
その言葉を聞いた瞬間日下部は顔が引きつるかと思ったが、寧ろ逆で明るくなった。
「そっかー。ようやく別れる気になったのか」
「あれ?嫌がらないの?」
「何で嫌がる必要があるんだ?こう言っちゃあれだけど前々から別れて欲しいと思ってたんだよな。なんていうか、あやのに対して遠慮がちになっちまうからなー」
「遠慮がちに……?」
「そ。それにもし結婚でもしたら、あやののことなんていったらわかんねーしなー」
そう言って日下部は八重歯を見せながら笑う。それにつられたのか峰岸も口に手をやりやんわりと笑った。
とりあえずは、一件落着と言った所か。
と、思ったのも束の間。コテージに帰るとすぐにハルヒからの怒号がとんだ。どれほど心配していたのか、死んだかと思った。とか、罰として今度の週末は罰金としておごりだとか。最後のはいつもの事だが。
「無事で何よりです」と古泉「二人きりでどんな事したの?いい雰囲気になった?」と泉に質問も受けたが、断固として何もなかったと言い切っておいた。
後日、峰岸からしっかりと関係を解消してきたと言う話を聞いた。俺は良かったな、と返事をすると峰岸は今度は俺に対して付き合ってくれと言う告白もしてきたのだが、それに関しては詳しく話す必要は無いだろう。
俺の返事はもちろんイエスだったのだから。
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最終更新:2008年11月04日 20:47