珍しくSOS団の活動がなかった、とある週末、俺は思い立ってふらっと一人で町に繰り出していた。
久々の一人っきりでの外出をエンジョイしつつ、雑誌やらCDやら、シャツやジーンズなんぞを買い込み、
一息つこうと、目に付いた喫茶店に腰を落ち着け、アイスコーヒーなんぞを頼んで一息ついていた、
その時だった。
木製の仕切りの向こう側の席から、男と女の声が聞こえてきた。口調からして楽しそうな話ではないなと
いう感じだったが、手持ち無沙汰な俺は、なにげなくその会話を耳で捕らえていた。
別れ話らしい。男の方がとつとつと、女性の側に何か話しかけている。女の側は・・・ときたま相槌
らしき声は聞こえるものの、男の語る言葉に多くを答えることはない。
断片的にだが話をまとめると、彼氏の方が、他に気になる女性が出来たから、別れて欲しいと言っているようだ。
まあよくある話だな。彼女さんには気の毒だが。
注文したアイスコーヒーが届いたので、シロップとミルクを入れつつ、ストローでかき回していると、
「・・・じゃあ、もう行くから・・・あやの・・・ごめんな」
彼女の名前はあやのさんか・・・峰岸と同じ名前だな。そう思いながらストローをすする。
彼氏の側が席を立つ音が聞こえた。その音に重なって、彼女の側の声が聞こえたとき、俺はあやうく
コーヒーでむせそうになった。
「ううん、私こそゴメン。泣いたりして・・・大丈夫だから、もう、行って」
その声の主は・・・俺の知る峰岸あやの、その人だった。
なにげなく入った喫茶店で、知人の女の子の別れ話を聞いてしまうというのは、なんともバッドタイミングだ。
それとともに、なぜか妙な罪悪感というものも沸いてきてしまう。別に盗み聴きするために来たわけじゃないんだがな。
仕切りの向こうの様子は分からないが、峰岸は席を立つ様子はない。ここは声なんかかけず、即出て行くべきだな。
俺は残りのコーヒーを勢いよく啜りこむと、伝票をつかんで、会計を済ませるべく席を立った・・・のだが。
「あっ・・・」
これもまたなんというバッドタイミングか。同じく席を立って出て行こうとした峰岸と、思いっきり鉢合わせてしまった。
峰岸の方は・・・彼氏が勘定を済ませて行ったのだろう、伝票はもっておらず、小さなバッグを提げているだけだった。
「キョン君・・・もしかしてさっきの話、聞こえてた?」
支払いを済ませて外に出てきた俺に、峰岸が声をかけてきた。こういう場合はすっとぼけるべきか・・・いや、聞こえてたかと
こっちに振ってきているんだから、聞かれていたという意識はあるんだろう。誤魔化しても仕方ない。
「ああ・・・すまん、別に盗み聞きする気はなかったんだが・・・途中で峰岸だって気づいちまった」
「ううん。謝らないで・・・分かってるから」
さて、こういうときに、男である俺は峰岸に何て声をかけるべきなんだろうか。ありきたりな慰めなんぞ、かえって
うざったいと思われかねん。だからといって、話を聞いちまったのにだんまりを決め込む、というのもあまりに無愛想
過ぎる気もする。いや、もともと俺はそんなに愛想のいい男ではないが。
「ふふっ、キョン君、今ちょっと困ってるでしょ」
いつもと変わらない笑顔で問いかけてくる峰岸に、俺は益々、どう言葉を返してよいものか分からなくなってしまった。
「それじゃあ・・・キョン君。またね」
踵を返して立ち去ろうとする峰岸に、俺は思わず声をかけた。
「峰岸、時間あるか。あるなら少し付き合わないか・・・あの・・・まあ俺なんかでも、多少は気晴らしになるかもしれんし」
嗚呼、声をかけるのはともかく、なんとも気の利かないというか、ありきたりな言葉のこと。
ただ俺は、平静を装っていても、どことなく悲哀をかみしめているようにみえる峰岸を、このまま帰らせるのは忍びなかった。
「ありがとう、キョン君」
さて、峰岸を誘っては見たものの、彼氏と別れたばかりの女の子をあちこち連れまわしたり、何かに付き合わせるというわけにも
いかん。思い切って声をかけて引き止めたのは良いものの、その後のことを考えてなかった!
自分の対女性スキルの低さに少々情けなくなる。古泉ならこんなときでも如才なく、それなりの場所やら雰囲気を整えられるのだろうが。
こういう場合はやっぱり、峰岸の話を聞いてあげるべきなのだろうが、「聞いてやるから俺に全部話してみろ」ってのもいささか傲慢に
聞こえるというか、そもそも俺のキャラじゃないしな。
・・・さて、いつまでも目まぐるしくモノローグを繰り出して、だんまりを決め込んでいるわけにもいかん。
「・・・俺はこういう経験がないから、こんなとき、峰岸になんて言ってやればいいのか分からん。
元気出せとか、お前なら大丈夫だとか、そんな分かったような言葉をかけることも出来んし、俺に何でも話してくれなんて気障な
言葉は、こっちが死ぬほど恥ずかしくなるから言えん。
もし良かったら、俺に・・・胸の中にたまっていることを話してみないか。聞くことだったら俺にも出来る」
うわ・・・クサくならないように意識して言ったつもりが、思いっきりベタな言葉になっていないか。俺・・・
口を開いても開かなくても、こんな時に気の利いた態度を示したり、言葉にすることなんぞ、到底俺には出来ん芸当だ・・・
だがそんな俺の言葉に気を悪くした様子もなく、峰岸は俺の方を向くと、
「ありがと。聞いてもらってもいいかな、キョン君」
と言ってくれた。そのまま俺と峰岸は、近くの公園の方に足を伸ばした。歩きがてら峰岸が口を開く。
「彼にね・・・好きな人が出来た、告白したいから俺とは別れて欲しい、って言われたんだ。
実はちょっと前からね、彼との関係がぎくしゃくし始めてて・・・だからいつか、こんなことになるのかな、って予感は
してたんだ。だから、今日呼び出された時も、ああ、別れ話かな、って覚悟してて・・・だから、思ってたほどショックじゃなかったんだ
でもね・・・予想通り別れ話を切り出されたのに、思ったほどショックを感じてない自分に気がついたら・・・そっちの方がショックだったな
もう私も・・・彼のことが・・・そんなに好きじゃなくなってたのかな、なんて」
最後の方で声を詰まらせたのに気づいて峰岸を見ると、峰岸はいつものような笑顔を浮かべながら・・・涙を流していた。
「ごめんね・・・なんで私、泣いてるんだろ。泣きたくなるほど悲しいわけじゃないのに」
なあ峰岸、お前の胸の中にある感情がなんなのか、俺には分からないけど、たとえ悲しいと思えなくても泣きたい時は・・・無理するなよ。
俺がそう声をかけると、峰岸は一言
「・・・ありがと」
と呟くと、俺の胸に頭を預けてきた。
休日の公園はカップルでいっぱいだ。俺たちのこんな姿だって、別に奇異に思われることはないさ。
だから人の目なんざ、気にすることはないさ。
どのくらい時間が経ったか分からない。
俺にはとてつもなく長く感じたが、峰岸が頭を起こしたので我に返った。
「すごくスッキリしたわ。ありがとう、話を聞いてくれて」
いや、ホントに話を聞いただけで、気の利いたことなんぞ何一つできなくてスマン。
「ううん、キョン君のおかげで、なんか吹っ切れそうよ」
それは良かった。やっぱり、峰岸はいつもにこやかに笑っていてくれたほうが、俺としても嬉しいよ。
「・・・キョン君ってもしかして天然のジゴロ?」
峰岸、おまえいきなり何をわけわからんことを。こんな女っ気のないジゴロがどこにいるんですか。
「ふふっ、涼宮ちゃんも柊ちゃんも大変そうね」
なにが大変そうなんだか。この2人にいつも大変な目に遭わされているのは俺の方だが。
「私も大変になっちゃおうかな?」
どうやら本当に元気になられたようでなによりです。あんまり恋愛スキルのない男をからかわないで下さると有難いですが。
やれやれ。
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最終更新:2008年11月04日 20:47