゛『無我霧中』ないし『無身夢愁』゛

七誌◆7SHIicilOU氏の作品です。


賑やかな日溜り
艶やかな血堪り
軽やかな死黙り

そこに佇む、素敵に不敵に詩的な影
頬には血液か涙液かもしくは他の体液が津々浦々に流るる
その伝う液体を異様に長い舌で舐め、口角を上げ、笑みの形に表情を彩る
氷上の表情を、形作る
まるで、意地のように
自分の行為の結果に対し、駄々をこねるように

 

 

 

「は?」
問う、と言うには余りにも意思の伴わない反射に近い発声。
しかしそれは俺の理解力不足や思考速度の低さを指摘するには些か無茶が過ぎる。
いや、この場合無茶と言うよりは酷であるの方が正しい、
「私は君の事、殺したい程愛してる」等と言う台詞は一般的な許容から離れた言葉で。
まだしも、自らの想い人ないし恋人の発言ならばいい、
これは比較級であって普遍性は有してないが、それでもこの情景よりはまだ"見られる"筈だった。
「な、なにを言っているんだ突然…?」
故に戸惑い、動揺、混乱。
俺は一種の恐慌、そこに陥った。
チラと教室の、誰も居ない静寂の空間の出口を確認する。
彼女と二人きりでこの場に居ることが酷く落ち着かなくさせる、逃げたいと思う気持ちが反して起きる。
そんな俺の挙動を見て。柔らかく微笑み。その笑みを型どる口で。

彼女は。少女は。歌うように繰り返す。

「私は、キョン君の事を愛してるって言ってるのよ」

殺したいほどにね。と最後に続けて、少女は、峰岸あやのは、柔和に、穏和に、
そして絶無に微笑む。
それを美しいと言うのは、思うのは簡単で
しかし少女の言葉を一メートルと離れていない距離で直接受けた俺は。
「う…、あっ……」
冗談や嘘やドッキリだったりの可能性が無い、ただの本心、本音を吐露されてると知り
言葉と言えぬ呻きしか洩らせずに。


「あぁでも、勘違いしないでね。キョン君の事を直接的に殺したい訳じゃないのよ?
裏切られたりしたら悲しくて哀しくて、選択肢に殺しちゃうってのがでるくらいって意味だからね?
あれね、愛しさ余って憎さ百倍の理屈なの、それくらい愛してるのよ」

なんのフォローにもなっちゃいない。
だが、今現在自分に直接的な危険が迫ってる訳ではないのは理解した。
全身から強張りを多少解いてやっとここで初めて意味の通る言葉を口にする。
「……彼氏、が居たんじゃ……、なかったか?」
「ん? あれはもういいの、もう要らないから捨てちゃった。」
あっけらかんと物品扱い、廃品扱いする目の前のあやのに再び戦慄に似た冷たさを感じる。
「本当は棄てたかったんだけどね。みさちゃんに悪いから」
クスクスと変わらぬ笑みでそんな風にぼやくあやのに俺は。俺は。
結局なにもできずに。あやのが次の台詞を言うまで呆然と茫然としていた。

「で、キョン君」

戦慄を感じる、旋律に乗せた歌声に近い細い声で

「それを踏まえて私と付き合ってくれませんか?」

俺を明に暗に酷薄な告白をするのだった。

 


「キョン君、お昼食べよ」
「あ、あぁ…、いまいく。じゃああとでな国木田、ついでに谷口」
あれから、光陰のように気付けば一週間経って、
俺とあやのが付き合っていることは互いのクラスではそれなりに公然となっていた。
圧倒的な量のメール着信や異常な束縛、嫉妬などもなく
―それはメールが少ない、また嫉妬しないと言う意味では決してないが…―
懸念していたあれやこれやは杞憂に終わり。


俺とあやのはそこそこ仲睦まじくそれなりに平穏に過ごしていた。
それは当然切っ掛けを、俺が交際を承諾した理由を忘却しさえすればの話であるが。
しかし、実際問題あの日のこと見ないでこの一週間に焦点を当ててあやのを語るならば
文句をつけようのない素晴らしい恋人だった。
昼食に食べる手製の弁当は見た目も味も見事だったし、
料理スキルをあまり持ってない俺にはパッと見では理解できないが栄養だって
小学校の給食並みにバランスがよいのだろう。
部活のことも理解して、一緒に帰れないのにも愚痴を言わず。
教養があり聡明で外見も整っている。
髪は細く柔らかく艶やかにたおやかでポニーテールもよく似合う。


一週間前の事が夢幻のように感じられる程に、穏やかだった。

「なに、ぼんやりしているのかなキョン君は?」
「ん…、あやのの事を考えてた」
「あら嬉しい」
言いながら、さらに密着してくるあやの。
そこで気付いたとばかりのリアクションを立てて、
唇を俺の顔に寄せて、ありかちに張り付いた米粒を舌先でべろりと生物的な動きで取り除く。
「ふふっ」
「……」
慣れた。と言うには毎度感情面を揺さぶられているが
しかし理解はした。
あやのは、そのパーソナルとして、現状付き合ってから異常さは見せていないものの
代わりとしてか、やたらと物理的な一時的な接触を積極的に行ってくる。
まだ、性的な面に及んでは居ないものの、それを時間の問題とわかる程度に。
「暖かいねぇ」
「…そうだな」
中庭、晴天下。
ぽかぽかと眠くなる日差しの下。いくつか設置されたベンチに
両端にかなりの空間を余らすほど密着する俺達。
俺の頭を預けて、肩から、肘から、腰から、太ももから、
膝から、足首から、爪先まで、徹頭徹尾密接している。
「キョン君」
「…なんだ、あやの」
「キスして欲しいかな」
そういって再び顔を寄せるあやの。
「わかった」
キス、たった一週間で。
もはや回数など数えられやしない、さもありなん。俺は結局恐ろしいまでに囚われているのだ。

 


自ら望んでまで

 

今日は親がいないので俺が食事を作らないといけない。
俺単身ならば、カップラーメンや焼そばで事足りるのだが
妹は俺が明らかな手抜きを行うと親にチクるので、仕方がないと言える。
「キョン君、まだー?」
「もう少し待ってなさい、箸を振り回すのも行儀が悪いから止めろ」
椅子をカタカタと鳴らしてリンリンと茶碗を叩く妹、
その行為によって先日可哀想な食器が一つ砕けた事を忘れてはいけない。
「ほら、出来たぞ愚妹よ」
「わぁい!」
妹は暴言を暴言と気付かない優れた脳をお持ちだった、
俺はそんな妹を眺めつつ、一つの大きな皿に青椒肉絲をどっかりと盛る。
帰ってきた親の分も含有している事を差し引いても中々の量だった。


「いただきます!」
「いただきます」
箸を持ったまま両手を合わせてから、茶碗とおかずが盛られた皿の間で
素早く妹の箸が行き来する。あっという間に妹の茶碗は青椒肉絲丼になる。
「……」
俺は、まぁ注意する義務を放棄して代わりにテレビをつける。
義務を放棄しても依然権利は握ったままの俺。

『―高校で、盲洩夫婦さんが包丁で首を刺されて死亡した事件で
県警は盲洩さんの交際相手である女生徒を殺人、死体遺棄等の疑いで書類送検する見通しです』

チャンネルを回す手を止めた。
繰り返し頭の中で反芻し理解する。
なんて、本当になんてタイミングで、
「キョン君、どうしたの? なんか変な顔ー」
妹がそう言って顔を覗き込んでくる、
キョン君、呼び方の所為か余計に思考が進む。

「キョン君大丈夫?」


「……あぁ」

 

 

 

俺とあやのはクラスが違うため当然教室も違う
それは期間の短さも相まってるのかも知れないが
上記の理由故に一緒に登校してきた事に冷やかしを食らうことも過去にはなく

だからこれは初体験に相成るのだろうかと、
俺は廊下の窓から寒風を受けながら徒然と思うのだった。

まぁこれを冷やかしや野次の類いと同一視していいものか、まだ俺には判断しかねるのだが……

 

今朝、俺は家から学校に至るまでの道程の途中であやのと合流、
あやのと自転車二人乗り(違法)にて登校。
その合間に交わした会話はなんの変哲もない他愛の無いもの。
今日の授業とか、今日の分の弁当の中身とか、
昨日、妹に付き合って夜中までマリオカートをやったこととか、
日下部が柊もあやのも昼になるとクラスからいなくなるため寂しがってることとか。

一秒後には忘れてるような軽い世間話を訥々と、話していた気がする。
だがそれも例の坂に差し掛かると俺は会話に割く酸素がなくなるため中断し。
「がんばがんば!」
と、女子の制服の性質上横向きに座るあやのは投げ出した脚を揺らして
落ちないようにたちこぎ真っ最中の俺のベルトに指をかけて応援。
返すことはできない受けるだけのそれを背に坂を登り続け
あやのを校門で降ろしてから
普段は坂下の駐輪場に停めてるので坂をもう一往復する分の燃料はない俺は
教師陣にバレない、そして窃チャされない場所を探し
そこに自転車を無断駐輪(迷惑行為、減点一)してお互いの教室に向かって、

彼女に捕まった。

 

 

窓の外は見慣れたをさらに通りすぎて見飽きた一辺倒な風景。
それに背を向けるようにして俺と坂中はやや間隔をあけて隣り合う、

まだ、授業が始まるには間がある。

「最近、どうなの?」
なにが
「んと、……調子?」
いや、疑問形で寄越さないでくれ
「ほら、キョン君この所教室にいることが前に増して減ったし」
増して減ったとはこれ以下に。
だが確かに部室で会うハルヒや、付き合いも結構長く仲の良い国木田と谷口以外で、
クラスの人間と雑談に興じる機会は減ってるのかもしれない。
元から大して無かったことと毎日姦しく話している女子高生の目線、
これらを考えるとそれは皆無とも言えるのかもしれない。
「……まぁ、いいんじゃないか? 少なくとも悪くはないな」
「ふぅ、うん?」
チラとしかし露骨にこちらを窺う坂中、なんだろう、
ハルヒにでも偵察任務、もしくは動向調査を授かったのだろうか、
それはあまり坂中のキャラに似合わない仕種だった。

 

「ま、いいのね。仕方ないと言えば仕方ないしね、交友関係の九割を
女子で埋めてるキョン君は彼女さんの手前一人にならざるを得ないもんね?」
 俺は屈託のない笑みで悪意のない発言に苦笑いを浮かべて、
……でも結局一瞬で、脳裏に浮かんだ情景に掻き消された。

 いや違う、浮かんじゃいない、そもそも沈んでない。常に表層にはそれがあった
あの時から欠片も霞むことなく俺はあの情景をリピートし続けている。
あの日からいままでのどこかでもし俺が死んで、俺の網膜が移植されれば
間違いなく、まごうことなく、あの柔和な笑みが、穏和な表情が、
自動的に再生され、移植された相手を苛む事になるだろうと言えるほどに。

「キョン君大丈夫?」
 別に叫びだしたり呻きをあげたり頭を抱え込んだ訳じゃない、
にもかかわらず坂中は本気で俺を心配げに見上げてきていて。
その純朴な瞳がまたもなにかを喚起させそうで俺は咄嗟に顔を背ける、
坂中の、息を飲むような声が聞こえ。
視界の端に明らかに傷ついた様子の坂中が見えたのだが、しかし俺はそれに取り合うことはなく
結局鐘が鳴り担任教諭が来たところで若干、
しかし確実に気まずい雰囲気の中俺達は別れた。

 

 …まったく、これでは雑談参加率がさらに低下の一途の予感だが、
まぁ、仕方ない、坂中の発言はいささか的外れではあったが
しかしあながち間違ってもいないのだし、
どんな形であれ俺はあやのと付き合ったのだから
確かに他の人間関係は手抜きになってしまう。
俺はある程度の終末が見えるまでは
あやのの全てに付き合わなくてはいけない、徹頭徹尾全てに
狂おしい愛と、絶対的な追従の。
俺とあやのの恋愛契約。

 いまはまだ、準備期間なんだろう。
仲のいい初々しい恋人同士の構築、周囲の認識の浸透。
いわば書類が通り、査定にかけられてる段階。

 


 あぁ、全く素晴らしい、
醜くも美しい。
儚くも賢しい。
辛くも苦しい。

気高くも穢らわしい。


この世界にどうか祝福を






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最終更新:2008年12月07日 12:35
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