七誌◆7SHIicilOU氏の作品です。
冬休み、先日終了式をまたもギリギリの成績の書かれた今学期の通知書を受け取り
なんとかその後の今年最後(団長談なので如何程の信憑性もないだろうが)の
団活を過ごし切り、二週間という微妙な長さの休みを享受したもの、なにやら
寒風の中の休暇を持余し気味な俺(18歳男子)。騒がしい妹の所為でいつもよりは遅いものの
結局惰眠を貪る事はできなかったし、朝食を適当に胃に流し込んでからいままでなにを
やっていたかと聞かれても、ぶっちゃけた話なにをしていたわけでもない。
少し後輩とメールで連絡をとっていた程度だ。まったくなにも起こってない。
そもそも長期休暇は基本的に三段階に期間を分けることができる、
仮に…そうだな、享楽期・慢性期・郷愁期、とでも適当に命名するとしてだ。
最初は学校から開放された直後の数日から夏休みならば二週間程度までがこれに含まれ、
学校で親しい友人と計画を立てて遊び呆ける時期だ、そしてそれらを一通りこなすと
訪れるのが慢性期で、ぐだぐだとタウダにすごして本を読んだり昼寝したり個人の時間に
大半を割くようになる、たまに思い出したかのように遊んだり、休みに慣れてきた時期だな。うん、ゴールデン・ウィーク
等のさらに短い期間の連休になるとこの辺りには学校が再開してるので非常に倦怠感が溢れる。
そして、…えっと? 郷愁期だったか? ―その辺はあれだ、学校が恋しくなる頃合いだな、
教室で同級生達と数秒後には忘れてるような会話に興じたくなる。
ついでに妹はその三段階の一つ目に従順で、ロケット花火さながらに
inミヨキチ家している筈だ。
でだ、じゃあ何故俺は初っぱなからここまで自宅でのんびりと、猫まっしぐらなのかと
言うと、別に俺が反骨精神溢れる切れたナイフだからでは当然なく――ピルリピルリ
と、あらかじめ示し合わせていたかのようなタイミングで
鳴ってくれてるMy携帯電話Fmゆたか
…俺は携帯のストラップを掴んでそれを手元に手繰り寄せて
可愛い後輩からのメールをクッションに座ったまま開封
以下、内容。
『じゃあいまからキョン先輩のおうち行きますね~、ケーキ楽しみに待っててくださいね』
はい、楽しみです。…なにか?
………いや、言い訳をさせていただきたい、と言ってもなにもないのだが。
とりあえぜ一応弁解というか弁明と言うか少なくとも誤解を減らすための努力はしたいので
ここは一つ清聴願いたい。席をたつのはまだ早い。
これは単にこなたに教わったばかりの手作りケーキを俺に試食してもらいたいという
微笑ましい彼女のお願いであって、それ以上でもそれ以下でもない。まったく持って違う。
冬休みでケーキという二つから連想されるイベントとは全然無縁の日常であって
町にイルミネーションなんか欠片も無い、イブでもなければ25日でもないし
世界的に最もポピュラーでカッパ頭のおっさんが日本に広めようとした宗教の神様とも
まったくこれっぽちも無関係の一般デーだ、ノーマルだ、フォーマルだ。余裕で年末だ。
きっとそうだ、そうだと思え。思ったか? よしそれでいい。素晴らしい。グッドだ。
で、俺は本来なら俺も国木田や谷口とカラオケだったりに行きたかったんだが。
そんな実の妹よりよっぽど妹みたいな。可愛らしく愛らしい後輩の真摯な頼みを
受けたからにはこれは先輩として(あくまでも親しい先輩後輩関係として)無下にするわけにも
いかずに、こうして部屋でまんじりとメールをちまちましてたりするわけだ。
…そわそわ? ――してないぞ。全然。まったくなにをいうのか。
っとメールが来た。以下、内容。
『またまた、先輩ったら~。…あっと、もう少しでつきますからあとは直接話しましょうね』
だそうだ、前回のメールとこのメールの間に俺がどんな内容のメールを送ったのかは
完全にシャットアウト、ご想像にお任せというあれだ。定型句で申し訳ないばかりだが
これはダメ、絶対。…とにかくそろそろ人が来るとあっては(それが例えただの後輩だとしても)
いつまでもクッションの上に胡座をかいてる訳にもいくまいて。さて、と俺は立ち上がりきょろきょろ。
まぁ特に問題も無いだろう、季節の変化によって撒かれたシャミの大量の毛もコロコロで
取り除いてあるし、そもそも見られて困るようなものは基本的に俺は持ってないのだ、
本棚の裏にも、ベットの下にも、辞書のケースの中にもな。――辞書はそもそもこの部屋に
存在してないがな、まったく受験生の部屋とは思えない。
人を上げるに至っての問題点、また頼れる先輩像を壊すような奇怪な物品がないことを
再度確認した俺は、外を歩いてきて冷えた筈のゆたかのためにいままでつけてなかった
ハロゲンヒーター(縦型600W、結構暖かいが近づきすぎると焼ける)のスイッチを入れてから
ケーキなら紅茶でも淹れようと思い立ち、そして同時に鳴るチャイムに
作為的と言うか、都合主義をひしひしと感じつつ聞こえるかわからない
返答をして玄関に向かった。
「こんにちはキョン先輩!」
「おう、ゆたか。……なにやら可愛らしい装いだな」
柔らかそうなフェルト生地で作られた赤と白の帽子。
その柔らかさのためにくにゃっと倒れて、先端についてる丸いボンボン(正式名称不明)が垂れている
…が、しかしそれは赤服靴下inプレゼント翁のそれとは似て非なるもので、これを理由に
前述の俺の発言に対しなんらかの苦言を申そうとしても無駄である、残念。
「ん?」
ここで気付いたことが一つ。俺が玄関口の、若干高い位置の床に立っているため気付くのが
やや遅れたが、気付くとこれは明らかに変だった。なにが変ってゆたかの身長が数センチばかし
伸びてる気がするのだ。靴を脱ぎ履きする場所は砂が上がったりしないように基本俺が立ってる
廊下より数センチ低くなってるため、双方に人が別れて立ってる場合身長差はそれだけ変動する
筈なのだが、しかしゆたかと会話してるときの感覚が普段となんら変わらない訳で。
その理由が冬休みに入って数日で一気に背が伸びたという超常とも取れる現象が起きたのでなければ、
…まぁ足元にあるだろうと見てみたら、ゆたかが身につけるものとしては珍しい
編み上げのブーツを履いていた。ブーツは基本的に元から普通の靴に比べて靴底が厚いので
俺が靴下なのもあわさって差分が埋まったらしい。
「…」
「…」
ふと、足元を見て納得し、顔をあげようとしたところでさらに気付いた。
この頭頂部にあたる視線。俺が声をあげて黙ったにも関わらずなにも言わないゆたか。
普段より気の入った服装。俺がじっとそんなゆたかを見回していたこと。
これらを総合して統合して考えるにゆたかは待ってる。なにかを待ってる。
例えば、服装に対しての俺からの感想とか。俺は何事もなかったかのように顔をあげて
ゆたかに微笑みかけて、その冷えた額を人差し指で軽く小突きつつ
「可愛いぞゆたか、それに大人っぽくて驚いた」
「えへっ」
照れたようにはにかむゆたかを見て一頻り和んだ後、靴を脱いで少し縮んだゆたかを
部屋に案内し、紅茶を淹れてくるので待ってる様にいって再び一階に戻る。
自室周辺はいいのだが居間辺りは暖房もついてないし、フローリングが靴下の足に冷たい。
ファンヒーターをつけてしまいたかったが、灯油が残り少ないため我慢して。たまにしか
使わない紅茶葉(アッサムかセイロンだった気がするが正直曖昧だ。ダージリンだと横から
指摘されたら、あぁそうだったっけか、と思うだろうしアールグレイだと言われても
やはり同じように思うだろう。ただペコではなかった気がする)を使って温かい
ミルクティーを二杯持ってすたこら部屋に戻る。
‥‥‥‥
ゆたかは部屋の中では帽子を外していた。それだけ。
「どうですか?」
「ん…、上手にできてると思うぞ。初めて作ったんだっけ? 凄いじゃないか」
白い無地の薄い紙の箱に入ったそれを見たときに正直ぎょっとした、
べつに箱が潰れてた訳じゃないし、変な匂いが漂ってきたわけでもない
サイズが大きかったのだ。ホールケーキにも色々サイズがあり一人用の小さなものもある。
手作りなのだからカットされた一部が来るとは思ってなかったし、ゆたか自身も
食べるだろうと楽観していたが、これはデカイ。ピザのSとMの中間くらいのサイズ
直径25cm位、ファミリーサイズだ、ファミリーサイズのイチゴショートだ。
まだ切られてないからショートケーキではないが、しかし一番親しみのあるあのケーキだ。
「えへへ…」
「…」
照れて頬を指でなでる仕草にもいまいち和めない。
甘いのは嫌いではない、むしろ好きだが。体質的には弱い、好きだがすぐ胸焼けする。
「お姉ちゃんが上手に作るコツを教えてくれたんです」
「へぇ…、どんななんだ?」
ゆたかが取り出した刃のついてないナイフを横目で窺いながら相槌、
紅茶の砂糖をもっと少な目にすればよかったなぁ……
思考が逃避してるとか言わない、聞こえない。
「好きな人の、食べて欲しい人の事を思いながら作るといいって言ってました」
「…ふぅ、うん?」
ナイフを握ったまま両手を胸の前で組んで、頬紅でも塗ったかのように
上気するゆたかの表情についつい抱き締めそうになる。
ここで、ゆたかは一体誰の事を思って作ったのか聞きたいが、それは意地悪かね?
しかし聞いてもらうのを待ってるような気配も感じられるが……。
場繋ぎに紅茶を一口含んで数秒時間を作って思案する俺に
さらに顔を紅くさせてゆたかが俯き気味に、一言。
「私が誰を思って作ったかわかります?」
「ん~、誰なんだ?」
「キョン先輩に決まってるじゃないですか」
やはりなにがなんでも食べきらなくてはいけないと認識。
もとよりそのつもりではあったがしかし真っ向からこんなこと言われると照れる、
態度がぶっきらぼうにならないように照れを隠すのは至難の技だと俺は知った。
「はいキョン先輩どうぞ」
「おうっ、すまん」
いつの間にか綺麗に八分の一カットにされてる一角を我が家では見かけたことのない
小さめの皿に乗せられて俺の前に置かれていた。ちょっと長く話をしていたせいか
上に飾り付けられた生クリームが部屋の暖房(ハロゲン)によって溶け始めていた。
「いただきます」
「はい」
緊張した面持ちで俺の一挙一動を焼き付けるように、穴でも空けるつもりなのかと
半ば本気で思うくらい真剣に見つめてくるゆたかに自然俺も緊張する。伝播。
そういえばゆたかが一から自分一人で作ったものを食べるのはこれが初めてだった。
皿と同時に受け取ったフォーク(本当に準備がいいが、どうやって持ち帰るのだろう?)
で二等辺三角形の鋭角の先端部分を切り取ってゆっくり味わう。…素直に美味しい。
この前にケーキを食べたのは去年のやはりこの時期だったと思うが。そのときはまぁ
普通の市販のケーキを食べた訳で、それと比べても遜色ないと言うか。自分のために
作ってくれた手作りのケーキを、作った本人と食べてるいま、感想としては
記憶にあるどんなケーキよりもゆたかが作ったこのケーキのほうがずっと美味しいと思う。
そう、思ったままにゆたかに伝えると、彼女は服装を褒めたときよりも
ケーキの外観を綺麗と言ったときよりも嬉しそうに、誇らしそうにはにかむのだった。
誰もいない自宅に呼んで、抱き締めるなんて犯罪チックだとわかっていても
腕が危ういところまで動きそうになった。恐ろしき無意識。実は意識的かもしれないけど無意識。
万一こっそり帰ってた妹に見られたら流石に言い訳が聞かないじゃないか。
そういうイベントはもう少しあとにしたい。どんなイベントかは黙秘するが。
「ゆたかも食べないのか? 俺一人じゃ食えんぞこんなに」
「えへっ、いただきます」
言って笑顔でケーキをパクつき、イチゴを頬張り、口の端にクリームをつけるゆたか。
女の子と言うものは先天的に甘いものに対して強い抵抗力を持ってるのだろうか?
羨ましいとは思わないが、単純に凄いとは思う。ケーキバイキングに行ったときには
どこを向いてもみんな皿一杯にケーキを並べてる様が見れて唖然としたものだ。
で、あの大きなケーキ、最終的に俺は全体の三分の一を食べたにすぎず
その小さいボディにどうやってと突っ込みたくなる量、俺の倍食べたゆたか。
夕飯は大丈夫なのだろうかと見当違いな心配すら浮かんでくる始末で
どうやらあのサイズは自分が食べる分も考えたジャストサイズだったようで
俺の奮迅は儚くも無意味だったと言う。
「ご馳走様」
「また作ったら食べてくれますか?」
「もちろん」
好きなときに来てくれと、ゆたかだったらいつでも大歓迎だとも付け加えて
照れ喜ぶゆたかで本日何度目かの和みモードをスイッチして雑談。
二杯目の紅茶(甘さ控えめ)を飲みつつ美味しいケーキを馳走になった礼に
今度どこかに行かないかと提案。下心は皆無、当然だ。
俺とゆたかはただの学年の違う友達だからな。素敵滅法。
「それじゃあ初詣…は、お姉ちゃん達も一緒にみんなで先輩のところの神社にいきますから」
「そういやそうだったな、柊も大変だな…」
巫女さんバイトのあとに連れ回されるのか、ご愁傷様だな。
ハルヒ達は自分の核並みの太陽エネルギーエンジンを他の人間も標準搭載してると
平気の平左で思っていやがるからな。
「じゃあ初日の出、海まで見に行きませんか?」
「いいぞ、寒いだろうから厚着して、それにそのあと連中と合流して直接初詣行くことになるだろうから
早めに寝とかないと、あいつらと一緒に過ごしたら余裕で日付変わっても付き合わされるぞ」
「あはっ、そうですね。忘年会と新年会を兼ねたパーティーをやるとかお姉ちゃんも言ってたし」
「…それは勘弁願いたいな、アルコール飲まされそうだ」
「えっ!? お酒ですか?」
「あいつは去年も似たことをやって、俺は危うく急性アルコール中毒になりかけたんだ」
というか、実際長門がいなければなっていた、去年の事から
学ぶということができるなら今年は控えめにすると思うのだが、……どうだろう。
人間は成長するアシモフらしいが、あいつに精神面での成長などこの二年半
ほとんど見られないように思う。ってかアシモフってなんだ。
…まぁ見かけが大人で中身が子供の人間と相対した場合の対処は一つだけ、
こちらが大人になる。……まったく不条理極まりない。
「ま、今年はゆたかや岩崎達もいるし、後輩の手前少しは自重するだろう」
希望的観測である。現実逃避の研鑽ばかり積んで俺はどうするのだろう?
「良かった、私お酒飲んだことなくて…」
「いや、それでいいんだ。ゆたかはそのままでいてくれ」
ゆたかと岩崎の二人は俺の交遊関係での希望なのだ。
ギブミー常識人
「キョン……、先輩…」
「なんだゆたか?」
ふと、俺に密着してくるゆたか。と言っても距離を縮めた位で、
物理的にくっつくことは性格上厳しいのかしてはこなかったけれど。
「来年も、その次の年も、一緒にこうしてすごせたらいいですね」
「…そうだな、そうしたらきっと楽しいだろうな」
「先輩」
「?」
「チュッ」
「なっ……」
「メリークリスマス!」
不意打ちを決めて天真爛漫に笑うゆたかに、俺は苦笑いを浮かべながら。
悔しさ混じりのお返しに、その指にプレゼントを嵌めてやりつつ。さて、どうしたものかと言い訳を考えるのだった。
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最終更新:2008年12月31日 09:44