「でね、わたしすごく楽しみにしてたんだよ、そのシュークリーム。おいしいって評判のお店ので…」
もう桜の季節も終わり。このあいだまで満開の桜並木だったこの道も、いまは緑に彩られている。
わたしはいつも通り、双子の妹、つかさと通学の途中。
「なのにね、いざ冷蔵庫を開けてみたら、あれっ、無い、なんでー、って探してたら、まつりお姉ちゃんが、それおいしかったよーって。あんまりだよね」
今日のつかさはよくしゃべるなあ。話題は家族のこと、テレビのこと、食べ物のこと…それ自体には何の問題もない、でも。
だんだんと、つかさの口数が減ってきた。これ以上は進みたくないと主張するかのように、歩調もにぶくなってくる。わたしはそれに気がつかないふりをして、一定のペースで歩き続けた。三歩ほど下がってつかさもついてくる。
やがて、わたしたちにとっては最近見慣れてきた立て看板が見えてきた。
『学校法人 陵桜学園 専用通学路 ―― 当校関係者以外の立ち入りはご遠慮ください ――』
その前まで来たとき、ついにつかさの足がぴたりと止まった。わたしのそでをきゅっとつまんでくる。
「お姉ちゃん、あのね。おなか痛い…かも」
ついさっきまで元気に話してたくせに。小学生だってもっとマシな言い訳を考えるわよ。
「あんたの学校は、あっちでしょ」
そう言ってわたしは、おそろしく長い上り坂を親指で指し示した。
数ヶ月前、我が家に二通の封筒が届いた。私立高校、陵桜学園からの受験結果通知。宛先はわたしとつかさ。
わたし宛ての封筒は、中になにか冊子でも入っているらしく、それなりの厚みがあった。いっぽう、つかさ宛てのはぺらぺら。中身はたぶん紙切れ一枚、書いてある内容なんか開けなくたってわかる。
それをわたしに手渡したときのつかさの表情、今でも忘れられない。半分諦めたような、でも半分納得できてないような、複雑な薄笑い。すぐに大泣きに変わったけど。
「あんた友達とかできた? 北校でさ」
わたしたちの第一志望だった陵桜に場所が近い、ただそれだけの理由でいっしょに受験した滑り止め、県立北校。そこでこいつはうまくやっていけてるのかな。
無言のつかさ。ずっとうつむいてる。わたしはやや強引に、そでをつまむつかさの手を振り切った。さすがにこっちを向いてくれる。
そんな顔しないでよ、わたしだって心が痛いんだからね。
「もっと積極的に、自分から話しかけてみたら。いままでつきあいなかった人でもね」
あんたの気持ちなんて、知らないわけがないでしょ。もし立場が逆だったら。望まない学校に行くのがわたしだけだったら、どれだけ心細いことか。
だけど、永久にあんたの保護者で居続けることはできないの。そのぐらい、わかるよね。
「お友達かあ…うん、がんばるよ。ごめんねお姉ちゃん」
つかさは軽く目元をぬぐったあと、わたしに背を向けてとぼとぼと坂道を登りだした。
まったくもう。大丈夫よ、つかさなら。
おはよう、とクラスのみんなにあいさつする。おはよう柊ちゃん、と峰岸が答える。なんてことのない日常。
高校生活に入ってから、すでに一ヶ月近く経過した。中学からの知り合いは、同じクラスには峰岸だけで、とうぜん彼女とはそれなりに仲良くやってるわけだが、最近ではだんだん話す相手も増えてきた。男子にはまだちょっと声かけにくいけどね。
もともとここは女子高で、共学になってからも比率は女子のほうが多いからしかたないか。
まずは女の子どうしで仲良しグループができて、それがくっついたり離れたりという、まあ一般的な人間関係が構築されつつある。ただ一人を除いては。
「おはよう、すず…」
おはよう涼宮さん、と声をかけようとして、途中で言葉に詰まった。普通さ、自分の近くにクラスメイトが来て、おはようとか言ってたら、とりあえずそっちを向くものじゃない? でも涼宮ハルヒは微動だにしなかった。あきらかにわたしが視界に入ってるはずなのに。
正直言ってかなり腹は立ったんだけど、おとなしく席につくことにした。自分だけがシカトされてるんだったらケンカのひとつも始まったかもしれないけど、彼女がああなのは誰に対しても同じだし。
わたしの正体が、実は超能力者や異世界人だというんなら、喜んで話しかけてくれるんだろうけど、あいにく純粋なるホモ・サピエンスであるからして。
今日の彼女は、三つの房に分けた変則的お下げ髪。ってことは、今日は木曜日ね。なんで毎日ヘアスタイルが違うんだろ。
それにしても、この髪質と長さはかなりうらやましい。毎日これ手入れするのは大変だろうなあ、なんて考えていたら、つい口走ってしまった。
「曜日で髪型変えるのは、宇宙人対策?」
ゆっくりとこっちを振り向いた。あれ、反応あるなんて珍しい。
「いつ気づいたの」
いやいや。そんな奇癖、気にされないわけないでしょうが。みんなあえて黙ってるだけよ。
ちょっと前かな、と無難に答えておく。あっそう、とめんどくさそうに返事をして、頬杖をつく。
「曜日によって感じるイメージって、それぞれ異なる気がするのよね」
そして彼女は、何曜日が何色に当たるのかをとうとうと語り始めた。いきなり、なに。まるで話の流れが見えないんだけど。
あ、でも…こういう会話、前に小説かなにかで読んだ気がする。アニメだったか。んー、思い出せない。
突然会話が止まった。頬杖をやめて、こっちに身を乗り出してくる。
「あたし、こんな話を誰かにしてたことない? わりと前に」
知らないわよ、と答えようとして、ややとまどった。わたしも今まさに似たようなことを感じてたんだっけ。実は気が合う?
「そうかもね」
言ったとたんに、担任の桜庭先生が教室に入ってきた。おしゃべりの時間は終わりね。
夏への経過へ