夏への経過

部活とか、どこか入ってみようかなって入学当初は思っていた。でも結局、わたしは七月になってもどこにも所属せず、幽霊部員ですらないナチュラルな帰宅部員のままだった。
その原因は九割がたあんたのせいよ、わかってる? ハルヒ。
彼女とあるていど仲良くなってからしばらくして、またもや急に、ハルヒが部活に入ると言ってきた。まあご自由に、ちょっとは上級生に揉まれてきなさい、とか思っていたら、無理やり腕を引っ張られて体育館まで連行されて。
最初はバレー部。自分でも知らないうちに、わたしとハルヒが仮入部することにされていた。
バレーか、前にちょっとやってたことはあるけど…うん、スポーツに情熱燃やしてみるってのも悪くないわね、運動にはわりと自信あるし。
などというわたしの淡い期待は、しょっぱなのサーブ練習で打ちのめされた。
先輩が打ったら後輩は玉拾い、ってのが球技系クラブの鉄の掟なわけだが、あいつがそんなルールに縛られるはずもない。いきなり列に割り込んだハルヒの放った、華麗なるジャンピングサーブがコートに突き刺さった。
先輩達の目の色が変わる。もう一回やってみて、と言われて、再度ひとりサーブ。ネットぎりぎりを弾丸のようにかすめたボールが、正確にライン上に着弾する。何度やっても同じ。
「涼宮さん、バレーやってたんだ」
と聞いてみる。ああ、この頃はまだ『さん』付けで呼んでたんだっけ。それに対するハルヒの解答。
「え、初めてだけど。いまのは見よう見まねってやつ」
はあ? どう見たって県選抜クラスの実力でしょ、なんでそんな意味不明な嘘つくのよ。と、その時は思ったものだ。まだハルヒを表面的にしか理解してなかった証拠ね。
彼女は嘘も冗談も言わない。いつだって大真面目なんだから。
そして次の日、ハルヒはあっさりと入部を辞退していた。なんで、って誰だって思う。もちろんわたしもそう聞いてみた。ハルヒ曰く、「あの程度で驚くなんて、ここのバレー部はたいしたことない」だそうで。
先輩部員がわざわざ一年の教室まで来て引き止めたけど、まるで耳を貸そうとしない。やり場を失った怒りの視線がこっちにまで向けられてくる。うう、この空気、『でもわたしは入部します』なんて言えるわけないじゃない。
そしてその放課後、今度は陸上部に連れこまれた。もう好きにして…っておい、女子が100mを12秒台で走るな。
タイム計測後、いっせいに歓声が上がる。部員たちが口々にハルヒを褒め称えるが、本人は『なにがすごいの?』って顔をしている。
部員の一人が全国記録のタイムを告げた直後、ハルヒは言い放った。
「なにそれ。ちょっとがんばれば更新できそうな記録なんて、ねらう価値ゼロね。あたしにムダな時間なんてないの」
さすがにこの時は、わたしがキレた。本当は、怒りを通り越してほとんど呆れていたんだけど、ここで怒ってみせないとこっちまで恨みを買っちゃうでしょ。
「いい加減にしなさいよ。あんたは本気で言ってるんだろうけど、馬鹿にしてるようにしか聞こえないの」
もうつきあわせないで、と念を押してグラウンドを立ち去った。うん、これだけ言っておけばさすがに、もうこんな妙な実験には参加しなくてすむわよね。

甘かった。まるで考えが甘かったと思い知らされたのは、それから約二週間後のこと。
相変わらずハルヒは毎日のように部活破りを続けていて、そんなぶっ飛んだ新入生がいたらとうぜん学校じゅうの話題になる。だけどそれにわたしを巻きこもうとはしなくなったんで、部外者としてながめていられた。
「だめねえ、ここ。まるでろくな部がないじゃない。やっぱ、もとお嬢様学校だったのがガンなのね」
いやはや。彼女を満足させられないクラブと、いま目の前にいる本人と、どっちが癌と呼ぶにふさわしい存在かと言ったら…いや、これ以上考えるのはやめてあげよう。
「だからもう期待しないことにしたの。運動部には」
うん。いま、『には』って言った? 運動部には期待しない、ってことは、次なる標的は。
「で、調べてみたんだけど、文化部ってやたら数が多いのよね。同好会あつかいのとこも入れると、一日一ヶ所として、一ヶ月以上かかっちゃうじゃない」
聞いてて頭がくらくらしてきた。なにその計算、まず前提条件が異常すぎるっての。
「だから、協力しなさい。あんたもひととおり入部して回るのよ。ひとり一日二ヶ所として…うん、今月中にはカタがつきそうね」
ふざけるな。とでも言えばよかったのかもしれない。あるいは単に無視するか。なんにせよ、もうかかわりあいになる気なんてないと態度で示せば、これ以上つきまとわれることもなかったはず。
でも、ハルヒの瞳は真剣そのものだった。心をこめて説得すればきっとわかるはず、そう信じ込んでいるみたいに。
なんだかんだ言って、この子はわたしが気に入ってるらしい。涼宮ハルヒにとって、つまらない、くだらないことだらけの毎日の中で、ただひとり面白いと思える存在がわたしなのかも。
彼女について、あまりよくないウワサがいくつも広がっているのは、わたしの耳にも届いてる。先輩全員にケンカを売ってるらしい、とか、男をとっかえひっかえしてるらしい、とか。
どうも入学以前から今みたいな調子だったようで、同じ中学の出身者にも例外なく避けられている。
だけど、もしかしたらわたしだけが知ってる。ハルヒは別に、注目を浴びたいわけでも、自分の優秀さをひけらかしたいわけでもない。ひたすら純粋に、自分が面白いと思えるものを探してるだけ。人の迷惑なんておかまいなしに。
わたしがここで完全に見放したら、たぶんこいつの味方は誰もいなくなる。いくら並外れて無神経な性格でも、孤立して、無視されて、陰口を叩かれ続けて、それでも学校に来る気になれる?
望みとはまるでかけ離れた高校生活の中で、本当はひとりじゃ寂しいくせに、誰とも仲良くしようとできなくて…そんなハルヒの姿がつかさとダブって見えた。ベクトルは正反対だけど。
やっぱりわたしにはできない。あんたなんか友達じゃない、なんて、そんな残酷な宣言は。
「ああもう! つきあってあげるから、あんまり無茶しないでよ」
ハルヒはまばたきひとつしないでわたしを見つめている。一瞬だけ泣きそうな顔になったあと、満面の笑顔に変わる。
「よろしい。じゃあ決まりね、かがみ」
えーと…とつぶやきながらメモ帳を取り出して広げた。
「あたしは、映画研究会とオカルト同好会を調査してくるから。あんたは化学部と家政部に当たってちょうだい」
それだけ告げて、ぱたんとメモを閉じる。
「え、いまから?」
われながら愚問だった。こいつが『じゃあ明日から』なんて言うはずないじゃない。その無謀さを、ちょっとでいいからつかさに分けてあげたい。代わりにあいつの気づかいをハルヒに移植できれば…
「ぐずぐずしない、状況開始!」
はあ。やっぱこいつにかまうんじゃなかったかな? いまさら引き返すなんて、もう無理よね。

ごはん時。今日は姉さんたちが手伝い当番の日なので、わたしはつかさと、ついでにお父さんと、なんとなーくテレビを見ていた。
学校の部活動、という設定で、お笑いタレントたちがバカ騒ぎを演じている。
「そういえばふたりとも、どこかクラブには入るのかい」
お父さんが唐突に聞いてきた。娘との会話としてはごくまっとうな話題ね。でも今日のわたしにはピンポイントで答えづらい質問なのよ、それ。
「まだ。これからいろいろ見て回る予定だけど」
とりあえず端的に答える。そうよ、友達といっしょにクラブの下見、そう考えたらごく普通のことじゃない、うん。と強引に自分を納得させてみる。
この話題、つかさだって避けたいところじゃないの。
「わたしはねー、えへへ、あのね」
ありゃ、なんだか嬉しそうにしてる。
「わたし、文芸部に入ったんだよ」
文芸部ねえ。本を読み出したらすぐに寝ちゃうあんたが? まあ運動部よりはよっぽど向いてると思うけど。
「そこね、部員が一年生しかいないとこなの。去年までの先輩が、みんな卒業しちゃってて」
「へえ、ならわりと楽しくやれそうじゃない。あ。あんた友達できた?」
学校の友達の話、いままでつかさに振るのは避けてあげてたんだけど、この様子ならもう問題ないかな。
「うんっ。部長のゆきちゃんでしょ、あと、こなちゃんと、りょうちゃんと、わたしが部員でね…」
さらに続けて、その子たちとどうやって知り合ったのかを楽しそうに話し始める。
受験に失敗して以来、ふさぎこんでることが多かったつかさだけど、もうそんな気配は微塵もない。
そう、それがあんた本来の顔なんだからね。

さて、つかさの心配はもう無用みたいだし、もうひとりの厄介さんをどうにかしないと。
運動部めぐりであれだけの騒動を起こしてくれたハルヒが、文化部編ではおとなしくしてくれるなんて、ハナから期待してない。
あまりにも度が過ぎるようなら、もうやってらんないとでも言えば多少の抑止力に…なるかな。ならないような。
あいつにかまったせいでわたしにまで悪評が立つのはできれば避けたいところ。ハルヒを満足させつつ自分の立場を守るには、どうすれば。
半日考えて、ひとつの結論に達した。まじめに取り組めばいい。わたしなりのやりかたで。
そうと決まればまず下調べ。観察対象のクラブについて、過去の活動内容を確認する。この学校における歴史、例年の発表物、いままでの主な功績など。
それから、過去の部員、特に旧三年生である先代部長のプロフィールをチェック。去年までの中心人物だったはずだからね。資料なら図書館にいくらでもある。
実際その部に突撃したら、ここに入部する可能性は低いと始めに正直に明かした上で、先輩にクラブの活動紹介をお願いする。できるだけ失礼のない態度でね。
本当に部員を求めてるクラブだったら、それでも喜んで説明してくれる。逆に、ここでぞんざいに扱われたら入部する価値は低いと考えていい。今の部員で充分ってことだから。
あ、聞いた話はその場で全部メモ、これ大事。あとでハルヒに報告しなくちゃいけないし、あいつは気になったことがあるとやたらしつこく聞いてくるから。
本気でこれをやってみたら、意外と楽しかった。たとえ入部しなくたって知り合いは増える。わたしがどこかのクラブの部長さんと仲良しだったら、そこの部員だってなにかと協力的になってくれるものでしょ。
その日の部活めぐりが終わったら、放課後の教室でミーティング。
「ね、情報技術部ってなにやってた? あやしい電脳生命体とか開発してなかった?」
ハルヒのいつもの妄言は、例によって軽くスルー。この短期間でずいぶんこいつのあつかいにも慣れてきた。
「表向きの部員は多いけど、ほとんど幽霊ね。ただ残りのメンバーはけっこうやる気ある感じ。自作のアプリをネットで公開して、それなりに評価高いみたいよ」
「はあん。ま、保留かな。もういっこ、食文化研究会ってのは」
「んー。部活と称して食べ歩いてるだけみたいね。あと男子部員のわたしを見る目がいやらしかった」
「却下」
「同感」
もうひとつ、思わぬ副作用もあった。運動部ではどう見たってケンカを売ってるとしか思えない言動を繰り返していたハルヒだけど、わたしが協力してからは、当初心配してたような破壊的暴走はあんまりしないでいてくれた。そこは相手にもよるか。
仲間うちで集まってただ時間を潰してるだけのようなクラブなら、あいかわらず向こうがキレるまでけなすけど、それなりの目標があって活動してる所には、その仕事を根源から否定するような暴言は吐かなくなった。
そして、もう驚くにはあたいしないんだけど、あいかわらずハルヒはなんでもできた。手芸部ではミシンよりもすばやく仮縫いを仕上げ、吹奏楽部では見事なトロンポーンさばきで…暴れん坊将軍のテーマを演奏していた。いや、うまいからいいんだけど、なぜ選曲がそれ?
そのことごとくを、たった半日で飽きることができるってのは、まったくどういう神経してるんだか。ありあまるほどの才能を、どうしてだかひとつの分野に使い続けられないらしい。それでプラマイゼロなのかしらね。
そんなこんなで約二週間後、わたしたちはついに全クラブ制覇を達成した。ふう、誰かわたしをねぎらってちょうだい。
で、結局どこに入るの、とハルヒに聞いてみる。いちおう。
彼女の出した回答は、『どこにも入らない』だった。うん、予想はついてたわよ。あんたの望みどおりのクラブなんてものがあったら、そこはきっと部員の過半数が人類以外の種族なんでしょうね。
そしてわたしは、校内一の暴走女とただひとりまともにつきあえる、校内一の酔狂女として、みごと『ハルヒの親友』なる称号を獲得した。
ひとこと言っていいかな?
やれやれ。


秋の記憶・その一

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最終更新:2009年01月07日 23:51
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