秋の記憶・その一

はあ、と息を吐いてみる。さすがに白くはならないか。今日はかなり寒い気がするんだけど、まだまだ真冬にくらべたら暖かいってことね。
「わたしびっくりしちゃったの。すごいんだよ、ゆきちゃんってば」
友達の話になると、つかさは話題がつきないみたい。ホントに仲いいんだね。いちど会ってみたい気はする。
「こーんなに分厚い本を読んでてね、それはいつもなんだけど、どんなお話なのかなって、ちょっとのぞいてみたの。そしたら、ぜんぶ英語で書いてて。英語だよ。わたし、うわわって思っちゃって」
それは確かにすごいかも。その子は文芸部長さんだっけ? なら原書を読むくらいはありか。
「あんたも英語教わってみたら」
「うう、じゃあそのうち」
勉強の話になるとこれだ。まあわたしもこの反応を狙って言ったんだけどね。はしゃいだり、落ち込んだり、つかさのコロコロ変わる態度は見ていて飽きない。
口には出さないでおくけど、あんた陵桜に来なくて正解よ。マジメだけど要領が悪いつかさに、あの鬼のような量の宿題がこなしきれるとは思えないから。
なんて考えていると。
「おーい。つーかーさー!」
後ろのほうから誰かが呼んでる。すばやくそっちを振り向いたつかさは、これ以上ないってぐらいの満面の笑顔になる。わたしも振り向く。長い髪の女の子がこっちに駆け寄ってきた。
「こなちゃん、おっはよー」
おっと、つかさがよく話してる友達ね。わたしにとっては初対面、ちょっと緊張する。
「おんやあ? あ、もしかして、つかさのお姉さん」
こいつが『こなちゃん』か。かなり小柄な子だ。ついでにかなり伸ばしてるストレート。それ、しゃがんだら髪の先が地面についちゃうでしょ。
「うん、よろしくね。いつも仲良くしてくれて、ありがと」
彼女に向けて、つかさの頭をぽんぽんと叩いてみせた。口をとがらせてすねた様子になるつかさ。これを見て、こなちゃんとやらは胸元でこぶしを握りしめた。
「おおっ、そうやって子供あつかいされてもお姉ちゃんから離れらんないつかさ、萌えっ!」
んん。いまこいつ、『萌え』とか言った? つかさから聞かされてた話でそれとなく予想してたけど、やっぱソッチ側の住人かい。
つかさは「なにそれ」と言って笑う。
「いやさ、そういうフィーリングなんだよ。わっかんないかなあ…お姉さんは、わかる人?」
わかるか。てか、いきなりわたしに振るな。なんかこの子からも微妙にハルヒに近いオーラを感じるぞ。もはや宿命か。
とりあえず、いまの質問はあいそ笑いでごまかした。彼女はがっくりと肩を落とす。つかさが心配そうにのぞきこむと、にぱっと笑顔に戻った。
「なーんてね。オタクの道は獣の道さ」
今度は開き直りやがった、なんなのこいつは。でも、つかさが楽しそうにしてるからいいか。

「柊さん」
しばらく三人で歩いてたら、またもや後方から声をかけられた。どっちの柊? わたしとつかさは同時に振り向く。
見覚えのない女子がふたりいた。どっちも北校の制服。きれいに切りそろえられたロングヘアの子と、ショートカットで眼鏡をかけた子。
「ふふ、やっぱり。ごめんなさい、試しちゃいました」
ロングの子のほうが、胸元で軽く手を組みながらいたずらっぽく笑う。
「りょうちゃん、ゆきちゃん!」
つかさはまたもや笑顔全開モードになる。このふたりも、それだけ大事な友達ってことね。
「柊さんの、お姉さんですよね。あれ、この言いかた変かな」
そう言って、斜め後ろにいたショートの子に視線を送った。そっちは黙ってうなずく。
「はじめまして。りょうちゃんで通じるの? うん、じゃあそれで」
にこやかに自己紹介してくれた。これが『りょうちゃん』さんね、まだしも常識のありそうな子じゃない。
「柊かがみ。よろしくね。つかさとは双子で、同い年なんだから敬語はいいわ。えっと…」
さっきからひとことも発していない、三人目のつかさの友人と目を合わせた。眼鏡の奥の瞳がちょっとおびえているような。
「ゆき。よろしく」
自己紹介、終わり。って、ほかに言うことないの? 表情もほとんど読めない。これまた強烈なキャラね。
「ゆきちゃんはね、わたしたちの部長さんなんだよ」
「はっ、我々のリーダーであります。無口キャラ、いわゆるひとつの萌え属性であります」
つかさの紹介に、即座にこなちゃんが茶々を入れる。なんで軍人チックな口調なの。その元ネタはだいたいわかるけど、めんどうだから触れないわよ。つかさも少々あきれ顔だ。
「また萌え? ええと、だったらお姉ちゃんは、なに属性なの」
「見た感じ、ツンデレ」
「ツンデレとか言うな」
っと。初対面の相手なのに、つい反射的にツッコミ入れちゃったじゃない。ごめん、とすぐ謝る。
「…来た。つかさ、いまの見た? 一瞬でツンとデレが来たよ。お姉さん本物だ」
なによそれ。ツンツンしまくってる美少女だったら、すでに超弩級のやつがひとりいるから。機会があったらそのうち紹介してあげる。
このやり取りを見て、ゆきちゃん部長はくすくすと含み笑いを漏らしていた。なんだ、笑うとけっこう可愛いじゃない。
「あら?」と、りょうちゃんがまた視線をやると、恥ずかしそうに軽く咳払いをする。なるほど、この子が無表情なのは、自分の気持ちを人に知られたら照れるから、なのかな。

やがていつもの分かれ道に近づいてきた。「おっ」と、こなちゃんが声をあげる。
「そういや、お姉さんって陵桜なんだよね。なんかくやしいなあ」
えっ、とつかさも一声あげた。こなちゃんは気にせず話し続ける。
「いやさ、実はあたしも陵桜受けてたんだよね。わりとがんばったつもりなんだけど、みごとにスパーンと落ちちゃって。まあ、高望みだってのはわかってたけど」
また微妙な話題を。ちらっとつかさの様子をうかがう。わたしとも、友達とも目を合わせず、つかさは唇をかんで斜め下を見つめていた。
あんたまさか、まだ陵桜に落ちたのがトラウマなの?
手をつないであげようかと思って、少し迷ってやめにした。優しくしてあげるのは簡単だけど、いま甘やかすのはこいつのためにならない。
「ならどうして進学コース希望じゃないの? 北校からでも、それなりの大学は狙えると思うけどな」
りょうちゃんが首をかしげて聞いた。
「ほえ。べつに勉強なんてしたくないよ。たださ、陵桜に受かったら、お父さんにパソコン買ってもらう約束だったんだよねー。むう…」
さっきから、ちらちらとつかさを気にしていたゆきちゃんが、遠慮がちにたずねる。
「くやしい、とは、約束のものを買ってもらえなくて?」
「うん」
あっさりうなずいた。
「でもまあ、結果オーライかな」
結果オーライ、ね。パソコンなんかよりずっと価値の高いなにかを、彼女はいまの学校で見つけられたらしい。
つかさは突然立ち止まり、顔を上げた。
「わっ、わたしも。みんなに会えてよかったよ、ホントにっ」
ああもう、なにあわててんの。そんな半べそ状態じゃあ、お友達だって引いちゃうでしょ。と、思いきや。
三人とも、『いまさらなに言ってんの?』って顔をしていた。
「で、いま何時さ」
こなちゃんが誰にともなく言う。ゆきちゃんが時計を見る。
「普段のペースだと、遅刻は確定的」
あ、そうか。こいつらの学校はここからの道が長いんだっけ。ここまでかなりゆっくり歩いてきたわけだし。
「あ、う。お姉ちゃん、またね」
つかさはそう言い残し、みんなのあとを追いかけて坂道をかけのぼって行った。
ふう、と一息ついて、肩の力を抜く。
お調子者のこなちゃん、しっかり者のりょうちゃん、寡黙なゆきちゃん。みんないい友達じゃないの。
つかさは、自分の居場所を自力で作ったんだ。われながら驚きなのは、その事実がちょっぴり寂しかったってことね。
そろそろわたしも、つかさの保護者役からは卒業かな。

「アンケート回収してきたぞ、柊」
と、声をかけてきた男子は、わたしの机に紙束を置く。さて、枚数をチェックしないと。
「四枚足りない。悪いけど、明日じゅうに残りの男子分も集めてもらえる?」
へいへい、とやる気なさげに答えて彼は立ち去った。ったく、きちんと仕事してよね。女子の分はほとんど集まってるんだから。未提出者は、例によって約一名。
「ハルヒー、あんたも考えなさいよ。桜藤祭の学年合同イベント。地球の科学でも実現できそうなやつにしてね」
呼びかけてみてもハルヒは無言。不機嫌な顔で外の景色をながめてる。こんなくだらない依頼、聞く必要もないって思ってるでしょ。どこまで自己中なんだか。
「足りないの…」
なにやらぼそりとつぶやく。「ん?」と聞いてみる。
「いまのあたしには、なにかが足りないの、なにかが」
けっこうな大声でそう言った。いまたぶん、これ聞こえたひと全員が『おまえに足りない物は常識だ』と心の中でツッコんだに違いない。
ハルヒはちょっとわたしをにらみつけて、すぐに視線をそらした。それは、もっとかまってちょうだいってことなの? だとしたら、こいつにしてはわかりやすい態度だけど。
ここのところ、いつにもましてハルヒの機嫌が悪いように見える。文化祭が近くなって、わたしがクラスの仕事で忙しくなってきたからかな。いや、それは考えすぎか。
この秋から、わたしはクラス委員長なるものに任命されていた。
最初は辞退したんだけど、『あの涼宮と付き合えるなら、クラスを仕切るぐらい朝飯前だろ』という理屈によって、満場一致で可決されてしまった。数の暴力よ、それ。
めんどうな細かい仕事がちょくちょく舞い込むし、副委員長の白石君もいまいち頼りないし、もう災難と言っていい事態よね。
だけど、おかげでひとついいこともあった。
「あ、柊さん、もう回収されたんですか」
となりのクラス委員長さんは、わたしの差し出した紙束をていねいなしぐさで受け取った。
「まだ少し足りないけど、それはあとでもいい? 高良さん」
「はい、お願いしますね」
高良みゆきは、にこやかに、かつ品のある口調で答えてくれた。
ああ、この人といるとなんか癒される…ハルヒに飲ませる爪の垢の、第一提供者候補ね。
「本当に助かります。こういうアンケートって、みなさんどうしても期限を過ぎてしまいがちで」
「ホントにね。世の中ってのは、適当なやつのほうが圧倒的に多いんだから」
この話を横から聞いていたらしい、高良さんのクラスの副委員長が、会話に参加してきた。
「別に提出したからといって、さしたる利益もありませんからね。面倒くさがる人が多いのもしかたないのでは」
言いながら、彼は高良さんに手を差し伸べる。
「僕が持ちましょう。レディに力仕事はさせられません」
うわ、さらっとレディとか言ったぞ、こいつ。並の男がこんなクサいセリフを吐いたなら『アホか』のひとことだけど、彼が言うとサマになってるから怖い。
高良さんは、横から見ててもわかるほど頬をぽっと染めている。おーおー、純情ね。
「ではお預けします…すみません、古泉さん」
「お礼には及びません」
アンケート用紙をうやうやしく受け取った古泉一樹は、どこか小洒落たレストランのボーイみたいなしぐさでおじぎした。
彼も強烈にキャラ作ってるわね。ただ者じゃない。でももうかんべんしてあげたら。高良さんが、照れるのを通り越して居心地悪そうにしてるわよ。

「かがみ!」
廊下の向こうから、かなりの剣幕でわたしを呼ぶ人影があった。ああもう、なによ。
ハルヒは、ずかずかと、という表現が似合いそうな歩調でこっちに歩いて来た。
「アンケート」
紙切れを一枚、古泉君の持つ紙束に叩きつけるように置く。彼がちょっとだけよろけた。いくらレディにお優しい古泉君だって、ちょっとこれには怒っちゃうわよ。
「おかまいなしにケンカ売るのはよしなさいよ」
他人にぞんざいなこの態度はいつのもことだけど、今のはさすがにひどい。言ったって無駄なのは承知してるけどひとこと注意したくもなる。
ハルヒは目を見開き、唇を結んでしばらくわたしを見つめた。やがてぎゅっと目を閉じ、振り向いて立ち去っていった。
あれ? 絶対に、言われたことを十倍にして反撃してくると思ったのに。そうしたらこっちもたぶん何か言い返しちゃうし、そんなのあまりこのふたりに見られたくはないから、だからよかったんだけど。
「なんなのよ、もう」
「なにかお気に障ることでもあったんでしょうか。あ、すみません、余計なことを」
高良さんがぺこりとあやまる。いいのよ、そんな気をつかわなくたって。
「あれはいつものことだから。そういえば、あいつなんて書いたの」
ぞんざいなあつかいをされても変わらぬ笑顔の古泉君が、一番上のアンケート用紙をぴらりと見せてくれる。
『珍妙なダンス、へたくそなバンド、意味不明な演劇、くだらないミスコン、ぐだぐだのクイズ大会、以外!!』
この手の学生イベントの定番をことごとく潰してくるとは。あいつの基準に従うなら、回収したアンケートの大半がゴミバコ直行ね。
「不思議なかたですね」
高良さんがしみじみとこぼす。それって、あいつのいままでの奇行を最大限好意的に評価した解釈ね。
「不思議なんてもんじゃないわ、あれは」
わたしは腕組みして嘆息した。ハルヒをひとことで評価するなら…
「もはや異常、ですか」
古泉君がそう言葉を発する、やっぱり怒ってるのかな。わたしは彼のほうに振り向いた。
ハルヒが今日までにやらかした問題行動の数々、たしかに異常に見えると思う。無意味に攻撃的で、傲慢で、ただ底意地の悪い女にしか見えないと思う。
でも違う。あいつには前しか見えてないだけ。暴走以外の歩き方ができないだけ。それもわからない人に、異常だなんて評価はしてほしくない。

「撤回します。今のは僕の本心ではありません」
古泉君は爽やかな笑顔を崩さずに言った。その微笑みは誰か別の女子に向けてあげたら。あんたのファンはけっこう多いんだから。
「試してみたかったんです。あなたの前で彼女を悪く言ったら、どんな反応があるのかと、ね」
は? 言ってる意味がわからない。今のはわたしへのテストってわけ?
「お分かりになりませんか、涼宮さんが不機嫌になっている理由」
唐突に、なに。そこが簡単に読めるようなやつなら苦労しないっての。そんなことわたしに聞いてどうしたいの。
彼は少しわたしの顔色をうかがい、ふいに高良さんに視線を送った。突然見つめられてあわてる彼女。
「わた、わたしですか。ええと、憶測ですけど…不安を感じているのではないでしょうか。柊さんが、ご自分ではないほかの誰かと、仲良くなってしまうことに」
「わたしが、やきもちやかせてるって言うの」
問い詰めると、高良さんは少し肩をすくめた。ありゃ、この言い方はキツかったかな。
「あいつがそんなに繊細なやつとは思えないんだけど」
古泉君はゆっくりと首を横に振った。いちど高良さん目を合わせて軽くうなずいたあと、またわたしを見る。
「涼宮さんが笑顔を見せるのは…柊さん、あなたと共にいるときだけです。僕たちの知る限りでは」
言われてみると、あいつがにこやかに誰かと話してるとこなんて見たことない。
「前からずっと、僕は観察していたんです。あなたがた、特に涼宮さんのことが気になってしまって」
なにそれ。聞きようによっては危ない発言ね。ハルヒが好きなの?
「うまく説明はできませんが、どうしても彼女から目が話せなくて。当初は恋心の一種かとも思ったのですが、それとも違いますね。あなたがたを見過ごしてはおけないという、使命感のようなものです」
そんな告白をわたしにされても。高良さんはどうなんだろ。さっき、なんかふたりでアイコンタクトしてたけど。
「わたしも、以前から柊さんと、涼宮さんが気にかかっていたんです。お二人が仲良くされる姿を、ずっと見守っていたいと、そう感じていて。すみません、急に変なお話して」
身を縮こまらせて高良さんは語った。そんなに恐縮しなくたっていいのに。
「そんな感覚があるのは、わたしだけかと思っていたのですが…古泉さんとお話しているうちに、同じ考えだとわかったんです」
「あなたは違いますか。柊さん」
いつのまにか、わたしがふたりがかりで問い詰められる構図になってきた。ハルヒと仲良くしてるのが、そんなに変?
なおも古泉君が尋ねてくる。
「周囲のかたがたかから、失礼、変人だと思われてまで、彼女と共に行動してきた理由。それを言葉で説明できますか」
なんなの、こいつら。ふたりとも真剣な表情でわたしの回答を待っている。そんなにマジになることかな。
「理由なんて別に。あいつ放っといたらなにしでかすかわかんないじゃない。せめて誰かがついててやんないと、って、それだけよ」
これを聞いて、高良さんはほっと一息ついた。古泉君にも笑顔が戻る。
「なるほど。あなたにとって、誰かの世話を焼くというのはごく自然な行為なんですね。だから、ご自分が涼宮さんに抱いた感情を、さして特別なものとは思わなかった、と。そんな気がします」
はあ。困ったちゃんの面倒をみるのがわたしの習性だって言ってる? 好きでやってんじゃないわよ。
「あの、これからは、何かお困りのことがあったら教えてくださいね。少しでもお力になれたらと、思っていますから」
高良さんが遠慮がちに語る。古泉君もうなずく。まったく、涼宮ハルヒを大いに心配する団でも結成しようってのかしら。
でもまあ、ハルヒのことでなんかあった時、このふたりに相談していいってのは助かるわね。


秋の記憶・その二

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2009年01月07日 23:52
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。