『First contact』

ある晴れた日のこと。
 魔法なんてものはこの世に存在しないことなんざとっくに知っていた俺は、新しく入学する事になったこの高校でも、特にこれといった期待は無く、至って平々凡々な生活
に思い馳せながら入学式に出席した。
 そもそも総合選抜での入学のため、進学しても見知った連中は結構いるわけだし、それほど俺自身人見知りする性格でも無いため苦労することはないだろう、と軽い気持ち
でこの学校に来た事を後悔する事になるとはこの時はまだ思ってなんかいなかった。

『First contact』

case1 柊かがみ

 入学式後のホームルームで各自自己紹介を始める。
 俺も自己紹介を終え、まぁ悪い印象は与えなかっただろうと安堵の溜息をつき、後ろのやつの自己紹介に耳を傾ける。
「東中学出身。涼宮ハルヒ」
 ここは普通だった。ここは。
「ただの人間には興味ありません。この中に、未来人、宇宙人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上」
 その以上とも言える発言に流石に振り向いた。周りの皆もそうだった。
 長いさらさらの髪をして、黄色いカチューシャをつけているそいつ、後のSOS団創立者である、涼宮ハルヒは紛れもない美女であった。
 そしてその仰天発言に呆れかえっている柊かがみも、後のSOS団に入る部員の一人であり、俺もその一人なのである。
 その後、しばらくほかの人の自己紹介があり、柊の出番が来た。
「柊かがみです。えっと、家は神社をやっています」
 この発言に後ろのハルヒが少しピクッと反応したのを俺は今でも覚えている。
「それから四人姉妹で私は三女で、四女の双子の妹もこの学校に入学しました」
 さらにハルヒの机がガタッとする。このときはハルヒが怖くて後ろを見られなかったのだが恐らく柊を凝視していたのだろう。柊がこっちを一瞬見たと思うとすぐに視線を
逸らし着席した様子からハルヒの目つきが恐ろしかった事が窺えるね。
 薄い紫色をした長髪のツインテール。正義感が強く真面目そう。それが柊かがみの第一印象だった。

 入学当初、自己紹介での珍妙発言がありながらも容姿端麗なハルヒにお近づきになっておきたいと言う今の俺には考えられない思考を持ってしまい、ハルヒに話しかけてし
まった俺がいた。誰が責められよう。
「なぁ」
 第一印象が大事だと思ったため、さりげない笑顔で後ろの席へ振り返る。
「しょっぱなの自己紹介のアレ、どのへんまで本気だったんだ?」
 この言葉を言った時に周りの目線に気づくべきだった。
「自己紹介のアレって何」
 ムスッとした顔で尋ねるハルヒ。
「いや、だから宇宙人がどうとか」
「あんた宇宙人なの?」
 大真面目な顔で訊いてきやがる。まさかここまで本気だったとはね。
「……違うけどさ」
「違うけど、何なの」
「……いや、何もない」
「だったら話しかけないで。時間の無駄だから」
 見事一蹴。何であの時の俺はこの会話でハルヒとの会話を諦めなかったんだろうね。
 そのときの周りの視線が今でも痛いほどに思い出せる。

 高校生活が始まって数日、その間ハルヒには様々な変動が見られた。
 髪型が曜日によって変わったり、休み時間は専らどこかへ行き、更にはこの学校にある全部の部活に仮入部しておいて結局何の部活にも入らなかった事だとか。
 ハルヒは運動神経抜群だからどの部活へ行ってもレギュラーぐらい取れたろうにね。
 前の会話で懲りていなかった俺はそのような事をネタにしようと、再びハルヒに話しかけようと試みていた。
「曜日で髪型変えるのは宇宙人対策か?」
 その言葉にハルヒは反応し、無表情、と言うよりは怒ったような顔でこちらを見る。
「いつ気付いたの」
「んー……ちょっと前」
 この返事は顔色を伺って言ったのではなく俺が本当に忘れていただけである。普通誰もそんなの覚えていないだろう。
「あっそう」
 また一蹴。かと思いきやハルヒは頬杖を付いて話し出す。
「あたし、思うんだけど、曜日によって感じるイメージってそれぞれ異なる気がするのよね」
 初めて俺とハルヒの会話が成立した時である。
「色で言うと月曜は黄色。火曜が赤で水曜が青で木曜が緑、金曜は金色で土曜は茶色、日曜は白よね」
 何処となく共感できるものである。
「つうことは数字にしたら月曜がゼロで日曜が六なのか?」
「そう」
「俺は月曜は一って感じがするけどな」
「あんたの意見なんか誰も聞いてない」
「……そうかい」
 そう呟くと、俺が何か癇に障ることでも言ったのか、ハルヒは俺の方をじっと睨みつける。
 しかしそれは単なる思い違いらしく、
「あたし、あんたとどこかで会った事がある?ずっと前に」
 と訊いてきた。
「いいや」
 俺がそう答えると担任の岡部が入ってきて会話は終了となった。
 この会話が今となっては後悔しようのない、SOS団結成への第一歩だったのかもしれない。

 次の日、ハルヒは長い髪の毛をばっさりと切ってきた。黄色いカチューシャはつけたままで。
 ハルヒは「別に」と言って特に理由を教えてくれなかったが、俺との会話が関係してるようにしか思えなくてどうも気になる。
「ねぇ」
 と授業中の合間の休み時間。呼ばれる声がしてその方を振り向くと、そこにいたのは柊だった。
「なんだ?」
「あんた、涼宮さんになんか言ったの?」
 やっぱりそうなるか。仕方がないと思うが。
「髪型のことか?」
「そうよ。昨日涼宮さんが話してるのは珍しいなって思ってたら、今日ばっさり髪を切ってきたじゃない。なんかあったんじゃないかって思ってね」
 正義感の強いというかこいつは気になったことがあったらすぐに調べるタイプだな。
「いいや。特に悪く言った事はないが」
「それじゃあさ、どんな会話をしてたの?ただでさえあの喋らない涼宮さんだもの。普通の会話だったとしても気になるわ」
 そう言われ俺は昨日の話を説明する。説明し終えると柊も少し悩んだ表情で、
「そんな会話じゃ次の日髪をばっさり切られても困るわね。キョン君は関係無いのかな」
 と俺に非は無い事を改めて確認させてくれた。それより、あんたも俺のことをキョンと呼ぶのですか。
「いいじゃない、皆呼んでるんだし」
 微笑みながら俺にそう言う柊。
「それからあんたの言ってた月曜日は一って言うの、私もそうだと思うわ。それじゃ」
 そう言って柊は俺の席から離れ、二人の女子、日下部と峰岸に話しかけに行った。
 笑顔で喋る柊を見て、こういうのが普通の女子高生なんだなと、ハルヒが以上なんだよなと再確認した。

 言っておくが、今回はSOS団結成の前にあった出来事を思い出しながら述べているのだ。
 誰に述べているのか、どういった目的でかというのは、各自で考えておいて欲しい。
 
 ある日、昼食を買おうと食堂に並んでいた時の事。列に並ぶと俺の前の人物は小学生かというぐらい、小柄な少女だった。



case2 泉こなた

 青く、入学当初のハルヒぐらいの長い髪をしたその少女はなにやら財布の中を漁っており、どこかしら焦っている様な気もする。
 列が短くなるたびにその焦りは強くなっていき、しばらくして探すのを諦めたのか列から退こうとした。
「おい」
 ここまで並んでおいて急に退くのも変だと思い、俺はその青い髪の少女に声をかける。
「何でしょーか?」
 う、見るからに顔に覇気が無い。覇気の無い顔にも関わらず、その少女は端正な顔立ちをしていて、もう少しスタイルがよければハルヒともいい勝負ができるんじゃないか
と思うぐらいの美少女だった。
「何でいきなり列に並ぶのをやめたんだ?」
 そう尋ねると青髪少女は、
「いや、お金が足りなかったんだよ……」
 と言ってトボトボ歩き始めようとした。
「ちょっと待て」
 その言葉で糸目少女は足を止めこちらを振り向く。
「いくら足りないんだ?」
「ざっと二百円」
「なら貸してやるよ」
 流石にあそこまで並んでおいてもうすぐ手に入るって言うのに結局手に入らないんじゃかわいそうである。だったら今日は少し多めに持ってきてるわけだし貸してやっても
いいだろう。返してくれる保証はないと思うが。
 そう言うとその少女は目を開き、
「いやいや、それは悪いって」
 と拒んでくる。そりゃそうだろうな。いきなり初対面の男子に金を貸してやるとか言われても困るだろう。俺も拒む。
「嫌がるのも分かるが、俺はあんたに何も求めはしないさ。ただ困ってる人がいたら助けるのが普通だろ」
 自分で言っといてかなりクサかったと思う。少女もその言葉にクスッと笑い、
「ギャルゲーみたいな展開だネ」
「ギャルゲー?」
「あ、こっちの話。んじゃお言葉に甘えちゃおっかなー」
 と再び目を糸目に戻し俺の前へと並びなおす。
 俺はその少女に二百円を渡し、お互い欲しい物を購入した。

「チョココロネと牛乳だけでよかったのか?」
「うん。最初からそのつもりで来たんだもん。そしたら財布にお金が全然入ってなくってサ。最近使い込んじゃってたからネ」
 食堂からの教室までの廊下、俺はその少女と肩を並べて歩いていた。とは言っても俺の肩とこいつの肩じゃ高さは曖昧三十センチほどあるがな。
「もうすこし栄養バランスを考えた方がいいぞ」
 俺が言えた言葉じゃないのだが。
「いやー、いつもこういうわけじゃないよ?自分でお弁当を作ったりする時だってあるんだからネ」
 そうやって胸を張る少女。それにしてもこういうのもアレだが、見た目のわりに自炊ができるとは凄いな。
「そりゃぁネ。だってお母さんは若いうちに亡くしちゃったから」
 え?
「だから、お母さんは亡くなっちゃってるの」
 少し場の空気が悪くなる。だが当の本人は至って普通の顔をしていて、俺の気まずそうな顔を見るなり、
「大丈夫だよ。私自身気にしてないしネ」
 と言い俺は慰めの言葉を貰った。
 そして一年五組の教室の前で足を止める。
「俺はここなんだが、あんたは何組だ?」
「六組だよ。あ、そういえば名前を聞いてなかったネ」
 本来の名前を言うべきか、それとももう定着してしまった例の呼び名を言うべきか。

「キョン君よ」
 と言ったのは俺では無い。ふと横を見ると柊が腕組みをしてこちらを見ていた。
「うおっ、かがみん!」
 わざとらしくリアクションを取る少女。
「幽霊みたいに言うな」
「まぁまぁ。それにしてもキョンって変な名前だね」
 呼び名だ。本名はまた別にある。
「あんたたちそんなに仲良かったの?」
 少しにやけ面でそう言う柊。
「いや、初対面だが」
「そうそう。ちょっと食堂でお金を借りてたんだよ」
「お金を借りただけであんなに仲睦まじく出来ないと思うけどね」
 相変わらず疑ってらっしゃる。疑り深い性格なんだな。
「それよりあんたは柊と仲がいいのか?」
「あんたって……そういやまだ名前言ってなかったね。泉。泉こなただよ」
「私とこなたが仲良くなったのは、そうね、入学当初の自己紹介の時につかさ、妹の事話したでしょ?」
 確か双子の妹さんでこの学校に在学してたんだっけか。
「そう。私の妹とこなたが仲良かったからその繋がりで私とも仲良くなったってわけよ」
 そうだったのか。昼休みはどこかへいなくなると思ったら六組へ行ってたのか?
「まぁそんなところよ」
「それじゃ早くしないと昼休み終わっちゃうから、じゃあねー。また今度お金は返すヨ」
 と言って泉と柊は六組へと歩いていった。

「いいご身分じゃねーか。キョン」
 教室に入るなり、谷口が俺にそう文句を飛ばす。どういう意味だ。
「しらばっくれてんじゃねーよ。いつからあんなに柊かがみと仲良くなったんだ?それに泉こなたも一緒だったじゃねーか」
 机を三つくっつけ国木田の隣で卵焼きを箸に掴みながら、パンを持って席についた俺に言う。
「見てたのか」
「見てたのか、じゃねーよ。一体食堂行ってる間に何があったんだよ」
 別に、金が足りないっていってたから貸してやってただけだが。
「本当にそれだけか?」
「それだけだ」
「まぁ信じてやる。それにしても、俺の美的ランク、Aランクプラスの柊かがみとAランクマイナーの泉と仲良くなるとはなかなかだな」
 まだランク付けしてたのかよ。
「二人ともAランクなんだね」
「おうよ、柊かがみは性格が少しきついが容姿はいいからな。泉ももう少しスタイルがよかったら確実にAAランクはいってたな。あの身長は惜しいぜ」
 何がどう惜しいのか、大体谷口が女性を判断する権利はあるのか、などいろいろと問いただしておきたいがあえて何も言わないでおく。
「まっ、二人とも涼宮に比べたら性格は月とスッポンのようなものさ」
 この場合、どっちが月でどっちがスッポンなのだろうかは言うまでも無いのだろうな。
「お前も、涼宮を諦めてそっちに行った方がいいと思うぞ」
 別にハルヒを狙ってたわけじゃないし、柊たちを狙ってるわけでもないのだが。
「ところで、何で谷口は柊さんのことフルネームで呼ぶのさ」
 弁当に入っているふりかけの袋を開け、ご飯にかけながら国木田は尋ねる。
「決まってんだろ。双子の区別をつけるためだ」
 さっきもそんなことを言っていたな。
「柊かがみの妹、柊つかさは美的ランクだとAAランクマイナーだな。聞いた所によると性格は柊かがみとは正反対でおっとりした感じらしい」
 訊いてないことをベラベラと喋るやつだ。白飯を一掴みし、口に含み飲み込んだあと再び話を始める。
「性格だけじゃなく、見た目も全然似てないんだよ。似てるといえば髪の色ぐらいか。双子で似てないの何ていうんだっけ」
「二卵性双生児じゃない?」
「そうそう、それだ。それなんだと思う。まっ、どっちにしろレベルは高いって事だ」
 俺も国木田も谷口の話はそんなに真剣に聞いておらず、昼食を食べている。
「ああ、俺もそんぐらいのレベルの女子とお近づきになりたいぜ」
 谷口はそう言った直後に、箸を床に落とした。
 この分じゃ到底お近づきにはなれないだろうな。

 また別の日。俺は体育で足を怪我をしてしまい、保健室へ行く羽目になってしまった。
 保健室のドアをノックすると「はぁい」という若々しい、どう聞いても先生の声には聞こえない声が返ってきた。



case3 柊つかさ

 保健室のドアを開けると、そこにいたのは先生ではなく俺と同じく体操服を着ていた女子であった。
 となると、彼女が返事をしたのか。何故?
「……天原先生は?」
 とりあえずこのままだとしんどいのでイスに座り、その少女に問いかける。
「あ、えっと、確か湿布を取りに行ったよ」
「そうか」
 さすがに見知らぬ男女二人での保健室は気まずいものがある。二人とも何も発せずにだんまりを決め込んでいる。
 改めてその少女を見ると、薄紫のショートカットで頭にハルヒとはまた違ったカチューシャをつけている。
 薄紫の髪、谷口の言っていた柊の妹かもしれない。
「なぁ」
「はい?!なんでしょーか」
 いきなりの問いかけに驚く少女。
「もしかして、柊さんか?」
「え、はい。そうですけど……」
 少し顔を赤らめ恥じるような態度を取る柊妹。
「あー、俺はキョンって言ってあんたのお姉ちゃんと同じクラスなんだが」
「あ、あなたがキョン君?」
 聞いた事でもあるのだろうか?
「うん。この前、こなちゃんにお金を貸してあげたでしょ?」
 こなちゃん……多分、泉の事なのだろう。そういえばまだ金を返してもらってないな。別にいいが。
「ああ、確かに」
「それで、その事をお姉ちゃんとこなちゃんでずっとお昼ご飯のとき喋ってたんだよ」
 可愛らしい笑顔で話す柊妹。うん、谷口がAAランクマイナーと言うのも分かる気がする。
「それで、あまりにも楽しそうに喋るから一度会ってみたいなーって思ってたんだぁ」
 あまりに楽しそうって、俺を笑いのネタにでもしていたのだろうか。
「あ、そういえば自己紹介がまだだったね。私の名前は柊つかさ。よろしくね、キョン君」
 またしても一点の曇りも無い笑みでこちらを見る柊妹。
「よろしくな。えっと、柊」
 うーん、さすがに二人とも苗字だと何か分かりづらいし、どうしたものか。
「私のことは『つかさ』でいいよ?」
「いや、俺が気になるんだが」
 それ以前に、今日初めて会ったばっかなのにいきなり下の名前で呼ぶのには抵抗があるはずだろう。
「私は気にならないもん。昔からずっとお姉ちゃんと一緒だったから呼ばれるときは下の名前ばっかだったんだ」
「そうか。なら、『つかさ』でいいんだな?」
 そう言うとつかさは満足した様子で「うん」と笑顔を見せた。
「ところで、何でさっきは返事したんだ?」
「それは、何というか返事しといた方がいいかなーと思って」
 恐らく、つかさは天然なんだろうな。と俺は思いながらその後は柊や泉の事などをいろいろ聞きながら、先生が来るのを待っていた。

「キョン君。足大丈夫?」
 保健室から帰った後の休み時間。柊が俺に尋ねてくる。
「ああ、湿布も張ったしバッチリだよ」
「そういえば、私の妹が居たはずだけど」
「居たぞ。結構話しやすかったな」
「でしょうね。あの子、かなり天然はいってるから」
 少し溜息交じりに話すかがみ。だが決して嫌そうにしているわけでないらしく、親が世話のかかる子供の話をしているような感じである。
「それと、つかさから色々お前達の事も聞いたからな」
「なっ、つかさのやつどんな事喋ってたの?」
 少し顔を赤らめながら俺に尋ねてくる。
「俺がこの前泉に金を貸したとき、楽しそうに俺のことを話していたらしいな」
 別に怒ってはいないのだが、どんな内容だったが気になったりはするもんだ。そんなもんだろ?男子は皆、女子の評価が気になるのさ。
「あ、それは、いや、まぁ……」
 少し恥ずかしそうにしてこめかみ辺りを軽く指でなぞる。
「そんなのいいじゃない?」
 俺としては良いような良くないような気がするが。と思っていると、
「それより、私のことも『かがみ』って呼んでいいわよ。つかさと区別するためにもね」
 話を変えられたような気もするがまあいいとしよう。
 それにつかさの時にも言ったのだが、それは恥ずかしいというか、何というか。
「あら、だったらなんでつかさのことは下の名前で呼んでるのかしら?」
 ニヤケ面で俺の痛いところを突いてくる。
「わかったよ」
「わかったならよろしい」
 かがみはニッコリと笑い、その場を立ち去った。

「キョーン」
 かがみとの会話を終えた後、肩に何かがのしかかる。
 後ろを振り向くと谷口が恨めしそうに俺の方を睨んでいた。
「なんだ」
「なんだもパンダもねーよ。柊かがみと柊つかさを二人とも下の名前だけで呼ぶとは、中々やるじゃねーか」
 何をどうやるのか知りたいところだが。
「お前だけは、お前だけは裏切らないと信じてたのに」
 裏切るって何だ。そもそも、お前の仲間になった覚えすらない。
「ぐっ、酷いことを言いやがって。覚えてろよ」
 そう言った後、谷口は教室の外へと駆けて行った。とうとう発狂しやがったかあいつ。
「谷口もかわいそうだね」
 走っていく谷口を見ている国木田。谷口が見えなくなると視線をこちらにやり、
「キョンは昔は変な女性が好きだったのにね」
「昔っから好きじゃねーよ」
 そう答えると国木田はクスクスと笑い、
「ハハハ、そうは思わないけどね。ま、頑張りなよ」
 頑張れって何をだ。

 ハルヒが部活を作ろうと言い出し、俺はその書類やらなんやらをやらされる事になってしまったわけだが。
 その書類集めの時にも、ちょっとした出来事があったわけだが。



case4 高良みゆき

 ハルヒから頼まれた、というより命令された書類とやらを取りに行く最中、廊下を曲がると、階段の前に可愛らしい財布が落ちていた。
 手に取ると、中々の重量感がしたので、中身は結構つまっているに違いない。
 かといって俺はネコババをするような卑怯な人間ではないし、そんなもの俺の良心が許さないのでそっと元の場所にでも置いておこうかと思ったのだが、もしこれを他の人
が見つけたらそれこそネコババされてしまいそうな気がする。
 財布の中身を見ると、そこにはカードも入っておりそのカードを見ると名前がしっかりと書かれていた。
『高良みゆき』
 果たして何年生なのか、どのクラスなのかも分からないが、お嬢様っぽい人なのだろう。これだけの重い財布なのだから。
 この学校の女性の事なら谷口に聞くのが手っ取り早いのだろうが、谷口に頼むのは何か癪に障るので、自分で何とかしよう。
 とは言っても、分かるのは名前と性別だけ、容姿や学年なども分からないのをどうやって探したらいいのだろうか。

「あれ?キョン君じゃん。どうしたの?」
 と呼ばれ後ろを振り向き少し下のほうを見ると泉が立っていた。
「むー、そこまで首を下向けないと見えないかナ?ところで、何してたの?」
「いや、財布を拾ったもんでな」
 財布で思い出したが、まだお金を返してもらってないような。しつこいようだが、俺は別にいつ返してもらってもいいのだが。
「あ、お金は今度払うから。今月ピンチなんだよネ」
 ハハハといいながら糸目の少女は手を後頭部にやる。
「ところで、ネコババでもする気?」
「誰がするか」
「うん。キョン君はそんな事しないと思ったヨ」
 何の自信だ。
「ところで、名前とかあるの?」
「カードには『高良みゆき』って書いてたが」
 といきなり糸目少女が目を輝かせた。
「おお、みゆきさんのだったのか」
 みゆきさん?知り合いだったのか。
「うん。同じクラスだヨ。美人で頭も良いから結構人気あるんだけど、ちょっと天然な所があるんだよネ。キョン君みゆきさんの事知らなかったの?」
 生憎、あんまりそういった事情には詳しくないものでな。谷口はそういったのは詳しいだろうよ。
 だがまあそうだったら話が早い。これを高良さんに渡しといてくれよ。
 すると泉は少ししかめっ面をして、
「こういうのは男子が届けに行くからフラグが立つのに」
 と呟いた。フラグって何のことだ?
「気にしないでくれると嬉しいよ。んじゃ私が渡しておくネ」
 ちゃんと渡せよ。いくら今月がピンチだからって中身を抜き取るんじゃないぞ。
「わかってるヨ。バーイ」
 そう言って泉は元来た道を帰って行った。何しにここを通ったんだろうか、あいつは。

 その日の放課後、ハルヒが俺を文芸部室に引き連れ、長門と出会い、放課後毎日ここに来るように命令され、死刑を免れるために仕方なく毎日来る事を約束し、とりあえず
帰ろうとすると、下駄箱で見覚えのある小さい人物と、見た事の無いグラマーな人物が居た。
「泉じゃないか」
 そう、見たことのある人物とは泉の事で、その隣に見たことの無い薄い桃色の長い髪をした眼鏡をかけた女性が立っていた。
「紹介するよ。この子がみゆきさん」
 そう言って彼女の方に手をやる泉。泉に紹介されるとそのみゆきさんとやらは軽く会釈をしながら、
「初めまして。高良みゆきと申します」
 と、自己紹介をした。
 ところでなんで高良と泉がこんな所にいるんだ?
「いやサ、財布をみゆきさんに届けたあとその経緯を話したら是非みゆきさんがお会いしたいって言ったもんだからネ。ところでこんな遅くまで何してたの?」
 そこは聞かないでくれ。説明が面倒だ。
「あの、キョンさん」
 あなたもその呼び方ですか。
「あ、すいません。嫌だったでしょうか?」
 上目遣いでそう訊かれる。こんな顔をされると嫌とは言えまい。
「いえ、別にいいですよ」
 そう答えると高良はホッと溜息を一息つき、
「そうですか、ありがとうございます」
 と言って微笑んだ。うーん、実に可愛らしい。
「その、財布を拾ってくださってありがとうございました。もし拾ったのがキョンさんじゃなくほかの人だったら悪用されてたのかと思うと……」
 別に気にする事はないですよ、と必死に謝辞を述べる高良を慰める。
 高良も落ち着いたのか、フゥと一息入れる。
「キョンさんの事はかがみさんや泉さんから聞いていたんですよ」
 俺はとっさに視線を泉の方へとやる。泉はとっさに視線を逸らし、口笛を吹いている。
「でも、悪い事ではなく、良い事ばかり聞いてるんですよ」
 具体的には、どんな事を言ったんだ。泉やかがみのやつは。
「かがみさんはキョンさんは良い人だと。泉さんもキョンさんに助けられたと仰ってましたし、あまり責めないであげてくださいね」
「そうだヨ。責めちゃ駄目だヨ」
 高良が言うのには納得いくが、お前が言っちゃ駄目だろ。まぁ、許しておいてやるが。
「あ、ではこれから歯医者がありますので先に失礼しますね」
 と言って高良は走るように下駄箱を出た。

「とまぁ、俺たちが初めて会った時だ」
 俺は放課後の部室でお茶を飲みながら説明を終える。
「ふーん。どうりでかがみはともかくこなたたちとあんたが仲が良いわけね」
 俺が説明をしていたのは涼宮ハルヒであり、今はSOS団結成から結構な月日が経っている。
 もちろん、上の話では出てこなかった微笑んでいる古泉やメイド服を着た朝比奈さんも居るし、それぞれが宇宙人、未来人、超能力者であることも俺は既に知っている。
 ハルヒは古泉たちSOS団メンバーを俺を含め五人集めた後、新に四人追加したのだ。
 それが、泉、かがみ、つかさ、高良である。
 元はかがみとつかさが『巫女で双子である』という事を不思議だと捉えて、SOS団に勧誘(というよりは脅迫)したあと、自然と残りの二人もついてきたのである。
 そしてハルヒは新しく入ってきた四人と俺がやたらと親しい事に対して疑問を抱いていて、上のような話をしなければならなくなってしまったのである。
 全く、面倒なやつだね。
「ま、仲が良い事に越した事はないけどね」
 だったら何で訊いたんだ。俺の過去の話なんかしてもお前には何の面白みも無いだろうに。

 本日もまた晴れ。雲ひとつ無い快晴なり。






作品の感想はこちらにどうぞ

タグ:

多人数
+ タグ編集
  • タグ:
  • 多人数
最終更新:2009年01月14日 23:16
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。