前回までのあらすじ
・キョン、教師として稜桜学園に赴任
・こなた、新生SOS団を結成
・みゆきは宇宙枠、つかさは超能力枠、あとは……?
教師キョンキョン物語 第8話
柊つかさの悩みを聞いたその翌日、俺は谷口と飲みに行った。好き好んで選出したわけじゃない。
うまくアドバイスできなかった愚痴を遠慮なく聞かせられる相手は谷口ぐらいしかいなかっただけだ。
まあ、もともと聞き上手な奴ではないし、向こうも鬱憤を抱えていたようだから傷の舐めあいになっちまったがな。
そんな二人が寄り集まれば流れは自然と昔話になり、二割増しで美化された思い出が肴に。
このままだと帰宅した後も「昔は良かった」と独りごちてしまいそうなテンションの中、ケータイが鳴った。
『もしもし、ちゃんと教師やってるかい?』
立て続けに懐かしい奴から連絡が来るというのは、どんな巡りあわせかね。
「佐々木か?」
『なかなか連絡をよこさないからこっちから電話してしまったよ。女を待たすのは感心しないね』
「お前は俺に女として接してないだろ」
『久々だというのにいい切れ味だよ、キョン』
何年経っても、こいつの言葉遣いは変わらない。くっくっと喉の奥で鳴るような笑い声もだ。
『それより、ちゃんと教師やってるかい?』
「ああ、ぼちぼちな」
『そうか、僕もだ』
……なんだって?
『今は、北高で教鞭を振るっている』
「教師になったのか、佐々木」
佐々木はハルヒと同じ大学に進学した。
何か意図があったかは知らないが、奴の学力にはちょうどいいレベルの大学で、特に苦労はしなかったようだ。
高校時代の一件以来、ハルヒと佐々木の仲は急速に良くなっていったので、俺は何も心配しなかった。
何か心配することがあるのか、と問われたら答えに窮する。当時も今も、わからないことは意外に多い。
事実、佐々木が教師になったことも知らなかった。そして現在進行形でわからないことといえば、
「で、今日は何の用だ」
『用がなければ電話さえしてもいけないというのかい?』
「久々に聞いたぞそのギャグ。で、何かあったのか」
『ん……ちょっと、気になることがあってね』
ここにきて、佐々木節が少し鈍った。
『キョン、涼宮さんとは連絡をとっているかい?』
「ハルヒと?」
そういえば、ここのところはさっぱりだ。もともと頻繁に連絡し合っていたわけではないが。
『していないか。なるほど』
「自己完結するな。何のために電話してきたんだ」
『いや何、ちょっと老婆心が働いただけさ。涼宮さんが寂しそうだったからね』
「え? ハルヒも同じ職場にいるのか?」
『いや、彼女は大学院に残っているよ。僕はただ、君よりは頻繁に連絡を取り合っているだけさ』
「……仲良いな、お前ら」
『お蔭様で、ね』
結局のところ「早めに電話でもしてやれ」という所に話がまとまり、通話を切るとまた谷口との馬鹿話が始まった。
そういや、佐々木との連絡もご無沙汰だったことをようやく思い出した。
カップから立ち上る白い煙。それが天井まで届くのを俺は見届けていた。
暦の上では夏とはいえ、雨がしとしと降る六月だ。湯気だって勢いづく。
「もしかして、熱いのは苦手でしたか?」
「いえ、少し香りを楽しんでから、と思いまして」
天原教諭の気遣いに軽口で返しつつ、淹れたてのコーヒーに口をつける。
そこまでは我ながら決まっていたと思うのだが、すぐ「熱ッ」と悲鳴を上げたのはいただけなかった。
「あっ、大丈夫ですか」
「すみません、いまいちしまらなくて……」
あまりの動揺に、つい内心を吐露してしまう俺。
天原教諭が「私は気取っているより、面白い人の方が好きですよ」とフォローしてくれたのが救いか。
お察しの通り、ここは保健室だ。しかし俺は桜庭教諭とは違うのでさぼっているわけではない。
職員室は、間近に迫った中間試験の問題作りで大わらわだ。
もとが歴史好きの俺と黒井教諭は、勤務時間外を試験の打ち合わせに費やすことも苦ではなく、結果として早めに終わった。
仕事のない者が忙しい場所にいるのは申し訳ないと思い、こうして自らを隔離したのである。
「学生のころは考えが及ばなかったけど、実は先生も大変なんですね」
「昔の方が良かったとお思いですか?」
「そう思うこともありますが、この時期にピンポイントで戻るのはごめん被りたいです」
天原教諭は、俺のつまらん冗談にいちいち笑ってくれるいい御仁だ。
しばらく世間話をした後、コーヒーの礼を言って保健室を出た。ずっと入り浸っているわけにもいくまい。
次に訪れたのは、新生SOS団暫定部室。今日の放課後もここで、彼女らの勉強会が開かれる。
「平和なもんだな」
思わず一人ごちた。別に平和が嫌ってことではない。そう聞こえたとするなら、生来の口の悪さの賜物だ。
初めて連れて来られたときは、高校時代のような、てんやわんやを繰り広げるのかと危惧していたものだが、
「蓋を開けてみれば、ただの仲良しグループだった」
途中、宇宙人に取り憑かれていたり、超能力に目覚めたりした者もいたが、大きな混乱はなかった。
事件らしい事件も、あの黒井教諭宅での一件以来、何も起こっていない。俺が熱を出したのをノーカウントとするなら。
「力になると気張ってみたものの、当分することはなさそうだな」
平和が嫌いなはずがない。ただ、しかし。
「肩透かしを食らった気分だな」
妙な、感じだった。
佐々木から電話をもらってから、結局、一度もハルヒとコンタクトをとっていない。
それどころか、思い起こせば稜桜学園に赴任してから、一度も、だ。
ハルヒのことを忘れていたわけではない。忘れられるわけがない、俺の世界を変えたトンデモ野郎だ。
泉こなたたちに関わるようになってからは、尚更だ。
「そうだ……ちょっと、忙しかったから、な」
忙しかったから、何だ。新しい玩具が見つかったから、古いのにかまっていられなくなったってか。
俺は泉たちを、ハルヒの代わりとして、見ているのか。力を失ったハルヒの代わりに。
「こらこなた! 一番まともに勉強すべきあんたが何さぼってんだ!」
柊姉が怒鳴るが、その程度で萎縮する泉ではない。
「平気平気。いざとなったらヤマ張るもーん」
「こなちゃん、そのときは私にも教えて!」
「当てにしない方がいいわよつかさ。てか、博打すら他人に頼るってどうなんだ」
「ゲン担ぎを他人を頼ることに含めれば、けっこうよくある話ですよね」
「確かにね。でも、こなたは縁起物じゃないわ。むしろ対極よ」
……まじめに勉強する派のはずの柊姉が、一番喋っているな。
「いやしかし、平和だな白石君」
「先生、何でいきなり軒先で茶を啜ってるオーラを醸すんですか」
白石少年のツッコミは実に芸人臭い。だが、初期の隅で縮こまっていたころに比べればだいぶ喋るようになった。
さすがにあの四人の中には入っていき辛いのか、専ら俺の相手をしているのは仕方の無いところか。
「だめだよキョンキョン。もとから老けてるんだから」
「言ってくれるな泉。だが、ローテーション具合ならお前も負けてないだろ」
「フッ。私は見た目の若さがそれを帳消しにしてくれるからいいのサ」
したり顔で胸を張る。だが、お前のは若さではなく幼さだろうが。
そのツッコミは柊姉が済ませてくれたので、俺は「やれやれ」と見守るだけに留めた。
一度は情報を与えないための防衛ラインを張ったものの、泉と白石少年に対する警戒も薄れつつあった。
前にも思ったことだが、泉は周りの環境に不満を抱いているとは思えない。
仮に……仮の話だ。泉がハルヒと同様の「神様」だったとしても、世界をまずい方向には動かさないだろう。
もう一つの可能性、白石少年だとしたら……。
「まあ、ないな」
「何が無いんスか?」
「白石君だしな」
「だから僕だと何が無いんスか!?」
この調子なら、大事にはならずに、ことが収まるかもしれない。
神様もでしゃばらず、未来人にも出くわさず。あとは朝倉をさっさと追い出せば……
「……キョンさん?」
「え? 何だ、みゆき」
「いえ……その、ちょっと具合が悪いのかな、と思いまして」
「さすがみゆき、よく気が利くわね」
「私たちにできないことを平然とやってのける! そこに痺れる憧れるゥ!」
柊姉の茶々と泉のボケのせいで有耶無耶になったが、今日の俺はすこぶる健康で具合が悪いなんてことはない。
俺のことは大体わかると豪語していたみゆきが言うからには、そんな風に見えた、のは本当なのだろう。
いったい、俺はどんな顔をしていたんだ?
そして、今日も部活(正式には発足していないが)が終わり、それぞれが帰路につく。
全員を追い出したあと、俺も帰ろうとしたとき、
「先生、ちょっと時間いいですか?」
戻ってきたらしい白石少年に呼び止められた。俺は承諾し、場所を移すのも難なので部室(仮)で話すことに。
「あのときは、ご迷惑おかけしました」
「あのとき? えーと、すまんが、いつのことだ?」
「六年くらい前のことです」
ちょっと待て。俺は白石少年とは今年会ったばかりだ。
六年前といったら高二で、佐々木や異世界人とあれこれやってたころだぞ。
「申し遅れました。僕、あのときの『異世界人』です」
異世界人が現れたのは、確か高校二年の終わりごろだったか。
ハルヒの消息が途絶えるという事件が起きた。存在が抹消されたとかトンデモパワー関連でなく、現実的に。
そこから、再集結した佐々木団をも巻き込んだてんやわんやが始まった。
すべてが解決した後、異世界人どもは『外側』へ帰っていき、それっきりだと思っていたのだが。
「……それは、冗談ってわけじゃなさそうだな」
俺は白石少年には、トンデモ関連の情報は一切教えていない。にも関わらず、
「異世界人なんて名乗るなんてな。マジか?」
「えらくマジです」
そう断言した瞬間から、俺の瞳には敵意が宿っていたと思う。正直、やつらにいい印象はない。
連中は、無数にある『世界』を観測する存在で、便宜上異世界人と称していたが厳密にはどの世界にも属さないと言っていた。
介入は極力控える主義とのたまっていたが、俺たちの世界が、他の世界を過剰に引き寄せる性質を持つと気づくと事情が変わり、
調査の結果、原因は涼宮ハルヒにあると知ると、『禁じ手』を使ってまで、ハルヒを直接消そうととち狂いやがった。
「その節は、本当にすみませんでした。あれは一部の過激派が勝手にやったことで」
「言い訳は六年前も腐るほど聞いた。今思い返してもどうかしてるぜ、まったく」
禁じ手とは、特定の――この場合は俺たちの世界の住人として、存在を『確定』すること。
代償としてその世界に永住し、観測者には戻れなくなるらしいが、そうまでしてやったことが誘拐および殺人未遂ではな。
「だが、その後ハルヒの力の発現を利用して、存在の確定は取り消されてもとの立場に帰れたはずじゃなかったのか?」
「さっきも言いましたが、あのとき『確定』して行動を起こしたのは過激派だけで、お蔭様で彼らは全員戻ってきました」
「じゃあ君は何なんだ」
「あの……言いにくいんですが」
演技ではなく、本当に言いにくそうな白石少年。
「実は、気がついたらこっちの世界に『確定』されていたんです」
「……それは、ありのまま起こったことを話しているのか?」
「はい。何が何だかわからないでしょうが、僕もよくわからないんです」
いっそ、彼が黒幕でいてくれた方が良かった。何もわからない奴に来られても困るぞ。
「まあ……事情はわかった、ということにしておく。で、君はこれからどうしたいんだ?」
「確定を取り消して、もとの観測者に戻るってのがベストです」
「できるのか?」
「以前のように、強大な引力を持つ者……涼宮ハルヒさんのことです。その方の力を借りれば、おそらく」
「ハルヒにもうそんな力はない」
「でも僕は引力でこの世界に確定された。涼宮さんでなくとも、他に誰かいるはずなんです」
他の誰か。
「……泉こなた、か?」
「少なくとも、僕はそう思っています。つかささんに、キョン先生のところへ連れて来られた、あのときから」
「名指しできたか。俺はずいぶんと期待されてるんだな」
「それはもちろん。で、キョン先生を見込んで教えるんですが……」
白石少年はたっぷり間を置いてから、声を潜めて言った。
「何となくですが、先生が泉さんにキスすれば力が発現する気がします」
「……何となく、で言われても困るんだが」
「だって、六年前はそうし」
「わかった黙れ。俺の中ではあれはノーカンになっている、ハルヒにとってもだ」
どうして、非日常側に位置する連中は、揃いも揃ってアホらしいことをさせようとするのだ。
キス一つでどうにかなるなんて、世界ナメられすぎだろ。
ベッドの上で寝返りを繰り返しながら、今まで起こったことを考えていた。
考え事をしていると眠れないという。明日の仕事に差し障るから早く寝たいが、そうもいかない。
「懸案事項、プラスワンか……」
白石少年を帰すためには、世界改変レベルの、宇宙人的に言えば情報爆発が必要。だが、泉にそんな気配はない。
俺がアクションを起こすべきなのか? もちろん、教え子に手を出すなんてのは御免だが。黒井教諭にも釘を刺されたし。
では、いったいどうすればいい……。
「そういや、泉にあれこれ指示してたのって、白石だったのか?」
何もわからない割には、自己紹介とか、団結成とか、朝比奈さんの決め台詞とか、細かく仕込んでくれるじゃないか。
柊妹に連れて来られるのも、きっと計算のうちだったのだろう。何らかの手段で超能力に働きかけて、
「……って、これじゃあ柊妹の懸念は丸当たりだったってことじゃないか」
無い知恵絞ってケアしたというのに……面目丸潰れじゃないか、どうしてくれる。
あまりにも力が抜けたので、いい機会とばかりにこのまま眠りにつくことにした。
なあに、明日がある。また明日考えればいいさ。
そう、明日。
翌朝、俺はあくび交じりに稜桜学園への道のりを歩んでいた。
そろそろ慣れてきた、と思っていたはずの道が異様にきつく感じられる。
だらしないのは自覚しているが、やっぱり休み明けというのはどうしようもない。
出掛けに、母と妹にも笑われてしまった。
「おはようございます、キョンさん」
途中で、我がはとこの高良みゆきと合流する。身内なんだからそんなに畏まらないでもいいのに。
俺としては、一緒に登校しても提供できるのが四方話ぐらいなので申し訳ない限りだ。
そんなくだらない話でも、みゆきは楽しそうに笑ってくれるので、いつも通りいい気分のまま学校に到着した。
「まずはクラスを確認しないとな」
クラス表が貼られているであろう掲示板には、すでに人だかりができていた。
その中に見知った顔を二つ見かけた。彼女らは俺たちに気づくと、人の波を逆行してくる。
片方、ツインテールの方が負のオーラを出しているのでモーゼの十戒よろしくな光景を拝むことができた。
「さては、また柊姉だけクラスが別だったか」
俺は図星を指したらしい。たちまち柊かがみは凶暴になり陰謀説を唱え始めた。
妹の柊つかさは、
「見てきたよ~。ゆきちゃんっ、今年も同じクラスだよ!」
と、跳ね回りそうな勢いでみゆきと手を合わせていた。
ひとしきりはしゃいだ後、笑顔のままでこちらに振り向き、
「もちろん、キョンくんも同じクラスだよ!」
そう告げてから、「よかったね、ゆきちゃん」と再びみゆきに話を振った。
俺が稜桜高校に入学してから、二度目の春であった。
<つづく>
らっきー☆ちゃんねる
あきら「……」
小野「……」
あきら「……はっ! あまりの衝撃でおは☆らっきーを忘れていました!」
小野「そ、そうですね。また半年ほど空けたと思ったら、急展開でくるとは……」
あきら「そうじゃなくてですね!」
あきら様「白石がいきなりでしゃばってるのはどういうことだァァァ!」
小野「いや、そこは喜んであげるべきところでは」
おきら様「今まで散々モブで通してきやがったくせに! 急にメイン浮上だとォォォォ!」
小野「あのままモブで通すのもどうかと」
おきら様「それより! 私の出番は!? 本編出演はまだかァァァァァ!」
小野「ちょ、カメラ止めてください!」
<ガッシ!ボカ!
<ギャッ!グッワ!
あきら「ふー、びっくりした。教師から生徒にまさかのジョブチェンジですからね!」
にゃもー(代役)「……」
あきら「これで手が出しやすくなりましたねー……ってもう! 何言わせるんですか!」
にゃもー(代役)「……」
あきら「というわけで、約半年ぶりに戻ってきたキョンキョン物語。今度こそ休みなしで完走を目指します!」
にゃもー(代役)「……」
あきら「ではではっ、ばいにー☆」
小野「……白石君、今帰ってきてはダメだ……逃げ」
次回予告
パティです。
サンタクロースをいつまで信じていたかなんていうのは、セケンバナシにもならないくらいのどうでもいいようなハナシ?
ノゥ! ビリーブ・オア・ノットビリーブではなく、サンタさんは「いるもの」なのデース!
毎年クリスマスにはサンタさんを探知するために、組織がビッグなマネーをユミズのように注いでいるんデスよ!
バット、アメリカとニホンではバックボーンが違うのでシカタナイことみたいデスネ。
あ、ちなみにシカタナイというのはニホンのユニークなワードデス。アメリカにそんな概念はナッシング。
え? 私、本編に出てない? そんなスモールなこと気にしてはいけまセーン!
では、オープン・ユア・アイズ・フォア・ネクスト・キョンキョンストーリー!
第9話『マスクドティーチャー』――カミング・スーン!
キョン「通りすがりのカメンティーチャーだ!」
こなた「そこはキバっていきなよ。声的に考えて」