Valentine2



 二月十四日。
 今日は朝から空が灰色で、今にも雨が降りそうだ。
 この時期には珍しく、お日様が奮起して最近は晴れ続きだった。
 そのお日様が隠れているせいか、視覚的にも寒さを感じる。

 そんな状況にも関わらず、街には人が溢れていた。
 寄り添い歩く男女が目につく。

 それもそうだ。何故なら今日は、聖バレンタインデー。
 恋人同士が幸せを分かち合う日でもあり、女の子が好きな異性に
告白する日でもある。

 でも、私には関係無い。いつもと変わらない。
 恋人どころか、チョコを渡す異性も居ない。

 でも、私が街を徘徊しているのは、やはりチョコを買う為。
 親や近所の先輩、友達に渡す為にここに居るのだ。

 そう、それだけの筈だった。

「よう、奇遇だな」

 この人に話しかけられるまでは――― 


 聞いたことのある声に、耳と俯けていた顔が反応する。
 顔を上げて前を見ると、そこには見慣れた先輩の顔があった。

「あ…こ、こんにちは」

 顔自体は何度も合わせてはいるけど、それ程会話を交わした事がない。
 その先輩に話し掛けられるなんて、思いもよらなかった。
 何より、顔見知りと会うなんて予想外だ。

「こんな所で何してんだ? ゆたかちゃん達と一緒か?」

「あ、いえ…その…」

 弱った…チョコを買いに来ただなんて言えば、変に勘ぐられるかもしれない。
 なんて言えば…

 言葉を詰まらせて目を泳がせていると、先輩は何かを悟った様に笑
った。


「ああ、チョコを買いに来たのか」

「違っ――わない、ですけど…」

「俗に言う友チョコってやつか?」

「え…? あっ、そ、そうです…」 

 私は一人で何を焦っているんだろう。
 少なからず私を知っている人なら、私が異性にチョコを渡すタイプ
の人間じゃないと知っていても、おかしくないのに…

 私がなんで慌てているかが分かったのか、先輩は苦笑している。
 早く立ち去りたい……が、意地悪としか思えない言葉が、この場に
足を縫い止めた。

「それにしても、ちょうど良かった」

「え…?」

「いや、俺もチョコをせがまれてな。まったく、逆チョコなんざ
 誰が提案したのかね」

「はあ…」

「そう言うわけで、チョコ選びに付き合ってくれるか?」

「わ、私がですか?」

「おう。妹ならまだしも、同年代の女子が求めるチョコなんざ、俺に
 は分からんからな」 



 ――歩きながら聞いた話をまとめると、どうやら涼宮先輩の指示ら
しい。
 お菓子業界の企画を、大いに活用するのだとか。
 それはちょっと意味が違う気が…

「ったく…こういった物は催促するもんじゃないだろうに」

「そうですね…」

「ま、海外じゃバレンタインデーには、男が女性に贈り物をするのが
 デフォルトらしいしな。感謝の意味を込めて、他の奴らにも渡そう
 と思ってる」

 そう言った先輩の顔は、半ば投げやりだ。
 先輩の周りで考えつく人数を思うと、確かに懐が寒くなりそうだ。
 律儀、と言うより難儀な人だ。

「ん? なに笑ってんだ?」

「いえ。大変ですね」

「ああ、やれやれだよ」 

 それから、なるべく安くて凝ったチョコを探し歩き、駅近くに見つ
けた洋菓子店に入った。
 私もそこでプチチョコケーキを買い、互いに満足のいくプレゼント
を用意する事に成功。
 数が数だけに、先輩のチョコの総額は大変な事になっていたけど…

「まぁ、なんだ…諭吉さん一人で済んでよかったよ」

「先輩達も、きっと喜んでくれます」

「はは、そうじゃなきゃ困るな」

 今日は本当に予想外の日だ。
 紛いなりにも男性と一緒に行動を共にし、友達以外と笑いあえるな
んて、思ってもみなかった。
 それに……相手が相手だけに、ちょっとした優越感もある。

「では、そろそろ帰りましょうか」

「ん、そうだな。送ってくよ」

「え? ですが…」

「どうせあちこち回らなきゃならないからな。送らせてくれるか?」

 …本当に、律儀な人だ。 


「――今日はありがとな。助かった」

「いえ、そんな…」

 家の前まで来ると、先輩に柔らかな表情でお礼を言われた。
 言い方は悪いけど、誰にでも同じ様な対応をするからこそ、先輩達
も惹きつけられたのかもしれない。
 人当たりが良いのだろうと、何となく思う。

「っと、そうだ…」

 自分なりに先輩を分析していると、先輩は手に持っていた洋菓子店
の袋を探り、透明なビニールの、小さな袋に詰められたチョコを取り
出した。

「これ、貰っといてくれ」

 そう言って私の手をとると、袋を手のひらにポンと置いた。

「そんな、だってこれは…」

「今日は世話になったからな。その礼だ」

 期待してなかったわけじゃない。
 貰えるんじゃないかとどこかで思っていた。
 でも…実際に貰ってみると、その嬉しさは想像以上だった。 

「あ、あのっ」

「ん?」

「私も、受け取ってほしいです…」

 気づいたら口が勝手に動いていた。
 気づいたら体が勝手に動いていた。
 気づいたら、ケーキの入った紙袋を突き出していた。

 先輩は面食らった様に、袋と私の顔を交互に眺め、それから弱った
といった感じに笑った。

「あー…それ、俺が貰って大丈夫なのか? ちゃんと渡す相手がいる
 んだろ?」

「いいん、です…」

 何より、出した手前引っ込みがつかない。
 自分の衝動的な行動にも驚いてるくらいだから…

「なんか悪いな…値段の釣り合いとれてないし」

「い、いえ…普段ゆたかがお世話になっているようですから…」

 無理やり理由を探し、あくまでチョコを貰った嬉しさからだとは悟
らせない。 


「普通、そこはこなた辺りが言うべきセリフだろうがな」

 先輩は、そう笑いながら冗談を飛ばすと、ようやく袋を受け取って
くれた。

 この瞬間、私の人生で初めて、バレンタインデーが意味を成した。
 それが本当の意味で成立したのかは、自分でもよく分からない。
 でも、これが一歩だと思う。
 普通の女の子が進む道の、第一歩だと思う。

 だから私は言う。
 今日という日の繋がりを切りたくないから。


「あの、先輩…」

「なんだ?」

「ホワイトデー、楽しみにしてます」

「あー……はめられたか」 

 呟き、沈痛な面持ちを作ると、先輩は片手で額を押さえて顔を振る。
 もちろん、本当にチョコを受け取った事を後悔しているわけじゃな
いと思う。
 その証拠に、口元は既に笑っている。

「――あれ…?」

 その時だ。
 先輩が頭を支えていた手を下げると、それに合わせる様に、小さな
白い粒が視界に入った。

「おっ、雪か」

 今年初めての雪。
 先輩も気づいたようで、曇った空を仰ぎ見る。

「もうこの冬は降らないのかと思ってたな」

「雨じゃなかった…」

 通りで寒いわけだ。
 でも、今は寒さより、だんだんと数を増す雪に意識を奪われていた。
 そして、それは先輩も同じ。

「綺麗だな」

「はい…」

「でも、もう家に入った方がいい。風邪ひくぞ」

「先輩も帰るんですか?」

「ああ。チョコを配りがてら、な」 


 大量のチョコが入った二つの袋を揺らし、軽く手を挙げると、先輩
は家から離れていく。
 すぐそこの高良先輩の家に向かうのを確認し、私も家へと帰る事に
した。

「――あ…」

 しかし、その途中で思い出してしまった。

「ゆたか…」

 チョコを買った帰りに、そのまま寄るつもりだった予定を、すっか
り失念してた。

「い、行かなきゃ…」

 なんとなく先輩に見つかると恥ずかしいため、先輩が居ない事を確
認してから、全力で門から飛び出し走る。

「チョコ、買い直さないと…っ」

 気が動転してたとは言え、なんで袋ごと全部渡してしまったんだろ
う…?
 筋違いかもしれないけど、若干先輩を恨みそうです…


ーおわりー 


作品の感想はこちらにどうぞ

+ タグ編集
  • タグ:
  • みなみ
  • バレンタイン
最終更新:2009年02月17日 14:23
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。