『義理と本命』

「はぁ……」
 溜息が僕の耳にこだまする。これで今日何度目だろうか。
 あきら様は収録を前にして憂鬱になっている。
 理由はわかる。今日の日付を考えればすぐに分かる事だ。
 二月十四日。俗に言うバレンタインデーであり、あきら様の誕生日でもある。
 恐らく、あきら様をメランコリーな気分にさせているのは前者なのだろう。
 今日という日に限って『らっきー☆ちゃんねる』の収録があるのだから。
 チョコを渡したい人にも渡せず、メランコリーな気分になっているのだ。
 チョコを渡す本命、それは僕でも察しが付く。その相手は、キョンだ。

 以前、僕の学校に遊びに来たあきら様は涼宮に目をつけられ――キョンと出会った。
 その頃はあまり意識していなかったのだろう。出会った当初の彼に対する態度はそっけなく、彼ともそれほど接点は無かった。
 しかし、しばらく僕の学校に顔を出していくうちにあきら様の目的はだんだんと変化していった。
 初めはオープンハイスクールのような感覚で来ていたのだろうが、後に僕とはそれほど関わりの深くないSOS団に顔を出す事が多くなっていった。
 目的はキョンである。
 一度、僕もSOS団にあきら様と一緒にお邪魔させてもらった時、あきら様のキョンに対する態度が明らかに出会った頃と違っていた。
 キョンと話すときのあきら様の顔と態度は明らかに「乙女」だった。
 僕にも見せた事のない、初めて見る顔だった。
 あの紅くリンゴのように染まる頬、キョンの顔を見たくても見れないもどかしそうな表情は、今でも鮮明に記憶に残っている。 

 っと、少し回想が長引いてしまった。
 我に帰ったときには既に本番が迫っていた。
 ふと気になりあきら様の方を見ると、依然上の空状態。
「あきら様、もうすぐ本番ですよ」
 呼びかけるもしばらく返事が無い。が、しばらくして、
「ん?わ、わかってるわよ。そんな事」
 と言って収録の準備を始める。
 やはりと言うか、当然、あきら様の返事にはいつもの元気良さが無かった。
 このままじゃあきら様は後悔する。そう思い、僕は例の人物に電話をかけ、本番に臨んだ。

 収録が開始してもあきら様の上の空状態は直る事は無かった。
 とは言っても、この番組のプロデューサーも誰も撮影をやめようとしないのは、こういったあきら様の情緒不安定(こう言うと失礼だが)な部分は慣れているのであるし、充分絵にもなるのだろう。
 その為、今回も例にならい僕が番組を仕切り、番組を締めるといった感じで収録を終えた。
 収録を終えた後、僕は例の人物の到着を待った。
 間に合うのだろうかと不安げに思っていると、ドアがノックされる音がした。
「どうぞ」
 その呼びかけに対しドアを開け中に入ってきたのはあきら様だった。
「どうかされましたか?」
 あきら様に対し僕はそう尋ねた。するとあきら様は、
「あんた、今日が何の日か知ってる?」
 と、逆に質問された。
「今日はバレンタインデーですよね」
 そう笑顔で返事をするとあきら様の目つきが一気に変わった。
「あはは、冗談ですよ冗談。今日はあきら様の誕生日ですよね」
 そう答えるとあきら様の目つきは一気に緩む。とは言っても落ち込んでいることに変わりはないのだが。
「そうよ。で、ちゃんと渡すべき物は用意しているんでしょうね?」
 どうやら落ち込んでいてもプレゼントは欲しいらしい。ま、普通と言えば普通なのだが。
「あのー、それが用意できなかったんですよね」
「なんだって!?」
 あきら様の怒号が飛ぶ。
「ま、また今度用意しますから。安心してください」
 そう言うとあきら様は「あっそ」とだけ言った後、自分の鞄の中を漁り、あるものを取り出した。
「はい」
 あきら様が差し出したのはチョコレートだった。 

「これは……?」
「見ての通りチョコよチョコ。今日はバレンタインデーだから、一応渡しておくわ。義理だからね」
 そう言って渡されたのは透明な袋越しに見える、少し形が歪なチョコだった。
 そのチョコからはあまり普段は料理をしないと言っていたあきら様が一生懸命、自分なりに頑張って努力をしたのだというのが良く見えた。
 僕には分かった。――これは本来義理では無いものなのだと。実際は別の人、つまり本命に渡す予定の物だったのだと。
「すいませんが、これは受け取れません」
「ああ!?なんだって?」
 再びあきら様の表情が変わる。しかし僕はそれに動じずに話しを続ける。
「これは本来僕に渡す物じゃありませんよ。本当に渡す人がいるはずです」
「ばっ、そんなことは……」
「嘘をつこうとしたって無駄ですよ。だてにあきら様のアシスタントはやっていませんから。それに、あれほど普段は料理をしないって言っていたあきら様が手作りのチョコ
を義理相手に作るはずがありませんよ。僕はこのチョコを貰った時に、あきら様がどれほどまでに一生懸命作ったのか容易に想像が出来ました。本命に対する思いは、本気な
んだってね」
 言いたいことを言い終えるとドアがノックされた。
「はい」
「はいるぞ」
 その声と共に入ってきたのは僕が呼んだ電話相手、キョンだ。
「なっ、何でキョンが?」
 あまりのことに驚くあきら様。その様子を見ながら僕は持っていたあきら様が作ったチョコをあきら様に返した。
「これを本来渡す相手が来たじゃないですか。さ、これを彼に渡すんですよ。これが、彼を呼んだ事が僕のあきら様へのバースデープレゼントじゃ、駄目ですかね?」
 そう言って僕は立ち上がり、部屋を出ようとする。
「おい、俺を放っておいて何処へ行くんだよ」
「ちょっと、トイレだよ」
 そう言い残して僕は長い長いトイレへと行った。

 僕はあきら様がちゃんと事を成し遂げるのかと不安に思っていたのだが、思っていたことは杞憂で済んだらしい。
 次の日からのあきら様はいつものように、いや、いつも以上に明るくパワフルになっていた。
 そして、その日に僕はれっきとした市販の義理チョコを貰い、最後にこう付け加えられた。
「お返しは三倍返しだから。……あと、昨日はありがとう」
 その言葉を聞いた僕は、笑顔を隠せなかった。
「アシスタントとして当然ですよ」
 その言葉を聞いたあきら様も笑顔を浮かべた。
 今日も楽しい収録になりそうだ。 


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最終更新:2009年02月17日 14:30
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