『桜庭ひかるの親離』

「はぁ……」
 これで今日三度目の溜息。
 最近、ふゆきがおかしくなっている。
 おかしくなっている、と言うのは変かもしれないが、私の部屋に来てもいつものように私と談笑したり、掃除したり、食事を作ってくれるわけでもなく、
常に上の空状態で時々溜息をつく、と言った状態なのだ。何か悩み事でもあるのだろうか?
 こういう時、私が何とかしてあげないと誰がするんだ。そう自分に言い聞かせ私はふゆきに話しかける決心をした。
「なぁふゆき」
「……」
 返事は無し。ただの屍のようでは無いが。
「おーい、ふゆき?」
「あっ、はい。どうしました?」
 ようやく我に帰り返事をするふゆき。これ程までとは。
「何か悩み事でもあるのか?」
 そう尋ねるとふゆきはそんな事無いと否定をする。
 だがそれも嘘だと言い、ひたすら問いただすとついに口を割った。
「桜庭先生は……恋をしたことはありますか?」
 ん?今何て言った?
「だから、恋をしたことはありますか?」
 オーケイ、私は疲れているようだ。何か変な幻聴が聞こえるらしい。
「んもう、からかわないで下さい。だから言いたくなかったんですよ」
 どうやら幻聴ではないらしい。良かった、私の耳もまだ健全だ。
「本気か?」
 そう問うとふゆきは顔を紅潮させ俯きながら縦に一度だけ頷く。
 どうやら本気らしい。
 となると次に気なるのが恋の相手なわけだが、まさかふゆきが恋をするなんて、思ってもいなかったぞ。

「で、誰なんだ?」
「はい?」
 私の質問を理解できなかったのか、それとも単に聞き取れなかったのかはわからないが、再び訊いてくるふゆき。
「その恋の相手は誰なんだ?」
 単刀直入にそう言うとふゆきは紅潮させていた頬を更に赤らめ、
「その、あまり言いたくないって言うか」
 ともったいぶる。
「もったいぶらずに言えよ」
 緊張しているふゆきに対し、私は至って無頓着を装う。と言うよりかは娘に彼氏が出来てその相手が誰なのか気になるが父親の威厳としても中々率直に聞けず、
興味ないけど一応訊いておくよ、といった感じでふゆきに答えを急かす。
 例えが長すぎたがまあいいだろう。
「禁断の、恋なんです」
 禁断の恋?どういう事だ?もしかして私を好きになったとか。いや、そんな事無いか。
「どう言う意味だ?」
 思ったことを素直に尋ねる。
「……生徒のことが好きになっちゃったんです」
 ふゆきがこの言葉を発した瞬間、赤くなっている顔は更に赤みを増していくのが見える。
 それにしても、好きな相手が生徒ねえ。そりゃ確かに禁断の恋だな。

 そろそろ本格的に人物の探索を始めようか。
「学年は?」
「三年です」
 ふむ、一応担当学年だし顔はある程度知ってるな。三年で良い奴といえば、古泉一樹とかか?
「違いますよ」
「んじゃクラスは?」
「……なんか、楽しんでません?」
「いんや」
 実際は楽しんでいるけどな。
 自分は人一倍色恋沙汰に縁が無いために、人の色恋沙汰に人一倍興味を示す。そう言うものさ。
「クラスは、よくわかりませんね」
 クラスが分からないんじゃ、特定しようが無い。
 私の探偵遊びもこれで終わり。
「名前を教えてくれ」
 少し率直過ぎたか。最初は戸惑ってたふゆきだったが、流石に腹を括ったのかポツリと短い言葉を呟いた。

「キョン君です」
 ふゆきの顔の赤さは更に上がる。もうこれ以上赤くはならないだろうと言うほどである。
 キョンか。あいつ本名なんていったっけか?皆があだ名で呼ぶもんだからすっかり名前を忘れてしまったな。
 あいつはあんまり頭も良くないし、顔も至って普通なのにな。何処が好きになったんだ?
「そうですね、性格でしょうか?」
 性格?ふゆきはキョンと親しかったのか?
「ええ、ある程度は。小早川さんは知ってますよね?」
 あの病弱でよく保健室に来る私よりちっこい子だな。
「はい。あの子がSOS団に入ってるのも知ってますよね?」
 キョンも入ってるあのお騒がせ団体の事か。
「お騒がせと言うのはどうかと思いますけど。それでよくあの子の付き添いとして保健室に来るんですよね」
 それは初耳だ。
「桜庭先生のいないときですから。それで、小早川さんがベッドで休んでいる間ずっと保健室に残って小早川さんの体調が良くなるのを待ってるんですよ」
 優しい奴だな。授業中はいつも机と睨めっこしているくせに。
 いつの間にか私の立場がお父さんではなく普通に一友人としてなっているのは気にしないでくれ。
「その間ずっと私とお話してて、それで好きになったと言うか」
 私は恋愛の事をよく知らないが、そんなので好きになれるものなのか。
 それに私が見てるキョンのいつも周りには泉や涼宮といった女子勢がうろついている風に見えるのだが、ふゆきもその一人になったのだろうか。
 いや、もしかしたらキョンは天然のフラグメーカーなのかもな。

 さて、ここで問題がある。
 この恋を応援するか、生徒との恋愛は原則禁止なわけだし諦めさせるべきか。
 本来なら前者を選択するのだろうが、なぜか私は後者のほうがいいと思えた。
 ふゆきが恋愛に夢中になり私の相手をしてくれなくなるのが怖いのだ。ましてや、その恋愛が成就したら私との関係が余計疎遠になる。
 こんなのはただの独占欲だし、わがままでしかない。人の恋路を邪魔するなんてのは最悪だ。
 さっきは父親のようにと言ったが、実際はふゆきが私の母親のようになっていて、いつも家事やらなんやらしてもらってたんだ。
 それなのに、母親が再婚すると言った時反対するのはどうかしてるな。まあふゆきは再婚するわけではないが。
 私がいつもふゆきに纏わり付いていたせいでふゆきにも縁がなかったわけだし、せっかくふゆきが好きになったんだ。生徒も先生も関係無いさ。
 ……私も、そろそろ親離れが必要なのかもしれない。

「まあ、私も応援してやるよ」
 私がそう言うとふゆきの表情が少し明るむ。
「本当ですか?」
「ああ。その代わり、高校卒業するまでは待てよな」
 流石に在学中に生徒と先生の恋愛などばれてしまうと大変な事になるからな。
「もちろんですよ」
 全てを吐き出して楽になったのか、さっきまでのリンゴのような赤さとは違い、いつものふゆきの表情で笑顔を見せる。
「怖かったんですよ」
「なにが?」
「桜庭先生に相談すると、反対されそうな気がして」
 私の思ってたことを、ふゆきも思っていたのだろうか。
「そんな事するわけないだろ」
 心の中では思ってたくせに、つい見栄を張ってしまう。
「ふふっ、そうですか。これからも、よろしくお願いしますね」
 そういってふゆきは私にいつも以上の笑顔を見せる。
「こちらこそ」
 私も滅多に見せない笑顔をふゆきに向けた。

「これから、敵が増えるぞ」
 私は青年の肩をポンと叩きながらそう呟いた。
「敵?どういう事ですか?」
「まぁ、主に男性だな。岡部先生とかにも気をつけろ」
「はあ……」
 とても気だるそうに私に生返事をするキョン。
 やはり、この言葉だけでは理解しがたかったか。けど、今の私に出来る彼への助言はこれしかない。
 ふゆきのキョンに対するアピールを面白半分に見るために、私は今日も放課後、保健室へと足を運ぶ。






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最終更新:2009年02月20日 21:14
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