『すれ違い』

こんな時期になると爬虫類は冬眠を始めるというのに、爬虫類の様に、いや爬虫類以上に凶暴な涼宮ハルヒは元気が有り余っているらしく今日も不思議探索で足を軽やかに
運ばせている。
 なんで哺乳類は恒温動物になったんだろうね。爬虫類のように変温動物だったらこの寒い外を出歩かず家の中でずっと眠っていられるのに。
 それにしても本当にこの時期になると寒くなってくる。ここらへんの地域は時々雪は降るとはいえ積もりはしないため東北地方とかに比べるとまだマシかもしれないが、そ
れでも生まれから育ちまでここの俺にとっちゃ沖縄にでも行かない限り寒いと言う感情は捨てきれないだろうね。
 軽やかなステップで先を行くハルヒを前に俺ともう一人、柊つかさもさぞ寒そうにポケットからカイロを取り出し手袋越しに寒さを凌いでいるのが見える。
「今日はまた一段と冷えたね~、キョン君」
 白い息を空に撒き、その行き先を眺めながら俺にそう言うつかさ。
「そうだな」
 と相槌を打ち、俺もつかさの吐いた白い息の行き先を見る。
 白い息が完全に消えつかさの方を見ると、つかさはじっと俺の方を見つめていた。
 ピンクのボンボン付きのニット帽にマフラーと言う可愛らしい完全防備の服装である。
 かくいう俺は帽子もマフラーもしておらず、防寒具といえばコートと手袋、それからポケットに忍ばせてある貼らないカイロぐらいである。
 帽子は似合わないしマフラーもあるにはあったのだが、以前シャミによって無残な姿になってしまった為、今はもう使い物にならない。
 そんなことよりも俺はさっきからじっと見つめてくるつかさが気になるわけで。
「どうした?」
「はうぅ!な、何でもないよ」
 俺が不思議そうに尋ねると急に我に帰り慌てふためくつかさ。
「本当か?」
 俺が問いただすと、
「あ、えっと……その」
 とつかさは答えを渋らせる。
 そして何か次の言葉をつかさが発しようとしたところで、
「何してんのよ。さっさと来なさい!」
 といつの間にかはるか五十メートルほど前にいる団長様の号令によりその会話はあえなく終了となった。

 次の日の放課後の活動からつかさに変化が表れる。
 普段ならかがみや高良、朝比奈さんと会話をしたり、ボーっとしたりしていたのだがここ最近はずっとせっせと指を動かし何かを編んでいる。
 必死に本を見ながら作っており、分からない所は所々朝比奈さんに聞いたりして再び編み続けているのだ。
 恐らくマフラーかミトンなのだろう。だがつかさは両方持っていたし、誰かに上げる物なのだろうかね。
 はて、つかさも一端の恋でもしたのだろうか。
 そんなつかさを見て俺もマフラーを買わねばならんなと思った。
 以前言ったとおり俺の前のマフラーはシャミの所有物となってしまったわけだし、この時期になるとマフラーがないと首元が寒くてやってられんからな。
「どうしました?」
 そんなことを考えていると俺の前方から古泉が声をかける。
「いや、なんでもない」
 そう言って古泉から奪い取った飛車を敵陣の中心部に置く。
「王手だ」
 そう言いながら俺は天井を仰いだ。
 古泉は将棋盤をじっと見つめながら、
「投了ですね」
 と微笑みながら言った。
 やれやれ、古泉はいつまで経っても強くならんな。
「こう見えても努力はしているのですが」
「その努力は結果となって表れていないがな」
 そう言うと古泉は肩をすくめて言った。
「全くです」

 また別の日俺は念願のマフラーをようやく購入し、学校へと着けていった。
 あの長い長い坂を寒いながらも上りながら校門をくぐり、下駄箱へと向かう。
「あっ、キョン君」
 と後ろから声がし、振り向くとそこにはつかさがいた。
「つかさか。おはよう」
「うん。おはよう」
 そう言ってつかさは笑顔を見せたかと思うと、今度は少し俺の方をまじまじと見て、
「マフラー買ったんだ」
 と訊いてきた。
「ああ、流石にこの時期に無いと厳しいからな」
「そうだよね」
 つかさの方を見るとなぜかつかさは悲しそうな表情を浮かべていた。
「どうした?」
 そうつかさに尋ねるとつかさは笑顔を作り、
「な、なんでもないよ」
 と言って走って下駄箱を抜け教室へと向かっていった。
 一体どうしたというのだろうか。

 その日の活動から、つかさは編み物をしなくなった。
 別に完成したわけでもなく、俺の記憶ではそろそろ仕上げといった所だったのに何故だろうか。
 それだけではない。つかさがずっと落ち込んでいるように感じるのだ。
 ボーっとする事なら多々あったが、これほどまでに落ち込んでいるのは珍しい。
 やはり、何かあったのだろうか。
 気にはなるのだが、尋ねようがない。見たところ泉や高良も原因が分かってなさそうだし、もはやお手上げ状態である。
「ちょっとキョン君」
 肩をとんとんと叩かれ、かがみが俺に耳打ちをしてくる。
「活動が終わったら少し付き合って」
「何でだ?」
「いいから」
 かがみなら何か知っているかもしれない。そう思い俺は快く了承をした。

 活動終了後、かがみは泉たちを先に帰らせ部室には俺とかがみだけとなった。
 なんか、女子と二人きりで学校にいるというのは朝倉の事やらあの忌々しい事件やらであまり良い思い出がないな。
「で、何のようだ?」
 俺は帰り支度を済ませ、泉たちを見送りドアをパタンと閉じたかがみにそう尋ねた。
「うん。つかさの事なんだけど……」
「つかさの事か。最近おかしいと思うんだが、お前は何か知らないのか?」
「私がそれを聞いてるのよ」
「生憎だが、俺にもわからん」
 その言葉を聴いたかがみはハァと溜息をつき、
「キョン君でも分からないならお手上げね」
 と言った。
 どういう意味だそれ。

 その後俺とかがみはつかさに元気が無い理由を考えた。
 するとかがみは俺を見て、こう言った。
「あんた、マフラー買ったの?」
「ああ。寒いもんでな」
 その言葉に対し、かがみはまたしても溜息をつく。
「はあ、ようやく原因が分かったわ」
 分かったってどういう意味だ?俺のマフラーが何か関係しているのか?
 かがみはあきれ返ったように俺に説明を始めた。
「あんた、つかさが前まで何してたか知ってるわよね?」
「何か編み物をしていたな。だがここ最近は編んでいる様子がないが」
「あれはね、マフラーを編んでたのよ」
 マフラー?
「それまた何故だ」
 かがみはまだ意味を理解できていない俺に対し、本日三度目の溜息をつく。
「これだけ言ってもわからないのね。相当鈍いわよ」
 好きで鈍いわけじゃない。分からないものは仕方がないだろう。

「つかさは、あんたのためにマフラーを編んでたの」
 俺の中にハテナマークが量産され始める。
「俺のために?何故だ?」
「ちょっとは自分で考えようとしなさいよ」
 つかさが俺のためにマフラーを編んでいた。いつ編もうと考えた?
 この前の不思議探索の時か。
 あの時マフラーをしていなかった俺に対してつかさは編もうと考えたわけか。
 理由はわかったが、なぜ俺がマフラーをつけてきただけであれ程までに落ち込んだんだ。
 そのマフラーを自分用のためにでも作り直せばいいのに。
「そんなの、ちょっと考えればわかるでしょ」
 みかねたかがみが話を再開し始める。
「あんたが好きなのよ」
 俺のことが……?
「そ、あんたの事が。この前何で編んでるのか訊いてみたのよ。そしたら『キョン君のために』って顔を高潮させながら言うんだもん」
 それだけじゃ俺のこと好きと言う事には直結しないぞ。
「あの時のつかさの顔は面白いぐらい乙女だったわ。からかってやろうかとも思ったけど、あんなに真剣なつかさは見たことが無かったから、やめといたわ」
 そんなに一生懸命編んでいたのか?
「それぐらいあんたの事本気なのよ」
 そういった後かがみは鞄を持ち、
「これを聞いてどうするかはキョン君次第よ。振るのもよし、付き合うのもよし」
 ドアの前まで行き振り向きながら、
「けど私としてはつかさを落ち込ませないでほしいけどね」
 と言葉を残してかがみは部室を出て行った。
 落ち込ませないでほしい、か。そうなったら選択肢は一択じゃないか。
 そう思いながら俺は部室の鍵を手に取り、部室を後にした。

 次の日の放課後、俺は部室に行く前に教室につかさを呼び出した。
 未だに元気が無いつかさに俺は自分の持っていたマフラーを差し出した。
「どうしたの?」
 理解できていないつかさに俺は、
「そのマフラー、やるよ」
 とだけ答える。
「いいよ、別に自分のあるから」
「だったら、俺はこのマフラーを捨てる」
 そう言うとつかさは驚き、
「そ、そんなことしたらキョン君のマフラーが無くなっちゃうよ」
 と言った。
「つかさは俺のためにマフラーを編んでくれてたんだってな」
 俺がそう言うと慌てていたつかさの表情が一変し、赤くなり、
「うん……」
 と縦に頷きながら言った。
「悪かったな。そんなことに気づかずに自分でマフラーを買っちまって」
「そんな事無いよ」
 俺は持っているマフラーをグイとつかさに近づける。
「だから俺はこのマフラーをつかさに渡す。それで、つかさは俺にマフラーを編んで欲しいんだ」
 少しわがまますぎたか。そう思い、俺はマフラーを自分の方へ戻そうとした瞬間、つかさが俺のマフラーを掴んだ。
「これってプロポーズ?」
 上目遣いで尋ねてくるつかさ。
「ま、まあそうなるのかな」
 その言葉を聞くと、つかさは朝比奈さん以上のスマイルを放ち、
「こちらこそ、よろしくお願いします」
 と言った。

 数日後、俺は白いマフラーをつけ、学校に登校する。
 つかさから作ってもらったものであり、シャミにボロボロにされないよう大事に保管している。
 同じくつかさも、マフラーをつけて登校している。
 だが、そのマフラーは俺の渡したマフラーではなく、つかさの手編みマフラーなのだ。
 つかさ曰く「お揃いが良い」との事らしい。俺もその方が良いしな。
 今は人間が恒温動物であったことを嬉しく思いながら、俺は白いマフラーをつけ急な坂道を上って行く。






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最終更新:2009年02月20日 21:15
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