異例のチョコレート獲得数から一ヶ月が経つ。
SOS団メンバーの女子全員から義理チョコを渡され、そのお返し、つまりホワイトデーにそれぞれが期待に胸膨らませているのだ。
かと言って、俺自身SOS団の団活などにより金欠になっており、お返しをどうしようか思案を巡らせている。
いっその事古泉にバイトでも紹介してもらおうと思ったのだが、
「おや、それは嫌味ですか?」
等と意味の分からない言いがかりをつけられた挙句、
「残念ながらあなたに紹介できるバイトはありませんね。あなたが超能力を持っていたら別ですが」
と、そっちのほうが嫌味だろ、と言いたくなるような返事をしてきた。
なら不本意だが谷口にでもと思ったら、
「WAWAWA……何故だ。何故なんだ……」
と、一ヶ月前の忌々しきバレンタインデー以降何故かずっとあの調子で落ち込んでおり、今「ホワイトデーのためにバイトしたいんだが紹介してくれ」と尋ねたら十中八九
刺されそうな気がしたのでやめておいた。
「うーん。バイトかあ」
手を顎に置き、考えるように俺に言う国木田。
古泉、谷口と駄目だったなら残るは国木田しかいないわけで。……いや、決して友達がこれだけとか言うわけじゃないぞ。ただ、国木田以外のクラスの友達にこんな事言っ
たら谷口並みの仕打ちが返ってきそうなのだ。それほど、バレンタインデーの日の周りの視線は痛かった。全く、義理如きでどれだけ恨みを持つんだ。
その点、国木田とは昔からの馴染みだし、こういった事に関しても俺に僻みや嫌味を言わず親身になってくれる点ではいい友達を持ったもんだ。
「どれぐらいの額が必要なのかも重要だね。何人分ぐらい渡されたの?」
「まずハルヒに朝比奈さん、長門だろ。それから泉、柊姉妹に、高良だろ。それから鶴屋さんに日下部に峰岸にも、佐々木からも貰ったな。……ああ、あと黒井先生と天原先
生にも、それから妹の友達のミヨキチにも貰ったぞ」
妹にも貰ったけどそれはノーカウント。
流石に義理とはいえ貰いすぎじゃない?と言わんばかりに国木田が少し引いている。俺自身、これだけ貰うとは予想外なんだよ。
「合計で十四人か……。凄い数だね。一人あたり千円と考えても一万円を超えるよ」
それなら心配は要らない。長門はお返しはそれほど高価な物じゃなくてもいいだろうし、先生方にだって着飾る必要もないだろう。多分、皆に配っただろうからな。
「それもそうだね。僕も天原先生からは貰ったよ。けど黒井先生からは貰ってないな」
そうなのか?だったら黒井先生にはちゃんとしたものにした方が良いのだろうか。
「……俺は誰からも貰ってないけどな」
ふと俺の背後から殺気を感じ取る。後ろを振り向くと、黒いオーラ全開の谷口がプルプルと振るえ、俺の方を睨みつけてくる。
このまま殴られるんじゃないかと見構えをしたが、
「畜生。どうせ俺には恋沙汰なんて縁がないんだよ。キョン、お前なんか女子にでも刺されちまえ……」
と言ってトボトボと今にも倒れそうな足つきで教室を出て行った。
格別俺が何かをしたわけでは無いのだが、谷口に悪い事した気分になってきたぞ。
「気にしない方が良いよ。多分、明日には直ってるだろうからね」
国木田が視線を谷口から俺に戻し、言った。
「それから、そんなに沢山の人に返すのなら買って渡すよりも、作った方がいいんじゃないかな?」
「作る?」
聞き返すと国木田は笑顔になり、
「そうさ。何かお菓子でも作って渡した方が安くて済むしね。意外とそっちの方が喜ぶんじゃないかな」
おいおい、俺はお菓子作りなんて中学校の家庭科の調理実習以来やったことないぞ。
「けど、そっちの方がバイトしなくて済むでしょ?それに、案外少し形が歪な方が頑張ってる感が出て、いいと思うよ」
どういいのかは謎だが、とりあえずは国木田の意見を参考にさせてもらうよ。
「それで物は相談なんだが、一緒にお菓子作りを手伝ってくれないか?」
俺は国木田に頼み込む。
「うーん。出来ればそうしたいんだけどね。僕もお返しを考えないといけないからね。流石にそこまでは手伝えないな」
「わかった」
ありがとうと国木田に言い、俺はバレンタインデーのお返しに、お菓子を作ることを決意した。
それにしても、国木田はもてるんだな。恐らく本命ばかりなんだろう。
過去の自分に戻れるなら、殴ってやりたい。そんな気分になった事はないだろうか。
俺はある。現に今そんな状況だ。
台所に置かれた作りかけのお菓子の惨劇を見て、つい一時間ほど前まで「お菓子なんて簡単に作れるだろ」と思っていた俺を殴ってやりたい気分だ。
本を見ながらやってみたのだが、理想と現実、世の中全てうまくいくわけではないんだな。とつくづく痛感した。
くそっ、菓子の種類の違いはあるもののこんなに難しいものをあんなに美味く作り上げるハルヒたちが今は羨ましいね。
因みに、バレンタインのチョコは皆手作りだった。長門も手作りなのだろうが、あれほどまでに機械で作られたかのように精密に作られたら一般人は買ったものだと思うだ
ろう。実際、俺も最初はそう思った。
「やり直しか」
そう呟き、台所の酷い惨劇を全てゴミ箱に入れ、新しい材料を取り出した。
次こそ失敗してたまるか。妹に渡すわけでもないが、妹が帰ってくるまでにどうにか仕上げておかないとな。
傍から見ると、一般高校生男子が一人台所でお菓子作りに勤しんでいるのは中々滑稽だろうからな。
そう言った理由もあり、菓子作りの場面は割愛させてもらう。ヤローのお菓子作りなんて興味なんかないだろ?
そしてとりあえず完成した形がものすごく歪な菓子をそれぞれラッピングし、冷蔵庫に入れておいた。
次の日、来るべくしてきたホワイトデー。
しっかりと学校に行く前に菓子を冷蔵庫から取り出し、鞄の中に入れる。潰れない様にそっと。
登校中のあの長い長い坂を上り、校門をくぐり、下駄箱へ行く。すると、柊姉妹が偶然、そこにいた。
「あっ、キョン君。おはよう」
最初に俺に気づいたつかさが俺に挨拶をする。その言葉でようやく俺に気がついたかがみも、
「あら、おはよう」
と挨拶をした。俺も挨拶を済ませ、靴を履き替え、一緒に教室へと向かう事にした。
「そういえば、今日はホワイトデーだね」
つかさが笑顔で俺に向って呟く。
「そうだな。ちゃんと、お前らの分のお返しも持ってきてるぞ」
俺はそう言って鞄を軽く叩く。
「あ、そうなんだ。ありがとー」
つかさが笑顔で俺に言った。かがみは、
「けどあんた、結構な数のチョコ貰ってたんでしょ?相当お金がかかったんじゃないの?」
と俺の事を心配してくれている。
「別に心配の必要は無いぞ。渡すのは放課後だから楽しみにしといてくれ」
「うん。そうするね」
そう言ってつかさは高良の待つクラスへ入って行った。
「ところで……さ」
つかさが教室へ入り、二人きりになると、かがみが俯きながら俺に話しかけた。
「どうした?」
「その、私のチョコ……どうだった?」
どうやら、バレンタインデーのチョコの事を聞いているらしい。こころなしか、指をモジモジさせ顔が紅くなっている。
「美味しかったぞ」
「本当に?」
俺の言葉に顔を上げ、再度確認を取るかがみ。
「ああ、本当だ」
そう言うと、かがみはホッと胸を撫で下ろし、
「良かった。心配だったのよ。不味かったんじゃないかってね」
「そんなことないぞ。本当に美味しかった。ただ……」
「……ただ?」
俺は思っていることを率直に言った。
「チョコはもう当分食べたくないな」
「でしょうね」
かがみは俺の愚痴に対し、苦笑いを浮かべた。
余談だが、相変わらず谷口のテンションは墜落した飛行機のように下がっており、このままだと自殺するのではないかと思えてくる。
何で誰も谷口にチョコを渡さなかったのだろうか。多分、クラスの皆も後悔しているのではないのだろうか。クラスの空気がこいつ一人のせいで非常に重いからな。
放課後、部室に行く前に、非SOS団メンバーである日下部と峰岸に菓子を渡す。
「これ、キョン君が作ったの?凄いね、ありがとう」
と、峰岸。
「うはーっ。キョンお前お菓子作りとか出来るんだな」
と、日下部。日下部には「お前が言えた口じゃないぞ」と言っておいた。
次に、二年の教室へ行き、鶴屋さんを呼び出す。
「キョン君、どうしたんだいっ?お姉さんに相談事かな?」
「違いますよ。バレンタインのお返しです」
そう言って菓子を渡す。
「今日はホワイトデーか。すっかり忘れてたっさ。ありがとう、めがっさ嬉しいっさ」
と、鶴屋さんからも感謝の言葉を頂いた。
鶴屋さんに渡した後、保健室へと足を運ばす。保健室へ行くとちょうどタイミングが良い事に桜庭先生と黒井先生もいた。
俺は黒井先生と天原先生に渡すものを渡し、二人に感謝の言葉を述べられた後、
「キョン。私の分は?」
と桜庭先生が聞いてきた。だが、桜庭先生からはもらってない為、用意して無いですよ。と言うと、
「ちぇっ。また今度作ってくれよな」
と言われた。今度っていつですか。
SOS団メンバー以外の人に渡すものを渡し終え、部室へと向かう。
部室に入ると、既に俺以外のメンバーは来ており、各々やりたいことをやっていた。
女子メンバーの手元を見ると、古泉に貰ったのか、高級そうな菓子がある。
「あら、遅かったじゃない」
部室に入ると同時にハルヒが俺に向って言った。
「色々あってな」
そう言いながら自分の席へと向かう。席に着き、鞄から渡す分のお菓子を取り出そうと、鞄の中を漁る。
……ん?何か数が少ないような……。一、二、三――六。合計六個
何ということだ。数が一つ足りないではないか。
はて、どうするべきか。このままだと一人だけ渡すことが出来なくなってしまう。流石に、一人だけ無しと言うのは可哀想というか、俺が居た堪れない気持ちになるな。
「そういやサ、キョンキョン。私たちに渡すものがあるんじゃないのかナ?」
俺がどうするべきか考えている内に、泉がこっちを見てニヤニヤしながら言った。
「あ、ああ。今渡そうとしてたんだよ」
ええい、こうなったらやけだ。取り合えず、順番に渡していくしかない。
そう思い、俺は鞄ごと持ちそれぞれの座っている場所へと歩き、配っていった。
「ほほう、ロールケーキじゃん」
「わあ、手作りなんだ」
「くっ……私より上手いんじゃないの?」
「本当に、美味しそうですね」
と、上から順に泉、つかさ、かがみ、高良の感想。
「……ありがとう」
と、長門からは珍しき感謝のお言葉を頂いて、
「うわあ、ありがとうございます。キョン君」
朝比奈さんはエンジェルスマイルと一緒に感謝の言葉を貰った。
みんなのこういった言葉を聴くと、作った甲斐があるってものだな。
さて、ここからが問題だ。
「ちょっとキョン!私の分はどうしたのよ」
俺の配ったお菓子を眺めている泉たちを見て、まだ貰ってない事に少し苛立ちを覚えているハルヒ。
「その……なんだ。実は、一個だけ持ってくるのを忘れちまってな」
「はぁ!?」
ハルヒは怒り狂ったかのように、立ち上がる。
こいつが一番期待してたからな。「三倍返しじゃなきゃ死刑だから」とか言ってたほどだしな。
「でも、だ。こんなケーキじゃ三倍返しには程遠いと思うんだ」
「……それもそうかもしれないけど」
ハルヒが何かを言いたそうにしているが、俺の話を続ける。
「そこで、だ。今度、不思議探索の時かまた別の日でも良い。また別の日にお菓子も渡すし、今度遅れた代償として、一緒に買い物に行こう」
「ええっ?」
驚いたのはハルヒでなく、泉だった。何故お前なんだ。ハルヒはというと何かを言いたそうにしていたと思ったら今度は黙っている。
「お前が買いたい物を買えばいい。お金は俺が出す。その方が、お前の好きなものも買えるし、良いと思うんだが」
そういい終わった後、ハルヒは窓際に振り向き、
「そ、それなら別に良いけど……。言っとくけど今日渡さなかった分、三倍返しじゃ済まないと思いなさいよ!」
そう言うと、ハルヒは団長席に座り、パソコンを見始める。
「ああ」
そう言って俺も席へと着いた。
「助かりました」
帰り道、俺は古泉と肩を並べ、長い坂道を下っていると、古泉が喋りだした。
「何がだ」
「あなたが涼宮さんの分のお返しを忘れてきた、と言った時はバイトへ行く覚悟をしていたんですけどね。ああいう切り返しをしてくるとは、涼宮さんの扱いにもだいぶ慣れ
てきた、という事でしょうか」
それは褒めているのか?
「褒め言葉です。おかげで僕も当分はバイトがなさそうですから」
何だ、ハルヒのやつはそんなに好きなものを俺の金で買えるのが嬉しいのか。現金なやつだな。
「そういった意味では無いのですが……いえ、あなたに言っても無駄でしょう。とりあえずは、財布の心配をしていたほうが良いと思いますよ?」
ああ、そうするさ。
「キョーンキョン」
俺と古泉が喋っていると、後ろから泉の声が聞こえた。
「どうした泉」
「やっぱり、キョンキョンはハルにゃんが良いんだネ」
どういう事だ。
「私となんか、遊びだったのネ!」
昼ドラのように俺の抱きつき、嘘泣きをする泉。
「意味が分からん。お前とそんな関係になった記憶もないし、ハルヒとそんな関係になる予定も無い」
「無いのですか?」
何故古泉が反応する。
「まあいいけど。そうそうキョンキョン。あのケーキ美味しかったよ」
さっきまでの演技は何処へやら。いつもの糸目に戻り、そう言った後、前にいるかがみたちの許へと走っていった。
帰ってみると、置き忘れたはずのケーキはちゃんと無事残っており、妹も手を出さないでいたらしい。
そして、二個あるうちの一個をミヨキチに渡すようにと妹に言って渡し、もう片方は再び冷蔵庫に戻し、渡す日が来るまで保冷しておくことにした。
とりあえずは次回のハルヒとの買い物で多大なお金が消費されるだろうから、俺はしばらく求人雑誌と睨めっこする羽目になった。
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