泉どなた ◆Hc5WLMHH4E氏の作品
愛があればそれで幸せだと言う人もいれば、そんなことを言えるのは裕福な奴だけだと言う人もいる。
年の差なんて関係ないと言う人もいれば、世間体が悪い、けしからんと言う人もいる。
結局のところそんなのは当人同士がどう思うかで、貧しくとも幸福だと思えるのであれば、
年の差があっても相思相愛であれば、周りからとやかく言われても気にはならない。
俺達の場合、問題とすることがあるとしたら、それは年の差と、置かれている立場の相違に他ならない。
しかしこれもまた、大きな壁となって立ちはだかるか、ハードルにも及ばぬ問題であるかは、
当人同士の気の持ちようであり、俺自身それが問題であるとは思っていない。
「と、俺はそう考えるわけですが……どうですか先生?」
「アホ!」
「いてっ!」
人が真面目な話をしているというのに、握りこぶしを振りかざし、
開口一番に人を罵倒する言葉が飛び出してくるとは、黒井先生はその名の通り黒い。
「なにするんですか」
「あのな、確かにウチは教師として、学校でアンタらに勉強を教えとる。 もちろん勉強以外のこともや」
何を今更分かりきった事を仰るのだろうかこの御方は。
だから今貴方のことを先生と、そうお呼びしたではありませんか。
「そこや……もちろん今はウチら二人の関係を表に出さんようにせなアカン。
いくらウチらが良しとしていても、教師と生徒っちゅーのはやっぱり問題やと思うねん」
急に真剣な顔になり、先生は語りだす。
「せやから学校でウチのことを先生と呼ぶのは間違っとらん。
しかしやなキョン……お前は一体、ここをどこやと思てんねん!」
床に散らばる潰れたビール缶と、脱いでそのまま放置された衣類、その他諸々。
この何処をどう見ても単身赴任のオヤジが暮らす部屋にしか見えないのは……
「間違いなく先生の部屋ですね。 かなり散らかってますけど」
「お前はホンマに一言多い奴やな」
「お褒めいただき光栄です。 それと、そんなに歯を食いしばったままだと喋りにくくないです?」
すかさず『ウルサイ!』と、今度は空き缶が飛んできた。
「とにかく! ここはウチの家やし、今はウチとキョンの二人だけや。
せやから、その……あーもう! ここまで言ったら分かるやろ普通!」
ゲンコを食らったときから既に、先生が何を言わんとしているのか俺は気付いていた。
ただちょっとからかってみただけなのだ。
「わかってるよ、ななこ」
顔が赤く染まるのは、怒りか、恥じらいか……
かれこれ3本目に突入した第三のビールに酔ったからなのか。
「3つ全部や!」
「呼び捨てはアカン」
「どうしてですか?」
「……恥ずかしいからや」
下着姿にカッターシャツを羽織っただけの格好をした人が、
たかが名前を呼び捨てにされたくらいで恥ずかしがるというのはどうも納得できない。
「なんやキョン? そんなとこ見とったんかいな?」
先生は八重歯を覗かせニヘラニヘラと笑う。 相当酔ってるなこの人。
「もしかして、ウチと……したくなった?」
「ぶっ! な、何を言い出しますか!?」
危うく口に含んだコーヒーをぶちまけるところだった。
「ええからええから、こっちにおいで」
と言いながらポンポンと軽くベッドを叩く先生と、素直に腰を降ろす俺。
なんとも情けないような恥ずかしいようなそんな心境だ。
「ええかキョン、こういうのはムードが大事なんや。 まずは目の前のお姫様に口付けするんやで」
これがムードがあると言えるのか、お姫様とのキスはアルコール分5%だった。
夜はまだ長い……
彼女の酔いも、そのうち醒めてくることだろう。