七誌◆7SHIicilOU氏の作品
『結愛晶』
ことことと、やかんのお湯が沸く音がする。
次いで甲高い笛の音が溢れる蒸気と共に響く。
俺はソファから立ち上がりコンロのスイッチを切り、
やかんを火から降ろす。
「あっ、ごめんねキョン君。いまいくから」
あやのが自分で生地を買って作った薄黄色のエプロン
それをはためかせてパタパタとやってくる。
俺は彼女のそんな姿に自然と苦笑を浮かべ、
煙草を消して紅茶葉を取り出しながら忙しそうに
キッチンでくるくると働く妻に声をかける。
「あやのはそっちに集中してていいぞ、紅茶は俺がやるから」
「あら、じゃあ頼んじゃうね」
キョトンとしてから僅かに微笑んで言うあやの、
俺は任せろと言って紅い、仄かに香る葉をポットに入れ、
少し冷めたお湯を少量入れて蓋をして蒸らす。
「――よいしょっと…」
あやのは少し離れたところで洋菓子を作っている。
昔からよく食べさせてもらっていて、その頃から
彼女の作るケーキやクッキーは非常に美味かったが。
結婚してからはさらに磨きがかかっている気がする。
「ふぅ。…どうしたのキョン君?」
「いや、なんでもないよ」
俺とあやのが籍を入れたのは一年と少し前になる。
高校を卒業してからすでに同棲をしていたのだが、
なんというのだろうか? けじめというと少し固いが
しっかりとしたものを作りたかったんだと思う。
プロポーズしたのは社会人二年目、
小さな宝石のついた銀の指をあやのに送った。
「こんなもんか、砂糖は…」
「あっ、そこそこ」
「おぉ、あったあった」
どんな台詞で、どんな場所で、どんな雰囲気で、
俺は逐一覚えてる。
どんな返事で、どんな表情で、どんな気持ちで、
俺は全部覚えてる。
「はい、こっちも完成!」
「じゃあティータイムと行くか」
「そうね」
涙に濡れたその瞳の綺麗さも、
胸に触れるその指の温もりも、
何一つ忘れることの無い、大事な思い出だ。
「んっ…、ちょっとキョン君。少し砂糖多い」
「あれ?」
「お菓子が甘いから、少し控えめでよかったのに」
「すまん…」
「ふふっ、でも美味しい」
長く柔らかな髪が窓からの風になびく。
不意に手を伸ばして絹のような髪をなでる。
あやのは少し驚いたようにこちらを見て、
黙ってされるがままになっている。
「ねぇキョン君」
しばらくそうしていると、
あやのがふと俺の肩に頭を乗せて上目遣いに
こちらを見上げてくる。
「なんだ?」
「男の子と女の子、どっちがいい?」
「…ん?」
「私はね、男の子がいいかなって…」
こちらを見つめるくりくりとした大きな瞳、
俺はなんとなく照れくさくなって顔をそらす。
「俺は、女の子がいいかな。あやのに似れば絶対可愛いと思うし……」
顔が少し熱い気がして、少し頬をかく。
するとあやのが俺の顔をはさむように柔らかなその白い手を添えて、
突然に甘い香りのするキスをしてきて、
「じゃあ二人生んじゃおっか」
そう微笑んだ。