『二人きり』

『YOU WIN!』
 忌々しき文字の羅列がテレビ画面を乗っ取っている。
「これで私の十二連勝だネ。いやあ弱いネ、キョンキョン」
 俺が弱いんじゃない。お前が強すぎるんだ。
 今俺と泉がやっているのは家庭用格闘ゲームである。
 やってる場所は泉の家で、俺もこのゲームはやったことがありそれなりに腕に自信があったのだが、その自信はベルリンの壁の如く糸も簡単に砕け散った。
 何せ泉は俺に攻撃をする隙を与えず一方的に攻めるばかりで、俺は何の抵抗も出来ないまま、やられるがままとなっている。
 こんな一方的なゲーム、俺はゲームと認めんぞ。
「おやおや?負け犬の遠吠えにしか聞こえないヨ?」
 俺をあしらうかのように俺の顔の下に潜り込み、俺の顔を見る泉。
 そんな態度に、いくらの俺でも負けず嫌いの騒いできたわけで。
「くそう。もう一回だ」
「ほーい」
 結局この後、二十連敗する破目となってしまった。
 もうあのゲームは生涯二度とすることは無いだろう。いや、しない。
 隣で含み笑いをする泉を見ながら、俺はそう心に誓った。

「ほんとに弱かったネー、キョンキョン。かがみんと良い勝負じゃない?今度やってみたら?」
 俺はもうあのゲームはしない。そう心に誓ったばっかだ。
「えー、そんな事言わないでサ、また今度やろうヨ」
 絶対にやらん。
「けちー」
 と言って泉は頬を膨らませる。正直かわいいがそんなことをやったって俺はもうやらんぞ。
「おや?いくら二人きりだからって、早速口説きに入るのかい?」
「誰が口説きだ」
 そう言って俺は泉が入れてくれたジュースを一気に飲み干す。
「次は何のゲームする?」
 とルンルン気分で尋ねてくる泉。だが、どのゲームをやっても正直勝てそうな気がしないので、
「断る。一人でやってくれ」
 と言って泉のベッドに倒れこみ、天井を仰いだ。


 ふと目が覚める。どうやら眠っていたらしい。
 時計を見るとまだ一時間しか経っていないことに安堵感を覚える。流石に、友人の家で眠ってしまうのは失礼だからな。
「そんな……、こんなところで……?」
 と、何故かこの部屋で泉以外の女性の声が聞こえた。
 テレビでもつけているのかと思い、立ち上がると何故かテレビはピンク色真っ盛り。泉がゲームであんな事やこんな事をしていた。
「おい、泉!何やってるんだ」
 つい勢いで叫んでしまった俺。そして、さぞ当たり前かのように何食わぬ顔でこっちを見て、
「ん?どしたの?そんなに叫んで」
 と質問を質問で返す泉。
「どうしたもないだろ。何だそのゲームは」
「昼下がりの……」
 名前を聞いているんじゃない。かと言ってジャンルを問うているわけでもない。
「早くそのゲームを消せ」
「ええー、いいじゃんか」
「いいから消しなさい」
 目に毒だ。
 しつこく消すように促すと頬を膨らまし、拒否していた泉だが諦めたらしく、ゲームの電源を消した。
「ところで、どうしてそんなゲームを持っているんだよ。十八歳未満は買えないだろう」
「んー、お父さんが買ってくるからネ」
 この言葉を聴いて俺は結婚して子供が出来たなら全うな教育をしてあげようと思った。

「あのサ、キョンキョン」
 少し顔を赤らめながら泉が俺を呼ぶ。
「どうした?」
 そう尋ねると、
「なんだか変な気分になってきちゃったヨ」
 と言って体を密着させ、一気に俺に接近してくる。
「な、何言ってるんだ」
 俺の言葉を無視し、泉は俺に体を預けるように俺をベッドに押し倒す。
「我慢できないの……ね?いいでしょ?」
 そう言って泉は俺の体を抱きしめる。
「だ、駄目だ。いくらなんでも……」
 俺は必死に抵抗をする。流石にいかんだろう、これは。

「なーんてね」
 そう言うと泉は何事もなかったかのように立ち上がり、俺を見る。いつの間にか、泉の顔の赤さも失われていた。
「ちょっとからかっただけだヨ」
 そう言って糸目になって笑い、俺の横に座る泉。その言葉を聴いて俺も安堵の溜息をつく。
「いやー、さっきのを見てエッチぃ気分になってるんじゃないかって思ってネ。試したんだヨ」
 おいおい、そんな理由だけで俺を押し倒したのかよ。
「まーね。けど、キョンキョンは動じないって思ってたけど」
 そうかい。もし、お前のゲームの影響で俺が泉に襲い掛かったらどうするつもりだったんだよ。
「大丈夫だよ。私合気道とかやってたし」
 そう言って再び立ち上がり、パソコンの許へと向かった。
「……私は襲われても抵抗しないけどね」
「ん?何か言ったか?」
「何でもないヨ」
 そう言って泉はパソコンの電源をつけた。
「ゲームばっかじゃ飽きたでしょ?私が面白いのを見せてあげるヨ」

「あはははは!」
「くっ……これはおもしろいな」
 前者の叫び声のような笑いが泉。後者の笑いを耐えているのが俺だ。
 泉に見せてもらっているこの動画は実際に抱腹絶倒もので、結構面白い。
 その前にも色々と動画やら画像やらを見せてもらっていたのだが、それもまた面白く、世界は広い事を改めて思い知った。
「はー。面白かったでしょ?」
 笑いすぎででている涙を手で拭いながら尋ねる泉。
「ああ、確かにこれは面白すぎる。反則だな」
 俺もその質問に全面的に同意をした。
「ふう、これで大体見せたい動画は見せ終えちゃったネ。まだ時間もあるし、何する?」
「そうだな……」
 俺も泉も考えを巡らせる。ゲームも終え、何もすることがないので熟考の末、お喋りという事になった。俺たちは女子高生か。片方は確かに女子高生だが。
「最初はサ、不安だったんだよネ」
 泉のベッドで隣同士に座る俺と泉。ある程度世間話を終えたところで、泉は深刻な表情になった。
「なにがだ?」
「うん。新しく高校でちゃんと友達出来るかなって」
 珍しく泉の口調が重く感じ取られる。
「私ってオタクだし、こんな容姿じゃん。それで、友達できるかなって不安になっちゃってサ」
「別に、容姿や趣味なんて、どうでもいいんじゃないのか?」
「……え?」
 俺の言葉にキョトンとする泉。
「容姿や趣味なんて人それぞれ。『個性』じゃないか。人には人の個性があるわけだし、俺みたいに個性がないのもそれもまた個性だ」
「……個性」
 泉がポツリと呟いた。
「それに趣味や容姿で人を判断するようなやつとは、友達になる必要なんか無いと思うぞ」
 その言葉に対し、表情の暗かった泉は優しい笑顔になり、
「そだネ。ありがと」
 と言った。

「私、ハルにゃんやながもん。かがみんやつかさにみゆきさん。古泉君にみくるちゃんに、そしてキョンキョンに、SOS団に出会えて本当に良かった」
「……そうか」
 俺は笑顔で返事をした。
「うん。もし出会ってなかったら、今も一人でゲームをやってたかもしれない。もっと根暗な人になってたかもしれない。そう考えただけでも怖いんだヨ」
 少し、声が震えているように感じ取れる。泉でも怖いものはあるんだな。
 今の泉は、いつもの明るい泉ではなかった。
「良かったじゃないか。俺はどうか分からんが、いい友達が出来ただろ」
「そんな、キョンキョンだって……」
 続きを言いかけて止まる泉。そして顔が真面目になり、
「いや、ここははっきりさせないと駄目かもしれないネ」
 と言ってベッドの上で体ごと俺の方へと向けた。
「いい?今からとっても大事な話をするから。ちゃんと聴いててネ」
 泉は俺の目をじっと見て言った。
 この泉もまた、いつもの泉とは違った。

「クラスで初めて見た時から、ちょっと気にかけててさ。どうにかして仲良くなりたいなって思ってたんダ」
 静寂した部屋に、泉の声だけが響く。
「つかさやかがみと仲良くなってある程度経ったころ、ハルにゃんが作ったこのSOS団にかがみとつかさを入れるってなって、ついでに私とみゆきさんが入団した」
 ああ、確かにそんなことがあったな。
「その時、とても嬉しかったんだ。キョンキョンともっと親しくなれるって。いつもクラスでも仲良くしてたけど、もっと仲良くなれるんだって。そしてそのSOS団はとても
楽しかった。みんながいるから、キョンキョンがいるから」
 ここまで来ると、流石の俺も泉が何を言いたいのかある程度理解できていた。
「私はキョンキョンが好きみたい」
 そう言い終えると、泉の顔は真っ赤になりそれをみせたくないのか、俯いて返事を待っているようだった。
 俺は返事を考えることもせず、泉の肩を持つ。
「……どうやら俺もお前のことが好きらしい」
 そう言うと、泉は俺の顔を見上げ、徐々に顔が崩れていき、
「よ、良かったぁ!」
 と言って俺に抱きついてきた。そして、俺は服が濡れるのを黙認し、泉を抱きしめ返した。

 どれくらいの時が経っただろうか。泉の涙も既に止まってはいるのだが、泉はまだ離れようとしない為この状態で結構な時間が経った。
 ガチャリ、と泉の部屋のドアが開く。
「おーい、こなた。帰った……」
 硬直するおじさん、そして俺。泉はまだ気付いていないらしい。というか、寝てないか?
「…………」
 ガチャリ、と無言のままドアを閉められる。そして、ドアの向こうから「うおおお」と男の叫び声が聞こえた。
「……ん?あ、寝ちゃってたんダ」
 その声に反応し、何事も無かったかのように起きる泉。そして、俺の顔を見るなり、
「顔が青いよ?大丈夫?」
 と心配してきた。

「つ、付き合うことになったのか」
 そう言って何とか納得してくれたおじさん。
 今しがた、少し目の部分が赤い泉のおじさんに話をつけたところだ。
「そ。私だってもう立派な女子高生なんだから、そろそろ子離れしてよネ」
「そうだな……」
 落ち込むおじさん。そりゃ、娘に男が出来たら落ち込むか。
「それでキョン君」
 おじさんは急に真面目な顔になる。
「何でしょう?」
「ちゃんと、こなたを大切にしてくれよ」
「……はい」
 俺はおじさんにじっと見つめられ、その一言しか出なかった。これが、父親の風格か。
「そうか、どうやら本気らしいな。ありがとう」
 そう言うとおじさんは立ち上がり、仏壇へと向かった。
「……かなた。ようやく、こなたにも男が出来たぞ。それも立派な男だ。きっとこなたを幸せにするだろうよ」
 そう言いながらおじさんの声がまた鼻声になっていくのが分かった。
 さっきはあんな事を言ってしまったが、こういう父親になるのもいいな、そう思った。

「それじゃ、今日はありがとうネ」
 再び泣いているおじさんをそっとしておいて、俺は帰り支度をする。
「今日は忘れられない日になりそうだヨ」
 それはお互い様さ。
「それじゃ、また明日。学校でネ……って、あ」
 何かを思い出したかのように言う泉。
「どうした?」
「……かがみんたちにどう説明しようっか」
 困惑する泉に対し、
「素直に言えばいいじゃないか」
 と言った。
「それもそうだネ」
 泉はそう言って笑顔になった。
「それじゃあな。また明日」
「うん。バイバーイ」
 俺は玄関のドアを開け、帰路に着いた。
 帰り際、薄暗い夕暮れの中にも今日は何処となく明るさが備わっていた。
 その明るさは、俺と泉の今のココロを表しているのかもしれない。そんな気がした。

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最終更新:2009年05月25日 00:02
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